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彼らが担任にして来たことを思い出す。
授業中に神崎が先生に向けて教科書を投げて暴言を吐いたり、先生用の机に油性ペンで落書きをしたり……。
見ていて気分が悪くなったのは、先生の筆箱に小さなカッターの刃をいくつも入れて、彼の手を血だらけにした時だ。
それ以来、僕は彼らの行動に目を背けてきた。だから、彼らがしてきたほとんどのことは把握できていない。
ただ、知っているいじめだけでも今思い出すと鳥肌が立つ。
「三木もよくあんな人間と付き合えるな」
「三木も相当やべえんだよ。目立つのは神崎ってだけで」
康介は声をひそめながらそう言った。教室内はざわざわとしている為、僕らの声は簡単にかき消される。神崎達には決して聞こえない。
もし聞こえていたなんてことがあったら、僕らに明日はないだろう。
少し怯えながら康介と会話する。
「三木は何をしたんだ?」
「あいつは学校外で相当悪いことをしでかしてんだよ。しょっちゅう警察にお世話になってるしな。……去年、近くで放火があっただろ? その犯人って三木里緒奈って言われてるんだ。まぁ、未成年だから年齢は出ていないけどさ」
康介は僕に色々教えてくれる。ひそひそと会話するのは好きじゃないが内容が内容だけに、小さな声で話すしかない。
放火があった家の住人たちは全員一命を取り留めたが、二人の子どもは軽傷を負い、母親は重度の火傷を負った。父親はその時不在だった。
本当に幸せそうな一家だったため、胸糞な事件だと取り上げられた。
子どもたちは火に対して恐怖症になり、母は今も意識がないままだそうだ。父は「この幸せを壊した犯人を許さない」とインタビューで答えていた。
あの憎しみに満ちた目を見て、僕は思わず背筋がゾッとしたのを覚えている。
その放火の動機は今も明かされていない。
今の時代、ネットですぐに犯人を特定できるだろうけど、神崎の親がお金でその事件を解決したと言われている。
どこまで本当かどうか分からないけど、高校生の息子の彼女に大枚をはたく人間がいるとは思えない。
自分の息子の付き合っている女が犯罪をしたとなると、自分の仕事に影響が出るからだろうか……。
何にせよ僕には関係のない話だ。このまま存在を消して、彼らに関わらなければいいだけの話。
ガラガラッと教室の扉が開く。それと共に教室が静まり返る。
見たことない大人が扉の向こうで立っている。一見、爽やかなお兄さん、という雰囲気だ。
新しい担任だ……。
神崎達も黙って扉の方を見つめている。新しいおもちゃが来るのだから、楽しみだろう。
僕は代理で来る先生を気の毒に思いながら扉に視線を向けた。クラスメイト全員が注目する。
「D組はここか~!」
男性にしては少し高い声。明るい笑顔で背が高い先生が入って来た。その朗らかな様子に生徒達の緊張感は少し解けていく。
今日からこの人が新しい担任。彼が神崎達の標的になるのは可哀そうに思えた。
前の担任はいつもぼそぼそと話し、猫背で暗かった。神崎達がいじめてからもっと暗くなっていったけど。元気を奪うのが神崎達の得意技だ。
今回の先生は一般的に生徒から愛されそうな人だ。……神崎達も彼には絡まないかもしれない。
新しい担任は教卓の前に立ち、教室全体を見渡す。それと同時に授業が始まるチャイムが鳴った。
「よ~し、皆席につけ~」
彼の言葉に全員従い、ぞろぞろと自分の席に戻って行く。神崎達も自分の席に座る。彼らは六人とも席が近い。
あの近くの席にだけはなりたくない。
僕は心の底からいつもそう願っていた。




