第5話 話合い
食事が終わり国王が話があるということで待っていた秋人達。そして15分程過ぎたころに国王が食堂に入ってきた。
国王が入って来た瞬間食堂は静まり返り、それぞれ話を聞く姿勢を取り始める。
国王は皆が見えるように壇上に上がり、食堂全体を見回してから話を切り出した。
「勇者達よ、これから先のことを少し話しをさせてくれ。まず明日以降はしばらくの間は魔王討伐に向けて戦闘訓練をしてもらう。訓練はそれなりに厳しく指導し、一刻も早く力をつけてもらいたい。それと並行してこの世界の常識や歴史等の事も勉強してもらう。ある程度の実力と常識が身につけられたら、次は実践訓練をしてもらう。もちろん我が兵達と一緒にだ。実戦訓練はこの王都の近くにある〈ダンジョン〉に入ってもらうことになる。そこで自分達がどれほど戦えるか実戦で確かめてみて欲しい。さらに実戦訓練と共にレベル上げをしてもらい、ステータス強化をしてもらう。ダンジョンと言っても危険は少なく、さらには不測の事態になったとしても我が兵達が命に代えてでも勇者達を守って見せよう。だから安心して訓練に励みたまえ」
国王の話を簡単に言ってしまえば「常識や力をつけてから実戦をする」と言う事だ。まぁ、ありきたりだが理にかなっている。
(それにしてもダンジョンか。ラノベとかだとダンジョンに行ったら異変があったり故意に殺されそうになったりするんだよな。特に俺みたいな弱いステータスの奴は。まぁ、実際そんな事あるわけないけどな。ん? なんか視線を感じる?)
あたりを見回してみると国王がこちらを見つめていた。
いや、気のせいだよな? こんな雑魚の俺のことを気にするはずが無いよな?
いや、むしろその逆か? 雑魚がいることが気になっているのか?
と、そんな時秋人の視界の隅に佐藤の頭が映りこむ。
(あぁー、俺じゃなくてリア充共を見てたわけか。そりゃそうか。俺なんかを気にするはずがないよな)
と、思っていた時期が俺にもありました。
今国王と数人の文官らしき人達に頭を下げているところだ。
国王の説明が終わった後、秋人が前に出るように言われ今の状況に至っている。ちなみにクラスの奴らもいる。
(……正直勘弁してほしい。目立つのはあんまり好きじゃないんだよ。それに晒し者みたいだし……)
まぁ、それはともかく何で俺が呼ばれたのかは知らないけど大体予想はつく。俺が思ってる通りなら王城から追い出されるか殺されるかの2つだ(※オタク知識です)。
それともこんな使えない奴を奴隷にでもする気か? そうなったらどうやって逃げよう?
まさか俺が思っているほど嫌な奴じゃなくて、普通に心配されているだけ……? ないな。
まぁ、それは今から分かることだ。
国王は高そうな椅子に座り、近くに武器を持った近衛兵みたいなのが2名。壁際に大臣や文官みたいな人達が数人いる。そして後ろにはクラスメイト達。
「さて、其方を呼んだのはステータスの件でのことだ。其方のステータスは平均並みという事だからな。これから厳しい訓練などに着いて行く事は出来ないであろう。その為其方がこれからどうするのか意見があれば聞いておきたいと思ったのでこうして前に出てもらったのだ」
(なるほど、俺に選択肢があるのか。だからって変なこと言えば確実に殺されるな)
ここで秋人は考える。
第一に秋人がこれからどうしたいのか。城を出るにしても残るにしても、それ次第でこの話し合いの意味合いが異なってくる。
二つ目に城を出ると言っても何が必要なのか。此処に残るにしてもどうやって生活をしていくか。挙げれば切りが無いが、最悪必要な物だけは手に入れときたい。
さて、どうするか?
まぁ、ステータスを誤魔化した時点で決まってるよな。俺はこの城を出て旅に出る。そのためにはこの世界で必需品を手に入れとかないとな。
国王相手にどれだけ自分の要求を飲ませることができるか分からないが、こっちにはナビがいるんだ。何とかしてもらおう。
殺されそうになっても【無敵】で逃げる事くらい出来るだろう。
『これからはお前頼りだから頼むぞ』
『分かりました』
こんな土壇場で俺は交渉も何もできないからな。ここはナビに任せたほうが確実だろう。
そう楽観的に考えていたら、急に悪寒がし身体が震えだした。
(なんだ!?)
手足が震える。
呼吸が苦しくなる。
吐き気がする。
汗が止まらない。
頭が真っ白になる。
今まで感じたことのないような、気持ち悪さにパニックになろうとした時……。
『大丈夫ですかマスター』
「!?」
ナビの声が聞こた。
その声を聞いた瞬間体の中にあった物がスゥーと無くなるのが分かった。
おかげで冷静になり、先程の気分の悪さについて少し頭で考えることができた。
答えはすぐに思い至った。
(あーなるほど、これが一国の王が放つプレッシャーか)
平和な日本では絶対に味わう事の無い絶大なプレッシャー。それを正面から受けた秋人は恐怖してしまった。
そう恐怖してしまったのだ。
秋人の中で何かが切れた。
表情が消え、目が鋭くなり、悪人が纏う黒く気持ち悪いドロドロとした何かへと変わる。
それは何人頼りとも受け付けない秋人の本性であった。
別に秋人は善人でもなんでもない。どちらかと言うと悪人の分類だ。
そんな秋人はこんな持論を言っている。
「俺にとって他の奴は敵か味方か無関心かだ」と。
つまり秋人にとって他の奴は自分に害が有るか無いか。
ただそれだけなのだ。
そして秋人は敵と見なした者には容赦が無い。徹底的に叩き潰し、心をへし折る。それが秋人という人間だ。
だが逆に味方と認識したら、何が何でも守って見せる。その後、どんな結果が待ち受けていたとしてもだ。
このどちらでもない奴はどうなろうとは知らない。常に無関心なだけだ。
今この瞬間秋人はこの国のことを明確に敵とみなした。それがただの八つ当たりだとしてもだ。
「秋人を恐怖させた」それだけの理由があれば十分だ。
今はとりあえず国王との話し合いが先だ。
(集中しろ。相手がどんな奴であろうとやる事は変わらない。相手の動きを見ろ。どんな言葉使いで、どんな事に弱いのかしっかり見極めろ)
秋人の眼が鋭くなり相手の動きを隅々まで見ていく。
国王を見極めようと目を凝らしていたら、突然先程よりも鮮明に、クリアに相手の仕草一つ一つの動きが分かるようになった。なぜ急に相手の動きが鮮明になったのか、今の秋人の頭の回転の速さなら考えることなくすぐに思い至った。
スキル【観察】
このスキルが発動したから先程よりも相手の動きが鮮明に見れるようになったのだ。
余談だが、スキルを発動するには各々のスキルによってバラバラだ。今回の【観察】スキルは何かを注目していると自動的に発動してくれる便利なスキルだったため秋人の意思とは関係なく勝手に発動したのだ。むろん任意でも発動可能だ。
スキルによっては何らかの制限や発動条件などもあるが、この【観察】スキルには制限も発動条件などもない割と簡単に入手できるお手軽スキルなのだ。お手軽と言っても2、3月程度で入手できるわけではない。
商人などの人間を相手に仕事をしているような人達は大抵このスキルを持っている。つまり今目の前にいる国王も持っているということだ。余談終了
(これがスキルの効果か)
【観察】が発動したためにこれまで以上に相手の動きが見えるようになった秋人。
だがそれは相手も同じだ。国王と言うだけあって交渉などに便利なスキルが一杯ある筈だ……多分。
秋人より有利なのは間違いない。
(まぁ、でも関係ない。スキルがなくったて交渉はできる)
スキルというものはその事柄を極めて最終的(例外あり)に手に入れられるものであって、そのスキルがなくとも出来る。しかし出来るとは言ってもやはりスキルがあるとなしでは雲泥の差が出てしまう。
普通はその事柄に対して自分の脳で考える。自分の脳で考えるということはそれだけ無駄があったり脳に負担がかかるし、限界も存在する。だがスキルとはをその事柄に対して自分の脳で処理しているものの1部分をスキルという名の能力で補っているのだ。つまり過程の1部分を省略しているということだ。
スキルがなくともスキル持ちと対等に相手に出来る。
だがこのことに気付いてる人はあまりいない。
まぁ、スキルありきの世界だからスキルに疑問なんて抱かないのも頷ける。
秋人はこの時点でこの世界の理を1部分だけとはいえ理解していたのだ。
(俺を怒らせた報いはいつか受けて貰うからな)
それから秋人は悪人がまとう雰囲気から媚を売るような態度で国王に自分の要求を言った。
「国王様の言う通り、私は戦う事の出来るほどの力を持っていません。これからの厳しい訓練には耐えられないと思います。その為、この城を出て商人にでもなり生きて生きたいと考えております。ですが私はこの世界に来たばかりなため、この世界の知識やお金、身分を証明する物が無いなど不都合な点がいくつもあります。国王様には僭越ながら、お金や身分を証明できる物等の必要不可欠な物を用意していただく思います」
秋人がそう言うと後ろの方で騒めいた。多分クラスの奴らが騒いでいるのだろう。
(下手に出ろ。反感を買わないように気を使え。弱い奴、臆病な奴だと思わせておけば良い。いつか絶対後悔させてやる)
国王は考えるように顎に手を当て、目の前に跪く少年を見る。
(……正直この者の言うことはありがたい。なんの役にも立たない者を養わなくて済む上にそれを言い出したのは本人ときた。さらにその発言を勇者達が聞いているのも大きい。これはあくまでこの者の意思であり我々の意思ではない。それに少しの金と身分証明があれば良いと言っている。これほど好都合な事はあるだろうか? しかし不可解な点がいくつもある。我に何かを隠している事は確実だ。ここで逃がすのは危険か? いや、ここはあえて泳がしておくのも一つか……)
そう考えた国王は秋人に視線を送り口を開く。
「……成る程。生活に必要な物はこちらで揃えておこう。この世界の事に巻き込んでしまったばかりにキリガヤ殿には迷惑をかけてしまったな。本当にすまなかった」
そう言って王様は立ち上がり頭を深く下げた。それを見た周りの大臣や騎士達は驚愕の表情を浮かべる。確かに一国の王ともあろう者が平民に頭を下げるというのは相当な事だと思う。
だが秋人は見逃さなかった。謝る際にこちらに向ける感情が少し、ほんの少しだけ誠意では無く、見下すような感情があったのを。
普通の者なら、まず気付く事のないくらいのほんのちょっとした感情の変化。
だが秋人はある時を境に人の感情に敏感になったため簡単に分かった。
「そんな国王様が私などのために頭を下げる事なんてありません! 確かに私はこの世界に連れて来られましたが国王様が悪いわけではありません。そもそも魔王がいるのが悪いのであって、そんな状況を何とかしようと頑張っているのは国王様であるはずです。どうか頭をお上げ下さい」
秋人は国王に笑顔を向ける。
その笑顔が国王相手にどこまで通じているのかは分からないが、とりあえず体面上は良い感じにまとまったように振る舞う。
国王がこんな簡単に要求を飲んでくれると思わなかったが、結果オーライと言うことで。
まぁ、俺の要求を飲んだからと言って、俺の無事が確約されたわけでは無いが、まぁ、今は気にすまい。
だって【マップ】を確認したら、この部屋にいる人の殆どが敵の色を示す赤色なんだから(クラスの奴らは別)。だから俺は警戒を解くようなことはしない。
「キリガヤ殿にそう言ってもらえるとこちらもありがたい。それでもこちらに非があるのは間違いない。そのためこれからの生活が少しでも楽が出来るようにこちらで計らっておこう」
「ありがとうございます」
そう言って頭を深くさげるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
交渉? が終わり部屋に戻ってきた秋人は先程の事を考えていた。
(交渉とか言っといて、交渉らし事は何一つやらなっかたな……)
秋人が要求をして、向こうがそれを飲んだ。先程の事を簡単にまとめてしまえば大したことはやっていない。とりあえず要求が通ったことを喜ぶとしよう。
『ナビ、今何時?』
『夜9時半です』
(9時半か。寝るには少し早いし何かをするにしても遅いな。さて、何をするか?)
何をするか考えていたら、ナビが話しかけてきた。
『やることが無いのであれば、これからの予定を立ててはいかがでしょうか?』
『予定?』
『はい。この城を出た後に何をするかです。マスターにはある程度この世界の常識を教えましたので、それを元に大雑把で構いませんのでこれからの方針、目的などを決めてはいかがでしょう』
(予定かー。別に何かをしたいと言うわけではないんだよな。あ、冒険者にはなりたいかな? いや、でもこれは目的ではないし……)
とりあえず秋人は思っていることをナビに話してみる。
『大雑把に俺が考えているのは、この城を出てレベル上げができる場所に行って、ある程度鍛えたら適当に旅をしたいなって思ってるけど。細かいことは何も決めてはいないけど……』
『ではこの城を出て、まず始めにどこの街に行くか、そしてどんなルートで行くのかなどを決めましょう』
『了解。じゃあナビ、この国で一番魔物が強くて危険な場所を教えてくれ。そこでレベル上げをするから。移動時間はそうだな……1ヶ月くらいだ頼む』
『ッ!? マスター!? さすがに危険です! いくらマスターの【滅殺魔法】があるからと言って、それを当てられなければ意味がありません! 失礼ながら今のマスターでは魔法を当てるだけの技術、経験、ステータスはありません! 今のマスターが行けば死ぬだけです!』
顔は見えないけど必死の形相で秋人を止めようとするナビ。
『かもな。でも手っ取り早く強くなるには、これが一番早いんだよ。それに俺だってそこまで馬鹿じゃ無い。行くまでの道のりで、ある程度レベルを上げてから行くから別にそんな心配しなくてもいいぞ』
『それでも私は心配です! もしマスターが死んでしまうようなことがあれば私が困ります』
『私が、か』
次の瞬間には秋人の表情という表情が消える。
まとう空気が変わり、敵に向ける殺意にも似た何かであり、それはつまり今の秋人にとってナビという存在は秋人にとって敵として認識されたという事だ。
「私が困る」それはどいう意味だ?
その言葉はまるで「俺がいなくなれば目的が達成できない」と、俺には聞こえる。
それが合っているのかは分からないけど、これだけは聞かなければいけない。
『なぁナビ。お前は俺の敵か? それとも味方か?』
それは暗く、低く、心の底から恐怖を感じるような声。
『!? マスター! 私はマスターの味方ですよ!』
『……』
無言で佇む秋人。重い沈黙が辺りを包み込む。
(……とりあえずナビが俺に隠し事をしているのは確定だな)
マスターである秋人に隠し事をしていると言うことは、それ即ち秋人の意思ではなく、ナビ自身の判断で隠し事をしていると言う事だ。それは秋人の持つスキル【擬似人格】の範囲外ということになる。
大雑把に推測するならナビは元々人格があり、その人格が秋人の所に来た。それが偶然か意図的かは分からないが、とにかく秋人に隠し事をしているという事は、知られては不味い何かがあるという事だ。
その意味する事は——。
『まぁ、別にいいか。ナビが何を考えているのかは分からないけど、とりあえず俺の言う事を聞いてくれれば今は良いや』
『……はい。分かりました』
ナビは少し落ち込んだ声音で、沈痛な感情が宿っているように感じる。
まぁ、全部俺の勘違いかも知らないけど。
うーん、雰囲気が重いな。
会話は全く無く、静かな時間が流れる。
しばらくした時ナビが話しかけてきた。
『……マスター』
『……なんだ?』
『あの、実は私「コンコン」……』
ナビがなにか言おうとしている時にドアをノックする音が響き渡った。今来んのかよテンプレ……。
先程とは違う変な空気が辺りに漂う。
『……ま、まぁ、この話はまた後でにしよう。うん。それに話したくないなら別に話さなくてもいいから』
そう早口で捲くし立てて、速攻で扉へと向かう秋人。
『……』
ナビの無言がやたらと怖いが気にしない。そしてドアノブを回し扉を開ける秋人。
「はい、どちら様ですかぁあ!?」
そこに立っている人物を見た瞬間、秋人は変な声を出して固まった。
それも当然のことだろう。だって目の前に立っているのはリア充グループの源雫なのだから。
「こんばんは桐ヶ谷君。夜分遅くに悪いけど中に入れてくれないかしら」