第8話 少女アリサ
秋人は産業ギルドを出て、宿を探すために歩き出した。
『ナビこの辺で良い宿ってない?』
『良い宿と言いますと?』
『飯が美味くて、安全で、あとは……風呂があって近場かな?』
どうしても日本の水準で考えてしまう秋人。そして日本人としては風呂は必要不可欠だ。多少値段が高くなろうが妥協を許してはいけない。絶対に。
『その条件ですと……2つ程ありますけどどうしますか?』
『ナビ的にはどっちの方が良い?』
『気になる事がありますので近いところの方が良いです』
『気になることって?』
『なんと表現すれば良いのでしょうか……こう私に反応している様な感じで……』
ナビに反応? よく分かないけど何かがあるのは間違いないか。
『まぁ、行けば分かるんだろ?』
『えぇ』
『ならそこに行ってみようか』
『分かりました。では、マップに印をつけますので、そこを目指してください。一応道順も載せておきます』
秋人は印の付いた場所を目指して歩き出すのだった。
そして宿『チキンバード大食堂店』に着く。
名前的には宿に見えないかもしれなが、これでもれっきとした宿だ。まぁ、宿より飯の方に力を入れているみたいだけど……。
店の中は簡単に言ってしまえば居酒屋みたいな場所だ。丸テーブルやカウンター席などがいくつかあり、店員がエールや食事を運んでいる感じの。意外と席が埋まっていた。
「いらっしゃい! 飯か? 泊まりか?」
大声で話しかけて来たのは50歳前後の少し太った女性だった。
「あ、泊まりなんですけど、1泊いくらですか?」
「1泊800コル、風呂付きは2500コル、飯は別料金だよ!」
秋人は考えるように顎に手をあてる。実際はナビへと話しかけるためだ。
『ナビこれって安いの?』
『えぇ、風呂付でこの値段は安いですよ。それとこの世界では基本的に人数ではなく部屋数で金額を決めます。といっても上限はありますが……。あと例外的なのは高級な宿とかですね。あと基本的に物価はマスターの世界と同じだと考えてください』
確かに上限が何人なのかは分からないが、1部屋でこの値段は安いな。
『なるほど。まぁ、俺は良し悪しはよく分からないから、俺が騙されない様に頼むぞ』
『問題があればこちらから言います』
『あぁ、頼んだ』
考えがまとまった秋人はおばさんに向き直り、意向を伝える。
「じゃあ、風呂付きの部屋で1泊お願いします。それと今から昼食にしたいんですけど大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。じゃあとりあえず飯食ってから料金まとめて払ってもらうよ」
「はい、分かりました」
そう言っておばさんは秋人を店の奥側にあるカウンター席に連れて行く。
「あんたの席はここで、これがメニュー。頼むときは適当に声をかけてくれればいいから」
「分かりました」
秋人にメニュー表を渡したおばさんは他のお客のところに注文を聞きに行った。
「さてと何にするかな?」
メニュー表を開いて何を食べようかと思った時、隣から声をかけられた。
「ねぇ、ねぇ、お兄さん」
「……ん?」
話しかけてきたのは可愛いらしい女の子だった。
年齢はパッと見14、5歳、身長は約150cm前半、髪はそこそこ長く(肩より長く背中には届かない位)、色は明るい紅赤色、スタイルは、まぁ、その……胸を除けば結構良い方だ。将来に期待と言ったところだ。それに凸凹がないのがこの少女の魅力だと思う。変にある位なら無いほうが良い(本人は違うかもしれないけど)。
「私はね”アリサ”って言うの。よろしくねお兄さん」
「俺はアキト。まぁ、適当によろしく」
「適当って連れないなお兄さんは。まぁ、良いけど。この店はね『チキン定食』ってのがおすすめだよ。ニコッ」
「ニコッてなんだよ、ニコッて。まぁ、おすすめならそれにしようかな」
秋人はすぐ近くに来ていた店員(先程のおばさんでは無い)に声をかけてチキン定食と飲み物のお茶を頼む。
「お兄さんはこの街に何しに来たの?」
「観光だよ」
秋人は元々考えていた言い訳を口にする。
「ふーんそうなんだ。私はね、この街に買い物をしに来たんだ。まぁ、それは置いといて、食事が終わったら私と一緒に観光しない? 私も観光しようと思っていたし、それに私この街初めてだから誰かと一緒の方が安心するしね?」
「それならこの街に詳しいやつに案内してもらえばいいんじゃない?」
「それもそうだけど……。私はお兄さんと一緒に街を回りたいの」
「うーん……」
「私と観光するの、嫌?」
そう言ってアリサは上目遣い(涙目)でこちらを見つめる。
「……別に良いけど」
「本当!? やったー! ありがとお兄さん。ニコッ」
「はぁー、だからニコッてなんだよ……」
別に秋人はアリサの涙に負けたわけではない。そもそも秋人は女が泣いていたところで知らん顔をするくらいにはどうでもいいと思っている。アリサの誘いを受けたのは、ただ単に話し相手がいた方が楽しそうと思った結果であって、決して涙に負けたわけではない(2回目)。
(なんか言い訳地味てきた)
そんな時、料理が運ばれてきた。
「はい、ご注文のチキン定食とお茶です」
「ありがとうございます」
「では失礼します」
お辞儀をして他の客のところにへと行く店員。
チキン定食のメニューは唐揚げ、スープ、サラダ、そして”御飯”だ。
そう御飯。つまりこの世界にも米があるのだ。ちなみに食べるのはフォーク。
ではでは、まずは唐揚げを一口。パリッと音を鳴らして口の中へ。
焼きたての熱々の肉を噛み砕けば、口の中に広がるピリッとした辛味とジュワッと広がる肉汁。
(美味い! それに日本には無い調味料や素材を使っている分、向こうとまた別の味がして良いな。飯の心配はしなくてすみそうだ)
「どう? 美味しい?」
「あぁ、美味いぞ」
「そうでしょ! そうでしょ! なんたって私のおすすめなんだから!」
無い胸を張るアリサ。見ていて憐れになる。
「……何でお前が威張ってんだよ」
「細かいことは気にしない気にしない。それよりお兄さん、私にも一口ちょーだい♪」
そう言って口を突き出してくるアリサ。
つまりそれは食べさせろと言う事。もっと言ってしまえば恋人同士がやる”あ~ん”だ。ついでに間接キスにもなる。
「……一口位なら良いか」
「やったー! あ~ん」
秋人は極力気にしないように努めながら、唐揚げをアリサの口の中に入れる。
「もぐもぐ、美味しい♪ ありがとうお兄さん! ニコッ」
そう言ってアリサは秋人に満面の笑みを見せる。そんなに美味しかったのだろうか?
秋人は唐揚げを一つ取り口に入れ、ご飯を掻き込む。うん、美味い。
秋人は『チキン定食』を食べ終わり最初に会ったおばさんに会計をしてもらっている。
「それじゃ飯代の135コルに宿代、風呂付の2500コル。しめて2635コルだよ! 負けてやって2630コルで良いよ!」
「ありがとうございます。ではこれでお願いします」
秋人はポッケから2630コルを出しておばさんに渡す。お金を受けっとたおばさんは秋人に部屋の鍵を渡してきた。
「それじゃお前の部屋は2階の204号室だよ!」
余談だが、この世界の鍵は基本的に特殊な魔法がかけられている。魔法の効果を簡単に言ってしまえば「同じ魔力同士でなければ解錠出来ない」と言うものだ。つまり鍵と錠を用意し、それに魔法をかける。そうすれば錠はそれと同じ魔法がかけられた鍵でしか開けられなくなる。そのためこの魔法は秘密の書簡などを特定の相手に渡すときなどに重視されている。
「ありがとうございます」
秋人はおばさんに会釈をしてからアリサの元へと戻って行く。歩いている途中でナビが話し掛けてきた。
『マスター少しよろしいですか?』
『どうした?』
『大変申し上げにくいのですが……、アリサという少女を鑑定してください』
『え? でもアリサは鑑定の対象外じゃないの? マップで調べたんだから間違いないんだろ?』
そう、アリサは鑑定出来る相手の対象外なのだ。それは強さ故かスキル故かは分からないが。
『えぇ、まぁ、そうです。ですが少し気になる事がありまして……』
『気になる事? あ、そういば、ここに来るときもそんな事言ってたな』
つまりナビの気になる事はアリサということか?
『えぇ、そのことです。あまり詳しくは言えませんが私に関係のあることです』
『お前に……。まぁ、別に良いけど』
『ありがとうございます』
側に来た秋人を見て話し掛けるアリサ。
「それじゃお兄さん観光しに行こうか」
「あのさアリサ。飯食ったばかりだからさ、少し部屋で休憩していきたいんだけど、良いか?」
「えぇ~」
「ごめんな。ちょっと疲れたし考え事もしたいからさ」
そう言って手を合わせて頭を下げる。そんな秋人を見て渋々と了承してくれるアリサ。
「しょうがないな」
(よし。第一段階成功。こっからが正念場だぞ)
出来るだけ平常心で、顔が強張らないように意識してアリサへと話し掛ける。
「なぁ、アリサ」
「ん?」
「お前のことを鑑定させてくれないか?」
「!?」
そう言った瞬間アリサは警戒心剥き出しで秋人の顔を見つめる。それに対して秋人は真剣な眼差しでアリサの事を見つめ返す。
「……何で鑑定したいの?」
あらかじめ用意していた理由を語る。
「別に大した理由じゃないよ。一応これから一緒に行動するからな、信用できるか確認させてもらいたいんだ」
鑑定する理由には少し弱いがこの際しょうがない。
どうだ? やっぱりダメか?
「……まぁ、別に良いけどね。それじゃ私もお兄さんのことを鑑定するね?」
(よし!)
心の中でガッツポーズを取る秋人。
アリサの要求は予想の内だ。問題ない。
「あぁ。良いよ」
「それじゃ遠慮なく」
そう言ってお互いを鑑定していく。
あ、ちなみに秋人のステータスは偽装しているため、別に見られても平気だ(多分)。一応これが偽装している秋人のステータスだ。
名前 桐ケ谷秋人 年齢 17 性別 男
種族 人間
職業 商人
レベル 24
体力 120
耐性 200
筋力 120
魔力 150
魔耐 180
敏捷 130
運 25
スキル 疾走 自然回復 話術 打撃耐性 痛覚軽減 観察 直感 鑑定 アイテムボックス
固有スキル
加護
と、なっている。
固有スキルと加護の部分を消して、スキルの欄に【鑑定】と【アイテムボックス】を入れた。それとスキルの【言語理解】も消した。これがあるという事は秋人が異世界人と言っているようなものなので消すことにした。
レベルは変えたが、数値は変え無かった。24レベルの平均ステータスより少し強い感じになる。そこそこレアスキルの【アイテムボックス】を入れたのは隠すのが面倒だし使わないのはもったいないと思ったからだ。
(荷物を手で持つとか邪魔だし面倒だからな)
「お兄さんって結構すごいね。アイテムボックスもあるし」
「まぁ、それがあるから商人になろうと思ったわけだし」
「なるほど」
こんな良い言い訳もできるしな。
「あとお兄さん、一応言っとくけど許可無く勝手に人を鑑定するのは法律違反だよ。もし鑑定をしている事がバレたら牢屋行きだからね。まぁ、私の場合はお兄さんだから許したけど、他の人には絶対に見せないんだからね。お兄さん無暗に人を鑑定しちゃだめだよ。いい?」
「……あ、あぁ、分かってるよ」
若干言葉に詰まる秋人。
(ごめん。もう手遅れだは……)
この時にはかなりの人数を許可無く鑑定をしていた秋人であった。
「お兄さんが捕まっちゃうのは嫌だからね」
「……あぁ、心配すんな」
「分かっているのなら良し」
「それじゃ……1時間後に集合ってことで」
「了解」
そう言ってお互い立ち上がり、階段を上って行くのだった。