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06

 最近女生徒に声をかけられる機会が増えた。もちろん、理由はわかっている。

 今までは『王太子殿下は婚約者を溺愛している』という噂のために様子見されていたのだ。私やアリスが社交の場に滅多に姿を現さないからその噂は真実だと思われていたのだろうが、学園内で、私はアリスに対して溺愛と言えるほどの接触はしていない。

 だから、まあ、野心家な女生徒たちに「あの噂は嘘で、チャンスがあるのでは?」と、そう思われても仕方ないと言えば仕方ないのだが……。


 溺愛しているに決まっているだろうが!!!


 出来ることならアリスの空き時間全てを独占したいし、片時も離れたくない。今まで自由に会えなかった分を補いたい気持ちはそれはもう強い。プレゼントだって、夜会前や誕生日以外でもアリスに似合うと思ったもの、彼女の興味があるもの全て贈りたかった。

 だが、アリスは自由が好きだ。ただでさえ王族の婚約者なんて不自由きわまりないものに縛り付けてしまったのに、さらに束縛して嫌われでもしたらどうするというのだ。

 今だって多くの時間を王妃教育に当ててもらっている上、週に数回は私に時間を取ってもらっている。どこまで許容してくれるかの見極めは難しいし、嫌ではないかと尋ねたところで、王族に対して面と向かって嫌ではないと言えるわけもない。

 そもそも私は、アリスに好かれている自信がかけらもない。

 恐らく、多分、嫌われてはいない。アリスの中の、婚約してもいいという及第点は取れているだろうが、それ以上に想われているとは思えなかった。

 顔や地位だけでよければ自信があるが、顔や地位で人を選ぶようなアリスだったらそもそもこんなにも心縛られてはいないだろう。自由を愛し、何にものにも囚われないアリスだからこそ愛おしい。

 ままならないものだ。


 今日だって、珍しく放課後の予定がないアリスを城下に誘うと思っていたというのに、女生徒に囲まれてしまった。アリスは教師に呼ばれていたから多少なら時間もあったが、だからと言って下心がある令嬢と時間を過ごすのは疲れるものがある。だいたい、アリスが先に帰ってしまったらどうしてくれるんだ。こういう時に限ってジャックは剣の訓練で先に帰っているし、いやまあ先に返したのは私だが。


 結局令嬢らから解放されたのは十分を過ぎた頃だった。アリスは直接馬車に行くつもりだったのか、荷物は教室に置かず持って行っているようだ。アリスがもう帰っていたらどうしようかと焦りながら馬車着き場へと向かう。その途中、前から見覚えのある女生徒がスタスタと歩いてくるのを見て、私は足を止めた。


「アリス、人目がないとは言えもう少し気にしたらどうだ?」

「向かいを歩くのが殿下だとわかっておりましたので」


 言外に私になら見られても問題ないと言いながら、花が咲くように笑うアリスに唸る。もともと綺麗な顔立ちが、笑うことによって少し幼く見え可愛さと美しさを兼ね備えるのだ。私のツボを押さえすぎでは?意味がわからないほど可愛い。


 まだ帰っていなかったことに安心して、アリスに視線を向ける。教師に呼ばれていたからか、普段から女生徒に囲まれているアリスにしては珍しく一人だ。

 だからだろうか。いつものゆったりとした貴族の振る舞いとは違う、きびきびとした動きでアリスは廊下を歩いていた。人前では淑女足らんとしているアリスにしては珍しいが、女騎士さながらの所作で、一種の気品をまとっている。踏み出す一歩一歩すら美しい。

 淑女の所作とは全く別物ゆえに目を引くが、凛とした姿はアリスに似合っていた。


 この国でも女騎士は稀だが、なぜアリスにはこんなにもそう言う動作が似合うのか。騎士服もアリスには大層似合うのだろうな。見てみたい。絶対格好いい。

 思わず漏れそうになる感嘆の息を飲み込んで、慌てて別のことを口にした。


「随分と早足だったが、急ぎの用でもあったのか?」

「用事というわけではありませんが。教授に頼まれていた用事が早く終わったので、今日は教育もお休みでしたし、殿下がまだ帰宅していないようでしたらお茶でもお誘いしようかと教室に向かうところでしたの」


 ……なんだと。アリスからお茶の誘い?以心伝心では?


「それは都合が良かった。私もアリスがよければ城下に行かないかと誘いに行くところだったんだ」

「まあ、嬉しいです。私、殿下をお誘いしようと思っていることはすでに御者にも知らせておりますの。このまま馬車に向かってもよろしくて?」

「もちろん構わない。行きたいところはあるか?あるならば君に合わせよう」

「アイリスが気に入りの喫茶店があると教えてくれたので行きたいのですが、流石にそこは難しいので……。どちらでも構いません。ジャック様もいないようですし、たまには二人でゆっくりいたしましょう?」


 ふんわりと笑顔を見せてくれるアリスに心臓を掴まれた気分になりながら頷いた。ジャックは学内での従者だし護衛だが、幼馴染でもあるので正式な騎士職につくまでは席を共にさせている。だからアリスと二人きりというのはだいぶ久しい。いやもちろん学外では別のものが護衛につくのだが。

 彼らについては職務なので、それこそ空気のように連れ立つことになる。いないものとして扱うのが正しいやり方だ。


 そうすると個室のある喫茶店などがいいだろうか。ふらりと散策して装飾品を見繕うのも捨てがたい。一つくらいなら贈り物をしても嫌がられないだろうか?

 アイリス嬢の言う店は恐らく平民のいく店だろうから難しいかもしれないが、今度抜け出した時にでも行くことができればいいのだが。

 さて、どこに行こうか。


 アリスが誘おうと思ってくれたと言う事実に浮かれてしまう。

 父上から在学中はある程度の自由を許されているので、滅多なことがない限り、寄り道だってできる。だからアリスを誘おうと思っていたのに、まさか誘ってもらえるとは本当に驚いた。何度でもいいたいほど嬉しい。明日ジャックに自慢する。


「アリス、お手をどうぞ?」


 それよりもまずは、馬車まで向かわねばと手を差し出した。学内でエスコートは少し気障過ぎただろうか?

 ぱちぱちと目を瞬かせるアリスにドキドキしながら待っていると、小さな笑みをこぼして手を取った。


「珍しいですね?」


 私よりもずっと小さな手を握ってそのまま腕を引く。上目遣いに首をかしげるのをやめてほしい。可愛すぎるので。


「そうだったか?それはすまない。アリスが望むならいつでも君をエスコートするが?」


 いや本当に。アリスが苦でないのならいつだって私がエスコートしたい。


「ふふ、光栄ですわ。ぜひお願いします」


 にこりと人好きする笑みをアリスは見せてくれる。これから学内で一緒にいるときもエスコートしていいのか?本気で?後で鬱陶しがられたりしないか?


 ぐるぐると真意を考える私の手を、アリスはキュッと握りしめた。

デートですよ!

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