第12話 移動
南門が開き馬車がゆっくりと進み始め、ついに秋人は門を潜り抜けた。そしてついに秋人はこの世界の”外”を知るのだった。
そこに広がるのは草原、前の馬車。以上
「……」
……。
……。
……。
……。
……。
……つまな。
まぁ、俺自身もあんま期待はしていなかったが、流石にこれはつまんな過ぎるだろ……。
こんな草原日本でも見れるぞ……。
見渡す限りあるのは草原だけ。あ、少し語弊があるな。正確には王都に入ろうとする馬車等がある。
まぁ、確かに王都の周りに魔物や盗賊がいたら、それはそれで問題だろうが、もう少し頑張って欲しかった。
『だから言ったじゃないですか、期待しても意味が無いと。所詮現実なんてこんなものです』
『期待して何が悪い。異世界だろ! ファンタジー世界だろ! もう少し楽しませろよ』
『……』
秋人の言葉に沈黙で返すナビ。
そんな秋人を傍から見ると、門を出てから真剣な顔で沈黙する不思議ちゃんに見えるわけで、変な物を見るような目付きで声を掛けてくる人がいても不思議ではない。
「……どうした坊主?」
話しかけてきたのは目の前に座る見た感じ50歳位の少し太ったおじさんだった。偶然かは分からないがこのおじさんが先程エルフの女性が乗って来た時に睨んできた人でもある。
「え、いや、思ったより何も無いんだなって」
「それはそうだろ。王都に魔物や盗賊なんかいたら一大事だぞ?」
と、当たり前の事を言う秋人を変な物を見るかのような目で見つめるおじさん。
「まぁ、分かってはいるんですが、もう少し何かあってもいいんじゃないかなと思いまして……」
「……はははは! 確かにな! これじゃ期待外れだよな! 草しか無いもんな! ははは!」
腹を抱え笑う謎のおじさん。その雰囲気は何と言うか他人なのに他人じゃないみたいな不思議と親近感を覚えさせるものだった。
「えぇ、草原しか無いのでなんと言うか……」
「つまらない?」
隣から凛とした声が聞こえてきた。その声は途中で乗ってきたエルフの女性のもので、声まで神秘的で美しい。そう無条件で思ってしまうほどに透き通っていた。
その美しすぎる声音に少し酔いしれてしまい返事が遅れてしまう秋人。
「……え、えぇ、もう少し刺激的な何かがあると思っていました」
「現実なんてそんなもんよ。期待するだけ無駄」
ぶっきら棒に言う言葉も何故だが感動してしまう。そんなよく分からない感覚の中に雑音が雑じる。
『……ぷっ! そ、そうですよ、き、きたい、す、するだけ、む、むだですよ、ぷぷっ! あああはは!』
『……』
何となくナビに負けた気分を味わう秋人。
「……それ知り合いにも言われました」
ガックリと肩を落とす秋人。秋人から放たれる哀愁漂う雰囲気は何とも言い難い空気を醸し出す。
「……あー、その、なんかごめんね?」
「……別にいいですよ。俺だって分かっていたことですから……」
「……」
そんな哀愁に暮れる秋人を無言で眺めるアリサ。
(確かお兄さんは観光しに王都に来たって言っていた。それなのに街の外の様子を知らないってことは……。やっぱりこの人は私の敵だ)
アリサの心もまた哀愁に満ち溢れ、そして何かを諦めたかのように呟く。
だがそれは思いもよらない事で否定されるのだった。
その意味を知る時こそが、アリサの始まりでもあり、終わりでもあった——。
「あ、今更かもしれないですけど、俺はアキトって言います」
「私はアリサ」
「俺は”ジンバ”だ。よろしくなアキト、アリサ」
「私は”クルス”。一応冒険者をやっているわ」
(冒険者! やっぱり興味あるな。うん、予定に冒険者になる事を入れておこう)
「へぇー、冒険者か、そうは見えないけどな」
「……人を見た目で判断しないでくれる?」
確かに秋人もこのクルスと言う女性が冒険者だとは思えなかった。と言ってもこの世界はステータス重視だから見た目では判断できないけど……。
身体は細く、凛としていて、どちらかと言うと市役所で働いていそうな、真面目で潔癖な感じなのに。それに武器らしい武器を持っていない。というか荷物らしい物を持っていない。多分秋人と同じで【アイテムボックス】を持っているのだろう。
秋人はついでに【マップ】で「強い奴」と調べてみたところ、クルスと護衛の人達を示した。何故【鑑定】しないかと言うと、前にも話したと思うが鑑定に気付く者や悪意ある者は除外している。つまりクルスと護衛の人達には気付かれてしまうため【鑑定】をしないのだ。
(意外と護衛の奴もすごいんだな。それになんだろう。クルスから感じるこの表現のしようもない感覚。嫌な感じだけど嫌じゃない曖昧な感覚。よく分からないな……)
と、そんなことを感じている秋人に、呆然とした呟きが聞こえてくる。
『……まさか彼女は……』
ナビの声音には驚き半分、警戒心半分といった感情があった。
『どうした?』
『い、いえ、何でもありません……』
焦るように言葉を詰まらせ、誤魔化そうとするナビ。
(何故今まで気付かなかった……? 彼女のことを……。いや、違う。今だから気付けたんだ。つまりマスターがした【マップ】の機能の反応を捉えて警戒をしたんだ。そして私はその警戒心に気付いて『彼女』だと思ったんだ……。どうするマスターに伝えるか? でもそんなことをすれば私自身の事も勘付かれてしまう可能性がある。それに今はジンバと言う男もいる。油断ならない者達がいる中で伝えるのはやめといた方がいい。ここは大人しく様子見に徹した方が賢明か……)
そう自らに言い聞かせるナビ。
突然ナビが黙り込み、何かを考え事をしだした。不思議に思うが無理に聞き出すほどのものでも無いか、と思い直し意識をクルス達の方へと戻す。
「それでアキト、お前は何しにシュトリアの街に行くんだ?」
そう気軽に聞いてくるジンバ。
だが何故だろう。ジンバの雰囲気がこちらを探るような薄気味悪い感覚に感じるのは。嘘を吐くことを許さないとでもいうように。
それにクルスの雰囲気も尋常じゃない程に緊迫している。
(何故そこまで緊迫するんだろう? 俺がシュトリアの街を目指している理由だけなのに?)
「……俺が目指している場所の通過点だよ。ついでに観光でもしに行こうかなと思っているけど」
そう言う秋人の目を覗き込み、納得したのかジンバの雰囲気が戻る。ついでにクルスの雰囲気も和らぐ。
「そうか」
そこで一旦言葉を区切るジンバ。
「シュトリアの街は良いぞ。王都程ではないが大きい街だし面白いものもあるからな。楽しんで行けばいいさ」
「えぇ、そうするつもりです」
秋人とジンバの話が一段落したと見やったアリサが会話に混ざってくる。
「と言っても観光する時間はあまりないけどね」
「確かに次の日には出て行くんなら半日も無いな」
「半日でどれくらい観光できるかな?」
「出店を冷やかすのでもそれなりに楽しめると思うけど?」
「うーん、それじゃちょっと味気ない気もするけど……」
そうシュトリアの街に着いてからの予定を立てているとクルスが話しに入って来た。
「……ねぇ、私も一緒に行っていいかな? 私もあの街は初めてだからさ」
そうクルスが言った瞬間、ジンバが驚愕したような顔付きで、クルスの事をまるで在りえないものを見るかのような目付きで見る。
当のクルスは真剣にこちらの目に訴えてきている。
そして秋人は考える。
クルスと言うエルフの女性。
会ったことが無いはずなのに何故か親近感が湧く。いや親近感とは少し違うかもしれない。この気持ちを言葉で表すことはできないけど、クルスの事をほって置いてはいけないと思う。何故かは分からない。でもこのクルスと言う女性は俺と同じような気がする。
ただの勘でしかない。でも俺は俺の気持ちに従う。
「別に良いぜ。それにお前も楽しみたいんだもんな?」
「!」
秋人の言い回しに気付いたのか、クルスは若干目を見開き秋人を凝視する。だが秋人はそんな事我関せずを貫き、言葉を続ける。
「それに人数が多い方が楽しいもんな?」
「うん、私も構わないよ! 折角の機会なんだから、楽しまなきゃ損だよ」
「……ありがとう」
少し頬を染めながらも頷き、お礼を言うクルス。
そんなクルスを見て何か言いたそうな表情をするジンバだが、クルスが首を振ると何かを諦めたかのように肩を落とした。
(ジンバとクルスって知り合いなのか? 一体どんな関係なんだ? それにクルスから感じる不思議な感じも分からないし……。何故かアリサも難しい顔をしているし……。事情が分からないの俺だけ?)
なんか虚しさを感じる秋人であった。
とりあえず考えても分からないと思い、考えるのを止める秋人であった。
それから3時間半程(休憩も含め)馬車に揺られ続けた。だがそれも終わりに近づいてきていた。
そう秋人達の目の前には小さいがはっきりと外壁が見えているのだ。外壁はどんどん大きくなり、その途方もない大きさが露わとなる。
高さは約30m程の壁が横にズラーと並んでいる。王都と同じ位の高さを誇る外壁。
「おぉー、王都の時も思ったけど、間近で見ると迫力がすごいな!」
この旅はとにかく尻が痛くなる旅だった。それにお約束の魔物や盗賊に襲われると言ったイベントが何も起こらない普通の旅だった。いや、普通の旅が嫌だと言うわけでは無いが、刺激的な何かがあった方が面白いと言うだけだ。
異世界に来ているのにつまらない旅。秋人がそう感じるのはしょうがないことだ。だから秋人は旅ではなく、観光に期待している。王都での観光は楽しかったのでシュトリアの街でも期待しているのだ。
『はしゃぎ過ぎてバテないでくださいね。旅は始まったばかりなんですから』
『分かってるって』
『なら良いのですが……』
今は馬車がシュトリアの街に入るために、門の近くにある検問場に並んでいる。
検問では身分証明書や犯罪歴が無いかなどを調べられたが、意外とすぐに終わり馬車が動き出した。すぐに終わった一番の理由は産業ギルドの馬車だったからだろう。
そして秋人はシュトリアの街に入るのだった。