入道雲になりたい君と
第2回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞への応募作品です。
目にとめていただきありがとうございます。
初投稿なので不慣れですが、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
キーワードは「入道雲」です。
「オレ、入道雲になりたいんだ。」
八重歯をのぞかせて少年が笑う。
幼い頃に亡くなった母の「お空にいる」という言葉を信じている彼は、入道雲になり、母にハイタッチしたいのだと言う。
「でもどうやったらなれるのか、まき姉ちゃん、知ってる?」
相手は子どもだ。
適当に答えることも出来た。
でも私は言ってしまった。
「私も知らないから、大きくなったら2人で調べてみようか!」
「本当に?うん!約束だからね!」
目をキラキラと輝かせて小指を差し出す彼。
その様子が可愛くて迷わず指切りを交わした。
その後、彼は父親の仕事の都合で引っ越していった。
お別れの日、目に涙をいっぱいためて必死に叫んでいた彼。
「姉ちゃん、オレ、絶対戻ってくるから!
約束、絶対だからな!!」
あれから7年。
約束が気になって理科の教師を目指した私は、この4月から高校に勤務することになった。
あの子とはあれ以来会っていないし、約束を覚えている保証もない。
でもなんとなく、あの日の涙を忘れたくなくて。
そもそも「入道雲になる方法」なんてもの自体、バカげた話ではあるんだけれど。
とりあえず今は新社会人として気合を入れよう。もうすぐ、新学期が始まる。
1年生の副担任として始まった社会人生活は、不安を感じる間もないほどに時間が過ぎていった。
幸い大きなミスはないものの、初めてのことだらけでぐったりしてしまう。
「ははっ、参ったな。」
ぼんやりしていた私の耳に水野先生の声が飛び込んできた。
隣のクラスの担任で7年目の彼は、少し楽しそうに苦笑している。
「どうかしたんですか?」
「うん。来週から来る編入生なんだけどね。」
目線を私に移し、フフッと笑いながらプリントを渡してくれる。
「今から面談だから目を通してたんだけど、将来の夢がホラ。」
楽しそうに笑う先生の横で、私は体中の血が凄い速さで流れ出すのを感じていた。
「進路希望が“入道雲”って。変わった子だよね。」
心臓も凄い速さで動いている。
「先生、その子って今日来るんですか?」
「あ、そうだ。もう来てるかもね。僕も行かなきゃ…」
先生が言い終わるのも待てず、私は走り出していた。
まさか、そんな…
勢いよく教室のドアを開けて、席についている男子生徒に声を掛ける。
「なっ…ちゃん?」
顔を上げた彼は、息を切らしている私を見て嬉しそうに笑う。
「久しぶり!まき姉ちゃん!」
あの日と同じ、八重歯がのぞいていた。