継母転生★こっちだって被害者だ!
令和最初の投稿!初めての異世界恋愛ジャンル!
恋愛ジャンル系の話を真面目に書きました。よろしくお願いします。
※追記
あきじゃ様より『継母転生』のレビューをいただきました!思わずどんな作品か読みたくなるレビューです。
『祝! 夫の愛を一身に受ける主人公は、苦難の末に家族と共に暮らせるようになりました! (ただし、主人公を恨む先妻の遺児二人と使用人達がもれなく付いてきます)』
https://novelcom.syosetu.com/novelreview/list/ncode/1421037/
バシャアアンッ!
酷く冷たい眼をした少年が、私に花瓶の水を浴びせかける。
沼のような碧の眼は、冷たさの底に怒りの炎を滲ませている。
私はカッとなって、その糞生意気な少年に掴みかかろうと足を踏み出した時、濡れた床でヒールを滑らせ、盛大にスッ転んだ。
そうして、後頭部を強打した。
この時、酷い痛みとチカチカとした光の中で、私の中から溢れ出した記憶。
それは、この国ではない何処か。いえ、この世界ではない何処かで生き、そして死んだ平凡な女の記憶だった。
それでも、その記憶は懐かしく、光に満ち溢れていて、私はあっという間にそれに塗りつぶされた。
いえ、融合したのね。苦しくて我慢ばかりの人生だったから、幸せな記憶を全て受け入れ、私は幸せな私になりたかったの。
目が覚めた時、知らない天井だった。
えらく豪奢なシャンデリアに、装飾の施された天井、どっかの貴族の屋敷みたいなそんな感じで、私は困惑した。
うちのマンションの天井は、ただひたすら真っ白だったはず。
そう考えながら、体を起こす。
すると、中学生か高校生くらいの茶髪の女の子が、「気がついたの、お母様!」とお腹のあたりに飛び込んできた。
「お、おかあさま??」
いやいやいや、産んでない!
OL歴十周年記念の私。木田美和子(32)。独身。もちろんバツは無し!
彼氏いない歴は、三年を過ぎてたはず。
こんな、茶髪の今時女子、産んだ覚えない。いや、よく見たらクラシックなドレスみたいなのを着てる。
やばい、ロリータファッションてやつ?人生で交わったことのない人種だよ……。
「あ、あの、人違い……」
そう言いかけた時、聞き覚えのある声がした。
「ああっ、起きたのかい、エリーゼ!君を失ってしまうかと……」
なんでだろう。とても嬉しくて、苦しくなる声だわ。
その声の方に顔を向けると、四十代近い外国人男性が、ずいぶん心配そうな様子でこちらを覗き込んでいる。
落ち着いた茶髪の髪、どこか頼りない碧の瞳。ハの字眉毛が自信の無さそうな表情をさらに情けなく見せる。
それがなんともいえず、私には可愛く愛しく思えて、言葉が自然と出た。
「問題ないわ、アンソニー。心配かけてごめんなさいね」
私は、このアンソニー氏を知っているらしい。
アンソニー氏が茶髪ロリータの上から、私を抱きしめる。
「ちょっと!苦しいわ、お父様!」
ロリータが何か言ってる。ごめん、ロリータよ。なんか、アンソニー氏とこのままくっついてたいの。
アンソニー氏の匂いに包まれて、私の沈殿していた記憶が蘇った。
「思い出したわ」
私は、エリーゼ。エリーゼ・ダンテスト。
ダンテスト男爵家の令嬢として生まれ、十五の年のデビュタントの舞踏会で一つ年上のアンソニー・マグナクト伯爵子息と出会い、恋に落ちたの。
私はしがない男爵令嬢で、彼は裕福な伯爵家の子息。お互いに出会った頃は、まだ婚約者はいなかったけど、将来彼と結婚できる未来など訪れないのはわかっていた。
それでも、私達は惹かれ合い、恋人同士になった。
アンソニーは、私と結婚するために、「伯爵家は自分より優秀な弟に譲る」と父親の伯爵様に直談判されたのよ。
当然猛反対されたけど、アンソニーはめげなかった。
あの気弱な人がどうしても意見を曲げず、意志の強さを見せたものだから、逆に株を上げてしまったらしくて、伯爵様は決してお認めにならなかったの。
私の父親は、伯爵様から圧力をかけられ、私は急遽婚約者を決められてしまった。
アンソニーは決断したわ。「駆け落ちをしよう」と。そこでアンソニーが十七、私が十六の年に、私達はこっそりと支度をして、金になりそうなものを持って家を出た。
それから二年。隣国で平民のふりをして、慎ましくも幸せな結婚生活を送っていたけど、アンソニーの弟が落馬して亡くなった。
伯爵は血眼になって私達を探し、とうとう見つかってしまったの。
私はアンソニーと引き離された。
実家にも帰れず、せめてアンソニーの近くで暮らしたくても、旅費がなくて王都に戻ることもできない。私は生活のために酌婦の仕事を続けながら、アンソニーのことばかりを考えて生きていた。
アンソニーは、伯爵位と伯爵様が持ってきた侯爵家との縁談を受ける代わりに、私との生活を認めるように取り引きをした。それが認められなければ、死ぬ、と。
伯爵様は、侯爵様と相談なさった。
伯爵様は、名家の侯爵様との縁故を求め、侯爵様は伯爵様からの融資を求めていた。
そこで、アンソニー様が侯爵家のご令嬢と結婚し、『跡継ぎとそのスペアとして二人の子を作る』という約束で、私はアンソニーの妾として小さな邸宅をもらい、アンソニーと過ごすことを許された。
今でもあの時のことを覚えてる。
アンソニーが隣国で生活していた私の部屋に現れた瞬間、夢ではないかと思ったわ。
アンソニーが私を抱き締めた時、何があってもずっと離れないと、心に誓ったの。
アンソニーは、極力私と過ごしてくれた。結婚してもそれは変わらなかった。
夜だけは、奥様と過ごすためにお屋敷に戻らなくてはならなかったけれど。
辛かったけど、奥様にお子を授けるのが私と過ごすための条件なのだ。
邸宅にお屋敷から派遣されてくる護衛とメイドが、私を酷く蔑んで接してくるけど、私だって平民に交じり、酌婦として雑草のように生きてきたのよ。
元々の性格もあったけど、陰口には倍ほど言い返してやった。
余計に嫌われて、「酌婦上がり」と呼ばれていたのが、いつの間にか「貴族の男をたぶからす娼婦上がりの毒婦」と、近隣住民からも呼ばれるようになったけど、アンソニーが私を愛し続けてくれるから、悔しくても耐えられた。
そのうち奥様に女児が生まれ、次の年にはさらに跡継ぎの男児も生まれた。
その同じ年に私も女児を出産。現在十五になる娘のサマンサが、私のお腹にかじりついている茶髪のロリータというわけなのね。
ごめん、娘よ。ガッツリ忘れてたよ……。
でも、跡継ぎ含めて二人の子どもをきちんと作ったアンソニーは、益々私の所に入り浸りになった。
奥様は、きっと私を恨んでいたに違いない。いくら政略結婚でも、アンソニーが愛人宅に居すぎる。
でも、私がそれを諌めるわけがない。だって、元々はアンソニーは私のものだった。無理に奪ったのはあちらなのだから。
それを、被害者面されて、一方的にこちらを悪者にしてくるのは大変遺憾だ。
私こそが、被害者である。
さて、その奥様が、先日病を得て亡くなったのだ。
アンソニーはこれ幸いとばかりに、お屋敷に私と娘のサマンサを連れてきた。
跡継ぎはあちらのお子様達なのは覆らない。
でもそれ以外は、何の制約もない。
現在では、伯爵位はアンソニーが継いでいる。領地は管財人と代官に任せて、先代夫婦は王都内の別宅で、引退生活満喫中。
となれば、アンソニーはようやく私を妻として迎えられると考えたのだ。
アンソニーはあまり領地経営の出来がいいというわけではない。
とりたてて、意欲も才能もない、凡庸な男だ。
しかし、こと私に関しては、とんでもない行動力を発揮する。彼は金を惜しまずに根回しを行い、なんと悪名高い私を後添いとして正式に国に認めさせたのだ。
そして、愛人だった私は、先妻が亡くなってまだ日も浅いというのに、その遺児の前に「新しいお母さんだよ★」と姿を見せたのである。
遺児にしてみれば、私は母親を苦しめ続けた悪女だ。
それが、ホームを乗っ取りに来た。
彼らが私を拒絶し、花瓶の水のシャワーを浴びせるのは至極当然のことだろう。
以前の私は元々勝ち気な性格の上に、蓮っ葉な酌婦生活に慣れきっていたのもあって、売られたケンカは倍にして返すタイプだったから、あのまま滑ってコケなければ相手の事情など関係なく、ぶん殴っていただろう。
だけど、温厚な日本人の人格が混ざった今では、そんなヤンキーのような真似はできない。
私が謝る筋合いではない、という気持ちは変わらないが。
私だって、被害者なのだ。
さてこれからどうするか。
私は、サマンサの髪を撫でながら、アンソニーに言った。
「ねえ、アンソニー。挨拶の途中で倒れてしまったから、もう一度皆さんにちゃんと挨拶がしたいの。ダメかしら?」
「いいのかい、エリーゼ?今はゆっくり休んでいいんだよ」
「そんなわけにはいかないわ。私は伯爵夫人になったのでしょう?ならば、伯爵家の皆様にきちんと挨拶しなくてはね」
「君はいつも頑張り屋だから、心配だよ」
「お願い、アンソニー」
「わかったよ。皆を集めるように指示してこよう」
アンソニーはそう言うと、部屋を出ていった。
今も変わらず私を愛してくれるアンソニー。
酷い人よ。私といっしょにいるために、全てを蔑ろにして、関係者全員を不幸にする選択をした人。
誰よりも、愛しているわ。
「お母様、私もお兄様とお姉様に会いたいわ!きっと仲良くできると思うの」
「それは、難しいかもしれないわね、サマンサ」
娘は、ちょっと脳内がお花畑なのかしら?いやいや、子どもだからよね?
一応、私達を取り巻く環境については知っているはずなんだけど。
「どうして?お母様は正妻になったのでしょ?私はもう、メイド達に妾の子どもって馬鹿にされなくてもいいし、お兄様お姉様と同等の立場になったのだから、私も上流階級の人間になれたのでしょう?偉くなったのでしょう?」
ヤバい。育て方間違えたな。昔の私も、「お父様に頼んで、上流の男を紹介してもらってメイド達を見返すわよ!」とか娘に意気込んでたわ。
うん、環境も悪かったわね。
娘がなんか歪んでる。
私の階級コンプレックスのせいだよね。昔のままだったら、気づかなかった。
とりあえず、ちゃんとお話しないと……。
「サマンサ、あのね、上流階級になってもお金持ちになっても、愛がないと幸せにはなれないのよ?お金は大事だけど、ちゃんと生活できるくらい稼いでくれたらいいのよ。自分の環境に見合う人と愛し合う方がいいの。」
「なに言ってるのかわからないわ。偉くなれば、みんな馬鹿にしないでしょう?お屋敷の人達も、私達を認めてくれるわ」
サマンサはキョトンとしている。
私は首を横に振った。
「そうじゃないわ。立場だけ偉くなっても、あの人達にとって、私達は悪者なのよ。子どものあなたに罪はないのだけど、あなたもあの人達からお父様を奪った悪者だと思われてるのよ」
「なぜ?あの人達は、身分をかさにきてお母様からお父様を奪ったのでしょ?『身分があれば私達だってお父様と幸せになれた』とお母様が言っていたじゃない」
「ぐう……」
ぐうの音くらいは出たけど、私、なんという話を娘にしてたんだ。
「確かに身分があれば、私達は幸せになれていたわ。でも、お父様と私が隣国で平民として暮らしていた時も、私達は幸せだった。身分は関係ないのよ」
「ちょっと何言ってるのかよくわからないわ」
「なんでわかんねえんだよっ」
「お母様?言葉使いが……」
「ご、ごめん遊ばせ??」
危ない危ない。サンドイッチ男のコント、好きだったからつい出ちゃったわ。
「とにかく、あなたはここにいても辛い思いをするかもしれないわ。お屋敷の人達は、あちら側。私達を憎んでるのよ」
「でも、偉くなれるのでしょう?我慢するわ。上流階級の人間になれるのだもの」
なんつー俗物娘になっちゃったのよ……、このコ。
いえ、親の私の責任ね。
アンソニーを奪った上流階級への恨みを、隠さなかったのだもの。
ドレスや小物、邸宅内のインテリアなどは、アンソニーに頼んで上流階級並みにしてもらったけど、身分だけは変えられない。空しかったわ。
その気持ちを、娘が受け継いでしまったのね。
私は娘の頭を撫でた。
「いつかあなたもわかる日が来るわ。身分やお金だけでは、人は幸せになれないって」
サマンサは私の話には興味をなくしたようで、部屋の中をキョロキョロしながら、豪華な調度品に目を輝かせている。
そこへ、コンコンと部屋の扉が叩かれた。
「アンソニーだよ。入ってもいいかな、奥さん?」
「ええ。どうぞ、旦那様」
冗談めかして答えると、アンソニーが扉を開いて入ってきた。
「エントランスに全員集めたよ。この客間から近い場所がいいかと思って。一応医師に回復魔法をかけてもらったけど、あまり君に無理をさせたくなかったから。そこでよかったかい?」
「どこでも構わないわ」
私がベッドの上で片手を差し伸べると、アンソニーが自然な動作でその手を取って、私がベッドから出て立ち上がるのを支えてくれた。
「エスコートをお願いしますね、旦那様?」
「喜んで、奥さん。サマンサもおいで。」
「ええ、お父様!」
私達は、親子三人でエントランスへと向かった。
エントランスには、先妻の遺児二人と二十人ほどの使用人達が集まっていた。
皆、一様に私を睨んでいる。ずいぶん憎まれているようだ。
私は彼らを見回した。
「この度、マグナクト伯爵家に後添いとして参りましたエリーゼですわ。先ほどは誰かさんのおかげで挨拶が中断してしまいましたが、よろしくお願いしますね」
「誰かさんてのは、私のことか!」
金髪碧眼の少年が、声を荒げる。
私は、ふんと鼻を鳴らした。
「あなた以外に誰がいるのかしら?自己紹介もなく、急に女の身の私に水を浴びせるなんて。侯爵家の奥様がお育てになったとは思えない粗野な振る舞いに、私驚いてしまいましたわ。まるで平民の喧嘩を見ているようよ」
イケイケである。言うべきことは言っておかないとね。
少年は私に飛びかかろうとして、同じく金髪碧眼の姉らしき美少女に腕を引かれて止められた。
「この方の言うことはもっともよ、カイル。ごめんなさいね、エリーゼ様。弟が粗相をしたわ。弟の名前はカイルリード。私が姉のエイラよ」
弟と比べて姉は理性的らしい。
「いいのよ。でも、躾は厳しくなさった方がいいわ。将来、マグナクト伯爵家の名を貶めかねないわよ」
「ええ。……でも、伯爵家の跡取りが弟だと理解してくださっているようで安心したわ。あなたは、下賤な出の娼婦上がりと聞いているから、私達の事情をよく理解していないのではないかと不安だったの」
おっとぉ!ジャブですね?
でも、やったらやり返されるのよ、お嬢様?
「あら?あなたこそ、私の事情をよくご存知ないのね。私は、元々男爵家の出身。下級とはいえれっきとした貴族の出だし、アンソニーと夫婦として暮らしていたのを無理に引き離されて、生活のために酌婦の仕事をしたけれど、娼婦の経験はないの。無知なあなたに教えて差し上げると、酌婦と娼婦は違うのよ?酌婦は、お客様にお酒をつぐお仕事であって、春をひさぐお仕事とは違うのよ?」
まあ、場末の三流酌婦は、娼婦まがいのこともするらしいけど。
私の勤めたのは、そういうのは拒否できるお店だったから。
そこらへんは、ちゃんと調べて就職活動したし。
でも、馬鹿にされたのがわかったのだろう、エイラはプルプル震えている。
屈辱なのね。ざまあ!!
よし、すっきりしたところで、本題に入りましょう。
「ところで、あなた達は私を恨んでいるようだけど、私だってあなた方を恨んでいるのよ?」
「「「「「はあ!?」」」」」
私の思いがけぬ発言に、皆が驚きの声を上げる。
「な、なんでお前が私達を恨むんだ!恨むのはこちらだ、この売女め!」
カイルリード君が唾を飛ばしながら食ってかかる。
私は、その唾を扇でガードしながら、眉をひそめた。
「また根拠のない誹謗中傷を。そもそも、私のアンソニーを無理やり私から奪ったのは、伯爵家と侯爵家、そしてあなたのお母様でしょ?」
「は?そこのクズは伯爵家跡取りだった!婚約者の母がいながら横恋慕したのは、お前だろう!」
「何それ、そんな話になってるの?ねえ、アンソニー、あなた知っていたの?」
「いや、私は知らない。初めて聞いたな。誰だ、そんなことを言ったのは!」
アンソニーの問いに、エイラが訝しみながら答えた。
「みんなそう言っていたわ。伯爵家のお祖父様達も侯爵家のお祖父様達も、お母様も、侍女達もみんな……」
「あらあら、アンソニー。真実を知ってる使用人もいるはずなのに、みんな口裏を合わせてるみたいね。じゃあ、私達の条件のことも知らないで奥様は嫁いできたのかしら?」
「そんなわけはない。モーリンには、結婚前に話してある。政略だから、仕方ないと言っていたし、私達のことに口を出さない約束で、伯爵家の内向きのことは全てモーリンの好きに任せたんだぞ」
私達の話に、向こうの子ども達は戸惑っているようだ。
うちの子は……、やだ、欠伸してるわ。この雰囲気で、図太いわね!
「どういうことなのですか、お父様?」
エイラがアンソニーに尋ねる。アンソニーは答えた。
「元々私とエリーゼは、お互い婚約者がいない時に出会い、恋人同士になったんだよ。私は父親から反対されていたし、おかげでエリーゼは無理に婚約させられようとしていたから、伯爵家を弟に任せ、私達は駆け落ちしたんだ。でも、弟が死に、私達は引き離された。その時、お前の母親との縁談の話が来たんだ」
「そんな……」
「それでも、母様と結婚したのに、この女を妾にして、母様を蔑ろにしたのはお前とあの女だ!」
カイルリードが私を指差して喚く。
ちょっと!人を指差さないで欲しい。
「そもそも、あなたのお母様や両家の皆様は、私込みで婚姻を結んだのよ。勘違いしないで欲しいわ」
「は?」
「どういうことなの?」
それを説明したのは、アンソニーだった。
「私はエリーゼと離れて結婚するくらいなら、死んだ方がマシだったからね。伯爵位を継いで結婚を承諾する代わりに、エリーゼとの生活を望んだんだ。伯爵家と侯爵家は互いに婚姻で利益を得たがっていた。だから、お前達跡取りとなる子どもを二人生ませることを条件に、私の提案を呑んだ。お前達には悪いが、モーリンは全て承知して嫁いできたんだ。エリーゼに当たるのは間違っている」
エイラとカイルリードが、絶望的な表情を浮かべる。
およそ貴族の子どもなんて、家の駒として扱われるものだが、自分達の存在が条件でしかなかったというのは、ショックなことだろう。
使用人達も、ざわざわしている。
若い使用人達は、事情を知らなかったに違いない。
うちの子は……、やだ、鼻ほじってる!どさくさに紛れて鼻ほじる人に、上流階級は無理よ!
私は、娘を見なかったことにして、場を仕切り直すことにした。
「じゃあ、そのあたりもふまえて私の意見を聞いてちょうだい!」
皆がこちらを振り向く。
最初のような敵意ある視線は減ったような気がする。
まあ、戸惑い半分てところか。でも、伯爵家を乱してる元凶は私であることは否めないので、敵意は完全には払拭できないだろう。
私は皆の視線を集めたまま、宣言した。
「私は、ここには住まないわ」
「「「「「え!?」」」」」
「エリーゼ!?」
「お母様!!?」
全員の驚愕が気持ちいい。サプライズとはいいものだ。
「あのね、あなた方は被害者面して私を悪役にしてるけど、私からしたらあなた方こそ夫と幸せを奪った悪役なの。私だって、被害者だわ!」
「な、お前が被害者だと!」
「黙って聞きなさいな、カイルリード。そうはいっても私だって、あなたやエイラさんには同情しているのよ。だって、子どもには何の罪もないのよ。あなた達も別に選んでこんな修羅の家に生まれてきたわけじゃないだろうし、そもそも一番の元凶は、私とアンソニーを引き離し、修羅場を生み出すのをわかっていて奥様を嫁がせた伯爵家と侯爵家なんだから」
「「……」」
カイルリードとエイラは、信頼してきた祖父母達に裏切られた気持ちなのだろう。怒りのような悲しみのような、複雑な表情を浮かべた。
「それでね、奥様が守り生活してきたお屋敷に、私が我が物顔で居座るのはエイラさん達も嫌でしょうし、私もそんな場所で暮らすのは遠慮するわ。そこで、私は領地のお屋敷で暮らすことにする。どうせ跡を継ぐのはあなた方だし、社交はあなた方に任せることにするわ」
「ちょっと待って、お母様!まさか私も領地に引っ込めって言うの!?」
サマンサが声を上げる。
「あなたには、上流階級なんて無理よ、サマンサ……」
欠伸鼻ほじり娘にはね……。
「イヤ!イヤよ!私だけは、ここで暮らすから!」
「私も嫌だ!エリーゼと離れるなんて!エリーゼが領地に引っ込むなら、私も領地に引っ込む!」
この親子……。ハモりおって。ともあれ、サマンサの意見はともかく、アンソニーが領地でいっしょに暮らしてくれるのは大賛成だ。
「じゃあ、アンソニーは私と領地に。どうせ王都にいても、領地は管財人任せだったし、こちらでの仕事も社交くらいだったでしょ?カイルリードのデビュタントを手伝って、後は先代に任せたら領地に引っ込みましょう。サマンサ、あなたも領地に来るのよ」
アンソニーは、嬉しそうな顔をしている。
サマンサは駄々をこねている。
「私はこっちに残るわ!絶対領地になんて行かない!」
「あなたに、上流階級なんて合わないわ。立場だけ偉くなっても、庶子上がりとかマナー知らずとか馬鹿にされるだけよ。このお屋敷だって、誰もあなたを受け入れないわ」
「そんなことないわ!ねえ、お姉様、お兄様、私もいっしょに暮らしてもいいでしょ?お願い!」
「嫌だ」
「嫌よ」
「どうして!?」
「サマンサ、普通は、母親を苦しめてきた女の子どもなんて、受け入れられないものよ。諦めて私と領地で暮らすのよ」
「いやー!玉の輿に乗りたいのよ!偉くなりたいのー!」
周囲の目が冷たい。はい。私の教育です。ごめんなさい。
メイドにまで出自を馬鹿にされ、虐げられて、でもメイドに苛められてるなんて恥ずかしいこと、アンソニーには言えなくて、あの頃の私は拗らせてたのよ……。
そこへ、アンソニーが助け舟を出してくれた。
「上流階級に拘って、なおかつ王都で暮らしたいなら、知り合いの伯爵が後添いを探しているんだけど、そちらに行くかい?年は四十台、太り過ぎてて容姿で縁談を断られててね。でも子どもはいないし、人柄は悪くないし、嫁に来てくれるなら出自は気にしないなんて言ってたよ」
「あなたより、年上なの?でも、この子には上流階級用の淑女教育を受けさせないと、結婚なんて……」
「そこら辺は、伯爵に頼むよ。まだ若いし、婚約して、淑女教育込みであちらの家で過ごし、修了後結婚という形にしてもらえば……」
かなり年上だけど、貴族の結婚だと、まあそんなこともある。
要は、相手の人柄次第。人柄がいいなら任せてもいいけど、私が恋愛結婚しただけに、娘に望まぬ結婚を強いるのもなあ。
「ねえ、サマンサ。どう?条件は良さそうだけど、年が離れ過ぎてるし、容姿で断られる方だと言うし、あなたが嫌なら……」
「私、その方と結婚するわ」
「まじで?」
「まじで、とは?お母様?」
「気にしないで。それより、いいの?お相手は……」
「上流階級で、王都で暮らせて、馬鹿にされないなら、何も言うことはないわ!」
やだ、私の娘が逞しい……。ここまできたら、もういっそ清々しいくらいね。
「馬鹿にされたくないなら、淑女教育をがんばりなさいな。……決して人前で、ほじらないで」
「気をつけるわ、お母様」
私はアンソニーを見た。
アンソニーも、私の視線を受けて頷く。これで、娘の縁談は進むだろう。
娘が王都で暮らすなら、カイルリードと合わせて、こちらでデビュタントの準備をしなければ。
そう頭を働かせながら、何の気なしに顔を上げると、エイラがこちらを見ていた。
複雑な視線だった。
敵意は和らいでいる。それでもわだかまりはあるだろう。私の存在が彼女の母親を苦しめてきたのは事実だ。
政略結婚だって、長年連れ添えばもしかしたらいつか愛してくれるんじゃないか、そう奥様は期待したのかもしれない。
でもそれは叶わず、腹いせに、奥様は自分を正当化して私を悪者に仕立て上げることにしたのだろうか。
エイラとカイルリードはずっと私を悪者と信じてきたし、ぶっちゃけ奥様にとって、確かに私は悪者だった。
だから、事実を知ったとて、エイラ達が私に百パーセント好意的になるとは思わない。
それでも、私は被害者だ。
確かにはた目からみれば、私は貴族の妾で、本妻は私のせいで愛されなくて、本妻が死んだ途端に後添いとして伯爵夫人になり、継母になった、どこからどう見ても悪役設定満載の女である。
それでも、私だって正当に、被害者だ。
だから、幸せになったっていいと思う。―――愛する夫といっしょに。
アンソニーと領地の屋敷に移った私が、日本の知識チートと転生あるあるの魔法チートで、領地の農地改革や商品開発を行い、伯爵領をめちゃめちゃ発展させたのは、その後の話。
テンプレ乙である。