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「まぁまぁやってみようじゃないか。案外楽しいかもしれないぞ」
神崎に少しも怯むことなく山下はそう言った。
ビビらないのが面白くないのか、神崎の機嫌がますます話少なる。
「ふざけんなよ。やらねえつってんだろ」
神崎が声を荒げるが、山下は動じない。それどころか彼は楽しそうに笑った。
気まずい空気になると思ったのに、何故か緊張感だけが残る。
「全員が一丸となってコウカンノートに取り組めばきっと大切なことに気付けるはずさ」
神崎は表情を変えない山下を気味悪く感じたのか、何も言い返さなくなった。
一体どんな神経しているんだ? ……コウカンノートみたいなものなんて小学生のすることだろ。
高校生になった僕らがするようなことじゃない。何か自分の好感度を上げたければSNSに呟けばいい。
「じゃあ、順番は出席番号順で良いかな?」
誰も何も言わない。神崎が否定してダメだったんだ。他の誰かが反論するわけない。
半強制的に僕らはコウカンノートをさせられることになった。
最初は出席番号一番の浅野光輝。
コウカンノートのルールはいたって簡単。ただ、自分の好感度を上げることを一つずつ書いていくだけだ。
足が速いとか、顔が可愛いとか、毎日お風呂掃除をしているとか、何でもいい。
自分の長所を書いていくようなものだ。
……最初に書かないといけないなんて浅野も可哀そうだ。
浅野がどんなことを書くかによって基準が大体できる。滅茶苦茶長いかもしれないし、一文かもしれない。
「書いたら次の人に回していけよ~。何でもいいから絶対に一つは書けよ~」
緩い口調で山下はクラスメイト全員に声を発する。
どうやら彼はこの時間をまるまる使って全員にコウカンノートを書かせるつもりだ。
僕はてっきり一日ごとに回していく制度かと思っていた。
「これから毎日一限のホームルームはこの時間だ」
山下の言葉に「クソっ」と神崎は小さく呟いた。
彼は空気が読めないのか、あえてこんなにギスギスした空気の中で余計に空気を悪くするようなことを言っているのか、どっちなのだろう。どちらにしてもあの笑顔だけは僕は好きになれない。
コウカンノートがどんどん教室内を回る。一件よく見かける普通のノートだが、僕にはそれが呪いのノートに見えた。
薄ピンク色のA4ノート。表紙には「二年D組コウカンノート」と乱れのない綺麗な字で書かれている。
これから一年このノートに縛られるのか……。というか、毎日好感度を上げるようなことを一つ書くのは難しい。そのうちネタがきれそうだ。
コウカンノートは神崎の方へと回った。彼にノートを渡す子の手が震えている。
……そんなに怯えなくても。
神崎は乱暴にノートを受け取り、油性ペンで乱暴に掻き殴る。
遠くの席からでも文字なんて書いていないことが分かる。これが彼なりの反抗なのだろう。