外伝 最強と呼ばれる者達
「またか……」
そうぼやくのは産業ギルドで秋人の受付を担当したミーナであった。
今居る場所は”組織”の隠れ家の一つ。
そしてミーナは先程届いた裏の、と言うか本職の上司から送られてきた報告書と言う名の命令文を見て嘆息をついていた。
「どうしたの? そんな顔して」
そんなミーナの様子を見て不思議そうに声をかけて来るのは双子の妹シーナであった。
「ちょっと上からの命令を見てね……」
「ふーん、それで上はなんて言ってるの?」
ミーナは考える。
ここで変な風に言えばシーナは暴走しかねない。残念ながらこの報告書はそいう類の物だった。でも言葉を濁したところで勘の鋭いシーナは直ぐに気付いてしまうだろう。そもそもミーナとシーナの間では隠し事そのものが出来ない。
それに、これはシーナにも関係のある事な為見せないわけにもいかない。
そこまで考えたミーナは、あまり気が進まないが手元にある紙をシーナに渡す。紙を受け取り読み始めるシーナ。時間が経つにつれその顔に映る表情が怒りに変わって行き……爆発する。
「な、何よこれ! ミーねぇどいう事!」
(はぁーやっぱりこうなったか……)
ミーナの頭の中に怒り、悲しみ、虚しさ、悔しさ、無力感などの感情が流れてくる。
(はぁー、もう少し冷静さを持ってもらいたい……)
そう思うミーナであったが悲しいかな、ミーナとシーナの二人の間では隠し事、もとい感情を隠す事など不可能なのだ。
だからミーナが考えた事もシーナに伝わってしまう。
「私は冷静よ!」
「どこが……。はぁー、見ての通りよ」
命令文には、
・サトン村近辺で人が失踪していると言う事。
・失踪している人達は誰かに連れ去られている事。
・その誘拐犯から救い出して欲しいと言う事。
などが書かれていた。
その命令文と一緒に犯人達の情報などが入っていた。
サトン村、ハイド国にある村の一つ。
そもそもハイド国と言うのは亜人が多く住む国だ。もちろん人間も居れば獣人やエルフ、ドワーフ、小人などの亜人種が住む国。
それに伴いエルスラーン王国は人間主義国。
そのためハイド国とエルスラーン王国は犬猿の仲である。
この時期、つまりエルスラーン王国が勇者召喚をした時期に、ハイド国内にある村の近辺で失踪事件が起こるということは8年間続いてきた不可侵条約に亀裂が入る事になる。もちろんエルスラーン王国がやって無くてもだ。その亀裂が時間を経つにつれ広がり出し、最終的に戦争となのは自明の理である。
それを阻止する為にミーナ達が動くのだ。
「さて、そろそろ行こうか。エルさんを待たせるわけにはいかないしね」
エル・キード。
前が名前で後ろが家名(苗字)だ。それに加え王族などは家名の後に国名や象徴の言葉が入ったりする。
組織の伝達役にして臨時戦力。その力はシーナに及ばないものの、かなりの実力者だ。今年40歳になったばかりの年長者だ。
先程までの怒りを収めて返事を返すシーナ。
「……了解」
それぞれ準備を始める。
命令文には今日中に済ませる様に書かれている。今日届いた命令文に今日中に済ませろと、これいかに無理難題か。
そもそもここから件の村まで、どう頑張ったって一日で行く事は不可能。では、どうするかと言えば、ミーナが持つ固有スキル【転移魔法】と【千里眼】でこれ解決。
余談だが、瞬間移動系の魔法等は数こそ少ないものの持っている者はいる。
例えば、ミーナが持っている【転移魔法】、それと類を成す【空間魔法】を持っている者。あとは貴重なアイテムに「設定した場所に転移出来る」と言う物がある。それに加え国が保有する古代文明技術の〈ゲート〉などがある。まぁ〈ゲート〉はゲート同士でしか移動出来ないが。
【転移魔法】は行きたい場所をしっかりとイメージして、座標、標高等を明確にしなければいけない。もちろん少しのズレが応じるのはしょうがない事だと諦めるしかないが、そのズレをどれだけ少なく出来るかは術者本人の技量次第だ。
だが、ここで遠い場所を見ることが出来る手段やスキルがあれば話は別だ。そしてミーナには【千里眼】と言う固有スキルを持っている。
【千里眼】は好きな場所を好きな高さ、好きな角度で見れるスキルだ。もちろん欠点もあるが、それを差し引いても強力なスキルだ。
【転移魔法】と【千里眼】この二つを合わせれば件の村まで行けるのだ。ただし魔力があればの話だが。この二つ、と言うか【転移魔法】は膨大な魔力を必要とするため、転移できる距離には、ある程度の限界が存在する。
上層部はこいう早急に解決したい案件や緊急事態にはフットワークの軽いミーナを重視しており、もっと言ってしまえばミーナ頼りなところがある。
だからと言って組織自体の力が落ちているわけではなく、むしろ上がっている。
それは緊急事態に対して回りくどい準備や連携する必要がなくなり、ミーナ一人居れば解決出来るため、無駄な人員を割く必要が無くなり、その分情報を早く、広く得る事が出来る様に人員を配置出来るからだ。まぁ、確かに経験値は低いかもしれないが。余談終了
「シーナ準備出来た?」
「うん」
シーナの格好は黒一色。腰に短剣を数本差し、ポーション類を腰に下げているポーチに入れた姿。
ミーナの格好は黒色のローブを覆い、手には140cm程の杖を持った姿。
これが荒仕事時の正装だ。
「一応ステータスを確認しとこうか?」
「そうだね。お互いのステータスは一か月位見てないもんね」
名前 シーナ 年齢 21 性別 女
種族 人間
職業 暗殺者
レベル 271
体力 4467
耐性 4294
筋力 4173
魔力 4810
魔耐 3894
敏捷 7726
運 28
スキル 【暗殺術】【念話】【回避】【壁走】【毒術】【罠術 】【気配察知】【危機察知】【闇魔法】【幻惑魔法】【直感】
固有スキル 【分身】【無音】【同調】【経験値共有】
加護 隠神
名前 ミーナ 年齢 21 性別 女
種族 人間 (破壊人)
職業 魔法師 破壊者
レベル 271
体力 4737
耐性 2537
筋力 5796
魔力 9698
魔耐 2535
敏捷 4278
運 21
スキル 【念話】【回復魔法】【付与魔法】【風魔法】【爆裂魔法】【闇魔法】【魔力軽減】【魔力感知】【魔力操作】【威力増大】【範囲拡大】【詠唱省略】【鑑定】【看板】
固有スキル 【転移魔法】【千里眼】【暴破壊】【同調】【経験値共有】
加護 魔神
「そこまで変わってはいないね」
「まぁ、ここ最近は勇者召喚とかでゴタゴタしてたからね。戦う機会なんて殆ど無かったし」
「そうだね。でも油断はしちゃだめだからね。今回の相手には、あの〈赤鬼〉がいるんだから」
「うん、分かってるよ。ほら急ごう。エルさんを待たせているんでしょ?」
「そうね」
そうして二人は歩き出した。
〈赤鬼〉それは知らない人は居ないとされる程の悪名。「人を残虐に殺す」それが世間に伝わる物。
だが実際はもっと暴虐だ。女は犯してからゴブリンやオークの巣にぶち込み、男は魔物に餌をやるかの様に食べさせ、時としてはゲームをやるかの様にお互いを殺し合わせる。
これだけの事をする奴は残念ながら他にも何人もいる。こいう奴らはすぐに討伐隊などが組まれては倒されて来たが、今回の赤鬼は頭がキレる。そしてキレる上にその戦闘力も並みならない程に強い。そのため何度も討伐隊が組まれてきたが、そのどれもが失敗に終わっている。
赤鬼はその暴虐振りに冒険者ギルドは、これを危険度AAAランクと認定した。
今はあまり詳しくは説明しないが危険度を高い順に並べるとこんな感じだ。
SSS
SS
S
AAA
AA
A
B
C
D
E
F
G
とにかく危険度AAAランクはやばい奴だと思ってくれればいい。
だから今すぐにミーナ達が向かうことになっている。多分、いや、確実にミーナ達では赤鬼には勝てない。そして戦力を用意出来る時間も無い。ミーナが【転移魔法】で集めればいいと言う意見はもちろんある。だが、それはミーナの魔力を使うということになる。もちろん魔力を回復させる物はあるが、精神的な疲労が溜まる事は避けられない。
そして最大の問題が距離だ。いくらミーナが上位クラスの魔力を持っていたとしても国の半分以上の距離を大人数で転移させる事は物理的に不可能なのだ。
話しは逸れたがミーナ達では赤鬼に勝てなくても誘拐された者達は救い出せる。ミーナの【転移魔法】と【千里眼】があれば。
といわけで、この作戦は少数精鋭で向かう事になったということだ。
そうこうしているうちにエルのところに着いたミーナ達。
エル・キード。格好は胸や手、足などに軽装をつけ、腰に剣を差した姿。
「今日はよろしくお願いします」
「久しぶりエルさん!」
エルは笑みを浮かべる。その笑みは娘を見守るかのような優しい顔。だが次には真面目な顔付きになり言う。
「それじゃ、行こうか」
「「はい」」
一応ミーナ達の方が立場は上だ。でも若輩者の自分達と年長者のエルでは心構えが違う。それに立場に拘る程ミーナ達は権力に執着していない。
ミーナは【詠唱省略】のスキルを使い、魔法の詠唱を開始する。その場にありえないほどの魔力がミーナを中心として渦を巻き、吹き荒れる。
『閉ざされし門よ、我が道として開き、我が歩みの道しるべとなれ。
我は、遥か彼方、千里先、万里先、世界の果て、悠久の時、次元の壁さえも超える者。
無限に隔つ壁を、繋ぎ給え。
繋げ、繋げ、繋げ。
距離の概念を無くそう、世界の摂理を覆そう、神意など跳ね返そう。
それでも我を止めると言うなら、我は人倫に叛き、反逆者となろう、咎人と罵られよう。
それでも我が歩みは止まらぬ。
我を阻む道よ、我の歩みを止める者よ、何人たりとも我の歩みを止めことなど叶わぬ。
光も、色も、音も、臭いも、何も届かぬ。
無限の彼方へ我を飛ばせ。
飛ばせ、飛ばせ、飛ばせ。
道無き道に、門を開き、導く光よ、我が道を切り開け!』
そしてミーナ達を白く輝く魔法陣が包み込む。
【詠唱省略】このスキルを使ってもこれほどまでに長文。まぁ、距離が離れていることにも原因があるが。
そしてミーナは魔法名を口にする。
【テレポーテーション!】
光が一層光り輝き、後には誰も居なくなっていたのであった。。
余談だが、基本的に魔法を使うには詠唱が必要だ。詠唱はある程度自由で、その人自身が思い浮かべる物を言葉にするというもの。
だが【無詠唱】等のスキルを持つ場合は詠唱をしなくても魔法が発動できる。一応スキルが無くとも無詠唱で魔法を使う事は可能だが、それは超超超高等技術だ。そのため使える者はほとんどいない。
ミーナも下級魔法程度なら使えるが、下級が使える程度で威張れるほどこの世界は甘く無い。(下級魔法でも無詠唱で使えるだけですごいのだが)。
【無詠唱】とは違うが、詠唱のサポートをしてくれる【詠唱省略】等がある。今のミーナはこれで十分だと思っている。自分が扱い切れない物を持っていたところで、それが意味を成さない事を知っているから。余談終了
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目の前に広がるのは木。見渡す限りの木々。
耳を澄ませば近くに水が流れている音が入ってくる。そして微かにだが、人の声らしきものが聞こえてくる。
そう悲鳴の声が。
近くで歯を食いしばる音が聞こえる。こいうものは何度やっても慣れないものだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、バレルと、まずいから、それなりの、距離を、離したから。はぁ、はぁ、ここからは、いつも通りで」
【転移魔法】で膨大な魔力を使い、疲れ果てているミーナ。肩を荒げ、全身に汗が湧き出る。それでもミーナは弱音を吐かない。
それが分かっているからシーナ達も慰めの言葉を口にすることは無い。口にしてしまえば、それはミーナに対する侮辱にほかならないからだ。だから自分達も普段通りに振る舞う。
「「了解」」
作戦は簡単だ。
ミーナの【千里眼】で捕まっている人達の居場所を掴み【転移魔法】で助け出す。一応転移させるのはここから程近いところにある、組織の隠れ家だ。そして【転移魔法】で助け出したらすぐに自分達も離脱する。
シーナとエルはミーナの護衛だ。
そしてミーナは【千里眼】を使って捕まっている人達の居場所を探る。
「……見つけた。でも三箇所で管理されてる……」
さすがに頭がキレる。一箇所で管理すれば楽に済むはずなのに、それをあえてしないで別々の場所で管理するとは……。助けが来る時の状況を想定している。
全員を助け出すのが難しくなった。どこかの一箇所に捕まっている人達は確実に助けられるけど、他の二箇所で捕まっている人達を助けられなくなる。
何度も詠唱が出来るほど、今回の相手は甘くない。そして時間稼ぎが出来るほど弱くもない相手だ。
「……」
「……」
そしてシーナもエルも神妙な表情になる。
「……助けよう」
「シーナ?」
「時間は私が稼ぐ」
「無茶よ! シーナ一人でどうこうできる相手じゃない!」
「……分かってるよそんな事。でも助けたいじゃん。みんな、種族なんか関係なくさ」
そしてニコッと笑うシーナ。そこには純粋に助け出したいという思いがヒシヒシと伝わってくる。そして頭の中にも。「差別なく、誰もが楽しく暮らせる世界」それがシーナの”夢”だ。
それが理想でしかないことは分かっている。でもそんな世界を作りたいと思ってしまったのだから、頑張るしかない。それが無意味に終わろうと。
ここは一旦引いて作戦を立ててから再度来るべきだ。そうするのが一番堅実だ。しかし、そうすれば被害は広がる一方な上に捕まっている人達が無事で済む保証はどこにも無い。
それが理解できるからこそ「無理」という言葉が喉につっかえて出てこない。
「シーナ……」
「分かった。俺も時間稼ぎに付き合おう。ただし俺は有象無象の相手だけどね。流石に赤鬼と戦うのは勘弁したい」
「本当! ありがとうエルさん!」
「エルさん……」
「ごめんねミーナ。俺もできれば助け出してあげたいんだ」
理解出来ない訳ではない。ただ助けようとして自分達も捕まってしまっては本末転倒だ。だが理解できるからこそミーナも妥協する。
「はぁーしょうがないですね。でも無理は禁物ですらね。あと言っておきますが、もし危ないと思ったら私一人で逃げますから」
「私一人」つまりミーナ一人で【転移魔法】を使って逃げると言うことだ。
それはシーナとエルにとっては逃走手段がなくなるという事と同義。もし逃げようと思ったら自力で逃げるしかなくなる。だが赤鬼相手に逃げられるとは思えない。つまりミーナが居なくなった瞬間シーナとエルの”死”が確定する。
そして何よりもミーナ自身の生存が第一だからだ。それは自分惜しさに言っているわけでもなんでもない。ミーナの持つ【転移魔法】が組織にとって何よりも大事であり、変えの効くものでもないのだ。それに比べシーナとエルは変えが効く。だからミーナの命を第一に考えるのが当然なのだ。人情を抜きにすれば。
「あぁ、構わない」
「うん、それでいいよ」
それが分かった上で二人とも了承の意思を返す。
「……そう、分かった」
二人の意思が固いと見たミーナは、余計な事は言わず自分の使命を全うせんと全力を出す。
ミーナは魔力回復薬を飲み詠唱を開始する。詠唱を開始したのを見てシーナとエルは戦闘体勢を整える。
『閉ざされし門よ、汝の道として開き給え。
汝は、遥か彼方、千里先、万里先を、超える者。
汝を阻む道よ、汝の歩みを止める者よ、何人たりとも汝の歩みを止めることなど叶わぬ。
汝を飛ばせ。
道無き道に、門を開き、導く光よ、汝が道を切り開け!』
距離が近い為先程よりも格段に早く詠唱が完成する。それと「我」から「汝」に変わったのは、自分自身を飛ばすのでは無く、どこか別の場所にいる誰かを飛ばすため「汝」に変えたのだ。その方がミーナにとって意識しやすいからだ。
【テレポーテーション】
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シーナは【転移魔法】が発動したのを見届け、走り出す。
速く、速く、速く駆け抜ける。
足元の砂が舞い上がっているにも関わらず、足音の一つも聞こえない。これがシーナの持つ固有スキル【無音】の力。
【無音】基本的に音が出ないという事。
自身が起こした動作に対する音が無くなるということ。今の状況のように。指定した範囲の音を無くす事。こんな感じの効果だ。
「音が聞こえない」それは人間の五感の一つを無くすと同義。それは隠密行動をする上で圧倒的なまでの力を持ち、暗殺に活用すれば確実に相手を仕留められる、恐ろしいスキルだ。
シーナは瞬く間に敵のアジトにたどり着き、そのスピードを生かし、門番らしき者の首を切り裂く。首を切り裂いた者は小さな呻き声を上げ、地面にバサリっと崩れ落ちる。だが、その音を聞く者は誰一人として居ない。あ、いたわ、自分(笑)。
冗談はさておき、やるか。
アジトは簡単に言ってしまえば洞窟だ。自然にできたごく一般的な物。
洞窟に入ろうと足を踏み出そうとした瞬間、頭の中に警報に似た音がなる。
(罠か)
スキル【罠術】これは【罠感知】や【罠設置】、【罠解除】などといった物をまとめたスキルだ。基本的に「術」と付けば、スキルがまとまっている物だと思ってくれれば良い。
例えを出すなら、シーナの持つ【暗殺術】を例えてみよう。この【暗殺術】は【短剣】【投擲】【隠密】【我慢】【疾走】【毒技】等のスキルを統合したものだ。まぁ、例外はあるが今は関係無いことだ。
それと【毒技】は【毒術】の方に統合されている。
罠を解除しようと背を屈めようとした瞬間、強烈に嫌な予感がしたため、後ろに思いっきり跳ぶ。次の瞬間には先程居た場所が爆発した。
シーナは跳んだ勢いを利用し距離をとり、腰に下げてる短剣を掴み取る。目の前の洞窟を見据え、相手の出方を探る。
「へぇ〜、今の避けるんすか。凄いっすね」
その男はチャラチャラとした喋り方で、これまたチャラチャラとした格好で現れた。
高そうな服に高そうな指輪、首飾り、ブレスレット。そんな物を身体のあちこちに飾り着けていて正直ダサい。
そして何よりも怒りが湧いてくる。これほどの高価な物があると言う事は、それだけ被害にあった人が多いという事だ。
そんな高価な物に並び立ち、異色の雰囲気を放つ杖。こんな馬鹿みたいな相手だがシーナには見覚えがあった。
「……お前は〈業火〉!」
「お! おれっちの事知ってるんすか? いや~光栄っすね」
「またの名を〈豪華〉」
「ちょ! なんすかそれ! 確かにおれっちは高価な物が好きっすけど、その名前は無いっす!」
〈業火〉純粋な火の魔法使い。
確認されているだけでも、【爆裂魔法】【黒炎魔法】【火炎魔法】そして固有スキルの【紅蓮魔法】。これだけの火系種の魔法を持つ者はそう居ない。まぁ、逆に言えば火しか取り柄が無いともいえるが、それでも油断できない相手だ。
そして高価な物が好きということで、一部の者から豪華と呼ばれている。
賞金首でもあり、危険度Bランク。
赤鬼と比べれば弱いが、それでも相当な腕の持ち主だ。
(でも相性は良い。相手は純粋な魔法使い。返ってこちらはスピード型。速攻で片着ける)
そしてシーナが駆けだそうとした瞬間、先に業火が動いた。
「いや〜、おれっちも甘く見られたもんですぜ」
業火がそう口にすると当時に、洞窟の陰から仲間と思しき男が、一人の女性を連れてきた。
その女性の身体を見た瞬間、シーナは頭に血が上るのを感じた。
女性の身体は隠される事無くその身体を露わにされていた。そして身体のいたるところに火に炙られたかのような火傷と言うには生々しい跡があり、目を焼かれ、手足の指が切られ、髪の毛を無理やり抜かれたように頭部の肌が見え隠れしている。
その様子はさんざん痛振られていた証拠に他ならなかった。
そして業火は女性に近づき『火よ』と唱え、手の平に5cm程の火を灯した。
「さ~て、可愛いお嬢さん、動いたらどうなるか分かってるよね?」
「この外道!」
「あははは、それは褒め言葉かい?」
「おいおい一人で楽しんでんじゃあねぇよ」
その声は突然聞こえた。
どこから現れたのかも分からない。
気付いた時には後ろに立っていた。
圧倒的な迫力を灯して。
ただそれだけの事しか分からない。
「あぁ、ごめんごめん”ビン”」
「その名で呼ぶなと何度言ったら分かる?」
直感で分かった。このビンと呼ばれた男が赤鬼なのだと。
怖い。怖くて後ろを振り向けない。
手足が震えるのを抑えられない。
逃げたい。今直ぐにここから逃げ出したい。
「それにしても来るの早いな。あいつら裏切ったか? まぁ、いいか。それにしても〈無音〉が来るとはな」
「な!? こいつ〈二重奏〉の片割れなのか!?」
「あぁ、そうだぞ。だからせいぜい気をつけとくんだな」
「……あぁ、それにしてもやばいな。あの二重奏が来るとは……。どんだけ大物を出して来てんだよ……」
「まぁ、俺がいるんだ。安心しとけ」
「……頼もしいな」
「だろ。さて、こいつはどうやって遊ぼうか」
何か話しをしているようだが頭に入ってこない。
無理だ勝てない。そう思った。
戦う前に覚悟が砕ける。
戦意が無くなり無様に願った。「ここから逃げたい」と。
でも無理だ。こいつから逃げることなんて不可能だ。
そう思わされるだけの力量差がある。
ただ後ろに立たれているだけなのに。
シーナは上位クラスの強さだけど、所詮はその程度でしかない。本当のトップクラスの力を持つ者には勝てない。
本当に現実というものはこれだから嫌になる。強くなったと思っていても実際は自分より上の奴なんて腐る程いる。こいつもその一人でしか無い。
そんな時、後ろにいる気配が揺らいだ。
固まっていた意識が動き出し、後ろを振り向けばそこに立っているのは——
「エ、エルさん!?」
右手に剣を持ち、左手に何か光の粒のようなものを漂わせながら、先程まで赤鬼が居たであろう場所に立っていた。
「逃げろシーナ!」
左側の方を睨みつけながら怒鳴ってくるエル。
何が起きたのかはシーナには分からない。でもエルが赤鬼、つまりビンを吹き飛ばしシーナの後ろに立っていることだけは分かった。
「で、でも……」
「いいから行け! お前はこんなところで死んでいいやつじゃない!」
「エ、エルさんは!?」
「……あいつを倒す」
「!」
倒す。無理だ。エルさんは私より弱い。
あいつを倒せるわけが無い。そう言葉にしようとした。でも言葉が喉に引っかかって出てこない。
私はビン相手に動くことさえできなかったのに対して、エルさんは自分の身を売ってまで、私のところまで駆けつけてきれた。
どう考えたって私よりエルさんのほうが強い。
そう思った時、先ほどエルさんが口にしていたことを思い出す。「さすがに赤鬼と戦うのは勘弁したい」そう言っていた。それなのに私を助けに来てくれた。
覚悟を見せられたのに私は逃げるの?
——行かないで!
過去の私が言う。
エルさんを置いて?
——置いていかないで!
過去の記憶が言う。
エルさんを見捨てて?
——助けて……。
過去の私達が言う。
そんなの無理だ!
——「大丈夫か?」
だって——
——あの人にそんなかっこ悪いところ見せられる筈が無い!
だから私は戦う。
そして改めて覚悟を決める。
死への覚悟を。
それをエルさんに伝えるため目を鋭くし決然とした言葉を伝える
「いえ、逃げません。自分の言葉には責任を持ちますから」
エルさんの目を見つめる。私は残ると、そう伝える為に。
「……本当に頑固になったものだ」
エルさんは呆れたように、そして成長した子供を見守るかのように苦笑いをした。私もそんなエルさんに感謝を伝えようと口を開きかけた瞬間、エルさんが目の前から消えた。
「! エルさ、ガハッ!」
口を開いた次の瞬間には、衝撃がシーナを襲っていた。無様に地面を転がり、木々にぶつかることでやっとの思いで止まる。そしてビンは笑いながらこちらに歩み寄ってくる。
「いや~、そんな茶番を見せられちゃ、俺感動しちまうぜ? あー、娘がこんなにも成長したんだってな?」
また、何も見えなかった。それどころか気配すら感じなかった。そして手加減された。
赤鬼の攻撃を食らってこの程度のダメージで済む筈がない。その証拠にエルさんが飛ばされた方に顔を向けてみれば、木々を何本も突き破り、はるか後方に吹き飛ばされている。どれだけ飛ばされたのかが分からない程に。
(エルさんは大丈夫だろうか?)
私は目の前にいるこいつを睨めつける。距離にして10m。
そして私はここに来て初めてビンと呼ばれる男の姿を見た。
身長は2mを超し、胴回りは樹木の様に太く、身体のいたるところに古傷跡があり、重厚な斧を肩に担ぎながらノシノシと私のほうへ近づいてくる。
「この、ばけもの、めが! クッ~~~!」
「お、喋れるんだ? 凄いね。そこそこマジで殴ったのに。やるね~」
どう見たって嘘に決まっている。シーナの意識はしっかりしているし、身体に傷はあがれど、どれもたいしたことが無い。
こんなものが赤鬼の筈がない!
手加減された。それがどれだけ私に対しての侮辱か!
屈辱で顔が歪む。
ビンはそんなシーナの顔を楽しむかのように口を歪める。
「後で可愛がってやるからさ、そんな怖い顔するなって」
そうニヤニヤとこちらを見下しながらゆっくりとエルが吹き飛ばされた方に向かって歩いて行く。
「ま、まて! わ、わたしは、まだ、たたかえる! イッツゥ~~!」
声を出したために身体に痛みが走る。
(何で。何でこんな事くらいで膝を着いている! 私はこんなもんじゃ無いだろ!)
自分に喝を入れるが、思うように身体が動いてくれない。
「痛いなら無理しない方がいいぜ? それじゃ豪華後はよろしく」
「……その名で呼ばないで欲しいんだけどビン」
「お前が呼ぶのをやめたら呼ばないでやるよ。それともう一人〈転送者〉がいるから気をつけろよ」
「……了解。あ、こいつで遊んでていい?」
「別に構わないけど、壊すなよ?」
「わかってるって」
そう言ってビンはエルが吹き飛ばされた方へ消えて行った。
それを見ているだけしか出来なかったシーナであった。
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一方そのころ。
(クソッ! 意外と人数がいる。これじゃあ、間に合わない)
ミーナはシーナ達の戦況が不利と見た瞬間逃げるため転移魔法を発動しようとした。だがそれを見越していたかのように詠唱を開始した瞬間の隙をついて奇襲をされた。ギリギリで気付けたため、なんとか避けることが出来たが、もう少し遅かったら首を切り落とされていたに違いない。
(5人? いや、6人か……。魔法士相手にこれだけの人数を用意するなんて!)
だがその実力はシーナやエルに比べれ、天と地程の差があった。魔法士のミーナでも相手にできるほどに。
そう思ったミーナは牽制目的で目の前の敵目掛け、無詠唱で下級魔法【火球】を放つ。もちろん敵は【火球】を楽々避け、木々に身を隠す。それと同時に軽い爆発が応じ、爆音と共に後ろにいた一人がミーナに襲い掛かる。それを見越していたミーナはローブに魔力を通して身体全体を覆う様に【斬風】を放つ。
【斬風】風の刃で、目には見えにくい。しかし魔力を感じとれる者に対しては大した意味はない。
だが敵は魔力を感じる事が出来無かったらしく、敵の一人がそのまま突っ込んで来た。
その行動に今度はミーナが驚く番だった。さすがに気付かない筈が無いと思い、新たな魔法の詠唱をしていたミーナを背後から勢いよく突っ込まれ、勢いそのままに地面へと転がる。
ミーナは大した怪我などは無かったが、突っ込んで来た敵は悲惨な事になっていた。
体中が切り刻まれ腕や足などは微塵切りみたいに粉々に切り裂かれ、頭からはトマトみたいに中の液体がドロドロと出てきていた。
敵はミーナに覆い被さるような体勢なため背中に熱い何かが感じ取れ、振り向くと粉々とした破片がミーナのローブのあちこちに張り付いていた。
流石のミーナもこんな物を目の前で見せられればさすがに堪える。木々に隠れている相手もそんな惨事を目のあたりにして動きを止めた。誰もがこの悲惨な状況を前にして声を上げられなかった。だがそれをいつまでも引きずる程、ミーナは腑抜では無かった。
ミーナは相手が止まっているのなら好都合と走りだし、それを見て相手は「ハっ!」と正気に戻り、走るミーナを追いかけ始める。
ミーナは走りながら杖を構え詠唱を開始する。
一応動きながらの詠唱は高等技術に数えられているが、それなりの術者ならば誰でも出来ることだ。
『我が道を遮る者に鉄槌を。暗き道よ灯れ! 【爆破】』
次の瞬間、あたりを覆う程の光が包み込んだ。そして「ドンンンッッッッ!」という音を響かせながら辺り一面を吹き飛ばした。
【爆破】は【爆裂魔法】の中級に位置する魔法だが、威力そのものは上級の魔法と遜色ない。それでも中級に位置するのは扱いやすく、簡単に発動できる為だ。
基本的に【爆裂魔法】の魔法は扱いやすい。なぜなら、ただ爆発させるだけだからだ。それでも位置を正確に設定したり、魔力の量を調節したりするという行為が必要だ。
今のは魔力を犠牲にして、発動スピードと威力を上げて発動した魔法だ。
「はぁ、はぁ、 ふぅー、さすがにあれだけの魔力をつぎ込んだから結構疲れるね」
だがまだ油断はしない。多分今ので5人は殺した筈だ。
でも、あの中にいた別格なのが居た。多分あれじゃ倒しきれていない。
取り合えずミーナは魔力回復薬を飲む。
突然右側から爆発音の様な物が聞こえ、危うく口に含んでいた魔力回復薬を吐き出しそうになった。
次の瞬間には吹き飛ばされたのか目の前に人が通り過ぎていく。吹き飛ばされてきた人物は、木々にぶつかることでやっと止まった。
その人物を見た瞬間ミーナは声をあげていた。
「エ、エルさん!?」
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時は少し遡る。
シーナは死角が出来ないよう周囲に気を配る。後ろに一人、左右に二人ずつ、前に三人。そして人質。
人質の女性を左右に挟むようにして二人の男が立ち。その3m程後ろの方で業火がこちらを見ている。
先程のビンの攻撃は、まだ残っているが今はそうも言っていられない。
「諦めなって確かにお嬢さんはおれっちより強いけど、今の状況じゃおれっちの方が有利だぜ?」
(耳を貸すな。自分の思考だけに集中しろ。どうする。どうすればいい? 女性を助けた上でこいつらを倒す方法は?)
その時、頭の中に意思が伝わって来た。それを感じた瞬間シーナは身体を前に倒し、左右の手にある短剣を強く握りしめ前を見据える。それを見て相手も戦闘態勢をとる。
次の瞬間、遠くの方で大きな爆発音が鳴り響いき、地面を揺らす。
「な、なんだ!?」
困惑する相手の隙を突き走り出すシーナ。
【疾走】を使い今出せる最速のスピードで目の前にいる敵の一人に切りかかる。もちろん【無音】を使って。
敵にはシーナが突然目の前に現れた様に見えただろう。いや、もしかすれば速すぎてシーナの姿を捉える事無く、首と胴が切り離されていたかもしれない。
シーナは無理やり地面に足を突き刺し、速度を落とす。突き刺した足を軸に反対側にいる敵へと回し蹴りを放ち、左手に持つ短剣を敵の首目掛け投げつける。
敵の二人を斬り裂いたシーナはすぐさま姿勢を直し地面を軽く蹴り、人質となっていた女性を素早く抱きかかえ、置き土産に【闇魔法】で煙幕を【幻惑魔法】で方向感覚を鈍らせる魔法を発動する。
そして【疾走】を使い、この場を後にするのだった。
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目の前に迫る斧の側面を剣で叩き軌道をずらす。斧は地面を叩き、足場が揺れ体勢が崩されるが、それに構うものかと言うように右足を上げビンの顎を蹴り上げる————そう見えた次の瞬間にはエルの体が宙を舞っていた。
「へぇ~、ただの雑魚かと思ってたけど結構やるな。でもレベルが圧倒的に低いな。お前才能無いんじゃねぇの?」
ビンの言葉に耳を貸すこともなく、先程の現象に思考を巡らせる。
(今何が起きた? 確かに俺はこいつの顎を蹴り上げた筈だ。なのに何故?)
そう思考するエルを嘲笑うかのように、突然真後ろに周りこまれ殴り飛ばされる。早い。自分では認識さえも出来ないと痛感させられる。
それに先程からおかしい。こいつは突然どこからともなく現れ殴る。斧を使わないで。でも真正面から切り合う時は斧を使う。何でだ? そのまま斧で切りかかれば済む筈だ。なのに何でこいつは殴るんだ?
痛めつけるためか。確かにそうかもしれない。でも違う。長年の経験からそれは違うと断ずる。考えている間もエルは殴られ続ける。エルは殴られた勢いそのまま地面を転がり考える。
今確かにビンは前にいた。確かにそうだ。そして殴られた後に消えた。
そう考えた瞬間、頭の中に一つの可能性が芽生えた。
違う!
こいつは〈戦士〉なんかじゃない!
こいつは——
こいつは——
こいつは〈魔法戦士〉だ!
同じように見えて意外と違う。
〈戦士〉のほとんどが魔法が使えない。それは周知の事実だ。だから戦士を相手にするときは距離をとり、遠距離から攻撃するのが定石。
だが相手が〈魔法戦士〉の場合遠距離から攻撃するメリットがなくなる。だって相手も魔法が使えるのだから距離を置いたところで何の意味を成さない。
それがどれだけ戦況に影響を与えるか。ましてやこちら側の方が格下。
ダメだ。
こいつを——
こいつをシーナ達の所に行かせるわけにはいかない!
俺がここで倒す!
「お前じゃ無理だよ」
そう決意したエルの心を見透かす様にビンはエルの後ろに回り込んで、手に持っている斧を叩きつけた。
「ガハッ!」
そして畳みかける様に魔法を発動した。今度の魔法はエルにも視認できた。
(無詠唱で! いや、違う。こいつの持っている斧、マジックアイテムだ!)
次の瞬間には目の前が真白になった。
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吹き飛ばされてきたエルに続きビンも来たため、ミーナは急いで魔法を発動しようとしたが、標的のビンが何処かへ消えてしまい、発動するとが出来なかった。困惑顔でエルを見てみれば、鬼の形相で声を張り上げていた。
「後ろだ!」
そう言われて後ろへ振り返れば、今まさにその手に持つ斧でミーナを叩き斬ろうとしているビン。その顔には欲に塗れた嫌悪感を抱くいやらしい目でミーナを見下すビン。
そして斧が振り下ろされる直前、頭の中に意思が伝わってきた。
いつ何時も自分が危険になれば助けに来てくれる、切っても切れない無二の存在。
ミーナは自身を信じて魔法を唱える。詠唱を最低限にして、最速で最大の効果を発揮する魔法を。それと同時にビンの背後に人影が現れる。その口元は微かに動いている。
声は聞こえない。でも頭の中ではいつも聞こえるその声の主を信じてミーナは魔法を唱える。
そしてビンの足元から黒い影が這い上り、拘束されていく中ミーナの魔法が炸裂する。
『我が敵を穿て【風突回転】!』
動きを止めたビンの土手っ腹にミーナの魔法が直撃する。
そして倒れ行くビン————————そう見えた次には、シーナの脇腹を削り取られていく様子だった。
「ガハッッ!」
口から大量の血を吐きながら倒れていくシーナ。削り取られた脇腹からは臓器がはみ出し、血が流れ出す。
それは誰が見ても致命傷だった。
「え?」
それを呆然と見つめるミーナ。
「シーナを連れて逃げろ! グハッ……」
遠くで声が聞こえるけど頭の中に入ってこない。
「なんでシーナが……? わ、わたしがやったの……?」
急いでシーナへと駆け寄り、抱きかかえ、懸命に【回復魔法】を掛ける。
「シーナ! シーナってば! 聞こえてるんでしょ! お願いだから起きてよ、おねがい、だか、ら……」
「うっ、んっ、はぁ、はぁ、はぁ」
シーナを起こそうと声をかけるが返ってくるのは呻き声のみ。
いつも冷静沈着なミーナが慌てふためき、何も考える事が出来なくなっていた。それはひとえに唯一人の肉親が死んでしまうかもしれないという、不安に囚われてしまったからである。
【回復魔法】で傷を癒していくが、なにせ臓器が傷ついている。今のミーナの力では治す事は不可能。今更そう思い至ったミーナは腰のポーチから最上級回復薬を傷口へとかける。
「うっ、はっ、げほっ、げほっ」
傷口に染みたのかシーナが暴れだす。ミーナは必死にシーナを押さえつけ、治るのを待つ。だが、そんな無防備な姿を敵が見逃すことなく攻めかかってくる。
それを【千里眼】で確認したミーナは【転移魔法】で逃げる。
【テレポーテーション】
詠唱をしない魔法名のみを口にする。もちろん大した効果は発揮できない。精々4,5m移動できるといったものだ。その代わり有り得ない程の魔力が消失される。だけどそれで十分だ。
仕留めたと思い気を緩ませた敵の背後に移動できたのだから。
『……風よ、我が敵を切り裂け【風刃】』』
【風刃】』風の刃を飛ばす魔法。【斬風】と類似する魔法だ。
2度3度発動し、敵の首を切り落としていく。それだけで相手は死ぬ。
所詮は一介の盗賊。赤鬼が居なければ大した事は無い。
敵を全滅させたミーナはシーナに向き直る。傷口が塞がってはいるが、目を開けない”妹”へ。
「……ごめん、シーナ」
感情を抑え込む。そうしないと今にも暴れだしてしまいそうだ。このどうしようもない破壊衝動が。
この感情は”敵”に向ける。
【暴破壊】理性をなくし、全ステータスを2倍にするスキル。ただの化け物となり、破壊の限りを尽くす。
発動すれば、いつ自分の意識が戻ってくるか分からない。もしかすれば死ぬまで破壊の限りを尽くすかもしれない、超危険なスキル。一説にはこのスキルの所為で都市が壊滅されたとか。
死ぬならそれでもいい。たった一人の肉親の妹を傷つけてしまった、こんな”姉”……。
悲壮に暮れるミーナに、微かに声が届く。
「……だ、め、だよ……げほっ、はぁ、はぁ、あれを、つかったら、みー、ねぇが、はぁ、はぁ、はぁ」
血を大量に流しているため顔色が悪く、呂律が回っていない。
そんなシーナを見て、決意を新にする。
「……大丈夫だよシーナ。私は……死なないから……」
そう言ってミーナは詠唱を開始する。
『閉ざされし門よ、汝の道として開き給え』
「み、みーねぇ……?」
いきなり詠唱を開始したミーナを不思議そうに見つめ、次にはハッとミーナが何をしようとしているのかを理解した瞬間、シーナは叫ぶ。
「ダメだよ! お願い、だから、うっ、げほ、おえぇ」
それでもミーナは詠唱を止めない。
『汝は、遥か彼方、千里先、万里先を、超える者。
汝を阻む道よ、汝の歩みを止める者よ、何人たりとも汝の歩みを止めることなど叶わぬ。
汝を飛ばせ。
道無き道に、門を開き、導く光よ、汝が道を切り開け』
そして詠唱を完成させ、申し訳なさそうにシーナを見つめる。
「私が居なくなったらジンバさん達によろしくね【テレポーテーション】」
「みー…………」
シーナの言葉は最後まで言うことなく光に包まれ、消えた。
「……ごめんね」
ミーナは歩き出す。
最区の存在赤鬼へと。
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目の前に繰り広げられているのは一方的な戦いだった。
幻のようにビンが二人、三人と別れエルを殴り続ける。それに対してエルは致命傷になりうる斧の攻撃だけを弾き続けていた。
そこには圧倒的なレベル差が現れ、スキルや経験が意味をなさないほどに素のステータスが違いすぎた。
助太刀しようにも周りにいるビンの仲間達が邪魔をして行けない。ただ見ていることしか出来ない。そんな自分に本当に嫌気が差す。
そして何ということかビンが魔法を使ったのだ。魔法の直撃を受け、木々をなぎ倒されながら吹き飛ばされて行くエル。
「で、次はお前が相手か?」
と、こちらを嘲笑うかのように挑発して来るビン。それを見たミーナはスキルを発動させようと意識した時、一陣の風が吹いた。
「うわわああああああぁぁぁぁぁーーーーー! お、おれの腕がああぁぁぁぁぁぁあ!」
先程までこちらを嘲笑っていたビンが唐突に悲鳴を上げ、地面に蹲って腕を押さえていた。腕を押さえているところをよく見てみると、右腕が無くなっていた。
ビンのすぐそばに立つのは黄金の髪をしたエルフの女性。いや、違う。黄金に見えるけど緑の髪の色だ。ただ、神々しくて黄金に見えるだけであって。
それはかつて秋人と一緒にいたクルスの姿であった。
「き、きさまーーーーー! 絶対にゆるさねぇぇぇぇぇーーーーーー!」
そしてビンがクルスに襲いかかろうとした時、風が吹いた。風が止んだ後には地面に倒れ伏すビンの姿があった。
(何も見えなかった……。私達が手も足も出なかった相手を一瞬で……。何をしていたのかさえ分からないなんて……)
剣を右手に握り、静かに立たずむその姿は凛々しく、美しかった。
誰もが固唾を飲みその姿に魅入る。
「あ、あいつ! 〈神姫〉だ!」
そして誰が言ったのかは定かではないが、その言葉を聞いた瞬間、誰もが正気を取り戻し、エルフの女性を見つめる。
「な! 神姫だと!」
「黄金に輝く緑色の髪。妖精の形をした髪飾り」
そう言葉にしていく者はどんどん顔色を悪くしていき、今では青を通り過ぎ白になってしまっている。
「細剣を持ち、その柄には緑の魔石。そしてエルフ。ほ、本当だあいつ神姫だ!」
それはさざめきのように伝わって行く。
〈神姫〉それは二つ名と呼ばれる物だ。
有名になれば自然と呼ばれるようになる異名。神姫は世間に現れて、8年程で冒険者ランクSになった者だ。
今は詳しく説明しないが冒険者ランクを高い順に並べるとこんな感じだ。
SSS
SS
S
A
B
C
D
E
F
G
とりあえずSというのは凄い人と覚えてくれればいい。
元々かなりの強さがあったのは間違いない。それでも力だけでSランクに成れるほど甘くはない。もちろん力量も考慮されるにはされるが、その他にもギルドへの貢献度、人柄などを認められ、やっとの思いでSランクと言う最高峰の名誉が与えられる。
余談だが、クルスの実力はSSSランクにも引けを取らないと言われている。それなのに何故Sランクかと言うと、先程も言ったが貢献度などが少ないのだ。クルスは積極的に依頼などを受けることは無く、さらに貴族からの依頼なども断るなどしているため、実力はあってもSSSランクに昇格させるほどでもないと判断されているのだ。余談終了
二つ名の理由は単純明快、強くて美しいからだ。
その力は圧倒的で、剣一振りで城壁を破壊すると言われているほどだ。もちろん魔法を掛けた剣で。所謂〈魔法剣〉と呼ばれるものだ。またエルフだけあって魔法を得意としている。
その美貌はエルフの中でも最上級の美しさだと言われ、また巷では「王族の一人」と噂されるほどにその容姿は見目麗しい。
エルフ特有の耳の長さやスタイルの良さ、身体に纏う神々しさから神姫と呼ばれるようになったのだ。
また名のある者には違う二つ名がついたりすることが見られる。それは地域の違いや認識の違い、立場の違いなどで変わってくる。
ここではいくつか名を挙げて行こう。
〈森の女神〉〈風神〉〈精霊の守護者〉〈疾風〉等。
だが正式に冒険者ギルドが決定した二つ名が神姫。そのため幾多もの二つ名があるがほとんどの者が彼女のことを神姫と呼ぶ。
余談だが、冒険者ギルドが二つ名の呼び名を考え、作っているのでは無い。世間が呼ぶ無数の名の中から決めているに過ぎない。
上記にも示した通り、二つ名とは本人の意思より、世間一般の評価が色濃く残るのだ。今回の神姫もまさにそれが顕著に現れた結果だ。
一般市民から見れば冒険者など、粗暴で乱暴な者達の集まりでしかない。そんな中、可憐で神々しく、権力に屈しないクルスのような存在が現れれば人気を集めるのも不思議では無い。それに世間に現れる事が少ないという不思議な存在に加え、事実かどうかは定かではないが、王族の一族という噂も手伝って、その人気に歯車がかかったのだ。
そのため二つ名が「神の様な美しさを持つ姫」という感じになり、〈神姫〉となったのだ。余談終了
これが、この世界の〈最強の一角〉と呼ばれる者の一人。
そして神に選ばれた者でもある。
神に選ばれし者。それは勇者と呼ばれる者達を遥かに上回る程に強さを持つ者。一応勇者達も神に選ばれた者だが、その本質が異なる。
勇者は数多くいる中から選ばれた者達だが、神姫含め本当に神に選ばれし者達は存在そのものが望まれて生まれてきた。もっと言ってしまえば”神の化身”に他ならないのだ。
そして、その者達は時としてこう呼ばれる。
——————”英雄”——————
と。
時代が過ぎようとも語られ続ける英雄譚。
人々が憧れ、夢見る存在。
怪物を倒し、国を救い、民を救う、誰もがその雄姿に心奪われる存在。
「自分も英雄のようになりたい」と思わせる憧れの存在。
いついかなる時でも現れ、助け出してくれる存在。
それが英雄と呼ばれる者達。
目の前に繰り広げられるのは、美しく、華麗に舞う殺戮。
敵と戦いながらも妖精のように美しく舞う姿は、お伽噺に出てくるお姫様のように。
猛々しく剣を振るう姿は英雄のように。
飛び散る血は、華麗に華を咲かせるが如く、背景を色鮮やかに染めていく。
それはあたかも英雄譚の1ページであるかのように。
そしてまたクルスは剣を一振り。ただそれだけで敵は倒れていく。
たった一振り。力を大して入れてないように見える一振りで、次々と敵が倒れていく。
これが神に選ばれし者の力なのか……。痛感する。自分達がどれだけ無力なのかを……。
そんな中、ミーナは胸を掴み動悸を抑えこんでいた。
(何で? 何でこんなに胸が高鳴るの? でも、この感じどこかで感じたことがある。どこだっけ?)
そんな事を考えている間もクルスは敵を次々と無力化していく。その姿を見れば見るほど動悸が激しくなっていく。
ミーナは恍惚とした表情でクルスの戦い振りを見つめる。
その心にあるのは一つ。
あぁ、そうだこの感じ”アキト君”に感じた物と同じだ。
良い。
その姿。
その輝き。
その顔。
その眼差し。
あぁ、良い。
そのすべてを——
————壊したい————
壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、グチャグチャにしてしまいたい。
そしたら、その顔はどんな表情になるんだろう。
屈辱に歪むのかな? 恐怖に染まるのかな? 泣き喚くのかな? 命乞いをするのかな?
見てみたい。
恐怖に慄く表情を。
その綺麗な顔を歪めてしまいたい。
あぁ、止まらない。
興奮しすぎてイってしまいそう。
あぁ、もう止まらない、止められない。
そして、ゆらりと立ち上がり一歩前に踏み出そうとした瞬間、”私”の意識が戻ってきた。
「え?」
次の瞬間には恐怖で足が竦み腰が抜け、歯を打ち鳴らす。股の間からは生暖かい物が垂れ流れるが、気にしていられる場合ではなかった。
「あぁ゛あ!」
クルスはただミーナを見つめているだけ。それなのにミーナは動くことさえできず、ただ震えるのみ。
殺される。確かにそう感じた。
次元が違いすぎる。
これが本物の力。
これが最強と呼ばれる者。
これが神に選ばれし者。
何度でも言おう。
これが”最強”なのだと。
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敵をすべて気絶させ終えたクルスは、ミーナを見て納得顔を作り、ゆっくりとした歩調でミーナの元へと歩んで来る。ミーナの目の前まで来たクルスはミーナの醜態を目の当たりにして、驚いた表情をしたが何も言わず【洗浄】の魔法をかけた。
そして改めてミーナを立たせ、目を見て真剣な顔して言う。
「しっかり自分を意識して」
そう諭す様に優しく言われる。ミーナは怪訝に思いつつもクルスに言われた通り「自分を意識する」ように意識した。
「深呼吸をしようか。はい、吸って」
「スゥーーーー」
「吐いて」
「ハァーーーー」
「吸って」
「スゥーーーー」
「吐いて」
「ハァーーーー」
「よし、落ち着いたね」
「……はい」
先程まで感じていた動悸がなくなり、心が安らぐ。まるで森の奥深くにいる様な自然の空気。いや、神聖な空気。そして実感する。これが神から受ける恩恵なのだと。
落ち着いた頭で思考を巡らせる。何故クルスがここにいるのかということを。
(確か情報では神姫はハイド国に向かっていたはず。それなのに何故彼女がここにいる?)
そんなミーナの心を読み取ったかのようにクルスは答える。
「頼まれたからよ」
「え? 頼まれた?」
「そう。ジンバという人にね」
「!? ジンバさんが……」
「えぇ、何でも危なっかしい娘が心配なんだって」
その言葉を聞き、ミーナは自分の胸が暖かく包まれるように感じた。それは失ってしまった温もり。親の愛情とい名の温もりを。
「……そっか。そう思ってくれてたんだ」
そんなミーナの姿を見ているクルスは、何かとても眩しい物でも見るように目を細め、諦め交じりの表情を作る。
心を殺し私情を挟まないように。
感情を表に出さないように。
そんな顔をしながら、ミーナを見つめ言葉を発する。
「良かったわね」
その意味を知る事は多分私には出来ない。
でもその表情、その顔はまるで生きる意味が無いと言っているように見えた。
それが何なのかは私には分からない。
でも何故か神姫の目を見ていると、どうしてか彼の顔が頭に浮かぶ。ほんの10分かそこらしか話したことがないはずの彼の顔が。
関係無いはずの彼の顔がどうしても頭から離れない。そういえばさっきも彼の事が思い浮かんだっけ?
よく分からない。だけど彼なら神姫の事を理解出来そうな気がした。確証は無いけど何故かそう思う。
確か神姫は彼と会っているはずだ。なら言葉少なくとも通じる筈だ。
自分の直感を信じて私はこう言葉を紡ぐのだ。
「貴方を理解してくれる人はいなかったんですか?」
「?」
最初は困惑気味に首を傾げるクルスだったが、次には「ハっ!」となり、噛みしめる様に言う。
「……そうね。理解してくれた人が居たわね」
そう、ここでは無いどこかを見つめながら言葉を紡ぐ。
「でも、多分理解し合えたとしても、彼とは”敵”になってしまうから……」
あぁ、それはやばいかもしれない。彼の事は良く分からないけど敵になった相手には容赦しなさそうだ。
「でも、それでも良いのかもしれないわね。敵として刃を交える事が出来るのだから」
その言葉に込められている思いを私は知らない。知ってはいけない。
でも、どこか彼と似ている彼女を見ているのは心苦しい。
だから私はこう言葉にするのだ。
「だったら私と歩きませんか?」
「?」
「私は貴方みたいに強くはないけど、一緒に歩いて行けるだけの力をもっています。それに私も彼に会いに行かなければいけませんから。だから、もし良かったらですけど、私と私達と一緒に行きませんか? 彼の元まで」
今のところミーナがアキトに会いに行く予定は無い。でもアキトがもしかしたら@%#*かもしれないのだ。なら、いつか会いに行くかもしれない。その時には必ず神姫の力が必要になる。
そんな算段も含みながらミーナはクルスを誘う。多分クルスもそんな思惑は理解しているのだろう。
驚いた表情を浮かべるクルスだが、しばらくすれば微笑みにも似た笑みを浮かべる。そこにある思いは今もなお分からないままだけど、それでもそこに一つの感情が芽生えるのを感じ取る事が出来た。
「……えぇ、ありがとう。一緒に行きましょう、彼の元まで。それが敵か味方かは分からないけどね」
そしてミーナ達は一歩前に踏み出すのだった。
この瞬間、何かが変わった。
それが何を意味するのかは、まだ分からない。でもただ一つ言えることは、クルスという一人の人間が救われたと言うことだ。
それが後に世界の摂理さえも狂わすことになるのだが、今のミーナ達には知る由も無かった。
と、かっこつけたものの、まずはこの状況をどうにかしなければいけない。誘拐犯に被害者の人達。
とりあえずミーナはこの現状をどうにかするために組織に連絡を入れるのだった。
『シーナ聞こえる?』
『聞こえているよこのバカー!』
『ちょ、シーナうるさい』
『うるさいじゃない! 何一人でかっこつけてるの!? 何、自分一人で何とかできると思ったの? 馬鹿じゃないの!? 私を助けて自分は死地へ行こうだなんて意味分かんない! あの時約束したようね? 私達は二人で一人って? なのに何で自分一人で何とかしようって思い上がるの? いい加減にしてよ! ……私を一人にしないでよ……』
怒涛の勢いで喋り出すシーナに口を挟むことさえできず、呆然とシーナの言葉を受け入れていたミーナだったが、最後のシーナの言葉を聞き、自分の愚かさを思い知った。
『……ごめん』
ただ謝ることしかできない自分に心底嫌気が差す。もし逆の立場なら同じ事を言うだろう。だから今はシーナの罵詈雑言を受け入れる。
『……はぁー、もういいよ。それで念話してきたって事は無事なんだよね?』
『うん。シーナを転移した後すぐに神姫が来て、あっという間に事が片付いた』
『え!? し、神姫ってあの神姫!? Sランクで、エルフで、美人で、強くて、かっこ良いあの神姫?』
あまりの饒舌で語るシーナに、少し気圧されながらも頷くミーナ。
『え、えぇ、その神姫だよ』
『い、良いなー! 私ファンなんだよね! 良いな良いな! そ、そうだサイン、サイン貰って来て!』
『シ、シーナ落ち着いて。ていうかシーナこそ大丈夫なの、あの傷』
話題を逸らす事が見え見えな言葉だが、気になることでもあるため、思いの外真剣な声音が出たミーナであった。
『……うん。隠れ家で治療してもらったから平気』
『そう、なら良かった。話しを戻すけど、後片付けを頼みたいから人集めといてくれない? そしたら私の魔法で呼ぶからさ』
『分かった準備しとく』
『よろしく』
そしてシーナとの念話を終えるミーナ。
シーナの所為にしたらあれだけど、ずいぶんと時間が掛かったな……。
と、思考に沈み込もうとするのをすんでのところで止め、すぐ近くに佇むクルスに視線をやる。
「クルスさん、しばらくしたら私が転移魔法で人を呼びますので、それまで救助作業を手伝ってもらっても良いですか?」
「えぇ、構わないわ。……あと、その……」
「?」
言いにくそうに言葉を詰まらせるクルス。
そんなクルスの姿にどう接して良いのか分からず困惑気味に眺めることしかできないミーナ。しばらく悩んだ末クルスは決意を固めたように、まっすぐにミーナの目を見つめて、言葉を発する。
「……クルスって呼んでもらえる……?」
恥ずかしそうに、頬を赤く染めるクルス。そんないじらしい姿に微笑みを浮かべながらも返事を返すミーナ。
「はい! でしたら私の事もミーナと呼んでください、クルス」
「……うん。分かった、ミーナ」
そうして二人は後片付けをするために歩みを進めるのだった。
ミーナは考える。先程の動悸が何だったのかと。
【暴破壊】確かにこれが原因ではあるはずだ。しかしミーナが知る限り【暴破壊】は破壊衝動が膨れ上がり、無闇矢鱈に暴れる、意志無き怪物と化すスキルだったはずだ。少なくともミーナはそう認識している。
だから先程のように意志ある破壊衝動を覚えたことは初めてなのだ。
クルスから感じた何か。でも何処かで感じたことがある何かに、既視感を覚える。それに先程から頭の片隅がチリチリする。それは次第に大きくなって今では頭痛の域までに達している。
そして唐突にスパークが走り抜け、思い浮かぶのは彼の顔。
そうだ。先程も彼の顔が浮かんだじゃないか。
何故? 何故こうも彼の事が気になるの?
分からない。私には何一つ分からない。
その意味を知る時、ミーナは何を想い、何を感じ、どんな行動を起こすか。その先に待ち受けるのは栄光か絶望か。
それは、まだ先の話し——。
次週からは一週間に一度の最新にしたいと思います。