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02

「そういえば、この格好の時はアリィって呼んでね」

 

 先を歩くアリスは思い出したように振り向いて告げる。名前や口調でバレてしまうというのはすんなりと納得がいって、僕は素直に頷いた。

 そうすると、アリス以上に有名な僕はどうするべきかと考える。殿下なんて呼ばれたらすぐにバレてしまうし、かと言って名前だって知られている。国の王子と同じ名前をわざわざつけようとする国民だっていない。どうしたものかと考えていると、アリスが声をかけてきた。

 

「偽名が思いつかないならルビーって呼んでもいいかしら?」

「ルビー?どうしてだ?」

「貴方の眼、ルビーみたいで綺麗だったから」

 

 すっと細められる眼は目尻が柔らかく下がっていて、心臓が小さく跳ねる。僕は「そうか」と小声で返すのが精一杯で、アリスはそれを了承と取ったのか、少し口角を上げると前を向いて歩き出した。

 

 使用人や護衛を巻くというアリスは手慣れたように屋敷の抜け道を通り、使用人用の裏門へと足を進める。馬車などは決して通れる大きさではない小さな門だが、当たり前に護衛が立っていた。どうするのだろうとアリスに視線を向ければ、彼女は杖を取り出して猫のように眼を釣り上げた。

 

「もう一度魔法をかけるから何食わぬ顔で通ればいいよ」

 

 杖の先から出た光に包まれたと思えば、アリスは屋敷内ですれ違ったような使用人に姿を変えていた。鏡がないからわからないが、僕も姿が変わっているのだろうか。

 アリスは繋いでいた手を離すと、護衛の立つ門へと歩いていった。置いて行かれないよう慌てて僕も後ろをついていく。黙っていればバレないのだろうが、本当に抜け出すのだと実感して心臓が鼓動を早めた。

 

「ええ、お嬢様がどうしても気に入りの菓子を殿下に食べてもらいたいと」

「なるほど。いつもご苦労様です」

 

 アリスには見えないアリスが言い訳であろうことを口にすると、あっさりと護衛は門を開く。あまりにもスムーズなやり取りに、いつもこうやって抜け出しているのだろうとあたりをつけた。

 

「君は幻覚魔法も使えるのか?」

「悪戯に使えそうな魔法は一通り勉強したわ」

 

 本気か嘘かわからない声音で言い切るアリスは、周囲をキョロキョロと見回すと魔法をとく。どこにでもいそうな平民の姿に戻ると、また手を握られた。

 

「さ、これからが本番だよ!迷子にならないように手は離さないでね」

「あ、ああ」

 

 アリスの手を握り返せば、彼女は満足そうに笑みを浮かべる。市街地を歩きながらあれこれと話をしてくれるアリスは、屋敷にいた時の貴族特有の所作を捨て去って本当に街娘のようだった。自由に振る舞うアリスを羨ましく思い、僕にもできるのだろうかとすでにわかりきったことを考える。無理に決まっている。だって僕は”自由に振る舞う方法”なんて知らないのだから。

 

 ***

 

「ルビーはお腹空いてる?」

 

 アリスに尋ねられて、そういえばお茶の時間の前に抜け出したのだなと思い出した。意識すればお腹も空いているような気がしてそれに頷く。

 

「少しだけ」

「じゃあ食べ歩きしよ。普段は出来ないもんね」

「食べ歩き……?」

 

 アリスは言うが早いか、近くにある出店まで腕を引いていく。引きずられるようについていくと、アリスは手慣れた様子で店主に声をかけた。

 

「おじさんこんにちは」

「おお、アリィ久しぶりだな。なんだ、デートか?」

「似たようなものだよ。鳥串二本ちょうだい」

「カーッませてんなぁ!焼きたてやるからちょっと待ってろ」

 

 店主の男は豪快で、人の良さそうな顔をしていた。アリスとの会話を聞く限り、きっと人好きする性格をしているのだろう。たまに振られる会話にたどたどしく返事をしながら、手慣れた様子で焼き上げられる鳥を見つめた。

 

「なんだ?焼いてるところがそんなに珍しいのか?」

 

 僕はそんなに物珍しげに見ていたのだろうか。店主は不思議そうに首を傾げた。

 

「もしかして貴族のお忍びだったりすんのか?」

 

 冗談交じりの店主の言葉が的を得ていて身体がビクつく。どう見ても本気じゃないのはわかったが、気が気じゃなかった。それを聞いたアリスはまさか、と声をあげて笑う。

 

「ルビーは身体が弱くてあんまり外に出れなかっただけだよ。だいたい私がどこで貴族様と出会うのさ」

「ハハッ確かになぁ!アリィはどう頑張っても貴族とお知り合いになんかなれねえよ……っと、焼けたぜ。外に出てきたっつうことはもう身体はいいのか?」

「うん。もう寝たきりじゃなくても大丈夫だから連れ出したの」

「結局連れ出してるんじゃねえか」

「バレた?」

 

 よくさらっと嘘をつけるな。テンポの良い会話を眺めていると、店主から串を差し出された。

 

「お前ら、熱いから気をつけろよ」

「ああ、ありがとう」

「わーい!」

 

 二人して受け取ると、アリスは容赦なくかぶりつく。思わずはしたないなんて言葉が思い浮かんだが、今の僕は貴族じゃないんだった。アリスの真似をして口を開く。口に入ってきた鳥は思った以上に熱くて、舌を火傷するところだった。いつも食べている肉よりずっと安物だとわかるのに、シンプルな塩味の鳥がすごく美味しい。そういえばいつも食べる料理はすでに出来上がったものだから、こんなに暖かい食べ物は始めてかも知れない。

 無心で食べていると、店主が串を差し出してくる。

 

「良い食いっぷりだな。もう一本は俺からのサービスだ」

「えっずるい!私のは!?」

「相変わらず食い意地張ってんなぁ。今回だけだぞ」

「やったー!ありがと!」

「……あ、ありがとうございます」

 

 本当にいいのだろうかと思いながら、差し出された串を受け取る。チップをと思ったが僕はお金を持っていないし、さっきのだってアリスが払っていたと思い出す。アリスに後で返すとこっそりいえば、不思議そうに「ルビーは鉄貨なんて持ってないでしょ?」と言われて思わず黙った。確かに普段見るのだって金貨や銀貨が多い。こんなにも金銭感覚が違うのかと驚きながら、また来るねとすでに店主と挨拶しているアリスにならった。

 

「美味しかったです。また来ます」

「おう、待ってるぜ」

 

 気持ちのいい笑顔で見送ってくれる店主に頭を下げて、アリスの後ろについていく。アリスは貰った鳥串を食べながら、ニヤニヤと笑った。

 

「また来るの?」

「気持ちのいい人だった。出来るなら来たい」

「どうやって?」

 

 それは考えていなかった。またアリスと――……。

 あんなに会う前は懐疑的だったのに、また、なんて言葉が思い浮かんだことに驚愕する。自分と全然違うアリスを気に入っているのだろうか。とはいえ、アリスは僕と婚約することに対してだいぶ面倒そうであったから、必要以上にあってくれるとも思わないが。だから、また一緒に抜け出してくれるか?と聞く勇気は出なかった。

 

「僕も魔法を勉強する」

 

 少し意地になっていえば、アリスはきょとんと目を開き、可笑しそうに目を細めた。

 

「ルビー、意外と面白いじゃん」

「む、意外ととはなんだ」

「もっと融通のきかない貴族らしい貴族だと思ってた。私、貴族の考え方って窮屈で嫌い」

 

 アリスはそこまで言い切ると、話は終わりとばかりに食べるのを再開する。

 だからアリスはあの時あんな顔をしていたのかと納得した。きっと彼女の勘は正しいだろう。

 アリスに会うまでの僕にはさっきのような返事はできっこないのだから。

もう一話続きます。

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