言えない気持ち
春休みも終わって、あっという間に新学期になった。
パパに海野君と付き合ってる事は言ってない。迷ってる間に新学期になっちゃった。ホントにどうしたらいいんだろう。春休みも海野君と連絡取ってないし、会ってない。
今日は久しぶりに会うんだよね。きちんと会いたいって言えば良かったな。それとも、会わないほうが良かった? ううん、会わないほうが良かったなんて思ったらダメだよ。冴子、自分からいかなきゃいけないんだよ。きちんと会いたいって決めたじゃない。いつまでも悩んでたらダメなんだよね。
新学期当日、新しい気持ちで正門をくぐる。
体育館横に新しいクラスの表が貼ってある前に、人だかりが出来ている。
「冴子っ!」
沙智が私を呼ぶ。
「沙智、おはよう」
「クラス替えの表、見た?」
「ううん。今来たばっかりだから…」
「早く早く」
私は沙智に引っ張られて、前にいく。
「とりあえず、クラス替えの表見てよ」
沙智に催促されてクラス替えの表を見る。
私の名前、二年D組に書いてある。
「私、D組なんだ」
「そうよ。私もなんだよ。男子の欄も見てよ」
沙智に言われたとおり、男子の欄も見てみる。
男子の名簿の二人目、海野享平って書いてあった。
「あ、海野君の名前…」
「同じクラスなんだよ、冴子」
「沙智、有森君の名前ないけど…?」
海野君より前にあるはずの有森君の名前が見当たらない。
「秀昭はC組。隣のクラスなの」
「そっか。でも良かった。海野君と同じクラスで…」
完全に安心しきってる私。
「安心するの、早いってば、冴子」
「え…?」
「前にサッカー部のマネージャーで、海野君にアタックしてる子がいるって聞いたでしょ?」
「うん、聞いたけど…」
「いるのよ。同じクラスに…」
「え?!」
思わず声をあげてしまう。
サッカー部のマネージャーの一人と同じクラスだなんて信じられないよ…。どうしよう…。
「どの名前の子なの?」
「えっとね…岡崎良子って子だよ。冴子の前じゃない。ついでに言うと、石水さんのライバルみたいよ」
「そうなんだ…」
あまりにもショックで、急に不安になる。
海野君と沙智と同じクラスになったのは嬉しいけど、また恋のライバルと同じクラスなんて…。これ以上、恋のライバルと張り合うのは嫌だよ。もう疲れちゃったよ。今回は石水さんじゃない女の子。岡崎さんという女の子。こんな中でやっていけるかな? 大丈夫かな?
二年D組、担任は誰だろう? パパじゃないことを祈るけど…。もし、パパだったら海野君と付き合ってる事、言わなきゃ。いつまでも黙ってちゃダメなんだよね。
体育館に私の学年がクラス事に並んでる。
今日から二年生。一年前と違う。この一年で私成長したよ。恋の切なさや辛さ、人を思いやる気持ち。色んな感情を学んだ。
ポンポン。
誰かが私の肩を叩く。振り向くと、海野君が立ってた。
「う、海野君?!」
「久しぶりだな」
「そうだね」
嬉しくて声が震えてる。
「同じクラスで良かったよ。冴子、仲良くしような」
「うんっ!」
「お―っ、元気だな。今日、デートしよう」
海野君からの突然の提案に、キョトンとする私。
「なんだよ? デートしたくね―の?」
「ううん」
慌てて首を振って否定する。
その時、学年主任が前に立った。
「じゃっ、またあとでな」
そう言うと、海野君は前に並んでいった。
二年D組の教室、教卓の前に担任が立って名前を書く。
担任はなんとパパなんだよね。
体育館に戻る時に、沙智と海野君には言っておいた。二人共、ビックリしてた。
パパのクラス。これで決定的になった。海野君と付き合ってる事、パパに言わなきゃ。
「冴子、朝学習どうする?」
最初のホ―ムル―ムが終わって、朝学習の申し込み用紙を持って私の席まで来た海野君。
「考え中だよ」
「オレは受けないつもりだけど、冴子が受けるなら受けようと思ってたんだ」
「来週中までに受け付けてるみたいだしね」
「そうだな」
二人の会話が教室に響く。
私達二人の他に、女子三人とパパがいる。
これでバレてるよね。ちゃんと言わなきゃいけないんだけど、言わなくてもわかるかな。
「冴子? ボ―ッとしてどうした?」
「あ、うん。帰ろう」
そそくさに私は海野君と教室を出て行った。
さっき教室でのパパ。なんか少し怒ってた。そりゃ、そうだよね。海野君と付き合ってる事言ってないし、自分の娘が男の子と仲良くしてるんだもん。それに、私の下の名前呼び捨てにしてたもん。だけど、怒ってる瞳の中にはほんの少しだけ悲しい瞳をしてた。その理由はなんとなくわかったけど…。一体、パパの悲しい瞳の中には、どういうふうに私達が写ってたんだろう…?
「あのさ、冴子」
「何? 海野君?」
「そろそろ海野君って呼ぶのやめてくれない?」
「え…?」
「オレ達付き合ってるんだから名字で呼ばなくていいと思うんだよね」
真剣な表情の海野君。
「でも、急に…」
「でも、じゃないよ。オレは冴子に下の名前で呼んでもらいたいんだ」
いつにない真剣な海野君。
私のこと、ちゃんと想っててくれてるんだ。よく伝わってきてる。
「ちゃんと“享平”って呼んで欲しい」
海野君の言葉に、コクリと頷く私。
頷くことしか出来なかったのは、声に出して返事するとホントにしなきゃいけなかったから。頷いた時点でホントにしなきゃいけないよね。
「じゃあ、今日は“享平”って呼んでくれるまで、冴子を帰さないことに決めた!」
真剣な表情からいつもの笑顔になる海野君。
「え〜っっ、そんなの嫌〜」
「今、頷いたもんね―」
「も―、イジワル―」
「イジワルじゃないよ」
優しい声の海野君。
「それに、冴子のお父さんが担任だなんて光栄だな。付き合ってる事認めてもらえるかな?」
「大丈夫! 私がなんとかするからっ!」
「そっか」
そう言うと、海野君は黙ってしまう。
なんとかする。強がり言っちゃったけど…。ホントは大丈夫なんかじゃないの。パパに認めてもらうこと、凄く凄く不安なの。今、挫けそうなの。胸いっぱいに不安の波が押し寄せてるの。
「冴子、不安なんじゃね―の?」
私は目を丸くしてしまう。
「ホラ、そんな顔して。全然、大丈夫って顔してね―よ」
不安な私に、海野君は笑ってくれる。
「そんなことないよ」
「無理すんなって! すぐに認めてもらうのは難しい事だから…」
そう優しい笑顔で言ってくれるんだけど…。ヤダ…海野君のその笑顔に挫けてしまいそう…。
「さっ、早くオレの下の名前呼んでよ」
「……」
どうしよう。色んな想いが交差してる。
「…享平…」
消えそうな小さい声で呼ぶ。
「声小さいな」
「そ、そんなぁ…」
「いいよ。一度、呼んだら慣れるしな」
「そうだね」
海野君。ううん、享平は私達の事をパパに認めてくれるか、凄く心配してくれてる。今まで内緒にしてたから、パパに怒られるのはわかってる。私の頭の中、さっきのパパの怒った瞳が回ってる。
「冴子のお父さんってどんな人?」
「優しいよ。私の事、理解してくれるもん」
「やっぱ、怒ったら怖いよな?」
「怖いよ。特に男の子と仲良かったら…」
「そうなんだ。もしかしたら、オレと付き合ってる事、認めてもらえないかな」
享平は少し遠い目をする。
「大丈夫だよ。何度も話せばわかってくれるから…」
「ホントに?」
「ホントだよ」
「見かけによらず厳格なんだな。パッと見は優しそうな感じはするけどな。どこでも娘が男の子と付き合ってたら最初に認めるほうが難しいよな」
「そだね。パパだって人間だからわかってくれるよ」
私と同じ事を思う享平。
いつか、パパに認めてくれるような、ホントの恋人同士になれるように――。
不安な気持ちを抱えている私は、享平の横顔を見つめながら思っていた。