第13話シュトリアの街
馬車の方も検査が終わり、進み始める馬車。
そして秋人はとうとうシュトリアの街の門を潜るのだった。
そこに広がるのは————
王都と同じ風景だった。なんかこの感じ、王都を出た時も感じたな。
まぁ、確かにすぐ近くにある街だから、そこまで変わるものじゃないと分かってはいるが、こうも何も変わらないとつまらないな。
(はぁー、なんで現実はいつもこうなんだ)
『……』
無慈悲にも馬車は産業ギルドを目指して歩を進めてく。流れ行く景色を眺めながら、秋人は諦め気味に話しかける。
『なぁ、ナビ。お前の言う通りだよ。お約束なんて物は現実に存在しないんだな』
『……そんなしみじみと言われても困ります……』
こうも達観したのも久しぶりだな。
「お兄さん大丈夫?」
どこか遠くを見つめ、達観するような秋人を心配し、アリサが話しかけてくる。
「あぁ、大丈夫だ。少し現実って物を思い知らされただけだから」
「?」
そうこうしている内に馬車は産業ギルドに着いた。そこには王都にあった産業ギルドとほぼ同じ位の大きさに、これまた見た目もほとんど一緒のシュトリアの街の産業ギルドがあった。
秋人達は馬車を下りて産業ギルドの中に入り、それぞれの目的を果たす。
秋人とアリサは次の目的地〈エリトラ〉行きの馬車の乗車券を買った。
ジンバはシュトリアの街そのものが目的地だったため、旅はここで終了みたいだ。
クルスは隣の国〈ハイド国〉を目指しているため、秋人達とは違う馬車に乗るようだ。そのためここからは別行動となる。
それと今ここで知った事なのだけれど、どうやらアリサの目的地は秋人が向かう先の、途中にある村らしい。
こんな偶然があっていいのだろうか? それともこれは誰かに仕組まれた陰謀なのだろうか?
つまりアリサとはしばらくの間は一緒に旅をすると言う事だ。
あの時アリサが言っていた”運命”という言葉はあながち間違いでは無いのかもしれない。
余談だが、秋人が目指している場所に行くためにはいくつかの街や村などを経由していかなければいけない。そのため次の目的地がエリトラと言うわけだ。
大体直線距離にして1000km前後。多分馬車や道の関係で迂回等もするため、実際はもっと距離があるだろう。余談終了
この後はクルスと一緒に観光をする予定なため合流をする手筈になっている。
乗車券を買った秋人達とクルスは合流を果たし、これからどうするかを話し合っていた。
「それで何処から行く?」
「そうだな……。とりあえず飯にしないか?」
「そうだね。昼はサンドイッチ位しか食べてないものね」
「確かに少しお腹が空いたわね」
「じゃあ、まずはご飯を食べに行くと言うことで」
満場一致でご飯を食べることになった。次は当然何を食べるかで話し合うことになる。だがここで問題が発生したのである。
「俺は米が食いたいかな」
旅行とかに行くと何故か無性に米が食いたくなる生粋の日本人、桐ヶ谷秋人です。
「私はお肉が食べたいな。それもガッツリとしたやつ」
「私は野菜を使った料理が食べたいかな」
そう、全員の好みが合わないのである。
エルフのクルスは野菜が好きと言うのは何となく分かるが、アリサのガッツリ系の肉が食べたいと言うのは少し予想外だ。見た目に反して食欲は旺盛みたいだ。
「まぁ、とりあえず適当に歩いて食べたい物があったら買うって感じで良いんじゃないか?」
「そうだね」
そうして秋人達は大通りに沿って歩みを進めるのだった。
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薄暗く、人一人が通れるかと言う程の狭い通路。燈火等は何一つ無く、人も見当たらない、暗く、何も無い通路。そんな通路に一つの人影がやって来た。
その人影は明かりも無しに、ごく普通に通路を歩き進む。しばらく進んだ人影は、これまた何の変哲も無い壁をノックするかのように数度叩く。只の壁を叩いたにも関わらず、壁は不自然に動き新たな道を示す。
人影は迷う事無く、新たに現れた道に足を向け歩き出す。
それを幾度か繰り返す人影。そしてまた何の変哲も無い壁に向けてノックをするかのように叩く。だが今回は先程とは違いリズムを刻むようにノックをする人影。しばらくすると壁が内側から開き、中から新たな人影が現れた。
中から現れた人影はノックをした人影に片手を上げ、声を掛ける。
「よぉ、お疲れさん」
それに答えるようにノックをした人影も片手を上げ返事を返す。
「あぁ、そっちもお疲れさん”ギン”」
ギンと呼ばれた人物は、ノックをした人影の上げている片手を掴み再開を味合う。
「おう! ジンバも任務ご苦労さん。ささ中に入って酒でも交わそうや」
「その前に報告が先だろ」
そう言って人影、ジンバはどこにあるのかも分からない謎の空間に入って行く。
「分かってるって」
ジンバが中に入るのを確認したギンは扉を閉める。
後に残るのはやはり何も無いごく普通の壁のみだった。
謎の空間の中は簡単に言ってしまえば、バーの様な感じだ。
カウンター席にジンバは座り、机を一枚挟んだ向こう側にギンが回り込み酒を差し出す。
「……だから報告が先だって言ってるだろ」
「堅い事言うなよ。軽いやつだからさ」
「……はぁー」
深くため息を吐くジンバだが、結局は諦めて差し出された酒を手に取り煽る。
それをニヤリとした笑みで眺め、自分の分の酒をグラスに注ぎ、ジンバの隣へと腰掛ける。
「それでどうだったんだよ?」
「あぁ、そうだな……」
そこで言葉を切り、話す事を頭の中で整理してから言葉を発するジンバ。
「エルフィード様が言っていた通りだったよ」
「おいおい、マジかよ!」
「あぁ……」
深刻そうにうなずくジンバに辺り一帯が暗くなるような錯覚を覚える。それはギンも同じだろう。いや、もしかしたらジンバよりも、その心中は穏やかじゃ無いかもしれない。
「……つまり神の連中が動き出すってことか?」
そう確認の意味も込めて質問するギン。願わくは間違いであってくれと願うように。
そんなギンの思いを感じつつも、事実を伝えるジンバ。
「……あぁ、そいうことになるな。付け加えればエルフィード様も動くと仰っていた」
「……エルフィード様が? でもあの方は……」
「ギン」
ギンの困惑した様子から発される言葉を途中で遮るジンバ。そこに込められた思いは分からずとも真剣な顔でこちらを見つめてくるジンバに気圧されるギン。
「ギン、エルフィード様の身内の事は言うな」
苦々しく発するジンバの声音に、理由は分からずとも頷くギン。
「……分かった」
沈黙が辺りを包む。
ジンバは世の不幸を呪うような思いで、手元にある酒を一気に煽る。
どちらも喋ることもせず、未だに沈黙が包む、重苦しい空間。
しばらくするとグラスに入っていた氷が溶けて「カラン」と音を鳴らした。それは嫌に辺りに響き渡った。
その音のお陰かは分からないが、止まった時間が動き出すかのように二人の空気が変わる。
「……それとエルスラーン王国が勇者召喚をした」
「……あぁ、それはお前の部下から聞いていた。それに加えあのジョセフが妙な動きをし始めたということも」
「ジョセフが動くと言う事はそいうことだ。分かっているな?」
「当たり前だろ」
先程とは違い、緊張感が辺りを包み込む。
「……動くぞ時代が」
「……あぁ。……平和な時代が終わり、戦乱の世の中に変わる。ジンバ、お前はそれでもこの組織で居続けるのか?」
「あぁ、当たり前だ。”マリス”との約束だからな……」
「でもあいつは……」
そうギンが言葉を続けようとしたら、またもジンバが遮り、決然とした意志で言葉を発する。
「いいんだ。俺はそれで……。例え俺の命が尽きようと……」
「……ジンバお前……」
言葉を続けようとしたが、口から出ることは無かった。喉が異常に震えるが言葉にならない。
そしてまた辺りに沈黙が降りる。
そんな空気を吹き飛ばすように、ことさら明るい声音で言葉を紡ぐジンバ。
「こうしていても何も始まらないな。とりあえず俺は色々と動いてみる。お前は情報収集と組織に連絡を頼む」
「……分かった」
ジンバは立ち上がり、先程入ってきた扉に向かって歩を進める。
「それじゃあ頼んだぞ。それと酒サンキューな」
「あぁ、お前も気を付けろよ」
「分かってるって」
ジンバは扉を開けて外へと出るのだった。
それを見送ったギンは一人呟くのだった。
「……これから忙しくなるな」
その言葉にどんな意味が込められているのかは分からない。ただこの先に待ち受ける困難に抗う事を覚悟をしたギンであった。
そしてグラスに残っている残り少ない酒を一息に煽り、情報収集のため外へと出向くのだった。
後に残されるのは無人の空間だけであった。