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神殺しの英雄譚《ジェノサイド》  作者: 漆原 黒野
第1章 勇者召喚編
17/24

姉編1 悲しき過去

 

 ある日、事件が起きた。

 その事件とは千葉県○○市にある学校の1クラスの生徒全員が、突如として消えたという事だ。

 その1クラス、三十六人もの学生と教師一名が突如として消えたことにより、瞬く間にマスコミ等の記者達が話題に上げた。


 この事件について警察は何と一万人にも及ぶほどの人材を派遣し、調べ上げている。それだけこの事件は世間にとって衝撃的だったのだ。

 だが、この事件について警察は今のところ全く情報が掴めていないらしい。それに伴ってマスコミ等は警察ではなく、消えた子供達の保護者などに標的を変え、報道している。

 そして消えたのが学生と言うこともあって、子供を持つ母親などにも話を聞いては報道している。

 そう学生が消えた。それによって全国の学校は急遽、臨時休校となった(学生達は大いに喜んだ)。




 ここは学生が消えた学校の、すぐ近くにあるマンションの一室。

 その部屋にはマンガ、ラノベ、ゲーム、フィギアなどが大量に溢れかえる部屋。所要オタクと呼ばれる者の部屋。


 そんなオタク部屋に、一人の女性がいた。

 背丈は女性にしては長身で大体160cm後半、髪は腰まで届くかと思われるほどに長いく、スタイルはかなり良い。胸はそこそこあり、足はスラっとしていている。大人びた顔立ちをし、とても美しい女性だ。

 だが、その顔からは鼻水が垂れ、口元は涎に塗れ、目は赤く腫れ、ここ何日も寝てない証拠のように隈が色濃く残っていた。

 その女性の本来の美しさが微塵も、窺えない姿。


「うわあああああぁぁぁぁぁっっ、ンっぐ゜、あっ゛ぎっ゛、えっぐ゛、ううぅぅぅぅ」


 部屋から聞こえてくるのは女性の泣き声のみ。


「なんで、あぎっ゛が、なんで、なんで、あぎっ゛が、いなく、なる、の? ぜんぶ゛ば、ばたじ゛の、ぜい? ンっぐ゛、ごべ゛んね、ごべ゛んね、あぎっ゛」


 その女性は呪詛の様に何度も、何度も誰かの名前を呼び、謝罪を繰り返している。


(全部、全部、全部私の所為だ。アキが消えてしまったのも、あの時の事も……全部私の所為なんだ。ごめんね、ごめんね、アキ……)


 その気持ちを伝えたいけど、その相手が消えてしまった。罪悪感に苛まれるように女性は何時間も泣き続けた。


 いつしか女性の声は小さくなり、倒れるようにして夢の世界へと旅立つのだった。


「アキ……」


 そして女性、”桐ケ谷遥香(はるか)”は夢を見る。


 ——約18年前——


 遥香は、所謂天才だった。

 やれば何でも出来る。勉強、運動、交友、芸術……他にも様々な事をしたが大抵の事はできた。それも一流並みに。


 ”天才”それが桐ケ谷遥香という人物を表す一言だった。

 当時3歳にしてその片鱗を表し始めていた遥香。


 そして、ある日の事。

 いつものように遊んでいる遥香の元に母親が来て、明るい表情で告げた。


「ハルちゃん! 赤ちゃんが出来たよ! これでハルちゃんもお姉ちゃんだね!」


 母は満面の笑みを浮かべ、遥香を抱き上げる。「赤ちゃんが出来る」それを聞かされた遥香は喜んだ。


(私に兄弟が出来る!)


 嬉しかった。

 遥香は他の子達と距離を感じていた。多分それは遥香が大人びているからだ。

「やればなんでも出来る」逆に言えば「出来ないことがない」。それは子供、いや、人間として異常だ。

 そして、そこまでの事を考えついてしまう遥香も、自分自身の事を異常だと思っている。

 だから対等な存在が欲しかった。自分と同じ天才とは言わない。ただ自分と一緒に遊んでくれる存在が欲しかった。ただそれだけが望みだった。

 今それが叶うと告げられたのだ。遥香は嬉しさのあまり無邪気にはしゃいだ。こいうところはやっぱり子供だったのかもしれない。

 兄弟が出来る。遥香の頭の中はそれだけだった。


(弟かな? 妹かな? 弟だったら外で遊びたいな。鬼ごっこ、かくれんぼ、サッカー、野球……とにかく身体を動かすのが良いな! 妹だったらお人形遊び、おままごと、恋バナなんかも良いな! 早く生まれてこないかな~)


 そうすればもう私は一人じゃない。一人で居るのは寂しい。




 そして待ち望んでいた出産当日、事件が起きた。


 ————母か子————


 どちらかの命しか救う事ができない。そう医師に言われた。

 父は母を取った。もちろん私も母に生きて欲しかった。

 確かに一人は寂しい。だけど母が居なくなる方がもっと寂しい。

 だけど母だけは違った。母だけは子を生かして欲しいと願った。

 母はそれはもう心から嬉しそうに子供の幸福を願った。そこに自分が居られないというのが最後の心残りと言うかのように。


 そして結局、母は死に子が生きた。そこからが悪夢の始まりだった。

 一度壊れた物はもう二度と戻らない。父は母が死んだ事により酒に溺れた。

 仕事もしなくなり、一日中家で酒を飲み続けた。幸いお金は今まで稼いだ分で(まかな)えるだけの貯金があったため生活には苦労しなかった。


 私は泣いた。ただ泣き続けた。

 子なんかより母に生きて欲しかった。いつも私が泣いている時、抱きかかえて頭を撫でてくれる母の手が恋しい。でも母は、もう居ない。

 それがいっそう悲しく感じた。


 だが、それはいつしか怒りに変わった。

 母を殺した根源、”弟”へ。

 それは私だけではなく父も同じだった。


 なまじ天才だった遥香は相手の事を考えることなく自分の保身の為に行動してしまった。

 自分の心が壊れるのを防ぐために。

 正気でいられるように。

 だから遥香は弟に「あなたの所為で母が死んだ!」「あなたの所為で父は変わった!」「あなたの所為ですべて変わった!」と、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、弟に言った。

 自己満足の為に。

 心に空いた穴を塞ぐように。

 自分の為に(・・・・・)




 そして月日が立ち6年程が経過した。

 遥香は10歳になり、弟は6歳になった。


 私は今までの行いをやめ弟、”アキ”と遊ぶようになった。

 今まで出来なかった、トランプ、ボードゲーム、鬼ごっこ、砂遊びなど色々な事をした。


 アキは心底楽しそうに笑い、私もこんな日々が続けば良いと思った。

 だけど父は今でもアキが悪いと言い放ち、暴力を振っていた。それはいつしか私にも及んだ。




 暴力に耐えて2年が立った。

 遥香は12歳になり、秋人は8歳になった。


 私は世間体を気にするようになった。

 自分のキャリアに傷が着くような事をする父が嫌いだ。暴力で鬱憤を晴らしてくる父が嫌いだ。

 いい加減鬱陶しくなってきた。

 本当にうんざりだ。こんな父親なんて居なくなればいいのに。

 そう思う日々が続いた。


 そんな時、偶然ドラマを見ていたら、誘導殺人というものをやっていた。

 他人を使って、自分が殺したいと思っている相手を殺すように誘導する事だ。

 その時ピンっときた。

 そうだよ邪魔な奴は殺してしまえば良いんだよ。それも私ではなくアキに。そうすれば私のキャリアに傷付く事もない。

 それに殺人をした弟を慰める優しい姉。そんな印象付けもできる。

 まさに一石二鳥、いや、一石三鳥。

 あぁー、もう私って天才!

 さて、まずはどうやってアキに父を殺すように仕向けようか?


 それからしばらく私はアキに父を殺すように仕向けるために作戦を練った。




 計画を立ててから3か月程が経ち、私は遂にアキに父を殺すように誘導する作戦を実行した。


 作戦はシンプル。

 最近では私とアキはよく遊ぶ。その時にこう言えば良い「私が危険になったらアキが助けてね?」と。

 そして父に私を襲わせるように誘惑して、それをアキが見るように仕向ける。近くに刃物なんかを置いとくだけで後はアキが父を殺すだろう。

 最悪アキが躊躇して殺さなかったら、一旦家から出て、別のやり方でやればいい。それか、もう専門的な機関に電話した方が早いかな? いや、恨みとか買われて後々めんどくさそうになりそうだから、それは最終手段にしよう。

 幸い私の身体は大人になるために成長している。胸はそこそこ大きくなり、スタイルもかなり良い。

 魅了するには少し物足りないかもしれないけど、襲わせるだけなら十分な見た目だ。


 そしてアキは遥香の思い通りに父を殺した。

 遥香は手を汚さずに。


 それからは本当に良いこと尽くしだった。

 保険金やら何やらでお金が手に入る。

 そして交友関係も良好だった。みんな私に同情してくれる。


 本当に最高!

 あの糞みたいな父から解放された!

 私は自由だ!


 この時の遥香は気付けなかった。いや、気にしなかった。

 アキがどんな思いでいたか。アキの気持ちを理解しよとしなかった。




 あれから1年。

 私は13歳になり、秋人は9歳になった。


 アキはあの事件から変わった。本当の自分を出さなくなり、何よりも笑わなくなった。


 父が死んで丁度一年。父の命日であるため、墓参りをする日だ。

 どんよりとした雲が空に広がり、薄気味悪い空模様。


 遥香と秋人は墓に線香をあげ、手を合わせる。

 何の感情も湧き出てこない。あんな父親居なくなって良かったとさえ思う。

 こんな事しても意味なんてない。さっさと終わらせて帰ろう。


 帰る支度ササっと済ませ、秋人を見つめ、それっぽい事を言う遥香。


「アキ、両親がいなくなったけど、頑張って生きようね?」


「両親がいなくなった」遥香の言葉には何の感情も無かった。悲しみも、寂しさも何も……。

 母が居なくなったのは悲しい。それでも私は生きていける。そう思えた。


 世界は自分を中心(・・・・・)に回っているのだと言うように。


 そんな遥香の言葉を聞き、何を思ったのか秋人は遥香の胸倉を掴み上げ、自分のほうへと引き寄せた。


「ア、アキ?」

「……」


 秋人は泣いていた。

 何も言わず、ただ涙を流していた。

 寂しいそうに——。

 悲しそうに——。

 辛そうに——。

 理解してくれと願う(・・)ように。


 ポツリ、ポツリと雨が降る。それはまるで秋人の心情を表すかのように。

 世界を塗りつぶすかのように、雨の勢いは上がり、辺りを暗く染めあげる。

 それと同時に遥香の心に何かが芽生えた瞬間でもあった。


 私は遅まきながら気付いた。

 自分が何をしでかしてしまったのかを。自分勝手な思いの所為でアキがどんな気持ちでいたかを。

 両親二人を殺した(・・・・・・・・)と言う意味を。


 最後に見たアキの顔には、目に涙を浮かべながらも、此処ではないどこかを幻想するかのように虚空を見つめていた。


 その日から、私は自分の事が分からなくなった。




 遥香は自分の意識が戻ってくるのを感じた。

 夢なのに夢では無い感覚。追体験をしたかのようにリアルで遥香の心を蝕んでいく。


 あの時の事は今でも後悔している。私の勝手な都合でアキの人生を台無しにしてしまったこと。

 でも、あの時の私は、自分こそが人生を(・・・・・・・・)台無しにされた側(・・・・・・・・)だと思っていた。


 もう戻れない過去。

 壊れてしまった過去。

 変わらない過去。

 過ぎ去ってしまた過去。

 後悔してもしきれない、過ちの過去。


 私は自分自身が嫌いだ。

 自分のことしか考えることが出来なく、一人で何でも出来てしまう、こんな自分。

 天才で出来ないことが無い完璧な私。


「変わりたいな……」


 何気なしに呟いた言葉。

 だけど、その言葉は遥香の胸にスーッと入ってきた。

 心に(つっか)えていた何かが削げ落ちて行く感覚。


 あぁ、そうだよ。変われればいいんだよ。

 今の自分が嫌ならば、変わるしかない。


 受け入れよう。私の犯した罪を。

 そしてこの命尽きるまで悔やみ続けよう。

 でも、もし、もし出来る事なら、私は——


「私は……アキに謝りたい」


 一人呟く。

 そう、確かに一人だった。答えなんて返って来るはずが無い。

 なのに、それなのに、声が聞こえた。


『それでしたら私と契約しませんか?』


 その声は唐突に、神の導きのように遥香に語りかけてきた。


 そして今日この日、遥香の運命が大きく変わるのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 とある場所に一人の少女がいた。

 少女の姿は少し遥香に似ていた。だが似ているだけであって全くの無関係な人。

 身長は160cm前半、胸はかなりあり、足はスラっとしている。顔立ちは大人びて綺麗な顔をしている。髪の色は茶色に近い黒色、肩より少し長めの。

 やはり少女は遥香に似ているものがあった。だが先程も言った通り似ているだけであって、遥香とは無関係な人。


 少女は虚空を見つめ、独り言を呟いている。

 誰もいないし、何もない。だが少女には何かが見えているのかもしれない。


「良いわ、乗ってあげる」


 誰もいない部屋で喋っている少女の声に答える者は居ない。そのはずなのに少女は答えが返って来たかのように反応を示す。

 それは傍から見れば不気味だ。


「少し待ってて」


 少女は座っていた椅子から立ち上がり、部屋の隅にあるタンスの一番上の引き出しから、首飾りを取り出した。


 首飾りは、花の形をしていて、全体的に金の色が強く少し赤みが入って、光に当てればその美しい金の色がキラリと輝く。

 少女は知らないだろうが、この花の名前はリコリス。

 花言葉は「再開(・・)」。


 それが偶然か、必然かは、まだ誰も知らない——。


 そして少女は首飾りを自分の首にかけ、またも虚空を見やる。


「いいわよ」


 少女の声に答えるかのように何処からともなく光が現れ、少女を包み込んでいく。


「待っててね”シュウ”。今行くから」


  そう言葉を残し、完全に光に包まれていく少女。一際輝いた後には、そこには誰も居なくなっていたのであった。


 そして少女はこの部屋、この世界(・・・・)から姿を消すのだった。

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