01
強気な女の子とちょっぴり気弱な男の子のお話です。
のんびり更新ですがよろしくお願いします。
私――ルード・ヴィクトリアスには婚約者がいる。可愛くて美しい彼女はいつも私を引っ張ってくれる、まるでヒーローみたいな存在だ。勉強も、剣技も、魔法も、彼女に追いつきたくて頑張っているのにいつだって敵う気がしない。それなりの地位を持つ私と彼女はなかなか会うことが出来なかったが、明日からは毎日顔を合わせることが出来るのだと思うと心が浮き足立つ。同い年の中では比較的落ち着いていると言われる私も、やっぱりまだまだ子供なのかもしれない。浮かれる心を落ち着かせるために、彼女との出会いを思い出そうと目をつぶる。それは、7つの時のことだった。
僕は自分が王族であるという窮屈さと逃げられない現実に嫌気がさしていた。王太子としての教育は辛いし、自由に遊ぶことなんてもちろん出来ない。街を馬車で通るたびに見かける、平民の子供が楽しそうに遊ぶ様子が心底羨ましかった。
そんな思いを抱える中で、ある日父王が決めた婚約者に会うことになった。どうにかして逃げ出せないかと色々と考えては見るが、子供である僕にはどうしようもない。しかもどうにもこっちが打診した婚約らしく、近々挨拶に行くと父王は言った。僕には頷く以外の選択肢はなく、粛々とセッティングされて行く婚約の場を憂鬱な気持ちで見つめていた。
相手となるのはベルラーシ公爵家の第二子で、一目見て可愛いと思える容姿をした女の子だった。リボンがたっぷりとあしらわれている淡い水色のドレスに、ハニーブロンドの髪がよく映える。コバルトブルーの瞳は光を受けてキラキラと輝いていた。まるで宗教画の天使のような子だなと思ったけれど、それ以上に僕よりずっと嫌そうな顔をしているところに目をひかれた。僕と一緒で婚約に否定的なのだろうなと妙な親近感が湧いたからだ。
父王とベルラーシ公爵が一言二言会話を交わして、思い出したかのように「二人は遊んで来なさい」と声をかけられる。婚約者――アリスはにっこりと貼り付けられたような笑顔を作ると、父王に対して綺麗な礼をした。アリスは僕の手を取ると、容赦なく引っ張って行こうとするので、僕も慌てて父王たちに礼をして力の方向に足を進める。どこに行こうとしているのかもわからない中、ぐいぐい進んでいくことに慌てた僕は思わず声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「なんですか?」
アリスは面倒臭そうな顔を隠しもせずに振り返る。何じゃないだろうと思いながらも、至極単純な疑問を口にした。
「どこに行くつもりだ?」
「うーん、秘密です」
「はぁ!?」
アリスはそれ以上喋らないとばかりに前を向くと、今度は立ち止まることもなく歩き始めた。どうにも屋敷の中に向かっているらしく、諦めてついて行くことにする。お茶会でもするのだろうかと思うのだが、なんとなく彼女のイメージと合わなかった。しばらく歩いていると、一つの部屋に通される。ここはとアリスに聞けば、私の部屋だと端的に返された。
「殿下、とりあえずその外装は脱いでくださいませ」
「な、なぜだ!?」
「目立つでしょう」
容赦無く外装を剥がそうとしてくるアリスに、女の子に乱暴するわけにはと思うと下手な抵抗もできない。どうしようかと迷っている隙にすっかり外装を剥ぎ取られてしまい、その手慣れた様子に唖然とアリスを見つめた。アリスは自分の衣装ケースから平民が着るような安っぽい外装を取り出すと、それを差し出してくる。どうすればいいかわからずに首をかしげると、やはり面倒臭そうに外装を押し付けてきた。
「これを着てくださいまし。サイズも多分大丈夫でしょう。私もちょっと着替えてきますね」
アリスは返事も聞かずに衣装ケースから服を取り出すと、さっさと隣の部屋に向かってしまう。何がしたいのかさっぱりわからなかったが、ひとまず言われた通りに外装に袖を通した。ゴワゴワした生地は着心地がいいとは言えないが、なんだか新鮮で面白い。アリスがいうようにサイズも特に問題はなく、全身をすっぽりと覆い隠した。物珍しさにくるくると自分を見ていると、着替えてきたらしいアリスが部屋に戻ってくる。
「ちゃんと着てくれたのですね。……似合わないなぁ」
ぽそりと呟かれた砕けた口調は本心だろう。失礼なとも思ったが、王族が平民の服が似合うと言われても微妙だったので聞き流した。それよりも、着替えてきたというアリスの格好の方が気になって、まじまじと見つめる。
「それも平民の服か?」
「そうですよ。……さて、しっかり着替えましたしそろそろ行きましょう」
「行く、とは?」
「もちろん街です」
何を言っているんですかと言わんばかりの顔をして、アリスは片眉を上げた。つまり、屋敷を抜け出そうということだろうが、そんなこと許されるはずもない。
「本気か?」
「本気ですけど?こういうのはバレなければいいんです」
「バレたらどうするんだ」
「怒られるでしょうけど……まあ、私はそこそこ強いので護衛とかは大丈夫です。それとも殿下は街に行くのは嫌ですか?平民はお嫌いで?」
「そういうわけではないが……。だが、君が強いとは思えないな」
「そこは信じてもらうしかないですね」
正直に言えば、街に降りるのはすごく気になる。しかし色んなしがらみが僕にはあって、それはきっと彼女もだろうと考えると素直に頷くことが出来なかった。
口籠る僕に、アリスはクスクスと笑うとぐっと顔を近づける。急な接近にドギマギしていると、魔法をかけますねとどこからか取り出してきた杖を振った。杖先が淡く光ると、アリスは満足そうに頷いて、鏡を見せてくる。映り込んだ僕はプラチナだった髪は褪せたブロンドに変わり、血のような紅色の目はどこにでもいそうな翠に変わっていた。安っぽい外装と相俟ってなんだか自分じゃないみたいだ。
いわゆる変身魔法をかけられたことに驚いて、アリスへと視線を向ける。するとアリスも自分に変身魔法をかけたのか、綺麗なハニーブロンドの髪は淡いブラウンへと変わっていた。アリスはいそいそと懐に杖を仕舞うと、もう一度僕の手を握る。
「それじゃあ行きましょうか」
悪戯っぽく笑うアリスが、なんだか輝いて見えて目を瞬かせた。自分が自分じゃないような感覚は、今この状況を夢のようなものに錯覚させて彼女に抵抗する気を無くさせる。アリスが手を引くままに歩いて、その日、僕は初めて屋敷を抜け出した。
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