険悪ム―ド
翌日の昼休み、私と沙智と享平と有森君の四人で、学食で食べようって約束してたんだけど…享平は
「用事が出来たから無理になった」って言ったんだ。
サッカー部のことかな、なんて思ったけど、なんか違うっぽいんだよね。他の友達と約束したのかな?
「享平も来たら良かったのにな」
有森君が残念そうに言った。
「そうよね。用事が出来たって言ってたから、サッカー部のことかな?」
「多分な」
「海野君はサッカー部の期待の星だからね」
「羨ましいな」
沙智と有森君の会話、享平の話題。
「秀明、陸上部の部長にはなれないの?」
「オレは無理だな」
「え―っ、なんで―?」
「オレはそんなにタイムが早くないんだよ」
「タイム、早くしてよ」
「早く出来たら、とっくにしてるよ」
楽しげな二人の会話。
そんな二人に、ため息の私。
享平が学食で食べるのを断ってきただけで、私の中ではすごい胸騒ぎ。二人みたいにサッカー部のミ―ティングのことだって、ずっと思ってれば良かったんだけど、すぐに違うって直感したんだもん。私の発想がすごいよね。でも、一緒にお昼出来なかった分、放課後がある。一緒に帰れるよね…。
「冴子、元気ないよ?」
ボ―ッとしてる私に、沙智が心配してくれる。
「あんまり食べてないみたいだし…」
有森君まで心配してくれる。
今の私には、二人の心配が苦しいよ。
「大丈夫よ」
「またまた…。享平がいね―からって食べる気ね―んだろ?」
「ハハハ…」
笑ってごまかしてしまう私。
「当たりなんだ?」
「まぁね」
そう答えると、深いため息を一つつく。
ホントに今日に限って食欲がない。私の大好きなカレーライスを頼んだんだけど…。やっぱり食べる気がしない。享平がいないからっていうのもある。それよりもなんだか熱っぽい。風邪でもひいたかなぁ。
「ねぇ、ホント大丈夫?」
「うん…」
返事するんだけど、気のない返事。
沙智が私のおでこに手をやる。
「ちょっと、冴子、熱あるんじゃない?」
「…みたい。保健室行ってくる」
「私もついて行こうか?」
「一人で行ける」
「…なら、あまり無理しないでね」
「うん」
私は残ったカレーライスの皿を持って、急いで保健室に向かうことにした。
中庭を越えて、隣の校舎にある保健室。熱があるせいか、長く感じる。
今日はついてないな。熱があるし…。実は朝から熱っぽい感じだったんだけど、学校に行ったら、なんとかなるって思っちゃったんだよね。学校に来ても熱下がらないのに、何考えてるんだろう。きっと、享平の顔が見たいから、とっさに体が休むより学校に行く事を優先したんだよね。
放送部が流している音楽が、校舎いっぱいに響く。今日の音楽は少し大人っぽい曲。
こういう感じの曲、好きだな。それにしても、さっきより余計にフラフラしてる。ヤバイなぁ…。ちゃんと休めば良かったなぁ…。大体、私って中学から無理ばっかしてるんだよ。中学の時に、体調悪いのに学校来たんだ。その日は体育祭の練習で猛暑の中、リレーの練習してたら、走ってる最中に倒れちゃって、そのまま保健室行きになっちゃったわけ。無理は禁物だって言うのに…。なんて思ってると、やっと中庭に着いた。
その中で綺麗な花が生けてある場所に享平と岡崎さんがいるのが見えた。
――あの二人…二度目のツ―ショットだ!! また何か喋ってるんだ…。
「享平…」
弱々しい私の声。私の声に気付いてない享平。
これ以上、声は出ないのに〜っ。
「享平…っ」
「え?」
振り向く享平。
少しキョロキョロした後に、私に気付いた。
「あ、冴子…」
バツが悪そうな享平。
その表情が私の胸に突き刺さる。
「何してんの?」
「何もね―よ。ただ相談にのってるだけだよ」
ほんの少し口調のキツい享平。
私、初めて聞いた。享平のこんなにキツい口調。
なんで? 享平がキツい口調になるくらいに仲良いの? 享平と岡崎さん。私と享平よりもずっと恋人同士に見えるよ。
「冴子には関係ね―ことだから…」
「そうよ。わざわざ入ってくることないじゃない」
二人にそう言われると、何も言い返せなくなる。
不意にグッと唇を噛んでしまう私。
「な…何よ?! 二人して私をのけ者にするの?!」
気付いたらそう叫んでた。
「違うよ。今は相談にのってるから邪魔しないで欲しいんだ」
「何が相談よ! 私は…享平の…彼女…なの…に…」
段々、声が弱々しくなって気が遠くなってくる。
あ…ダメ…。言いたいことたくさんあるのに…気が遠くなってくるよ…。
二人の親密そうな空気。享平は岡崎さんの相談にのれるような関係なの? 岡崎さんと仲良くしろなんて言わない。だけど、不安になるの。岡崎さんと初めて会った時、享平は大人っぽい女子じゃないと似合わないって言われた。そう言われたから、享平も私の事子供っぽいって思ってるの? 私が享平の事好きだって言ったから、嫌で付き合ってるの? そんなんじゃないよね。私の事好きだって言ってくれた。
さっきの享平のバツが悪そうな表情。キツい口調。入り込んで欲しくないような雰囲気。もしかして、私達は別れることになっちゃうの? 別れる。そんなの嫌だよ。私の言った言葉で享平は私の事嫌いになってる。別れようって言われる。ちゃんと覚悟を決めなくちゃ。辛いけど覚悟を決めなくちゃ。
……。
あれっ? 私、なんでベッドで寝てるの? なんか、体が重い。享平が私の顔をのぞきこんでいる。
「熱が九度五分あるって。そんな熱があるのに、学校来てたんだな」
「え、あ、うん…」
享平、怒ってる。
「授業は…?」
「もう終わったよ」
「ご…ごめんね。迷惑かけちゃって…」
享平に謝るけど、ホント泣きそう。享平の顔、まともに見れないよ。
「ホント迷惑ばっかだよな」
「……」
なんて言えばいいのかわからない。
「オレが良子の相談にのってんのに入ってきて、かと思えば、熱で倒れるし…。良子も怒ってたよ」
呆れ顔で呆れながら言う享平。
そんな顔しなくてもいいのに…。私ってホントにバカだよね。人に迷惑ばかりだし。保健室から逃げだしたくなっちゃう。
「俺達が話してる時は入りこないで欲しい」
「ごめん。でも、私、享平の彼女なのになんで岡崎さんばかりなの? 私と岡崎さんは同じ立場なの? そんなにマネージャーの岡崎さんのほうがいい?」
謝った後に私の不満が一気に吹き出してくる。
「そんなんじゃね―よ。良子とはただの友達だし、冴子が考えてるような関係じゃないって。それにさっきのはサッカー部の事で相談されてたんだよ」
享平は否定する。
「じゃあ…なんで呼び捨てにするの? 享平が岡崎さんの事、呼び捨てにすると不安だよ…」
どうしようもないくらいの悲しみが胸に溢れてくる。
「友達だからって呼び捨てにするんだね。彼女の私と同じなんだね。同じクラスだけど、当分、二人で会わないほうがいいと思う」
「冴子…」
私が言った言葉に困惑している享平。
そして、私はカバンを持ってベッドから抜ける。
「まだ寝とけよ」
享平は二人で会わないほうがいいと思うと言った私に、慌てて止める。
「いいよ。もう大丈夫だから…」
「冴子!!」
享平は強く私の腕を掴む。
「い…いた…っ」
「ごめん。大丈夫か?」
私はコクリとうなずくと、小走りで保健室を出て行った。
それは享平に涙を見られたくなかったから――。