第1話 勇者召喚
それは突然起きた。
いつものように学校の授業が終わり、これまたいつも通り帰る支度をしていた桐ケ谷 秋人。
教室のドアを開け廊下に出ようと足を一歩踏み出そうとした時、突然目を開けられないほどの光が視界を埋め尽くし、次には足場が無くなったような浮遊感に襲われた。だがすぐに地面を踏みしめる感覚が戻ってくる。
恐る恐る目を開けてみれば、辺り一面真っ白い空間が広がっていた。よく目を凝らして見て見ると、白いだけの家内という事が分かった。
部屋の中を見回せば、柱のようなものが何本もあり上を見れば、絵柄が描かれた天上が見えた。
周りを見回して見れば、秋人と同じクラスの人達がいた。
秋人と同じように周りを見回す者、友達同士で話す者、無言で呆然とする者、反応はそれぞれだが一つだけ共通している事があった。それはみんな異様に冷静だということ。
普通ならこんな意味の分からない事が起これば、パニックになり阿鼻叫喚になる事は想像できる。それなのに今この場に居る者達は各々が自分で考え、自分の意思で動いている。もちろんその中の一人である秋人も、現在起きている摩訶不思議な現象を感じざる得ない。
思考の渦に沈んで行く秋人を凛とした艶のある若い女性の声が遮り、クラスの人達の視線を集める。
「ようこそ勇者様方」
声の主に視線を向けてみれば、そこにはファンタジー風の服を着た、いかにもお姫様といった感じの少女がいた。
まだ大人の女性とは言えないが、ぱっと見14歳~15歳といった感じだ。それなのに整った顔をしており、身長はあまり高くなく150cm程。腰の丈にも届くほどの長い綺麗な桜色の髪。
少女の服装は一般市民が一生着れないような、高級感漂うドレスを着ていた。少し濃い赤を基調として、所々に白い線が入ったワンピース型のドレス。それが尚更少女の桜色の髪を際立させていた。
お姫様を守るように周りには、これまたファンタジー風の厳つい騎士といった感じの男達と、魔法使いの定番装備のローブを着こんだ人達。
(これ程までの人数を俺は見逃していた? クラスの奴らがいるからといっておかしい……。それに冷静に思考できる事。……何かあるよな?)
少女の佇まいに見惚れてしまう者達多数。女子でさえ嫉妬を通り越して見惚れている。
少女は自分に視線が集まるのを感じとりながら、一礼してから口を開く。
「勇者様方お聞きください。私はエルスラーン王国第3王女ミネルバ・アフィーズ・エルスラと申します。勇者様方には魔王を倒していただいたく思い召喚したしだいでございます」
その声は決して大きくは無い。それなのに水を打ったかのように辺りに響き渡り自然と耳に入り込んでくる。
少女が何を言っているのかを理解した者達が騒ぎ出す。
「魔王を倒すってどいう事?」
「何で俺達がそんな事をしなくちゃいけないんだ!」
「そうよ! なんで私達が!」
「早く家に帰らしてよ!」
「そうだ! 早く家に帰らせろ!」
「すごい美人。結婚したい」
「魔王っていかにも異世界って感じだな」
「そうだな。……俺達が勇者か——良いなそれ」
「だな。俺達にはすごい力とかあるんだろうな」
「おい、お前達そんな事言っていいのかよ! 家に帰れないんだぞ!」
「別にいいんじゃない。こっちの方が面白そうだし」
「なんだと!」
と、そこら中で騒ぎ始める元日本人。
(うるさ! てか途中で変なの混じってなかった?)
冷静そうに見える秋人だが、実は結構ワクワクしていたりする。
なにしろこの桐ケ谷秋人という男、アニメやゲーム、漫画、ラノベなどが好きで、様々なジャンルの物を見たり、読んだりしている。それこそ残酷な物からエロい物まで手を出している。
そんな秋人はもちろん異世界召喚物も読んでいるため、異世界のノウハウは理解しているつもりだ。
そのため秋人は日本で読んだ事のある異世界召喚物を参考にこれからの身の振り方を考え始める。
(正直魔王とかどうでもいいんだよな。まぁ、面白そうだから少し興味はあるんだけど……面倒くさそうでもあるんだよな。それにこの国がどいう立ち位置なのかも分からないしな。召喚物のありがちな物で、利用するだけ利用して、要らなくなったら切り捨てるような国だったら嫌だからな。それに……)
「皆一旦落ち着こう! 騒いでも何にも成らないから!」
突然上がった大きな声に思考が止まる秋人。
(あいつは確かリア充の……)
その男の名は佐藤 勇。
顔は実に整っており、十人中十人がイケメンと答えるほどの美顔を持っており、さらには184cmと少し高めな身長に、程良く鍛えられた身体、髪は少し癖毛が目立つイケメン。そんな完璧に近いイケメン顔を持っているため佐藤はモテるのだ。それはもう週に1回は告られるくらいには。
性格もこれまた紳士で、困っている人がいたらすぐに手を貸し、初対面でも優しく丁寧に接しているためそこで落ちるやつが山程いる。紳士だからといってノリが悪いわけでもなく、身近な奴には気楽に接している。真面目さとノリの良さも相まって多くの女性を落とす。
だが意外にも佐藤は付き合った経験が無いらしい。告られたものに関してはすべて断っているみたいだ。それは単純に佐藤には好きな相手がいるからだ。そして以外にも佐藤はこいうことに関しては奥手なようで、好きな相手に告ることができないみたいだ。
佐藤に好きな相手がいると分かっていても、告る者は後を絶たないらしい。
(モテ男が死ね)
そしいて、そんな佐藤に嫉妬している者は意外と少なかったりする。それは佐藤自身が誰にでも気兼ねなくコミュニケーションを取るため、相手は話してる内に心を許してしまうのだ。
もちろんたまにではあるが佐藤と秋人も話しをすることがある。それでも秋人はどうしても佐藤の事を好きになれないのだ。
(どいつもこいつも表面だけを見て奴の本質を見ないから見誤るんだ)
それがどんな意味を持つのかは分からないが、秋人にしか見えていないものがあるのは確かだ。
話を戻すが佐藤には好きな相手がいる。その相手とはリア充グループの一人、木下 咲耶という女子だ。
木下咲耶の見た目は少し童顔が目立つ顔立ちをした女性だ。
髪の毛は肩より少し長めで、いつもは後ろの少し上らへんで結んだ、いわゆるポニーテイルという髪形をしている。こちらもまた美人で性格は少しやんちゃな部分もあるが基本的には大人しい。友達と話している時はとても活発で笑顔がとても美しい女性だ。
その美しさと無邪気な表情から繰り出される笑顔に一瞬で恋に落ちる者が後を絶たない。
そんな木下だが所謂天然というもので、偶に何も無い所でこけそうになったり、変な話をしている男子達の話に交わりに行ったりする(話しかけられた男子可哀想……)。
そんなモテる木下だが、本人は周りからの好意には気付いてなかったりする。だから佐藤の意味ありげな視線にも気付いてない(ざまぁ笑)。
天然な木下だが実は好きな相手がいるらしい。らしいというのは誰も木下の好きな相手を知らないためだ。それでも好きな人がいると分かっているのは、本人がそう広言したためだ。
木下が好きな相手がいるって言った時の佐藤の顔は笑いが止まらない程面白かったぜ! 周りの奴らも少しがっかりしていた奴らもいれば佐藤の顔を見て笑っていた奴らもいた。
もちろん秋人は腹を抑えながら笑っていた。
そんなリア充グループには、あと二人のメンバーがいる。
一人は源 雫という女子だ。
源は〈源流剣術道場〉の一人娘であり5歳の頃から厳しい鍛錬を受け、挫けずに10年以上も続けている。剣術の腕は相当なもので、全国剣道大会で優勝するぐらいにはすごいと言われている(公式戦には出ていない)。
源の容姿だが、顔はそれなりに整っていて可愛らしい顔をしている。そして剣道で培ってきたせいか源の眼付は鋭く、初対面の相手には怖がられたりしている。本人も若干気にしている。
髪は肩に付かない位の長さのショートボブだ。剣道をやっているため多少の筋肉があるが決して筋肉質というわけではなく、華奢な腕で肌はすべすべとしていて、女性特有の柔らかい肉付きをしている。
性格は真面目で少し頑固なところもあるが面倒見が良くてで優しい。面倒見の良い源は一人突っ走る佐藤を抑えるストッパー役をしたり、会話が途切れないように繋いだりする気配りができる女性だ。
そんなわけだからモテるのは当然だと思う。
源は木下みたいに純粋ではないため周りからの視線には気付いてはいる。だがらと言って特に何かをするわけでもなく、素知らぬ振りをしている。もちろん告白等をされればしっかりと自分の気持ちを相手へと伝える。
そのため佐藤グループの最後の一人の好意の視線には気付いている。
最後の一人は柏崎 武という男子だ。
柏崎はザ運動部といった感じの活発な男子で、身体は筋肉質で体格も良いが決してマッチョといいうわけではない。
顔立ちはこれまた運動部系といった感じで、肌は日に焼けた跡がくっきりと残っている。性格も気力旺盛で当たりが少し強いが、後輩想いでよく相談事などの頼みごとをされることが多い。
柏崎は源流剣術道場の生徒であり、源と柏崎は小学校からの知り合いでとても仲が良い。長年一緒に剣道をしているため、この二人は所謂因縁のライバルと言うやつでもあった。
それにお互いの実力もそこそこ拮抗しているため、いつも二人で試合をやっている。だが柏崎は一度も源に勝ったことはないらしい。
長い間ライバルと思い接してきたが、それでも柏崎だって思春期真っ盛りな健全な男子高校生なわけで、異性に興味を持つのはしょうがないと言える。ライバルと見てきていた相手も一人の女性なわけで、それが突然恋に落ちるのは当たり前でもあった。何が言いたいかと言うと柏崎は源に好意を持っていると言う事だ。
柏崎が話を振り、それに佐藤が乗ったりして、木下が疑問に思ったことを言って、源が木下の疑問に答えるといった感じのことをいつもやっている。
この四人はとても仲が良い。
(というかこんなモテるような奴らが一か所に集まるとかどんな確率だよ!)
そんなリア充グループのことを考えていたら、どうやらお姫様と佐藤の話が一区切りがついたみたいだ。
なんかこれから国王様と会うらしい。
「それでは勇者様方こちらへどうぞ」
そう言って歩き出すお姫様。
そんなお姫様の後姿を見つめながら、歩き出す元日本人の姿が、そこにはあった。