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親友と恋人になる方法


「一目惚れって、したことあるか?」


「ない」


 俺の質問に、真弓まゆみはすぐにそう答えた。


 放課後の18時前、俺たちは学生服姿のまま、ファミレスで少し早めの夕食を摂っていた。


「やっぱり、ないよなぁ」


「聞かなくてもわかるでしょう」


 向かいに座っていた真弓は、興味も無さそうな様子でストローを咥えた。


 黒くて艶のある長い髪に、切れ長の目、スッと通った鼻筋、薄い唇、雪のような白い肌。

 高二にしては少し大人びた雰囲気をまとって、今もひたすらに落ち着いている。

 友人関係にある俺から見ても、真弓はかなりの美人だ。


「いやぁ、俺が知らないだけで、もしかしたらあったのかも、ってさ」


「ない」


 無愛想で短くて、シンプルな返事。

 昔からこういうやつだ。

 一見すると冷たく見えるせいで、相手に誤解を与えやすい。

 実際は思いやりもあって、優しいやつなんだけれど。


「じゃあ、一目惚れされたことは?」


「さあね」


「さあ、か」


「うん。だって、わからないし」


「一目惚れしました! とか、言われたことないのか?」


「普通ないでしょ」


「でも、真弓ならありそうじゃん」


「さすがの私も、ないわよ」


「そうか、さすがの真弓でも」


 そこで会話が途切れた。

 真弓の、自分が美人なことに自覚的なところが、俺はわりと好きだった。

 むしろ、あの容姿で謙遜されても嫌味にしか聞こえない。


「あ、なんかデザート頼もうぜ」


香月かづきの奢り?」


「いや、違うけど」


「前に宿題見せた貸しは?」


「……どれがいいんだよ」


「プリン」


「はいはい」


 呼び出しボタンを押して、やって来た店員にプリンを二つ注文する。

 あんなことを言いながらも安いものを選ぶあたりに、真弓の性格がよく現れていると思った。


「……一目惚れってさ」


「またその話?」


「いいだろ、ちょっとくらい」


 そもそも、この話をするためにデザートを頼んだんだから。


 真弓は呆れたような顔をして、残り少なくなっていたリンゴジュースをずずっと飲み干した。


「一目惚れがなに?」


「嬉しいもんなのかな? されたら」


「相手によるんじゃない?」


「それはまあ、たしかに」


 言いながら、俺は手元にあったコーラのグラスをテーブルの脇に避ける。


「たいていは、嬉しくなさそうだけど」


「なんでだよ?」


「だって、外見だけで判断されてるってことでしょ」


「まあ、一目で惚れてるわけだしな。文字通り」


「薄っぺらくない?」


「そうか?」


 俺が首を傾げると、真弓は怪訝そうな顔をした。


「内面も大事でしょ」


「でも、内面も大事なはずなのに、外見だけで惚れちゃうわけだろ。なんか、それって凄くないか?」


「……香月って、たまにもっともらしいこと言うわよね」


「けっこう言うぞ」


 時々鋭い香月くんで通ってるからな、俺の中では。


「だけど、相手がそもそも内面を大事にしてない人かもしれないわ」


「だな。だからまあ、やっぱり相手によるのかも」


「……」


「……」


「で、なに?」


「なにって、なにが?」


「……どうして、いきなり一目惚れの話?」


「あー……。いや、なんだ」


「……」


 思わず、頬を掻いてしまう。

 ずいぶん前に、言いにくいことがあると頬を掻く癖がある、と真弓に指摘されたことを思い出した。


「俺……一目惚れされた」


 スマホを掴みかけていた真弓の手が、ピタリと止まった。


「……え」


「お待たせしましたぁ」


 見計ったようなタイミングで、二人分のプリンが運ばれて来た。

 なんとなくウェイターが去るのを待ってから、とりあえずお互いに一口食べる。


「……誰に?」


「同じクラスの女子」


「名前は?」


「名前はいいだろ、べつに」


「じゃあ名字は?」


「み……名字もいいだろ」


「……」


「……気になるのか?」


「気になるでしょ、それは」


「へえ。なんか意外だ」


「とんだ物好きもいるのね、って」


「おい」


 わざとジト目を作って、真弓を睨んでやる。

 たしかに自分をイケメンだと思ったことも、誰かにそう言われたこともないが……。


 真弓はいつの間にか、さっきまでテーブルに置いていたスマホを鞄にしまっていた。


「どんな子なの」


「うーん。ギャル系?」


「ぎゃるけいぃ?」


 真弓は顔をしかめて、大きめのため息をついた。


「な、なんだよ……」


「べつに。個人的に好きじゃないだけ」


「俺は個人的に好きだなあ」


「……」


「……」


「……それで?」


「え」


「告白されたの?」


「あぁ、うん。昨日、放課後に教室で」


「なんて?」


「『一目見たときから好きでした。付き合ってください』って。ギャルっぽいのに、敬語だった」


「……へぇ」


 俺たちの間に、おかしな空気が流れた。

 普段二人でいるときには、感じたことのないような雰囲気だった。


「返事はどうしたの?」


「それが、まだなんだ」


「保留?」


「いや、考える暇もないうちに、『今度でいいから!』って言って消えた。今日も話せてない」


「……どうするの?」


「どうしよう」


「……もしかして、私に相談するつもりで来たの?」


 言ってから、真弓はプリンの最後の一口をすくった。

 心なしか、いつもより食べるスピードが早いような気がする。


「だって、告白なんて初めてされたんだぞ、俺は」


 中学の頃から男子に人気のあった真弓と違って、俺にはこの手の経験が一切無い。

 時間の猶予があるなら、慣れてる友達の意見を聞くのは悪い手じゃないだろう。


 だが、真弓は思いのほか怖い顔をしていた。

 少しだけ意気が削がれる気分だ。


「……好きなの? その子のこと」


「いや、好きじゃない」


「じゃあ断ればいいんじゃない?」


「でも俺、あの子のこと全然知らないぞ。ギャルっぽいってことと、意外と真面目かもしれないってことくらいしか。そんな状態で、断ってもいいのかなって」


「……どうしたいのよ」


「うぅん……。試しに付き合ってみるとか、友達から始めてみるとか、そういうのがありなら……その方がいいのかも」


「……なら、もう答え出てるじゃないっ」


 真弓の顔が、またさらに怖くなる。

 ドライで冷ややかな真弓はよく見るが、こういう表情はあまり記憶にないような気がする。


「でも……なんか、嫌なんだよ。理由はわからないけど、なんとなく……。断るにしても、まずは真弓に相談して、それから決めようって思ったんだ」


「……なにそれ」


 そこで、やっと俺のプリンもなくなった。

 あとは学生らしく、水で時間を稼ぐことにする。


「真弓は、なんで今まで誰とも付き合ってないんだ? けっこう告白されてたのに」


「……付き合いたいと思わないから。好きじゃない子が相手だったし」


「でも、相手のこと全然知らない時とか、知ろうとしてみようって思わないか?」


「思わないわね」


「なんで?」


「なんでって……。なんとなくよ……そんなの」


 そう言って、真弓は頬杖を突きながら顔をそらした。

 押し上げられた頬のせいで目が細まって、なんだかますます不機嫌そうに見えてしまう。


「真弓も、なんとなく、か。いつも論理的なのに、珍しい」


「……」


「なんでなんだろうな。俺も、真弓も」


「……逆を考えてみればいいんじゃない」


「逆って?」


「付き合ってみたら、なにがどうなるか」


「あぁ、なるほど。さすが真弓」


「……」


「じゃあ、付き合ったらどうなる?」


「恋人になるわ」


「楽しいのかな、そうなったら」


「相手のこと好きなら、たぶんね」


「一緒にいる時間が増えたりするのかな」


「お互いがそうしたがったら、そうなるでしょ」


「まあ、だからみんな付き合うんだもんな」


「……」


「……じゃあ悪いことは?」


「……茶化されたりするでしょうね。周りに」


「あとは、気を使うことが増えたり、自分の時間が減ったり、とか?」


「そうね。……それから」


 そう言いかけて、真弓は少しだけ言葉を切った。

 何度か短い瞬きをして、ふぅっと息を吐いて、続ける。


「……恋人ができると、他の人と付き合えなくなるわ」


「他の人? 二股ってことか?」


「ち、違うわよ……。もし、もっと好きな人ができた時に……苦労するでしょ」


「……なるほど」


「……」


「でもそんなこと言ってたら、ずっと誰とも付き合えないんじゃないか?」


「それは……そうだけど」


「……」


「……」


 真弓はまるで拗ねた子供のように、口を尖らせて黙っていた。


 俺はその間、真弓の言った言葉の意味を考える。


 もし、誰かと付き合ったら。

 そうなったら、もっと好きな相手ができた時、そういう相手を見つけた時に、苦労する。


 苦労、というのは、きっと色々な意味なのだろう。

 今の恋人と別れる苦労。

 そもそも、別れるべきなのか悩む苦労。

 恋人を乗り換えるっていう行為を、自分の中で肯定してやる苦労。


 そういうことに考えが及ぶのは、理性的で頭のいい真弓らしいなと思った。


「普通の人は、なにが理由で告白を断るんだ?」


「顔がタイプじゃない、性格が合わない」


「そんな感じか、やっぱり」


「……あと」


「あと?」


「……好きな人がいる、とか」


「それは……そうだな、たしかに」


「……」


「……」


 俺たちは、ついにお互いにそっぽを向いていた。

 というより、俺は真弓の顔を見られなくなっていた。

 今までの俺たちの間にはなかった、妙な沈黙だった。


 俺は今日、なんのために真弓と会ったんだろうか。


 ……いや、そんなことはわかってる。

 自分が告白して来たあの子と、付き合おうと思えない理由。それを探りたかったんだ。

 自分でもしっくり来てないその結論に、納得のいく理由をつけたかったんだ。


 ……けれど。


「……」


「……」


 けれど、本当にそうか?


「真弓」


「なによ」


「……真弓が誰とも付き合わないのは、ほかに好きなやつがいるからか?」


 真弓はこちらを向かない。

 俺も、真弓の方を向けない。


「……わかんないもん」


「……そうか」


「……香月は?」


「え……?」


「香月が、そのギャルさんと付き合いたくないのは……好きな人がいるからじゃないの?」


「……わからん」


「……」


「……」


「香月」


「おう」


「……私たちって、どういう関係?」


 さっきよりも、真弓の声が近かった。

 ちらりと前を見ると、真弓はもうまっすぐこちらを向いていた。

 俺も観念して、正面に向き直る。


「……友達だろ」


「ただの友達?」


「親友だよ」


「……そうよね」


 真弓とは、もう7年の付き合いだ。

 そこらへんの男友達なんかよりも、ちゃんと友情を育んでいる実感が、俺にはある。

 そしてそれは、きっと真弓も同じはずだった。


「……どうして、親友になったのかしら?」


「そりゃ……気が合うし、俺はお前を信頼してるからさ。なんか、改めて言うと恥ずかしいけど……」


「うん……私もしてる。信頼」


「……おう」


 真弓は、いいやつだ。

 他人の問題に、ちゃんと真剣になれる。

 そんな真弓を裏切りたくなくて、俺も自分なりに、誠実に生きてきたつもりだ。

 そのおかげもあって、こうして俺たちは親友として、今までやってこれたのだと思う。


 でも……。


「……もう帰る?」


「……いや、もうちょっと話そう、今日は」


「……うん」


 まだ、終われない。

 ここでやめてしまったら、俺たちはきっと……。


「真弓は……俺がその子と付き合ったら、嫌か?」


「……なんでそんなこと聞くのよ」


「知りたいんだよ。気になるから、聞くんだ」


「……そんなの、私にどうこう言う資格ある?」


「ある。嫌か嫌じゃないか、言うだけなんだから」


「……」


「……」


「じゃあ、先に香月が答えて」


「おう」


 俺が返事をすると、真弓の整った顔が歪んだ。

 かすかに唇が震えて、瞳が潤んでいくのがわかった。


「……私がもし、誰かと付き合ったら……嫌?」


「……嫌だよ」


「どうして?」


「わからない……。でも、たぶん……」


「……」


「お前が親友だから、っていう理由じゃないと思う」


 そう言った途端、自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。

 手足の感覚が無くなって、まるで宙に浮いているみたいだった。


 なぜだか俺は、昨日あの女の子に告白された時のことを、ぼんやりと思い出していた。


「……私も嫌。あんたが、その子と付き合うの」


「……うん」


「……香月」


「ん」


「私、今ものすごく、都合いい仮説立ててる」


「……どんな?」


 俺が尋ねると、真弓は今にも泣き出しそうな、けれどあまりに綺麗な顔で言った。


「……私と香月はずっと仲が良くて、親友で……でも、異性として意識し合う前にそうなっちゃったから……それが当たり前になっちゃったから、今こうして……お互いに決定的なことが言えなくて」


「……うん」


「……だから、今がその時なのかもしれなくて……香月も……同じように思ってるんじゃないかって……思ってたらいいのに、って」


「……そうか」


「……はぁ」


 真弓の顔は真っ赤だった。

 だけどきっと、俺の顔だってそれ以上に赤くて。


「……どうしよう、香月」


「……どうしような」


 テーブルの上にあった俺の手に、真弓がかすかに触れた。

 思えば、手が触れ合ったことなんて、久しくなかったかもしれない。


「……また、ちゃんと話そう。明日でも、明後日でも、今日の夜でもいいから。ちゃんと、落ち着いて話そう」


「……うん」


 真弓がゆっくりと頷いた。


 俺たちは一緒に立ち上がって、会計を済ませて店を出た。


「真弓」


「なに」


「……好きだ。女の子として」


「……私も、香月が好き。男の子として」


 家までの道、しばらくはずっと同じ帰り道を、俺たちは自転車を押して、二人で並んで歩いた。


 明日、あの子にちゃんと謝らなきゃなぁ。


 そんなことを思いながら、俺は沈んでいく夕日と、深まる夜空の境目を探した。


「……でも」


「ん?」


「……これからも親友よね、私たち」


「……当たり前だろ」


 友情と、恋愛。


 友達として好きなことも、恋人として好きなことも、両立できないわけがないんだから。



今書きたいと思っている長編作品の、コンセプト短編です。


こういうの好き!という方は、是非とも↓の【☆☆☆☆☆】から、応援ポイントをお願いします!


また、コメントや感想、ブクマなどの反響を頂けると、長編で書き始める際の参考になります!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 会話での沈黙などの間もありながら自分たちの思いをしっかり伝えたりするところ、異性としても好きと自覚しながらも普通の会話から好きだと伝えて後日相談するところとかもずっと仲の良かった親友だから…
[一言] たまに読み直してます。 ホントに素敵なお話だなって思います(//∇//)
[一言] 「……また、ちゃんと話そう。明日でも、明後日でも、今日の夜でもいいから。ちゃんと、落ち着いて話そう」 すごく良いなって思いました。 素敵なお話ですね!
2020/08/23 19:38 退会済み
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