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「今日からこのクラスの担任になった山下徹だ。よろしくな」
そう言って、ニカッと歯を見せて笑う。
あまりに人が良さそうなその様子に僕は少し違和感を覚えた。このクラスの噂を聞いたことがないわけではないだろう。
絶対に校長や他の先生がこのクラスの異常性について話しているはずだ。
……それなのに、どうしてそんなにニコニコしていられるんだ?
彼は自己紹介をした後、名簿を開き始める。それと同時に教室全体を見渡す。
僕達をじっくり観察するような目……。
その様子に恐怖心を抱いてしまう。この先生にはあまり関わらない方が良いと本能が言っているような気がした。
しかし、その目は一瞬で柔らかくなる。
「出席をとっていくぞ~」
僕らは出席番号順に名前を呼ばれる。
「田村康介」
康介は「ういっす」と短く応える。
新しく来たばかりだから、名前と顔を一致させる為に全員の名前を呼んでいるのだろうか。
「戸島海斗」
「はい」
少し緊張した様子で僕は答えた。木下と目が合う。曇り一つない笑顔を僕に向ける。それがかえって不気味だ。
「良い先生っぽいな」
海斗が横から僕に向かってそう囁く。
ああ、と返事をしたが、僕は彼を良い先生だとは思えなかった。
「分からないことばかりだから、色々と教えてくれよな」
まただ、またニカッとした笑顔。
誰かの笑顔を見て、背筋にゾワッと悪寒が走るのは初めてだ。気持ち悪いと思ったことはあっても、恐怖を抱くことなんてことは一度もなかった。
彼が一体何を考えているのか分からない。
僕は周りを見渡す。誰も新しい担任に違和感を覚えている人はいなさそうだ。
元気がある先生が来て、嫌がる生徒は少ない。前の担任よりかはグッと教室の雰囲気が明るくなっている。
……僕が変なのか? それとも皆が変なのか?
「先生は、このクラスに一つ新しい制度を導入したいんだ」
突然の先生の言葉に教室がざわつき始める。
神崎達も急に態度を急変させて「あ?」と山下を睨みつける。
だが、そんな空気が変わった様子に彼は臆することなく話を続けた。
「みんな、コウカンノートって知ってるかい?」
少し高く大きな声で山下ははっきりとそう言った。
……コウカンノート?
全員の頭の中に「交換ノート」と変換された文字が浮かび上がっているだろう。
「何言ってんだ、てめえ?」
神崎の隣に座っていた松山が顔をしかめながら山下の方を見る。
コウカンノート知っているか、否かを聞いただけでこんな反応をされるなんて可哀想だ。
神崎の暴走が始まると誰にも止められない。今はまだ彼の機嫌が良いのか、そこまで暴れるような様子はない。
「交換ノートって、親しい友達同士で悩みとか最近あった出来事とか書くやつでしょ?」
一人の女子生徒が答える。それを聞いたのと同時に山下は口角を上げる。
「そう思うでしょ? でも、違うんだ。コウカンノート、それは好感度を上げるノートさ。自分の良い所を書いて書いて書きまくって、自分の好感度を上げるのさ」
聞いたことないそのルールに全員が黙り込む。
「そして、それを今日から全員にやってもらいたい」
「誰がやるかよ、そんなもん」
山下の言葉に少し沈黙があった後に、神崎が声を上げてガハガハと下品に笑い始めた。
それにつられて、彼の周りの人間も笑う。るみも笑っているが、心の底から笑っている顔ではないことはすぐに分かった。
……今回の先生は彼らの標的にされないかもなんて思ったけど、そんな考えは甘かった。
僕はそんなことを思いながら、次に山下が発する言葉を待った。