忌むべき日
「――すべての元凶を捕らえた」
その日、シュテイン王子による発表が、王都で大々的に公表された。
「今や、魔王は我が手にあり。魔族など恐るるに足らず! 聖戦の勝利は、今やすぐそこにある!」
白々しい演説。
「我らがヴァイス王国の勝利とこれからの発展を祈願して――今より1週間後の正午、この地にて魔王の処刑を執り行う!」
その言葉は、シュテイン王子の期待したほどには人々の心に影響を与えなかったと言えるだろう。
シュテイン王子への不満は、今や彼の想像以上に高まっていたのだ。
魔王を捕らえたという発言にも、王都民の反応は冷ややかだ。今までもシュテイン王子は、戦況を偽って国民に伝えている。国民たちの王宮への信頼は、すっかり失墜していたのだ。
もっともシュテイン王子は、その様子に頓着しない。
ただ己の求めるままに、魔王を人々の前で処刑するため準備を命じていった。彼にとって、周囲に生きる者は己の生き方を飾り立てる装飾品に過ぎない――それは敵国の長とて同じこと。
かくして街のど真ん中に、物々しい処刑台が建造されていく。
華々しいショーでも開こうというのか…、あの日を思い出し、私は忌々しい気持ちになった。
「また馬鹿なことに国費を使うのか!」
「いい加減、この無謀な戦争を終わらせろ!」
そんな声を上げるものは、ただちに王国騎士団に連行されていった。
騎士団員が見張りに立ち、国民を監視している。
人通りは少なく、王都には物々しい空気が流れる。
一言で言えば、異常な光景だった。
そんな中、着々と建設が進む処刑台の回りには、賛同者も集まり、異様な熱気を帯びていた。
「忌々しいですね」
「ええ。本当に……」
不快そうに眉をひそめるリリアナに、私は相槌をうつ。
姿をくらませている私たちの目と鼻の先に、憎き敵がいる。ショーの下見でもするように、処刑場を視察にきたのだ。
「アリシア様、こらえて下さい。今は――」
「リリアナこそ……。ええ、分かっています」
気がつけば、痛いほど鎌を握りしめていた。
馬鹿な光景。
今、飛びかかればシュテイン王子を討てるだろうか。
でも、それでは、アルベルトは助からない。この燃えたぎる炎は、当日までとっておくのだ。
「ユーリ、準備は進んでますか?」
「はい。アリシア様の名のもとに、大混乱を引き起こす――どうか、お任せ下さい!」
「……ほどほどにね?」
ユーリに頼んだのは、当日の陽動だ。
王宮近くの街の中で、大規模な騒動を引き起こし、強固な王国騎士団の守りに大混乱を引き起こす。作戦の成功には欠かせない重要な役回りだった。
「また、処刑か。いつまで、こんなことが続くんだろうな……」
「何が聖戦だよ。生活は一向によくなりやしねえ――」
「あの日からだよ。王子殿下が権力を握って、すっかりこの国はおかしくなっちまったんだ」
道ゆく人が、そんな言葉を吐き連ねていた。
高まる不安と不満。
それでも正面から状況を打開できる者はおらず。
1日、また1日と時が過ぎ去っていくのだった。
***
シュテイン王子が、処刑を宣言した当日。
騎士団にひっ捕らわれたアルベルトが、王都の中に連れてこられた。
「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」
「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」
「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」
異常な熱気。
この空気は、人の正常な思考を鈍らせる。
「これより神聖ヴァイス王国に抗う愚かな魔族に、神の裁きを下す。この日は、我が国にとって歴史的な日となることであろう!」
「ふ~ん、これはどうしてなかなか。随分と良い趣味をしているじゃないか」
「いつまで余裕を持った顔をしていられるかな。大魔族の特別コースだ――精々、今からでも命乞いをするがよいさ」
「生憎、もうこの世に未練はないものでね」
壇上には、処刑人とシュテイン王子、それとアルベルトの姿。
――思ったより無事そうだ
飄々とした姿を見て、安心すると同時に、ひどく苛立った。
何が、この世に未練はない、だ。
私の方は、まだ、これでもかというほど用があるのに。
「あはっ、始めましょうか」