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神殺しの英雄譚《ジェノサイド》  作者: 漆原 黒野
第1章 勇者召喚編
18/24

勇者編2 命の重み

 

 この世界に来てから半月が経とうとしていた。

 日本では考えられない程贅沢な思いをしながら、これまた日本では考えられない程忙しい日々だった。


 予定を立てるとこんな感じだ。


 ~6時半・・・起床。

 6時半~8時・・・朝飯、勉強の準備。

 8時~12時・・・勉強(この世界の常識、戦い方の基本)。

 12時~14時・・・昼飯、自由時間。

 14時~19時・・・戦闘訓練(剣で戦ったり、魔法を使ったり色々)。

 19時~21時・・・夕食、風呂。

 21時~・・・自由時間、就寝。

 最初に戻る。


 雫達が召喚されてから毎日この繰り返しで飽き飽きしてくる。まさに学校みたいだ。

 それも外出などは一切ない。というか一回も外に出たことすらない。雫達の行動範囲は王城内だけなのだ。


 はぁー、此処を出ていった桐ケ谷君は正解だったみたいね。私も行けば良かったかな? ……はぁー、こんな事を考えてる時点で駄目ね。

 訓練は大した事無いんだけど(そう感じるのは雫や武位なものだ)毎日これじゃ流石に飽きるわよ。


 だが雫の思いとは裏腹に、この後に待ち受ける本当の試練があるのだった。それはこの世界で生きていくためには必要なもの。だが平和な世界で生きてきた雫達には過酷な試練。




 雫達は朝食をとった後勉強をした。まぁ、内容はそこまで難しい物では無いが、日本の学校で学ぶ事の方が何倍も難しいと思えてしまうほどに簡単なものだ。まぁ、異世界の常識(・・・・・・)を簡単と思うかは人それぞれだと思うが。

 勉強が終わった雫達は午後からの訓練に向けて昼食をとる。

 昼食をとり終わった雫達は訓練場に向かう。


 訓練場には雫達に剣を教えてくれるジョセフ、魔法を教えてくれるミスト、他数名の騎士、魔法士がいた。

 余談だが、このジョセフと言う男、エルスラーン王国、騎士団団長にして〈最強の男〉とも呼ばれている。あ、ちなみにここでの”最強”と言う言葉の意味は「強さ」ではなく「レベル」の高さなため、ジョセフが一番強いと言うことではない。スキルなども考慮すればレベル差を覆すことは可能だからだ。

 ジョセフのレベルはなんと563と世界で2番目のレベルだ。最強と呼ばれているのに2番目って(笑)。

 だがこれには訳がある。と言うか言葉遊びに似ている。ジョセフは確かにこの世界では最強の男だ。だがここで勘違いしてはダメだ。〈最強の”男”〉つまり男の中では最強(・・・・・・・)と言う事。そして世界最高のレベルを持つ人物は”女”なのだ!

 まぁ、つまらない言葉遊びだ。

 それにこのデータは公表されているものだけであって、正体を隠した者の事は分からない。

 例えば、国が秘密にしている場合や世間に出てこないで森やダンジョンにこもっている生粋な者達。その中にはもしかしたらジョセフよりも高いレベルを持つ者がいるかもしれない。余談終了

 雫達はジョセフに挨拶をして早速、今日の訓練課題を聞く。


「今日の訓練は命を奪う事についてだ!」


 ジョセフがそう言った瞬間、辺りが騒然となる。それも当然のことだ。どんなに訓練や勉強などをしたところで、根本的に雫達は変わっていない。


 命を奪う……その意味することは——。


「最初から人を殺せとは言わん。まずは慣れるために動物を殺してもらう。だが忘れるな! いつかは人を殺してもらう!」

「「「「「「「「「!」」」」」」」」」


 殺す。

 それはこの世界では普通の事なのかもしれない。だが日本という平和な世界で生きてきた者達には「死」というものは縁遠いものだ。

 いや、少し語弊があるかもしれない。日本でも、生き物を殺すと言う事は意外と身近にあるものだ。

 肉。

 誰でも食べた事はあるだろう。肉は豚、牛、鳥等を殺して手に入る物。だが人はそれを理解していながら気にしない。なぜなら生き物を殺したという実感がないから。自分が殺したわけではないから。

 命を奪い、その上で人は生きている。でも人はその事を気にしない。

 それはとても残酷で悲しい事だ。


「さて、お前達に殺してもらうのは『豚』だ! この豚は今日のお前達の夕食の材料となる豚だ! お前達が殺さなくても結局は殺されるものだ! お前達の為(・・・・・)にな!」


 ジョセフは必要以上に「殺す」という言葉を強調して話す。それは殺すという事をしっかりと理解させる為でもあり、雫達の為でもあった。


「命を奪うという事はどいう意味か、その身をもって思い知れ!」


 静寂が辺りを包み込む。それは恐怖か、怯えか、はたまた実感が持てないだけなのか。だがそんな静寂を破って前へと出る者がいた。


「僕が行くよ」


 そう言って前に出るのは佐藤勇だった。

 その目は殺すと言う事への忌避感が見てとれる。それでも自分が行かなければならないと言う責任感にも似た何かを感じさせながら歩いて行く。


 そしてジョセフは「やはりか」と言う思いだった。皆をまとめ、最初に前へ出るのはいつも勇だった。

 正義感が強く、優しい。そしていつも誰かの為にやろうと言う意志が伝わってくる。

 だが、この世界はそこまで甘くない。

 正義感が強いだけでは何も守れない。

 優しいだけでは何も得られない。

 誰かの為だけでは生きられない。

 自分がどれだけ愚かだったか。

 自分がどれだけ無能か。

 自分がどれだけ弱いか。

 その事をその身を持って体感しろ。

 そして、立ち上がって来い。

 ”勇者”よ。


 そして檻の中にいる数匹の中から一匹の豚を取り出して、鎖で動けないように繋いでいく。勇は繋がれている豚に剣を向ける。

 だけど勇は1分、2分、5分と立っても剣を振らない。多分殺すと言う事がどれだけ過酷かを知り、そして悩み、想い、考えているのだろう。

 それが分かるから誰も急かしたりしない。勇を自分に置き換え、苦悩しているのだ。いつも悪ふざけ等をしている、比嘉(ひが)松浦(まつうら)も今はじっと勇の事を見つめている。


 そして10分が過ぎようとした時、勇は剣を振り上げた。その顔には「仕方なくやる」と言う思いが見て取れるほどに切迫感があった。

 そして振り下ろされる。


(あぁ、ダメだよ勇。それじゃダメだ)


 そう思った雫は【疾走】を使い勇のところまで一瞬で走り抜ける。雫は腰に下げてある刀に似た剣を居合の要領で勇の剣を受ける。いな、受け流す(・・・・)

 勇が先に剣を振り下ろしていたにも関わらず、雫は勇の剣を受け流した。剣同士がぶつかったと言うのに、驚くほど静かに剣が交差する。

 雫の剣筋は驚くほど優雅で、美く、芸術的であった。それはジョセフでさえも目を見開いく程の剣術(・・)


「!?」


 勇は驚いた表情で雫のことを見つめる。雫は勇の目を見つめながら、強く言い聞かせるように言い放つ。


「勇それじゃあダメだよ。自棄になっちゃダメ。しっかり殺す(・・)と言う事を理解(・・)して。そうじゃなきゃ意味が無いし、絶対後悔する」


 勇は言葉を挟むことなく、雫が言う事の意味を理解しようとしている。


 そんな様子を傍から見ていたジョセフは「さすがだ」という気持ちだった。雫は元の世界で剣を習っているというのは聞いていたが、心構えもしっかりできているとは……。

 ぶっちゃけて言えば、あのまま勇が剣を振り下ろしていたらジョセフは止める予定だった。いや、止める前に雫が止めたと言うのが正しいのかもしれない。

 理由は雫が言っていたように自棄になって殺しても、それは何の意味も無いからだ。

 それにあの居合い(・・・)

 これまでの訓練で何度か見た事があったし、実際に剣を交えた事さえある。だが今の居合いは今までの物とは一線を画す物だった。

 なるほど、今までジョセフは雫のことを計算高く、冷静で、慎重な奴だと思っていたし、多分その考えは間違っていない。だけどそれだけじゃない。雫は”実戦”でこそ、その本領を発揮(・・・・・)する。

 鍛え甲斐がある。


 思考に耽っていたジョセフだったが、勇が自分の考えをまとめ謝罪の言葉を言ったのを皮切りに意識が現実へと戻って来た。


「……ごめん」

「別に良いよ。ねぇ、ジョセフさん私がやってもいい?」


 ジョセフは少し悩むそぶりを見せたが「どうせ全員やる事なのだから」と、思い直し了解の意思を伝える。


「あぁ、構わない」

「ありがとう」


 そして雫は構える。

 腰に刺さっている剣。いや、鞘に収まっている剣(・・・・・・・・・)を構える。

 腰を落とし、目を瞑り、集中力を極限まで高めていく。

 雫の最も得意な、雫だけが(・・・・)出来る居合いを。


 技術も技も経験も何もかもが足りない私だけど、この一撃だけは誰にも負けない。負けたくない!

 私の人生そのもの。

 集中しろ。「目で見ず、心で見ろ」そう祖父に教わった。

 自分でも分かるくらいに心の奥底に沈んでいくのを感じる。

 漠然とだが、これが”ゾーン”だと直感する。

 私は深く、深く、より深く沈んでいく。

 そして自分の心の声が聞こえてくる。


「殺す」私は何度か殺すと言う事を考えた事がある。でも、そんな自分をいつも誤魔化して後回しにしてきた。

 決めるのが怖くて。生き物を殺したという事を感じたくなくて。

 これは報いだ。

 今まで見てきていたつもりだったけど、実は何も見ていなかった事への、私自身への報い。

 それは殺すと言う事だけではなく、勇や武、咲耶達友達の事さえ見ていなかった事への。

 それは罪だ。知ったようにして、実は何も知らない自分を否定してきた自分自身に。

 私は罰を受けなければいけない。

 それが今だ。

 今まで決められなかったこの”想い”を決めよう。

 殺すと言う事と向き合おう。

 仲間と腹を割って話そう。

 今まで目を逸らしてきた事と向き合おう。

 ここから新たな一歩を踏み出そう。

 ”過去の私””今の私”ではなく”これからの私(・・・・・・)”に成ろう。

 大丈夫、心配しなくてもいい。

 こんな私だけど友達だと、仲間だと言ってくれる人達が居るんだから。

 立ち止まってもいい。

 また、立ち上がればいいんだから。

 自分で立てなければ、誰かに起こしてもらえばいい。

 もし挫けてしまう様なら誰かに支えてもらえればいい。

 大丈夫、私はまた立てる。

 もう自分の気持ちに嘘をつくのはやめよう。

 知らないのならば知ればいい。

 これからゆっくりと、少しずつ。

 ”未来へ”向けて歩いて行こう。

 私と共に歩いてくれる仲間が居るのだから。


 そして私は剣を抜き放つ。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 雫は今割り当てられた部屋のトイレの中にいる。

「豚」を殺して逃げるように訓練場を後にした雫は自分の部屋へと閉じこもっていた。

 あの後、訓練場にいるクラスメート達がどうなったかは分からない。もしかしたら雫が出た後、雫以外の人も豚を殺したかもしれない。


(覚悟していた事なのに、こんなにも心にくるなんて……。まだ手に生きた肉(・・・・)を切った感触が残っている……)


 感触を感じるたび、命を奪ったという事を実感させられる。そのたびに雫は気分が悪くなり、トイレに駆け込む羽目になっていた。

 そして今もなを雫は胃の中にある物を吐き出していた。


「おえぇーー、はぁ、はぁ、やばいかも、私……。う、おえぇー」


 命ある物を自分の手で殺す(・・・・・・・)と言う事が、これほどまでにキツイ事だとは思わなかった。私は私自身が思っていた以上に心が弱いみたいだ……。


 胃の中にある物を全部吐き出し、少し気分が落ち着いて来た雫はトイレから出てベットに身を投げ、此処を出て行った人の事を思い出す。


(……少し貴方が羨ましいな。貴方なら生き物を殺したところで何も感じなさそうだもの。それとも少しくらいは何か感じるのかしら? ……やめよう。生き物を殺して何も感じなくなったら終わりだ……。それともその内馴れるのかしら? ……馴れるのなら早く馴れて欲しい……)


 そんな時扉を叩く音が聞こえた。


『雫、大丈夫?』


 扉の外から話しかけてくるその声は雫の良く知る人物、勇だ。雫は扉を開けるためベットから起き上がりながら外に聞こえる程度の声量で話し掛ける。


「少しキツイかも」

『あんまり無理しないでよ』


 少しふらつきながらも扉へと向かう雫。そんな雫に思いのほか真剣な声な勇が語り掛けてくる。


『ねぇ、雫。僕は……前へ進めるかな?』

「!?」


 その言葉を聞いた瞬間、雫の中にあったものの全てが吹き飛んだ。


 私は本当に馬鹿だ。そうだよ、あの勇が私一人だけ(・・・・)が殺したと言う事を認めるはずがない。そんな事くらいなら勇は自分もやる(殺す)に決まってる。

 また私は私自身の事しか考えていなかった。皆の事を考えていなかった。殺した事に動転していたとは言え、周りを全く見ないなんて……。

 勇と話そう。

 決意は固めた。後はそれを実行するだけ。信頼し合える”本当の仲間”になると決めたのだから。行動しないと何も始まらない。


 そして雫は扉を開ける。


「入って」


 勇は少し困ったような顔をしながらも部屋に入り、いくつかある椅子の内の一つに座る。雫はお茶を取りに洗面台に向かう。


 お茶を入れて戻って来た雫は椅子に座る勇を見て少し怖気ついてしまった。

 そこにいたのは今まで見たことが無い勇の顔。

 無表情で瞳には何も映つさない。虚空を見つめ、此処では無い何処かを幻想するかのように宙を眺める。

 雫はそんな勇の顔に、どこか見覚えがあった。そう、それはまさに”秋人(・・)が見せる”様な顔。咲耶と同じように秋人に似た表情を見せる勇。それがどこか別世界な様に幻想的で、手が届かない虚構のように見える。「僕は桐ケ谷君に憧れているんだ」あの言葉にはどんな意味があったのだろうか? 普通に解釈すれば、そのままの意味なのだろう。でも違う。なんとなくそう思う雫。


(私には理解出来ない何かがあっるのかもしれない。でも、それでも私は知りたい。そこにある感情を)


 この世界に来て皆変わった。

 それは私自身もそうだ。でも少しだけみんなとは違う。私だけが止まった時間(・・・・・・・・・・)を歩き続けている。でも皆は違う。”何か”を追い求め、それに向かって歩き続けている。

 追い求める先に何があるのかは分からない。だけどみんなは自分の意志で行動している。

 今の私は自分の意志だろうか? 私は何に向かって歩いているのだろうか? どこへ向かっているのだろう?

 結局私は何がしたいんだろう……。

 結局私は何も分からないまま……。


 お茶を持ってきて呆然と突っ立ている雫を不思議そうに見つめる勇。


「どうしたの?」

「……ううん、何でもない」


 雫は持って来たお茶の一つを勇の前に置き、もう一つを自分の所に置く。そして雫は椅子に座り、お茶を一口飲んで心を落ち着かせてから本題に入る。


「私がいなくなった後どうなったの?」


 雫は「豚」を殺したことで精神的にヤバいと感じて自分の部屋に戻って来た。つまり雫はあの後どうなったのか知らない。


「……結論から言えば、雫がいなくなった後、7人の人が豚を殺したよ」

「!? 7人も……。誰がやったの?」

「僕と武、咲耶、水崎(みずさき)進藤(しんどう)未海(みう)、比嘉この7人が殺したよ」


 雫は驚いていた。何だかんだ言っても咲耶はこいう事は無理だと思っていたし、何より未海が殺したと言うことだ。


 佐藤未海、優しくて、温厚で、真面目で、運動が苦手で、笑顔が可愛らしい女の子。そして何より女の子(・・・)らしい女子。穢れを知らない普通(・・)の女の子。

 それが雫から見た未海の印象。


 そんな子が生き物を殺したと言うのだ、驚いて当たり前だと思う。


「未海が……」

「……うん。それと気になる事があるんだけど……」


 勇は言いにくそうに言葉を詰まらせる。


「教えて勇」

「……分かった」


 勇は渋々といった感じだったけれど答えてくれた。


「未海は……笑っていたんだ」

「笑って、いた?」

「うん。豚を殺す時、僕は確かに見た。剣を振り上げ、振り下ろす瞬間、笑っているのを」


(意味が分からない。生き物を殺す時に笑っていた? なんで? それじゃ、まるで命を奪う事を(・・・・・・)楽しんでいる(・・・・・・)みたいじゃない)


「未海が殺した後ジョセフさんに呼ばれていたから、多分ジョセフさんも気付いているんだと思う……」


 訳が分からない。日本にいた時はそんな子じゃなかったのに……。!? 日本にいた時? 何を偉そうに言っているの? 日本にいた時、いや、今も私は何かを分かっている気で、実は何も分かっていないじゃない。

 もし未海が殺すことを楽しんでいたとしても私が何かを言う権利なんて無い。ん? いや、殺す事を楽しむのはダメじゃない? 命を奪って楽しむのはいけないことだよね? じゃあ、止めてもいいんじゃない? 口を出してもいいよね?

 ……まぁ、私が誰かに何かを言える立場じゃないのは変わりないか……。


(私は命を奪うことを楽しんでいる未海の事を受け入れることが出来るだろうか?)


「勇は未海の事、どう思う?」

「僕は……どんな事があろうとみんな(・・・)の事を信じるよ」


 みんなの事をね。

 やっぱり勇は優しいよ。優しすぎる。それは、いつか致命的になりかねないほどに。

 でも、そんな勇だから私は、みんなは勇に付いて行くのかもしれない。それがどんな結末になるかは分からないけど。


 そして雫が言葉を発しようとした時、扉から「コンコン」と言う音が鳴った。


「……はい、なんですか?」

『食事の準備が出来ました。それと騎士団長からの伝言です「食堂に必ず来るように」との事です』

「……分かりました、今行きます」


 食事、つまりそれは……。

 それに「食堂に必ず来るように」か。逃げることは出来ないか。

 雫は立ち上がり、勇を見て言う。


「とりあえずこの話は終わり。ほら、行こ?」

「……分かった」


 私達は食堂に向かうのだった。


 勇とだけ分かりあえても意味無いもんね。みんなで、四人で話さないと。これから(・・・・)の事を。




 食堂の雰囲気は最悪だった。

 忌避感、嫌悪感、後悔、その他にも色々な感情が混ざり合っていた。

 その中で豚を殺した者達(・・・・・)には一つだけ共通していることがあった。それは罪悪感。命を奪ってしまったことへの。

 そしてそれは自分達の為にされたという事実が必要以上に殺した者達を苦しめている。

 まぁ、それも無理のないことだろう。だってお皿の上に乗っている肉は先程自分達で殺した(・・・・・・・)肉なのだから。

 そんな彼らの心情を理解してなを、殺すという意味を言葉にするジョセフ。


「食べろ! 無理にでも胃の中へ入れろ! 生き物を殺したという意味をその身をもって感じろ!」


 殺した意味、それを否応無く理解させられる。それは大変な事だ。多分この中には耐えられない者もいるだろう。

 殺した者だけではなく、その現場を見ていた生徒全員が苦しむ事だ。でも「殺して食材を得る」その事をしっかりと認識していかなければいけない。今まで雫達がどれだけ恵まれていたのかを顧みなければいけない。

 そんな思考に耽る雫の横から声が聞こえてきた。


「……いただきます」


 そして勇はフォークを手に取って豚の肉を食べ始める。

 やはり最初に勇が決意を決めて動き出す。

 それを見て他の者達もフォークを手に持ち肉を食べ始める。

 涙を流しながら。

 一生懸命に。

 味わいながら。

 肉に感謝をして。

 腹が満たされて、生きていると感じて。

 まだ躊躇いが残っている者もいるみたいだが、それでも心を抑えて肉を食べ進める。

 食堂全体にすすり泣く声が響き渡る。

 それでも肉を食べる手を止めない。

 それが私達が生き物の命を奪った理由であり、決意なのだから——。




 夕食を食べ終わった後、騎士団長から「明日の訓練は中止だ。好きに過ごすといい」と言われ解散となった。さすがに精神的に疲れていると思い配慮されたのだろう。

 この世界に来て自由時間というものは、とても貴重な時間になった。なにせ、ほとんどの時間を勉強や訓練等にとられるのだから。

 自分の部屋に行く者だったり、風呂に入る者だったりとそれぞれが思い思いに動き出す。

 そんな中雫達は食堂の一角で、これからどうするか話し合っていた。


「とりあえずこの後、勇の部屋に集まろうぜ」


 違った。話し合いをする場所を決めていた。


「うん、そうしようか」

「分かった」

「……私は一人になりたいけど……」


 咲耶はやはり少し無理をしているように見える。その顔には罪悪感がありありと見て取れる。まぁ、それはしょうがないことだろう。咲耶とて普通の女の子なのだ。……多少変わった所はあるが。

 本当に「殺す」という意味を実感させられて、今咲耶は戸惑っているのだろう。「死」がどいう物なのかを感じているのだろう。

 だからこそ今のままではダメなのだ。それを乗り越えていかなければ。

 それは咲耶だけではなく、雫や勇、武なども同様である。でも一人で乗り越えるには大きすぎる壁だ。だからこそ支えあって、仲間と一緒に乗り越えていかなければいけない。


「咲耶、そいう時こそ皆でいたほうが良いよ」

「……分かった」

「よし、それじゃあ行こうか」


 そして雫、勇、武、咲耶の四人は勇の部屋に向かうのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 雫達は勇の部屋に入り、それぞれの定位置となっている場所に腰を下す。

 ベットの向かいに椅子を置き、勇と武は椅子に、雫と咲耶がベットの縁に座る。


「……咲耶大丈夫?」


 咲耶は顔を青くして、今にも倒れそうな様子だった。


「うん、大丈夫。吐かないように頑張るから!」

「「「……」」」


 それは一体何が大丈夫と言うのだろうか?


「……無理しないでね」

「うん」

「さて、これからどうする?」


 とりあえず咲耶は平気? と見た勇が話しを切り出す。


「そうね。まずはこれからの方針を決めた方が良いんじゃないかな?」

「方針?」

「そう。私達はどうしたいのか、何をしたいのかを決めるの」

「ん? それって私達が決める事なの?」

「別に私達は国の道具と言うわけではないんだし、ある程度の事は自分達で決めて良いんじゃない?」

「そうか? 俺はここに住んでいる奴らは信用できないと思うけど。特にお偉いさん方がな」


 場の空気が氷ついた。

 さすがの雫もこれにはビックリだ。このビックリは武が言った内容にではなく、それを発言した(・・・・)ことに対してだ。

 確かに雫自身もあまり信用できないと思っている。だがそれを言葉にするとなると大変マズい。もしその事が誰かの耳にでも入ってしまったら、間違いなく雫達は始末されるからだ。だから思っていても口に出す事は無かったが、武はそんな事お構いなしに口を開く。


「だってそうだろ。この国は俺達を利用する為に呼んだんだからさ」


 その発言に対し正義感が強い勇が反論する。


「……武、お前そんな事思ってたのか?」

「あぁ、勇だって分かっているだろ? お前は優しいが、そこまで”馬鹿”じゃない」

「……」


 お互いを睨むように顔を見合う二人。その緊迫した空気に雫と咲耶は口を挟めずにいた。


「認めろよ勇。確かにお前は善人だけど所詮は人間だ。黒い部分が無いほうがおかしい」

「……分かってるよそんな事。でも、それでも僕は……」


 そこで言葉を切り、押し黙る勇。そんな沈痛な表情を浮かべる勇を見つめ、武は勇と似たような眼をしながら語りかける。


「何となく分かるぜ、お前の気持ち。桐ケ谷に憧れる気持ちがな」


 武の言葉を聞いた瞬間、勇はバっと顔を上げ武の顔をマジマジと見つめる。でも雫と咲耶は首を傾げ頭に「?」が浮かぶ。


「……あんまり分かって欲しくないんだけどな……」

「悪いな。俺もお前と同じとは言わないが、そう思う気持ちが少なからずあるからな」

「……そっか」


 勇と武はお互いの顔を見て苦笑い気味に笑うのだった。

 でもそんな雰囲気を出されても雫達には分からない。


「私達にも分かるように説明して欲しいんだけど?」


 咲耶のその言葉に我に返った勇と武は、気まずそうな顔をしながら咲耶の質問に答える。


「あー悪い。それは言えねぇ」

「ごめん。あまり話したくないことだから」


 こいう時の勇は意外と強情だ。それが分かっているから雫と咲耶は、これ以上追求するのを止めることにした。


「もういいよ」


 と、冗談まじりに拗ねる様にそっぽを向く咲耶。そして誰からともなく笑い合うのだった。


「それでこれからどうするの?」

「やっぱ桐ケ谷の野郎みたいにここを出て行くか?」

「うーん、そう簡単にうまくいくかな?」

「そうだね。自分で言うのもなんだけど召喚された中で、私達は頭一つ突き抜けてるからね。どう考えてもそんあ戦力をみすみす(のが)すような事はしないだろうね」

「じゃあジョセフさんにお願いしてみたら? もしかしたら協力してくれるかもよ?」


 意外にもジョセフは雫達の我儘を聞いてくれる。面倒見の良い人だ。異世界で味方の居無い中、協力を求めるに当たりジョセフの名前が上がるのは自然だった。

 そう、咲耶や雫、武、勇も納得する提案。だが否定の言葉が上がった。それも雫達四人以外の声が。


「やめといた方がいいわよ」

「「「「!?」」」」


 部屋の中を見渡すが四人以外の誰も居ない。


「誰!」


 誰も居ない事に不安に思い、そんな不安を吹き飛ばすように雫が怒鳴ると、何処からともなく一人の女性が雫達の前に現れる。

 顔を隠しさえしないで雫達の前へと現れてた女性。髪は長くなく肩らへんで揃えられていて、色は黒に近い赤色。少し子供染みた顔立ちだけど、その雰囲気からは大人の色気を放つ女性でもあった。

 そしていかにも「怪しいですよ」と言っている見た目、もとい服装。全身黒一色。なんと言うか……忍者? を思わせる姿。そして腰には隠す気さえない刃物がぶら下げている。

 こちらに注意を払ってるのが肌でビンビンと伝わって来る。


(……この人強い)


 雫は肌に感じるピリピリとした感触に相手の力量を察する。自分達では勝てないと。それは咲耶達も感じ取っているようで、どうやって逃げるかを目を彷徨わしている。


「……貴方、何者?」

「まぁ、名前位ならいっか。私はシーナって言うの。それで貴方達は?」


 雫はこれまでつじかってきた第六感がこの女性は敵ではないと言う。それに名前位なら別に減るものでもないし、名乗ってもいいと判断して口を開く。


「……源雫」


 女性、シーナは他の面々を見つめる。


「……佐藤勇」

「……柏崎武」

「……木下咲耶」


 と、雫以外のみんなも名前を告げる。


「シズクにユウ、タケル、サクヤね。うん覚えた」


 シーナは「うんうん」と頷きながら名前を復唱する。

 少し発音に違和感を感じるのはしょうがない事だ。事実この王城に居る者達も雫達の名前の発音が若干異なっているため、そいうものだと思うようにしている。まぁ、外人が日本の呼び方がカタゴトと同じだろう。【言語理解】があるのに不思議だ。


「……それで僕達に何の用ですか?」


 勇が相手の出方を見ながら口を開く。


「そうね、大したことじゃ無いけど忠告的なやつかな?」

「忠告、ですか……」

「そうあの男『ジョセフには関わるな』って」

「……どいうことですか?」

「詳しくは言えない。ただあの男には関わるなってだけ」


 詳しいことは何も喋らず、こちらに命令してくるシーナ。


「……そんな命令を聞くとでも?」


 そう質問する雫を冷ややかな目だ。でも、実際は強がりだ冷や汗ダラダラだ。


「貴方達が納得しようがしまいがどうでもいいの。これは命令よ。聞かなければ必ず後悔する。あの男はそいうものだから」


 そこで一旦言葉を切り、殺気を含ませながら喋り出す。


「それに貴方達が知ったところで何も出来ないのだから知る必要がないわ」

「「「「……」」」」


 確かにそうだ。雫達がこの世界に来てからまだ半月程度。そんな雫達が何かを知ったところで何かが出来るわけでもない。

 勇者だからと言って万能ではないのだ。出来ない事の方が遥かに多いのだ。雫達は常人より力が(・・・・・・)強いだけの人間(・・・・・・・)なのだから。


 そしてシーナは「ふっ」と笑い背を向ける。先程までの緊張感は無くなったが警戒は怠らない。


「それじゃ私はこれで失礼するわ」


 そう言ったシーナを中心として魔力が流れ出る。感じ取れると言ってもほんの僅。気付くか気付かないかの微少な魔力。


(この人はこんなにも繊細に魔力を操れるんだ……)


 その技量に驚き、そして直感したこの人相当強いと。雫達が束になっても勝てる相手ではないと。

 それは最初から分かっていた事だ。でも心のどこかでは何とかなるとも思っていた。だって自分達は選ばれた者(・・・・・)だからと、そう心のどこかで思っていた。だが今この瞬間そんな考えは何処かへ消え去ってしまった。

 でもそれで良かったとも思う。”今”の自分に慢心することなく、もっと”上”を目指したいと思えたのだから。


 そしてシーナは本当に忠告するだけして、どこかへ消えてしまった。それはまるで幻だったかのように。

 シーナという女性が消えた場所を眺め勇が口を開く。


「……僕決めた」

「勇?」


 勇の顔に浮かぶのは決然として決意を固めた”意志”。


「僕は桐ケ谷秋人に会いに行く。今直ぐは無理かもしれないけど、いつか必ず会いに行く! それを今の僕の目標にするよ」


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中にあった物が削ぎ落ち、心の奥底にあった想いが大きく膨れ上がるのを感じた。


(あぁ、そっか。勇は桐ケ谷君に向かって歩いて行くんだね)


 あの時勇から感じた物はそれだ。

 そして私自身の気持ちもはっきりとしてくる。

 心の奥底に行ってしまった気持ちが前に出てくる。

 そうだ決めたじゃないか、”彼”に恩返しをすると。

 私にだって目標は最初からあったじゃないか。ただ気付かなかっただけで。

 本当に私は馬鹿だ。最初から答えがあったのに気付けないなんて。

 でも、もう大丈夫。もう見失わないから。

 私と同じ想いを持つ者達が側にいるのだから。

 少し他人任せなところがあるかもしれないけど、今はそれで良い。この気持ちを忘れないためならなんだって”利用”しよう。


「そうだな。俺もあいつに言わなきゃいけないことがあるからな。会って報告(・・)しなきゃいけねぇ」

「私も、私自身の気持ち(・・・・・・・)を伝えなきゃいけないから、会いに行くよ桐ケ谷君に」


 勇に続くかのように武、咲耶、それぞれの想いを口に出し、目指す場所を確かにする。それはこれからの決意であり、覚悟だから。

 そして私も——


「そうね。私も桐ケ谷君に会って言わなきゃいけないことがたくさんあるから、もう一度会わなくちゃ」


 四人の想い(・・)は同じ。なら目標に目指して歩いて行かなければいけない。それがどんなに困難であろうと。

 私達はあの人に会わなければいけない。


((((桐ケ谷君に会いに行こう))))


 四人の想いが”未来(・・)”を変える事になるのは、まだ先の話し————。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 あれからさらに半月程の年月が経った。つまり雫達が異世界に来て1ヶ月が経ったということだ。別にあれからジョセフと何かあったと言う事は無い。まぁ、気になるには気になるが、それはそれ、これはこれと割り切り、今まで通りジョセフやミストから色々な事を教えてもらった。

 例えば、常識、物の名称、剣の使い方、魔法の使い方、戦術の組み方等の事をより深く教えてもらった。そして雫達自身も、もっとこの世界の事を知ろうと頑張り、スパルタ気味の訓練にも着いて行った。


 この世界に来た当時とは変わり、見違える程に其々の顔付きが変わっていた。それは生き物を殺したという事に加え、異世界の非情さもある程度理解して、自分自身の弱さを克服して一皮も二皮も剥けた顔付きをしている。少なくとも日本で味わってきた平和と言うものがないということを身をもって味わらせられた。

 それ以外にもジョセフから殺意を浴びせられたり、痛みに耐えるため剣で肌を切ったりと、日本に居た時には絶対にしないようなことまでした。

 ジョセフから殺意をぶつけられた時は本気で死んだと思った。後は痛かった。とにかく痛かった。なんで好き好んで痛みを味わらなければいけないのだ。まぁ、そのおかげで痛みに対する忌避感はなくなったが、痛いものは痛いので、もうやりたくない。


 そしてついに雫達は今日、この城から出て課外訓練をすることになったのだ。

 課外訓練、簡単に説明すれば、

 ・魔物を倒しに行く事。

 ・野営を経験する事。

 ・この世界の人と関わる事。

 大雑把に言えばこの3つだ。

 他にも色々とある。例えば、「この世界の景色や風景を見に行く」とか「事前準備の仕方を学ぶ」とか「戦闘の連携を確認する」など、実戦でなければ体験出来ないことや生徒達の息抜きも含めての課外訓練だ。


 雫達はまだこの世界の風景と言う物を知らない。人の営みや自然の景色、魔物の脅威、雫達はまだ何も知らない。知識で知っていたとしても所詮それは知識に過ぎない。実際に見て、感じ取らなければ意味が無い。そのための課外訓練。

 一応10日間の日程だ。

 そして引率として騎士団の数名が一緒に行く事になっている。大体十人程だ。意外と少ないと思うだろう? でもこれはお遊びではなく訓練の一環なため、荷物、食事、寝泊り等は全部自分達でやる事になっている。そのため引率の人数は最低限に押さえているのだ。それに加え一人一人が相当の腕の持ち主なため何が起ころうが対処が出来るということだ。


 そして雫達は今、城下町を出て北門の前にいる。


「さて諸君、これから課外訓練を開始する! これまでつじかってきたものを実戦で発揮しなければいけない! 心してこの訓練に励め! 俺からは以上だ!」


 そしてジョセフは剣を引き抜き腕を揚げる。そして高らかに声を張り上げ、咆哮する。


「門を開けろ!」


 その声に応えるかのように門が少しずづ開き始める。

 それを見ていた雫達の感想は——


「かっこつけなくてもいいのにね」

「まぁ、いいんじゃない? 士気を上げるためなんだから」

「シズちゃん現実的」


 冷めていた。まぁ、雫達はこんな事とは縁の無いものだから、やる意味が分かっていても「それがどうした?」となってしまう。

 まぁ、それでもこれからの事にはドキドキするが。


「それじゃ、僕達もやろうか?」

「え? 何を?」

「円陣だよ」

「お、良いね!」

「やろう」

「……まぁ、良いか」


 雫達も一人の人間だ。「これから未知に挑む」そう思うだけ怖い。でもそれと同時に心が高鳴って、高揚してくる。


(でも嫌いじゃないこの感じ)


 仲間と一緒に未知に挑む。なんて素敵な事だろう。

 そして勇、武、雫、咲耶の順で円を作り、声を張り上げる。


「さぁ、みんな行こうか!」

「「「おー!」」」


 そして雫達は新たな一歩を踏み出すのだった。


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