私じゃない女の子
新学期が始まって一週間、パパに何も聞かれなかった。
私からも何も言ってない。多分、パパも聞きたくなんだと思う。私達の関係認めたくないんだと思う。それにあの日からパパは私と顔を会わせようとしない。声もかけようとしない。朝はパパに早く起きて、八時前には家を出る。一体、どうしたらいいの…? 享平と付き合ってる事言えば良かったの? 沙智だって言ってた。
「他の先生が二人の事を貝本先生に話してたよ」そう教えてくれた。他の先生に聞いたから敢えて聞かないんだね。今の状況からすると、絶対許してくれないはず。なんとなくわかる。
思い出す。パパの怒ってる瞳の中の、ほんの少しの悲しい瞳。ぐるぐると回り出す。切なくて苦しくて胸がしめつけられる。その胸のしめつけが、小さな傷になる。どうして早く言わなかったんだろう? そういう思いが駆け巡る。
享平、大丈夫かな? パパはサッカー部の顧問なんだよね。享平一人だけキツい練習してないかな? 一人だけ取り残されてないかな? 色々考えちゃう。聞きたいけど聞けない。ホントに心配になる。ジメジメした私の心の中。いつになったら晴れるんだろう…?
「冴子、大丈夫?」
「あ、沙智…」
放課後、何かしようってわけじゃないけど、グランドで沙智と一緒にいる。
「顔色悪いよ?」
「大丈夫よ」
無理して笑って見せるけど、沙智にはバレバレ。
「海野君の事でしょ?」
「え?」
「言わなくてもわかるんだから…」
「そうだよね…。あのね、私、パパに享平と付き合ってる事、まだ言ってないの」
「マジで?」
「ホントだよ」
「それで?」
「バレてるからパパ怒ってるの」
「そりゃあそうでしょうよ。なんで早く言わなかったの?」
「言いづらかったんだもん。パパ、私と顔を合わせてくれないんだ」
「ヤバイよ。早く言わなきゃ」
「…だね。今日にでも言うつもり」私の決心は固い。ホントに今日言う。
「貝本先生てサッカー部の顧問だっけ?」
「そうだよ。凄く心配だよ」
「そうよね。海野君、無視されてるかもしれないもんね」
「うん。なんとなく享平だけ男子の中で態度が違うような気がするんだよね」
「私には見た目はわからないけど、それはあり得るかもね。あ、海野君だ」
沙智はグランドを歩く享平と岡崎さんを指指す。
でも、隣には…同じクラスの岡崎さん。享平は私には見せた事ないような笑顔で、なんだか、とても仲良さそう。
「海野君!」
沙智が元気よく手を振って享平を呼ぶ。
二人は私達二人の席に近付いてくる。
「冴子と磯部さん、何してんだよ?」
「話してたの」
「仲良いよな」
そう言う享平の表情、ちょっぴり切ない。
「そういえば、貝本さんて享平君の彼女だっけ?」
彼女…岡崎さんが私の隣に座ってから言う。
「そうだよ。冴子、前に言ってただろ? サッカー部のマネージャーしてるって…」
「あ…うん…」
ボ―ッとしてた私は、慌てて返事する。
「二人が付き合ってるって聞いてたけど、貝本さんて大人っぽい人だと思ってた」
「……」
岡崎さんの言葉に何も言えない。
「享平君には大人っぽい女子じゃないと似合わないかなって思う」
髪をかきあげながらの岡崎さん。
大人っぽい女子じゃないと似合わない…。それは、私が子供っぽいってことだよね? そういう意味になるんだよね…。
「そんなことね―よ」
さっきの笑顔の続きを岡崎さんに向ける。
「私、トイレ行ってくるね」
突然、沙智が立ち上がる。
「さ、沙智…」
「すぐに戻ってくるって。三人で喋っててよ」
沙智は私にウインクすると教室を出て行った。
「良子、昨日言ってたCD持ってきてくれよ」
沙智の姿を見届けた後に、享平は笑顔で話の続きをする。
「いいよ」
「あの曲、詞が好きだな。共感出来る」
「私も。詞の気持ちがよくわかる曲だな」
「まぁな。若者にはわかるんだろうな」
「そうみたいだね」
二人の会話、とても弾んでる。享平ってば岡崎さんのことを下の名前で呼んでる。付き合ってる私も下の名前で呼んでくれてるのにね。それに何より私といるより楽しそうにしてる享平。付き合ってる私と付き合ってない岡崎さん。享平にとっては同じなんだね。
二人の会話に入れなくて、思わず下を向いてしまう私。
私の鼓動、とても速く感じる。不安だって気持ちのせいもある。今にも泣き出してしまいそうだよ。泣いたらダメ。泣いたら二人はビックリしちゃう。そして、岡崎さんに言われちゃう。「泣き虫なコ似合わない」そう言って、バカにされちゃう。だけど、二人の会話が耳に入ってくる度に、涙が溢れそうになる。早く二人共、部活に戻ればいいのに…。私の心の中、とても混乱してる。ホントに泣き出しそう。自分でもよくわかる。ダメだよ、泣いたら…。弱いコになっちゃう。何度も自分に言い聞かせる。
「私、部活のほうに行くね」
「オゥ! オレ、冴子と少し話してから行くな!」
「早く来てね」
優しい声の岡崎さん。
享平の事、好きだと裏付けてるようで…。
「二人で仲良くね」
岡崎さんは私達に軽く手を振ると、ゆっくりとした歩き方でグランドに向かった。
「オレ、一緒に体育委員してるし、良子は一年の時からサッカー部のマネージャーしてるし、いつの間にか仲良くなったんだ。マネージャーしてくれてる時から仲は良かったけど、今年同じクラスになって、より一層仲良くなったって感じかな」
嬉しそうに話す享平。
そんなに嬉しそうに話さないでよ。
「良子ってクラスの中で中心的で明るいし、優しくて大人っぽいし、みんなから人気あるんだぜ?」
ふぅん…享平がそんなふうに思ってても仕方ないよね。だって、仲良いんだもん。
「…冴子?」
私の様子がおかしいことに気付く享平。
「……」
「どうした?」
「……」
「冴子…?」
享平が心配してくれる。
そして、私の瞳から涙が溢れる。
ダメ。泣いたらダメなのに…。「冴子、どうしたんだよ?」
「ゴ、ゴメン。なんでもない」
慌てて涙を拭う。
でも、拭っても何度も涙が溢れちゃう。止まらないよ。
「冴子、泣いてる理由、言ってみろよ」
首を左右に振る私。
「ホラ、言ってみろよ」
「…あのね…辛かったの…」
「え?」
「…享平の事…好きだから…岡崎さんと二人で話してるとこ見るの…嫌だったの…」
私の言葉にちゃんと耳を傾けてくれる。
「もしかして、ヤキモチ妬いてた?」
私はコクリと頷く。
「大丈夫。オレは冴子に心配かけるようなことはしない」
「……」
「それに冴子は初めてオレにヤキモチ妬いてくれた。冴子がオレの事好きかどうかとても不安だった」
突然の優しい言葉。享平も不安だったんだ。私と一緒だね。
「不安な気持ちにしたのは悪かった。冴子の気持ちはよくわかったから泣かないで欲しい」
真剣な表情の享平。
私は頷くことしか出来なかった。
「ただいま」
パパが帰ってきた。
私は急いで玄関まで行く。
「パパ、話があるんだけど…」
「話することなんてない」
それだけ言うと、居間のほうに歩いていくパパ。
「お願い。私の話、聞いてよ」
必死の私のお願い。パパってば無視しちゃって、私の話に耳を傾けようとしない。
「パパってば!」
強い口調の私。
その様子をただならぬ事だと思ったママは入ってくる。
「冴子の話、聞いてあげたら?」
「……」
「冴子、言っちゃっていいわよ」
「うん…。あの、実は…」
さぁ、早く言わなきゃ。
「海野と付き合ってる事だろ?」
「なんでわかったの?!」
「それくらいわかるさ」
サラリと言ってみせるパパ。
やっぱりバレてたんだ…。
「いつも言ってるだろ? 男の子と付き合ってはいけないと…。内緒でコソコソと付き合ってどういう事なんだ?」
険しい表情で言ったパパ。
「私から好きだって言ったの。そしたら、享平がOKしてくれた」
「享平? 呼び捨てにする仲なのか?」
「そうよ。ダメなの?」
「ダメだなんて言ってない。ただ冴子の事が心配なだけだ」
「パパが私の事心配するのは勝手だよ。私だって好きな人の一人はいてもいいじゃない!! それさえ許されないっていうの?!」
気が付いたら大声でそう言ってた。自分でもビックリするくらいに叫んでた。
「私は享平が好きだし側にいたいもん! パパだってママと離れるのが嫌なことわかってるくせに!! 好きな人と離れる辛さわかってるくせに!!」
私の瞳から涙が溢れてる。
私の言葉に、パパは何も言い返せないでいる。
「私だって…好きな人の側にいたいんだもん…」
「健吾、冴子が付き合ってる事認めてあげてよ。冴子にだって好きな人が出来るのは自然なことなんだもん」
ママも一緒になって説得してくれる。
「私達もそうだったじゃない。高校生からの付き合いだけだけど、私が色んな事言われても好きだって言ってくれたじゃない」
「それとこれとは違う」
「何言ってんのよ。好きな人同士で想いあってるんだしいいじゃない。私達も同じじゃない」
ママの優しい口調。
「考えておく」
パパはそれだけ言うと、居間から出て行った。
そして、ママは泣き顔の私を抱きしめてくれた。