第14話 密会
「おいテメェ聞いてんのか!」
「俺達にぶつかって謝罪の一つも無しとはいい度胸だな!」
今秋人達はチンピラに絡まれていた。
何故こうなっかは秋人達でさえ分からない。普通に王通りを進んでいたら、突然ぶつかってきて文句を言い始めたのだ。それもこんな大衆がいる前で。
「えーと、ぶつかって来たのはそちらの方ではないですか?」
とりあえず穏便に済ませようと話しかける。というかぶっちゃけ俺じゃこの二人には勝てない。いや、勝とうと思えば勝てるだろうが、その場合確実に相手を殺してしまうし、俺の力を見られる。
「なんだと! どう見たってそっちがぶつかってきたろう。なぁ!」
「金だよ金。ぶつかった詫びに金を寄越せや!」
(うーん、ぶっちゃけこいうテンプレは大歓迎なんだけど……せめて俺が強くなってから出てきて欲しかった……。勿体無い)
考え方がオタクである。
というかこの状況意外とピンチじゃね? 俺達の中でまともに戦えるのってクルス一人だけだし、どれくらいの強さかも分からないんだし……。どうしよう?
「金がねぇんなら、そこの美人二人にお世話してもらおうかな。もちろん夜の方も」
あー、なるほど。最初からこれが目当てだったのか。確かにアリサもクルスも見た目は最高級の美しさだ。特にクルス。よく分からないけど神々しくて、一度見たら忘れられないほどにインパクトが強い。まぁ、胸の方は残念だが。
余談だが、別に秋人は巨乳好きというわけではない。はっきり言ってしまえば、揉めればいいとさえ思っている。
あとは見た目のバランスで判断している。デカすぎると見た目がアンバランスであまり好きではないのだ。余談終了
「はぁー、まぁ、しょうがないっか……。一応手加減はするけど後悔はしないでね」
心底うんざりした様子で言い放ち、足を一歩前へと踏み出す。次の瞬間にはクルスの姿が掻き消え、かと思えば男二人が唐突に地面に崩れ落ちた。
何が起きたのか分からず、正気に戻るのに一泊の間を要した。
(一瞬かよ! どんだけ強いんだこいつ!?)
その圧倒的なまでの力を見せたクルスに観衆がどよめきと称賛の声が上がる。中にはクルスの実力を見極めようとする者達もいた。
「おい、あのエルフ何者だ?」
「最低でもレベル200は超えてるな……。俺の目で捉えられなかった……」
「マジかよ……。Aランク越えってことか?」
「恐らく……」
「……というかあいつ〈神姫〉じゃないか……?」
「な!」
「おいおい冗談だろ?」
「あれが……」
と、畏怖と尊敬の眼差しで見られるクルス。
そんな周りの声を聞いた秋人は慄いていた。クルスが強い事は分かっていたが、正直ここまでの実力とは思ってもいなかった。
それになんか凄い二つ名みたいなのが聞こえたんだが……。
「凄いね! 一瞬でやっつけちゃった!」
「……あぁ、凄いな。何が起きたのかさっぱりだ……」
「……まぁ、これくらい大した事ないよ」
そう言いつつも頬が少し赤くなっていた。多分照れているのだろう。
「さ、邪魔者も居なくなったし観光の続きをしましょうか」
「……そうだな」
「うん!」
意外と辛辣なクルスさんであった。
そうして秋人達は今の出来事が無かったかのように先程と同じように観光をするために王通りを進み始めるのだった。
そんなクルス達の後姿を眺める、地面に横たわる男二人。
観衆に気付かれないように顔を見合わせ何かを確認しあって、隠れるようにして路地へと姿を消すのだった。
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ベットや机、風呂などの付いた少し高めの宿。そこにいるのはエルフのクルス一人。
アキト達と一緒にご飯を食べたり、大道芸を見たりして楽しんだ後、この宿に泊まることとなったわけだ。
そんな宿の一室にいるクルスはベットに仰向けで寝転がり思考に耽っていた。
(アキト、彼は恐らく神に関係する者だろう。それがどうして私に反応する? いや、それが当たり前なのは確かだが、でも今回は少し違う。まさか彼がそうだと言うのだろうか? それはありえない。でも、もし本当にそうだと言うのなら何故”彼女”は彼を選んだ? それ程までに彼が気に入ったのか? それとも彼が必要なのか……?)
考えても答えなど出ない。クルスが言う「彼女」とはそいう存在だ。でも考えずにはいられない。
(……まさか彼は選ばれた人間なのか……? そうだとしたら彼はこの先の時代でも必要な人材だ。とりあえず様子見がベストかな? 下手に手を出すより、傍観に徹した方が賢明かな?……少なくとも彼とは敵対したくはないかな)
圧倒的なまでの力を有するクルスをして「敵対したくはない」と言わしめる謎の存在、秋人。
そして頭の中に嫌と言うほど鳴り響く警戒音。「こいつには近付くな」「今の内に殺せ」矛盾した思いが胸裏の中を荒れ狂う。
彼は一体どいう存在で、何が目的なのだろう?
だがクルスは気付かない。自分が誰かを警戒するというその”意味”を。
そんな事を考えているクルスの耳に、扉をノックする音が響いた。
「……どうぞ」
「失礼します」
そう言って入って来たのは、馬車移動で一緒に乗車をしていたジンバであった。
ジンバが来たと言うことはそいうことなのだろうと思い、姿勢を正し、話しを聞くために耳を傾ける。
クルスに頭を垂れ、跪くジンバ。
「改めましてエルフィード様。私はジンバと……」
そう言葉を続けようとするジンバを遮り口を開くエルフィードと呼ばれるクルス。
「……やめてもらえる。その呼び方。それに私はもうあの国を出た者だし」
「いえ、そうはいきませんクルス様。貴方様はあの国の……」
「やめて!」
またしてもジンバの言葉を遮るクルス。だがその様子は先程までとは違い、危機としたものを感じさせるほどの形相だった。
「……失礼しました。してクルス様の用事はお済みになられましたか?」
「……えぇ、やはり私が感じたあれは正しかったみたい」
「そうですか。ではいかが致しましょうか」
「……なんで私に聞くの? 私は別に”組織”の者では無いのだけれど?」
「ですが我々、組織の希望です」
「……」
ジンバの言葉を聞きクルスの顔が歪む。その顔にどんな意味が込められているのかは分からない。だが、それは思い出したく無い、何かを憂いているように感じる。
その想いを察する事が出来たジンバは素直に謝罪の言葉を口にする。
「……失言でしたね」
「……別に、昔の事だわ」
察する事は出来ても、その胸に秘める気持ちを感じることはできない。悲壮な表情を浮かべるクルスをただ見つめることしか。
「して我々は如何すればよいでしょうか?」
「……取り敢えずアキトの追跡は止めて」
「……それは見逃す、ということでしょうか?」
ジンバは顔を上げクルスを睨み付けるように見上げる。
「勘違いしないで。彼が追跡を警戒していないはずがないじゃない。もしバレてしまえば私達と彼が決裂してしまうのは明白。交渉の余地なくね」
「……確かにその通りですね。分かりました。こちらからのアキトの追跡は切り上げさせます。ですが国からの追ってはどういたしますか?」
「それはほって置いといて構わないわ」
「御意」
話しは終わりだと言うように背を向けるクルス。だがそんなクルスに言葉が投げ掛けられる。
「一つクルス様に頼み事があるのですがよろしいでしょうか?」
クルスは振り返り、未だ頭を垂れ続けるジンバを見つめる。
「……何?」
ジンバは躊躇うように言葉を飲み込もうとしたが、やはり言っておくべきだと思い直し、口を開く。
「クルス様はこの後ハイド国にお戻りになされますよね?」
「えぇ」
「でしたら道中にあるサトン村付近に行っていただけないでしょうか?」
クルスは怪訝な顔でジンバを見つめるが、そのジンバが持つ稀有なスキルを思い出し確認の意味も含めて問いかける。
「……それは”未来予知”?」
「……はい」
「……そう」
(何故私に頼む? 私じゃなくてもいいはずだ。それとも未来予知で見た相手はそれほどまでに強敵なのだろうか? 少なくとも何かがあるわね)
「……別にそれは構わないけど、そこで何が起こるのかくらいは教えてくれるのよね?」
「はい。ですが詳しい事は分かりません。私が分かるのは『触れた者にとって、特異点となる未来が見れる』というものであります。そしてここからが本題ですが、私の部下が1ヶ月後にハイド国にあるサトン村付近で死にます」
「死ぬ」その言葉に目を見開くクルス。
頭を下げているためジンバがどんな表情なのかは分からない。続きを話そうと、震えそうになる声を何とか縛り出すようにして口を開く。
「クルス様にはその者を助けていただいたく思います」
死ぬ。確かに一大事だ。しかしそれを差し引いても私に頼む意味が分からない。
でも何故だろう? 私はこの頼みを受けなければいけない気がした。なんの根拠も無い、ただの”勘”でしかないけど何かが変わるような予感がする。
これはきっと私の特異点なんだ。
「……貴方にとって、その部下はどんな存在?」
「娘のように思っています」
即答するジンバ。
その姿勢を見てクルスはこの依頼を受けることを決意する。
「分かった。その依頼、受けましょう。ただし正当な報酬は貰うけどね」
「ありがとうございます」
心の底から感謝するように頭を垂れるジンバ。
「それで詳しい内容は?」
「はい。私が見た未来予知では…………」
そうしてジンバから依頼の詳しい内容を聞くのだった。
だがクルスはここで一つ勘違いをしていた。先程クルスはジンバの持つ未来予知で見られたのは自分だと思った。しかしながらジンバが見たのは紛れもなく部下の未来だ。
そもそも未来予知のスキルはそれほど万能ではない。未来を予知して、その未来を変えるべく動けば未来は変わる。ましてや不確定要素が入り込めば、未来なんかは簡単に変わってしまう。それほどまでに”未来”とは不確かなものなのだ。
話しが逸れたが、少なくともジンバの行動は部下を助けたいがためのものであった。まぁ、確かに思惑が在るにはあるが、それは二の次でしかなかった。
そう、部下を助けたい。ただそれだけの理由だった。しかし、これをきっかけに未来が少しだけズレるのであった。それは小さなズレ。だが確かに変わった証拠でもあった。
それがこの先どう影響を及ぼすのかはまだ分からない。しかしながら一人の人生を大きく変える事になるのは確かだった。
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次の日には、秋人とアリサはエリトラへ、クルスはハイド国を目指し別々の馬車に乗り、旅へと出るのだった。
一人シュトリアの街に残るジンバは、そんな三人を見送った後自分の仕事を始めるべく昨夜のバーへと向かうのだった。