5
「ほらよ~~~」
書き終わった後、神崎は遠くへとノートを投げた。バタバタとノートは音を立てて、地面に落ちる。こうなった神崎に僕たちは何も言うことが出来ない。
黙って従うだけだ。手汗がゆっくりと滲んでくる。
次にノートに書き込みをしなければならない笠原翔太がそっと立ち、ノートを拾いに行こうとした時、山下が動いた。
床に落ちたノートを拾い、パンパンッと軽く埃を払う振りをする。
「どうぞ」
山下は笠原の元へ行き、丁寧にノートを渡す。山下の笑顔にどこか戸惑いながらも笠原は「ど、どうも」とノートを受け取る。
怖がる必要なんてないのに、山下の言動一つ一つに緊張してしまう。どこか気味が悪いのだ。
山下がこの教室に現れてから、主導権が神崎から明らかに彼に渡ったような気がする。
コウカンノートは割とすぐに僕の方へと渡って来た。
康介もるみも少し悩んだ素振りを見せながらも、すぐにシャーペンを走らせていた。
僕は机の上にある不気味なノートをパラパラと開く。クラス全員が僕をじっと見ているような感覚に陥り、手が少し震える。
皆、一行ずつ開けて書いている。意外とちゃんとしてるんだ。
何か自分の長所を書いた後に、隣に苗字だけ書かれていた。ちゃんと律儀にコウカンノートに取り組んでいるんだな。
しかし、一ページ目は途中で終わっており、次のページには大きく荒々しい文字で「シネ」と書かれていた。
……神崎だ。
神崎はまるまる一ページを使っていた。油性ペンで書かれていたから、その裏面にも文字が滲んでいる。
次に順番の笠原が気を遣って、また新しい何も書かれていないページに文字を走らせている。
まだ少しだけ油性ペンの跡が残っているけれど気にならない。
康介とるみが書いたところだけ、さっと確認する。
「指が長い 田崎」と小さくて丸い文字で書かれていた。その文章に思わずフッと笑いそうになってしまう。
確かにるみは綺麗な手をしている。
るみだなぁ、と思いながら康介の書いた文章へと視線を移す。
「サッカーが上手いと思う 田村」と少し小学生みたいな文字で書かれていた。「思う」と書くあたりが康介っぽい。
日本人って謙虚だよな、と思いながら自分の長所を考える。好感度を上げるって言っても、僕は何も持ってない。
何を書こう……。
まだこんな序盤で躓くなんてまずい。僕は適当にシャーペンを動かした。
「空気が読める 戸島」
……これでいいかな。
自分で書いた文章を見つめながら少し不安に思う。
「積極的 津田里香」と書かれた下に僕の文章が頼りなさげに存在している。
津田だけ本名で書いている。……彼女はさっきコウカンノートについて発言していた女子生徒だ。明るくてこのクラスのムードメーカー。
僕の次の出席番号である野口達夫にノートを渡した。
彼は何も言わずノートを受け取る。メガネをかけた静かな少年だ。いつもテストでは学年一位。
このクラスのメンバーは本当にキャラが濃い。平凡で何も持っていない僕がここにいるのが不思議だ。
そう言えば、未だに野口を会話したことがないな。
改めて、クラスメイト全員を認識し始める。
二十八人。ほとんど関わったことがない。これからこのノートを通じて少しずつ知れていけるのだろうか。