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山下はノートを回収し、黙って読み始めた。
口角を上げながらノートを眺めるその姿は「良い先生」だった。模範的で非の打ち所がない。それがかえって人間らしさを感じさせなかった。
「みんなよく書けているじゃないか~~」
嬉しそうに山下はノートを閉じて、僕たちの方へと視線を移す。
神崎のページを見てもなおそんな表情をしていられるなんてやっぱり奇妙だ。神崎グループの人たちの言葉はるみのものしか見ていないけれど、きっとろくなことを書いていないだろう。
「これから毎日書いていこうな」
「え~~、面倒くさい~~! それに真由美、そんなに好感度上げれるようなこともうないも~ん」
いつも毛先がクリンと巻かれたツインテールをしている伊坂真由美が口を尖らせながら発言した。
彼女は暴力的なことは一切しないが、いわゆる世間で一軍と言われているところに属している子だと思う。睫毛は長く上に向いており、ぱっちりした目が余計に強調されている。
色々と盛り付けられたキラキラしたピンクのネイルを髪の毛に絡ませながら、山下をじっと見つめている。
彼女の言葉に山下は「ははっ」と笑い、ノートのページを一枚めくった。
「伊坂は……、ネイルがかわいい、か。確かに可愛いネイルだ。自分でやったのか?」
山下はノートを読み上げながら、伊坂の方を見た。伊坂は少しだけ顔を顰めて「そんなわけないじゃん、ちゃんとしたサロンに行ってるのッ!」と答える。
ネイルサロンに通える高校生の経済力。この学校はバイト禁止だし、きっと実家が太いのだろう。
このクラスでネイルをしているのは、伊坂と……誰だっけ。
クラスメイトに興味がなさ過ぎて、顔は出てきても名前が出てこない。髪の毛を茶髪に染めているミディアムぐらいの髪の長さの女子生徒。
僕は教室を少し見渡し、その子を探す。毛先を外ハネにしている女の子が視界に入る。耳には大ぶりのフープピアスをしている。
なぜかフープピアスを見ると、ゾッと鳥肌が立ってしまう。勝手に頭の中であのピアスに指が引っかかって、引きちぎられる想像をしてしまうからだ。
あの子だ……。
彼女も長いシンプルなネイルをしている。黄色の原色に黒いチェック柄模様が入ったネイル。
伊坂と仲が良い。確か………………。
「渡辺由紀」
あ、そうだ。渡辺由紀。
彼女の名前を山下はタイミングよく呼んだ。突然名前を呼ばれたことに驚いたのか、渡辺は「何?」と綺麗な吊り目を山下の方へと向ける。
鋭い視線を向けられてもやはり少しもおどおどとした態度を見せない。ずっと笑っている。
「渡辺もネイルをしているのか」
先生だからなのか、観察力が凄いな。
なんだか全て見透かされそうで怖い。僕でさえ渡辺がネイルをしていることをたまたま知っていただけで、前の先生から渡辺にプリントを返しておいてくれ言われなければ彼女のネイルに気付くことなんて一生なかった。
「そんなとこまで見てんだ~~。きっっっしょ!」
渡辺が何も答えなかったからか、代わりに神崎の彼女、三木が声を上げる。
彼女は一度人を蔑んでいる時の顔を見た方が良い。とても醜い表情をしている。いくら可愛くても、化粧で綺麗にしても、身なりを整えていても、表情があれだと意味ない。
僕はそんなことを思いながら、ぼんやりと山下の様子を見ていた。