04
剣魔貴族学園。
私たちが三年間通う学園で、貴族として必要な教養や、剣技、魔力操作を学ぶ。優秀な官僚や騎士、魔道士の卵を見つける役目をしており、全校で300人弱が在校する。実施訓練で魔物との戦闘も行うため、かなり高い実力を得られる学園だ。
ちなみに平民が剣技や魔法を学ぶための剣魔学園という姉妹校も存在する。
楽しみにしていた学園生活初日。
入学式直前の新入生挨拶の打ち合わせが終わって、教室に向かう途中に見覚えのない女生徒とぶつかった。ほとんどの貴族とは夜会で顔を合わせるがあったことがない。誰だろうか。
困った様子に声をかければ、なんでも職員室に行く途中で迷ったらしい。近くに教師もいないし、時間もあったので簡単に案内してその場を離れた。
「あ!あの時の!」
昼休み、アリスと食堂に向かう途中に声をかけられた。学園では皆平等を謳ってはいるが、高位の立場にある私に気軽に話しかけてくるもの少ない。
アリスですら人目があるところでは殿下としか呼ばないし、二人きり(といっても使用人はいるが)の時ですらルード様呼びで綺麗な敬語を使う。彼女が砕けてのびのびと喋るのなんて姿を完璧に偽った時だけなので徹底している。
寂しくは思うが、立場を考えれば仕方がないし、彼女を枠組みに押さえつけてしまったのが自分であることはわかっているので諦めるしかない。結婚してしまえばアリスと真の二人きりにもなれるだろうが、少なくともあと三年は我慢しなくてはならないから困ったものだ。
と、話がずれたが、そう。アリスですらそうなのだから、道案内をしただけの彼女に気安く話しかけられたことに驚いた。しかし私は一刻も早くアリスと昼食に向かいたい。
しかし名指しではないが私に声をかけているのは確実なので、無視するわけにもいかず仕方なく振り返る。甘い面立ちをキラキラと輝かせる彼女は、アリスを知らなければ可愛らしいと思う顔立ちだ。
「この前は有難うございました!私、アイリス・バルバッサと言います!」
周りからの視線が集まるのがわかる。廊下にいる生徒は少なくなかったが、皆一様に何事かとこちらを見つめた。好奇の視線が体に痛い。
「いや、無事につけたならよかった」
「はい!……あの、お名前を聞いてもいいですか?」
無難な会話で終わらせようとしたのにそうはいかないらしい。横目でアリスに視線をやれば、特に何も思っていないのか涼しい顔だ。
立ち去るには名乗ってしまった方が早いだろう。と言うか自国の第一王子の名前くらい平民でも知らないか?
「ルード・ヴィクトリアスという。彼女はアリス・ベルラーシ。私の婚約者だ。後ろにいるのは護衛のジャック・スペード」
合わせて紹介すれば、アリスはスカートをそっと摘み、礼をする。精錬された所作が美しい。対して、ジャックは軽く会釈してすぐに下がった。アリスといる時のジャックは空気になりたがるのだ。もっと自己主張してもいいのに。
「ルード様とアリス様、それからジャック様ですね!よろしくお願いします!」
「ええ、アイリスさん。よろしくね」
「それでは。アリス、行こうか」
アイリス嬢はまだ何か言いたげだったが、さっさと踵を返す。なんだかんだ食堂は混むし、これ以上彼女に時間を取られるのも癪だった。
アリスとゆっくりする時間が減ったことに機嫌がぐっと下がったのが自分でもわかる。アイリス嬢から少し離れたところで、アリスはなんとも言えない顔で視線を寄越した。
「どこで彼女を見つけて来たのですか?」
「いや、私もただ迷っていたところを通りかかっただけなんだが……」
「アイリスさんといえば、予知を扱えるそうで。遠縁だったバルバッサ家が平民から養子に引き取られたのですよ。すごい引きですね」
「その話は聞いたな。予知が使える人間など聞いたことがないが、事実なのか?」
「結構な的中率だと下町では有名でした」
「おい待て、君はまた一人で抜け出したのか?」
「あら、口が滑りましたわ」
アリスはクスクスと笑う。抜け出すなら誘えと再三言っていると言うのに。ああ、だが、クソ。可愛い。
「彼女、殿下とお話ししたそうでしたけどよかったのですか?殿下がお話ししたいのでしたら席を外しましたのに」
「アイリス嬢の方に行って欲しかったのか?」
少しだけムッとして、揶揄いに聞こえるように口を開く。嫉妬までは期待しないが、他の女性と話すことを推奨されるのは寂しい。
「そういう訳では。ですが殿下も大概窮屈なことがお嫌いですから。彼女に惹かれるものがあったのでは、と。私よりずっと色々なことを知っていると思いますが」
アリスはぽつりと、零すように言った。待て、これは嫉妬か?
思わずジャックを振り返った。私の言いたいことを察したのか、ジャックは両目をつぶって首を横に振る。主人の希望を根こそぎ刈り取る従者とはどういうことだ。
「私には君がいるから問題ない」
「そうですか?」
花の綻ぶような顔を見せられて、思わず心臓あたりの布を掴む。私のアリスがこんなにも可愛い。
なるほど、わかった。さっきのはアリスの考えか。私よりもアリスの方がアイリス嬢にずっと興味を持ってそうだ。色々調べたのだろう。嫉妬するぞ。
「予知の魔法など聞いたことがありませんので興味があるんですよね」
少し興奮気味に呟くアリスにため息が漏れる。やっぱりな。
「どうされました?」
キョトンと見上げてくるアリスになんでもないと返して、彼女の腰に手を回す。
アイリス・バルバッサ、強敵出現の予感がした。