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「コウカンノートって知ってるか?」
先生のその一言で南川高校二年D組のクラスが崩壊した。
僕らがあのノートに関わらなければ全て上手くいったのに……。
あの「事件」は高校二年生の蒸し暑い夏頃だった。
額に汗がじわじわと滲む。自分は臭くないかと少し気にしながら、二年D組の扉へと手をかける。
扉を開けると、僕に気付いた田村康介が俺の方へと駆け寄ってくる。
康介とは中学生の頃からの付き合いだ。彼はサッカーの推薦で南川高校に入った。その時、初めて南川高校がサッカーの強豪校だと知った。
「おい、海斗! 新しい先生が来るんだってさ」
「前の先生は?」
康介は少し呆れた表情を浮かべる。
「鬱病になったじゃねえか。少しくらい興味持ってやれよ」
「まだ一学期だぞ?」
「けど、あんな一軍相手してるんだぜ? そりゃ、鬱になるって」
康介の視線の先に僕も目を移す。背筋にゾクッと悪寒が走る。
確かに彼らを相手にしていると、鬱病になる理由が分かる気がする。僕の視界には六人の男女グループが映っている。
六人とも漫画の中から出てきたのかと思いたいぐらいの性格をしている。吐き気がするほどの残虐なことを平気でする。
髪の毛を金髪に染めているリーダーの名前は神崎智也。彼の両隣りにいるのが松山淳と柴村直人。
そして、神崎の彼女の三木里緒奈。彼女は女子の中でのリーダーだと思う。いつも彼女についているのが田崎るみと坂山紗英。
この中で最も厄介なのが神崎。彼には誰も逆らえない。目をつけらえたら終わりだ。
今まで何人もの生徒を不登校にしている。最悪なことに、彼の家は資産家。金で何でも解決する。多少危害を加えても彼に罰が下ることはない。
「あんまり見ない方がいいぜ」
康介の言葉で僕はそっと彼らから視線をずらす。
田村るみは僕の幼馴染だ。家が隣同士だってこともあってかなり仲が良かった。中学に上がるまでは家同士の交流もあったけど、るみの両親が離婚してから彼女は一切僕の前に現れなくなった。
小学校六年生まではるみの両親が言い争う度に彼女はベランダから僕の部屋に入って来た。
今では恥ずかしい話だけど、僕は何も言わず彼女の手を握って一緒に眠った。
お互い言葉にはしなかったが、僕らは両想いだったと思う。まぁ、もう昔のことだけど。
るみは三木と出会ってから容姿も性格も変わった。あんなに大胆に行動できる子じゃなかったし、もっと内気だった。
人は環境によって変わってしまうんだな……。
僕は彼女に何も出来なかった。