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神殺しの英雄譚《ジェノサイド》  作者: 漆原 黒野
第1章 勇者召喚編
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第15話 ミント村

 

 目の前に立ちはだかるのは自分の数倍大きな身体を持つ、醜い化け物。

 自分の胴体と同じ程の腕の太さがあり、腹回りには脂肪とみられる肉がぎっしりと。

 そして醜い顔に一度も洗った事が無いと分かるほどの体臭。それに加え、隠そうともしない敵意。こちらを殺そうとする意思がピリピリと肌を刺す。


 そして何より目を引くのが、そいつの手に握られている大剣。刃渡り200cm程、幅50cm程にもなる大剣。それを剣と言って良いのかさえ分からない。言ってしまえば鈍器と何も変わらない。


 それに対してこちらは全身火傷。それに加え、矢で撃たれ使い物にならなくなったしまった左腕。今もなを赤い液体が出てきては、地面に落ちる。

 右手に刃渡り60cm程の長剣を握り、目の前の敵を見据える。


 意識がもうろうとする中、視界がはっきりと見える。矛盾しているのに、そう例えるしかない。

 目の前がくらくらと揺れる中、相手の姿が良く見える。

 全身激痛で動かないのに自分の思い通りに動いてくれる。

 矛盾している。自分でも分かっている。でもそう例えるしかない。死に際の火事場の馬鹿力と言うものだ。


 俺は一体いつから、こんなに血が騒ぐ様になった? 俺は現実主義者(リアリスト)だった筈だ。なのに何でこうなった?

 この相手には今の俺では絶対勝てない。なのにどうして勝ちたい(・・・・)なんて思うんだ? 何で逃げようとしないんだ?

 おかしい。絶対おかしい。確かに異世界に来て、軽い感じの冒険はしたいなとは思っていたけど。でも、こんなんじゃない。こんな命懸けの戦いなんかしたくない。

 でも、俺の本能が訴えて来る。

 戦え。

 こいつを倒せ。

 力を見せつけろ。

 本当どうかしてしまったようだ。こんな状況も悪くないなんて思ってしまうんだから。


 そんな時、奴が足を一歩前に踏み出し、こちらを威嚇してきた。


「ガアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


(あぁ、本当クソッたれ! 俺もついに焼きが回ったな! 咆哮一つでこんなに胸が高鳴るなんてよ! いいぜ認めてやる! 俺は俺が思ってた以上に戦闘狂だったみたいだ!)


 そして走り出す。

 目の前に立つ、こいつを”倒す”為に。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁー、ゴブリンの上位種ですか……」


 時は数刻前。

 秋人は約一ヶ月程の時間を掛けて、このミント村と言う村に着いた。

 このミント村と言うのがアリサの故郷らしい。いや、少し語弊があるかもしれない。正確にはアリサの育った村らしい。

 アリサの生まれた村(・・・・・)は盗賊に襲われ滅ぼされたらしい。

 アリサは命からがら逃げ出し、運良くこのミント村に匿われ助かったらしい。これが5年前の話しらしい。「らしい」ばっかりなのはアリサから聞いた話しだからだ。


 で話しを戻すが、このミント村に着いて早々村長の家に連れ込まれ、今の状況を説明されたのだ。その内容を要約すれば「ゴブリンの上位種が出て、森に入っていた村の女性が連れ去られたから助けてくれ」と。


(何故俺に言う……。別に俺は戦えるわけじゃないんだぞ……)


 確かに今から助けを呼びに行ったところで、連れ去られた女性が助かる見込みは低い。それなら少しでも戦えて、助けられる見込みがある秋人に頼るのは至極当然なのかもしれない。だが如何せんながら、秋人はそこまでの実力を持っていない。もちろんゴブリンの4,5匹程度ならば簡単に倒す自信があるが、しかしながら今回は上位種のゴブリンも目撃されている。上位種が居ると言う事は、それに伴って通常のゴブリンも多く居る可能性が高いと言うことだ。残念ながら今の秋人の力では複数のゴブリンと上位種を相手取るには力不足なのだ。

 そんな理由から、このお願いは聞けないと、そう断ろうとした時、秋人の隣で今までの話しを聞いていたアリサが村長に詰め寄った。


「そ、村長! ミリアナさんは大丈夫なんですか!?」

「アリサ……。連れ去られたと言う女性がミリアナなのだ」

「そ、そんな……」


 膝から崩れ落ちる様に地面に座り込むアリサ。次第にすすり泣く様な声が辺りに響き渡る。悲壮に暮れ、暗い空気が辺りに漂う。

 泣き崩れたアリサを見つめ、どうしたものかと考え込む秋人。

 正直に言えば、この件には関わらず、さっさと次の村を目指したいのが本音だ。でも目の前で涙を流して、嗚咽を漏らすアリサを見ていると、心が落ち着かない。

 もちろん秋人が協力したところで、どうにかできるとは思っていない。そこまで自分の力に自惚れてはいないし、それに所詮秋人とて一人の人間に過ぎないのだ。人は死ぬ時は死ぬ。そこに善も悪も無く、只等しく”死”というものがあるだけだ。それは秋人も例外ではない。


 そんな時、村長の脇に控えていた女性の一人が前へと出て来て、秋人に頭を下げる。

 目を赤く腫らし、嗚咽混じりの声で口を開く。


「私からもお願いします。……ミリアナさんは私達を助けるために囮になってくれて……。その所為でミリアナさんに万が一があったらと思うと……」


 腰を深く下げ懇願する女性。

 それに習うように周りに居た者達も頭を下げる。


「どうかお願いします」

「ミリアナさんをお助けてください」


 どうやら彼女達を逃がすためにミリアナという女性が囮になったようだ。


 秋人の本音を言えばこの村を見捨てる気でいる。正直な話し秋人には関係のない事だからだ。この村の誰が死のうと結局は他人でしかない。それも大して親しくもない相手なのだ。そんな相手を助けるために命をかけるなんて馬鹿々々しい。少なくとも秋人はそう思っている。


 何度でも言うが、秋人は決して善人なんかでは無い。どちらかと言えば悪人の分類だ。そのため自分とは関係ない人が死のうが「はぁ? それが?」となる。結局は自分以外の人間がどうなろうと知ったことでは無いのだ。

 それは秋人に限らず人間誰しもが持っている感情だ。ただ秋人はそれが他の人より、謙著に表れているだけに過ぎない。

 だから、そんなに頭を下げられても困るのだ。秋人は困惑顔でその様子を眺めるしか出来ない。


「……お兄さん。助けて……」


 消え入りそうな声音で助けを求めるアリサに顔を向けると、懇願するように瞳を潤ませていた。


「お願い……」


 繰り返しお願いされる。

 だからと言って秋人の心は動かない。いや、少しは動いたかもしれないが、命を賭けるだけの理由が無い。

 他人のために自分の命を()すなど理解できない。それも利益が何も無いのに。


 そんな秋人の気配が伝わったのだろう。アリサは秋人の足に縋り付くように身を寄せ懇願するように頭を地面に擦り着ける。


「……ミリアナさんは私の育ての親なの。よそ者だった私がこの村に住めるようになったのはミリアナさんのお陰なの。いつも優しくしてくれて、甘えさせてくれた。本当のお母さんみたいな人なの。だから恩返しがしたい。そのために力を貸してお兄さん」


 秋人は「お母さん」という言葉が放たれた時、少しビクッと震えたが、頭を下げているアリサには見えていなかった。

 秋人には親の愛情と言う物が分からない。それは秋人自身が親の愛情と言うもの受けた事が無いからだ。

 知識で知っていても、その意味までは分からない。その気持ちまでは知り得ない。別に羨ましいとは思わない。でも少しだけ、ほんの少しだけ眩しいと思う時がある。

 秋人の知らない心の動き。”幸せ”と思える気持ち。秋人には分からないもの。

 それに当てられたからなのか、秋人はこのお願いを受けても良いような気がした。

 ただの気分だったのかもしれないし、それを望んだのかもしれない。

 顔は渋々受けると言うような表情を作り、返事を返す。


「……はぁー、分かった」


 ため息一つ吐き、頷くのであった。


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