蝕王討伐
メネの表情は苦痛に歪んでいる。
長く鮮やかな金の髪も乱れ、呼吸も荒い。
ある種の嗜好をお持ちの方なら喜んでしまうのだろうな。
俺には無い。
ついでに、今の俺も似たような状態だ。
ちなみに追い詰まってるのはこっち。
回復薬を二粒噛み砕き、飲み込む。
ちっとも足りないが、無いよりは良い。
その程度の効果だ。
メネは背筋を伸ばし、こちらを睨む。
綺麗な女性の睨み付ける姿って、様になってて格好良いよね。
あとメネさん、その姿勢は強調され過ぎて俺に効く、やめとくれ。
何の話かは、察しろ。
「御使いめ・・・!
もう油断しないわ。
私の全力で、あなたを殺す!」
え、二割切ってないのに全力出すの?
システムに左右されないから臨機応変だな。
メネが強力に魔力を放つ。
その余波による風圧の中、俺は目を凝らした。
「マキシマイズ・アース!」
メネは大地の魔力を身に纏う。
そして俺は、その力を見させてもらった。
不敵な笑みを浮かべるメネの表情は、次の瞬間驚愕に変わった。
「マキシマイズ・アース!」
魔力が溢れ出し、大地の力を呼び起こす。
逆巻き立ち上るような力が纏わり付いた。
大地より引き出された力が身体を包み、内側へと馴染んでいく。
意識がはっきりと澄み渡り、思考が何もかもを把握した。
心が穏やかに安定し、毒への不安も死への焦りも消え失せた。
身体の中を駆け巡る力が俺を激情に駆り立てる事は無く、ひたすら穏やかに心を包んだ。
第七階位魔術マキシマイズ・アース
土の力を極限化する
クリア・マインドとは重複しない
「あなたはこうして、覚えてしまうのね・・・。
迂闊だったわ。」
メネは気付いたようだ。
彼女は焦ってしまった。
俺が薬を口にする度に、彼女の表情は微かに動いていた。
追い詰めているはずなのに、薬のせいで詰め切れない。
そんな焦燥感が、彼女を早まらせてしまった。
マキシマイズ・アースのおかげで、俺の魔法力は充分な回復速度を得た。
戦いは拮抗した場合、焦れた方が敗北する。
この時点で、メネの敗北は決定的となった。
しかしメネは退かないし、俺も油断はしない。
メネの猛攻が始まった。
まずメネは、尻を大地へとしっかり固定した。
そして両腕と全ての脚をこちらに向ける。
その時点で何をする気なのかわかると言うものだろう。
魔法は、身体の末端から発動する。
その末端は、彼女にはたくさんあった。
「待て待て待て!」
ニードル、ソーン、ウォール、スパイク。
土属性の魔術が次々と放たれた。
そしてさらに。
「ぐっ・・・!」
俺は思わず呻いた。
すぐにマジック・シールドで全身を守る。
恐ろしい音で、シールドが叩かれた。
転がるようにしてその魔術の影響下から飛び出る。
使えて当然なのだが、これまで使われていなかったせいで失念していた。
アース・バインドだ。
思った程の影響は受けなかったが、突然の重力の増加は俺を一瞬拘束するには充分だったようだ。
恐らく詠唱の時間を稼げるようになったのだろう、この弾幕で。
ならば大穴を作って重力で落とし、土の中に閉じ込める第六階位の土属性魔術、アビス・グラビティも使えるはずだ。
ゲーム的にはこの時、仮に死亡しても身体は地上に戻される。
だがこちらにいる俺に関しては、その限りではあるまい。
土の中に閉じ込められてしまう。
テレポートで出る事は出来るだろうが、強い重力による落下と、大質量の大地による圧縮から受けるダメージは、想像を絶する。
それがこの世界では土属性に変換されるのだ。
物理反射のマジェスティでは防げない。
ところでこのマジェスティ、どうやら持続は一分程らしく既に解けている。
しかもそれはこちらの感覚。
現実世界に換算すると十五秒である。
扱いが難しいな。
いざと言う時のための魔法だな。
・・・ローグリアスはこれ、連発してたのかな。
何て魔法力だよ。
その後もメネの弾幕を某縦画面STGのように避けながら、こちらからは風属性魔術で応戦し続けた。
両手に脚も駆使して手数を増やし、チェイサーと連携して魔術を放つ。
主にスラストとピアサーだ。
第三階位にウィンド・ブレードがあるのだが、これは接近距離の魔術なのでほとんど出番は無い。
これを使うよりは増刃で剣を振った方が強いからだ。
威力だけならインフェルノに匹敵するのだが、危険過ぎて誰も使わない。
やはり今回も出番は無い。
そう思っていたのだが、頭の片隅にでも置いておくと案外使い道を思い付くものだ。
ストーン・ウォールを叩き斬るのに役立った。
物理に耐性でも持っているのか剣で斬るには一瞬とはいかなかった。
増刃が何発か当たって、そこにも乗っているウィンド・ウェポンでやっと壊れる、と言った具合だった。
だが、ブレードを試したところ一撃で割れたのだ。
正直攻めあぐねていたので、この閃きには助けられた。
ウォールは壊すには手間、ソーンやスパイクのせいで足は止められない、ニードルは偏差で放たれ時々当たりそうになる。
そしてバインドもある。
そこでウォールが壊せるようになったのだ。
俺はまっすぐメネに向かった。
ニードルは避けるなり斬り払うなりし、ソーンとスパイクは跳んで越える。
そしてあっという間に接敵し、剣による接近戦を挑んだ。
「甘く見ないでもらいたいわ。
あなたの剣は厄介だけど、私も全ての脚が使えるのよ!」
近くで見ると気持ち悪いな!
八本の脚に二本の触肢、それに上半身の腕二本。
計十二本による接近攻撃と土属性魔術が次々俺を襲う。
脚がかなり長く、剣の間合いの外から突きや払いが繰り出され、触肢と腕からはニードルやソーンが発動してくる。
近付いても、メネは厄介な敵だった。
そして毒の霧は相変わらず充満している。
回り込んでも下二本の脚で向きを変えて応じてくるし、器用な奴だ。
仕方ない、強引な手段だが。
脚を叩っ斬る!
激しい金属音が響き始め、恐ろしい速度で互いに打ち合う。
剣撃に混ぜてウィンド・ブレードを放っておき、十二の刃で対抗する。
さらにはチェイサーもいる。
いつものつもりでフレイム・サークルを使ってみたが、これは毒の霧によって消されてしまった。
炎はやっぱり駄目か。
真っ正面からの戦いに移行し、ようやく俺が押し始めた。
脚を失う度に弱体するメネはその生命力を残り二割とし、しかし既に全力であるために力は弱まる一方だった。
「私は、まだ終わらないわ・・・。」
その言葉は自らを鼓舞するものだろう。
しかし力が無く、今もまた脚を失った。
哀れに思うのも、情けをかけるのも、彼女には失礼に当たる。
そう考えて、俺は非情に脚を斬り落としていく。
ただ、ほんの少し手が鈍った。
その瞬間をメネは見逃さなかった。
突然覆いかぶさり、その両腕に俺を抱き締める。
「捕まえたわよ。」
直後、浮遊感と同時に急激な重力に襲われた。
気付いた時には遅かった。
メネは自分諸共に第六階位の土属性魔術、アビス・グラビティを使ったのだ。
大地に穴が口を開き、一人と一体を飲み込んだ。
「心中なんて柄じゃないけど、御使い相手なら仕方ないわね。
あなた程強い御使いも初めてだけど、それを葬れるなら悪くない。」
「随分買ってくれてるんですね。
熱烈に思われるのは嬉しいですが、待っている人がいるので断らせてもらいますよ。」
落下方向にゲートを開く。
行き先は今の今まで戦っていた平地だ。
体勢を返し、メネの胸を切っ先で突いた。
直後、衝突。
重力に引かれていた勢いそのままに大地に叩き付けられ、剣は胸を貫いた。
そして衝撃により、俺達は大きなダメージを受ける。
俺はすぐにサージェリーを使って事無きを得たが、メネはそうもいかなかった。
大量の血を巻撒き散らし、吐血した。
「また、見た事もない力ね・・・。
本当、ずるいわ・・・。」
生命力が果てて、メネは息を引き取った。
身体は土となって崩れ大地に広がる。
ずるい、か。
その言葉は、少しだけ胸に効いた。
疲れ果ててラミアの部屋へ帰ると、二人はまだ帰っていなかった。
夕方にもなっていない事だし、別段おかしな事でもない。
手甲と手袋、ブーツは傷んでいないが、ローブと腰帯はぼろぼろだった。
ひとまず脱ぐ。
すると内側に着ている服も酷い有り様だった。
面倒になって全部インベントリへ放り、浴室へ向かう。
空の浴槽に水を入れ、ファイア・アローで温める。
それを浴びて流してから、ゆっくりと沈んだ。
広い浴槽なので、身体をしっかり伸ばせる。
一時は死ぬかと思ったが、何とかこうして帰って来た。
強くなっているはずなのに、少しも楽にならないところはさすがの魔王だ。
今回も護符と大量の経験値を得ているはずだが、今は何も考えず、ゆっくりしていたかった。
なので、それは後回し。
ずるい、と言われた事が、意外に尾を引いていた。
魔王に言われたくないとも思うが、結局自分でも、この力はずるいのではないかと考えていたのだろう。
だから必死に隠しもするし、使わないと決めているものもある。
それはサモン・デモンだ。
ラグジアータを呼べば、魔王すらきっと相手にならない。
けれどそれは駄目だと思ったのだ。
もちろん魔王との戦いと言う極限状態によって、成長を自ら促している部分もある。
ただ、本当のところは、それはずるいと自分でも思っているのだろう。
サモン・デモンで召喚されたのが普通の悪魔なら、きっと使った。
しかしラグジアータは強過ぎる。
彼女に頼ってはいけない。
そう考えたのだ。
だから、彼女には情報だけもらう。
戦いは自分の力で突破すると決めた。
それも護符があるから、微妙なところだが。
ともかく、今はそこが線引きだ。
魔王と戦うには必要だしな。
部屋着を借りて寝台に横たわったところで、俺は眠りに落ちたらしい。
気付けば、両腕に美女を二人も侍らしていた。
暖かくて柔らかくて幸せと言えばそうなのだが。
「何してんですか。」
「悪くはないだろう?」
「それはまあ、そうですが・・・。」
悪びれないな、君ら。




