はじまり
私が合図を出すと同時に、大広場で次々と爆薬が弾けていった。
「さすがです、ユーリ」
フレッグさんに持たされた爆弾型の魔道具を、街中に仕掛けたのはユーリだ。
廃棄されかけた廃倉庫。
軍事施設として使われている武器庫。
大貴族の住まう大豪邸――城下町で、無差別に火の手が上がる。
「な、何事だ!?」
「分かりません。ですが……、すごい威力です! 火の手が止まりません!」
「すぐに騎士団を向かわせろ! くそっ、大切な日に何てことだ……!」
――なんて、やり取りが行われているようだ。
さっきからフローラからに持たせた伝令用魔道具から、焦ったシュテイン王子の言葉が筒抜けなのだ。
「殿下、いったい何が!? これからどうするのですか?」
「賊が紛れ込んでいたらしい。なに、すぐに収まるだろう――」
フローラが豊満な胸を押し付けながら、シュテイン王子にそんなことを聞いていた。その賊に会話を盗み聞きされていることにも気が付かず、本当に滑稽なことである。
――作戦の第一段階は成功といったところだろうか。
この程度は、挨拶だ。
慌ただしく動き出す王国騎士団を見送り、私もようやく一歩を踏み出した。
「なんだ! 何が起きている!?」
「賊が入ったって話だぞ!? 狙いはここか!?」
「そんな馬鹿な! この世界一安全な王都で、テロ行為なんか――」
王国の威信をかけた大々的な公開処刑
観客たちの間に、瞬く間に混乱が広がっていった。
そんな混乱を加速させるように悲鳴が響き渡る。
「魔族、魔族の姿が――!」
「街の中に魔族が侵入しているぞ!?」
勿論、これは私たちが仕掛けたサクラ。
高速で観客の間を駆け抜け、ライラが、リリアナが観客の不安を煽っていく。本来であればさざ波にもならなかったであろうそれは、ユーリの起こした爆弾騒ぎと合わせて絶大な威力を発揮する。
「静まれ、静まれ!」
「貴様らそれでも誇り高きヴァイス王国民か!」
騎士団員が混乱を静めようと、つばを吐きながら怒鳴り散らしていた。
しかしユーリが設置した大量の爆弾が、今も街の中で次々と起爆している。
パニックに陥った人々は、我先にと街の外に逃げ出そうとしていたし、広まり始めた騒ぎは、そう簡単に静まりようがない。
「あはっ、こんにちは。そして――さようなら」
私は、観客とは逆に処刑台に向かって走っていく。
何人かの兵士が私に気が付き、私に武器を向けてきたが、次の瞬間には物言わぬ骸に姿を変えることになった。
直線距離にして数百メートル。
私は、一瞬でシュテイン王子たちの断つ処刑台までたどり着く。
「な、おまえは――魔女・アリシアっ!?」
「おのれっ、賊に堕ちたか!」
シュテイン王子を守る近衛が、私の前に立ちはだかった。
けれども――その程度の数で、その程度の覚悟で、私の前に立ちはだかろうというのか。
「あはっ、恨むならそこを守っていたことを恨むんですね」
「ほざけっ!」
立ちはだかる近衛たちは、まるで相手にならない。
イルミナが率いていたレジエンテの精鋭たちと比べれば、デクの集まりも良いところだ。大方、城で甘い汁を吸うだけ吸っていたのだろう。
鎌を振るうたびに、鮮血が散った。
1人の王国兵が胴体から一刀両断され、崩れ落ちるようにその場に倒れる。
「あはっ、抵抗するならどうぞお好きに」
私は、一歩、一歩と距離を詰めていく。
「ヒィィ、俺はシュテイン王子に命じられて仕方なく――」
「俺も、俺もだ! 投降する。だから、どうか命だけは――!」
「あはっ、今更おもしろいことをおっしゃるのですね?」
今まで散々、この国で美味しい思いをしてきたのだろう。
それならばせめて、最期にはこいつに殉じるぐらいの覚悟をして欲しいものだ。
土下座で命乞いする騎士に、鎌を振り下ろす。
呆気なく首が飛び、ころころとシュテイン王子の元に転がっていった。
「アリシア!? どうして、どうしてここに?」
「迎えにきましたよ、アルベルト」
「どうして……」
悲しそうな顔でうつむくアルベルト。
言いたいことは山ほどある。
こんな場では、到底、伝えきれないこと。
だから、まだ私たちは一緒に生きていくべきなのだ。
「ひっ、嘘よ。どうして……、こんな――」
一方、私の姿を見たフローラが、恐怖で顔をこわばらせてシュテイン王子の影に隠れた。
え……? まだ、演技を続けるの?
そう首を傾げる私の前で、
「どうしてくれるんですか、殿下! 私は、アリシアを排除すれば聖女に、次期王妃になれるっていうから協力したんです。それなのに、それなのに――」
大声で責任転嫁を始めたのだ。
シュテイン王子が持つ拡声の魔道具を、最大音量でオンにしたまま。
「落ち着け、フローラ! それより、その魔道具を――」
「落ち着けって、どの口が言ってるんですか!? 聖戦は負け続きで、ろくな戦果も上げられていない。これから、どうするつもりなんですか!?」
フローラの叫びは、拡声器に乗って王都中に響き渡った。
「これまで1人で国を守っていたアリシア様は、あなたに裏切られて絶望して魔族と手を組んだんです。さらには和平を申し出た魔族に対して、あなたは処刑って手で応えようとした――あなたは、あまりにも卑劣です!」
――身勝手な責任の押し付けあい
以前、フローラから届いた己の罪を認める告白。
極限状況で発せられた叫びは、フローラ事変による告白よりも大きな信憑性を持っていた。
「ヴァイス・シュテイン。あなたは……、本当に愚かな選択をしましたわ」
「貴様は……、イルミナ! 何故ここに!?」
「レジエンテが停戦を申し出たら、よりにもよって偽物を立てて戦争を続けるなんて――このまま続ければ、この国は地図から消える。そろそろ、現実を見るべきですわ」
もちろん、その声もバッチリ拡声器に拾われている。
集まった人々は、シュテイン王子の数々の行いを聞いて、驚きを通り越して震えていた。己の私欲のためにしてきた数々の行い――その悪事が、今、白日のもとに晒されようとしているのだから。
取り返しがつかない事態。
「貴様……、まさか――そういうことか!」
「あらあら~? 今更、気が付いたのでして~? お・馬・鹿・さ・ん?」
「貴様……、フローラァァァ!」
私は、憤怒で顔を赤くするシュテイン王子に、
「さてと――年貢の納め時です。ヴァイス、シュテイン!」
静かに鎌を突き付けるのだった。