城下の街、ヒルト
「高いな。
もう少しまかんない?」
「その剣良いね。
ドロップ?生産?」
「やっとレベル二十になったよ。
クラスどうしようか、悩むね。」
見知らぬ、しかし見慣れた街に、俺は立っていた。
北には剣の切っ先のような鋭い尖塔を数多く持つ王城、千刃城。
その麓に広がる大きな城下街ヒルト。
街の中央を東西に走る大きな通り、通称露店街道。
たくさんの冒険者達が商品を並べて、そこかしこで商いに勤しんでいる。
中央から南へも街道は伸びているが、そちらは駆け出しのエリアなので、人の通りはあまり多くない。
ともかく、俺はその街の中央にある広場の、千刃城に向かう北通りの前に立っていた。
そう、見慣れている。
幾度となく、西に東にと駆けずり回った街だ。
ある時はクエストに、ある時は待ち合わせに、ある時は欲しい装備を探して。
冒険者の例に漏れず、俺もこの街を拠点として活動していた。
ブレードランド・オンライン。
古き良きオンラインRPGをコンセプトとしたMMORPGで、俺はそのプレイヤーだった。
いちプレイヤーでしかない俺が今は何故か、ゲームの中にいる。
画面の外から見つめていた街並みをこの目で直接眺められるのは大変嬉しい事なのだが。
正直に言えば、いきなり放り込むのはどうなのよ?
剣はぼろぼろになるわ、返り血に塗れる事になるわで、なかなかの素敵体験だったわ。
魔法使えるのが楽しいから帳消しにはしておいてやるが。
冒険者達が露店を開き、昔懐かしい雑踏を生み出している。
当時のゲームでは、よく見た光景だ。
今時は代行サービスが標準で搭載されているが、そんなものかつては無かった。
皆こうして、街中で取引したものだった。
BLOには代行サービスが導入されている。
よくある手数料も同様に。
ただこのゲーム、モンスターを倒しても金を得る事が基本的には無く、ドロップしたアイテムを売ったり、クエストの報酬で稼ぐのが一般的だった。
そのため手数料でも案外馬鹿にならず、また昔懐かしい手法を取りたがるプレイヤーが一定数存在しており、こうして露店を利用するプレイヤーが多くなった。
画面では、吹き出しチャットのように看板が掲げられて、そこに商品や値段などをアピールしていた。
今の俺には、それは見えない。
ただ、覗けば商品に札が付いており、それで幾らなのか値段を知る事が出来た。
ふらふらと南へ歩く。
冒険者ギルド、魔術師ギルドが広場に面する立地にあり、その南に武具や装飾品、酒場や宿などが、軒を連ねている。
やはりゲームそのままだ。
ノン・プレイヤー・キャラクター、略称NPC達の姿も確認出来たが、彼らも実にリアルな動きで生活していた。
NPC同士で会話していたり、買い物する姿まで見る事が出来る。
「お前、そこ動いちゃって良いのかよ。」
などと一人で突っ込みを入れた。
クエスト持ちのNPCが、家に引っ込んでしまったりするのだ。
少し、面白い。
視覚聴覚嗅覚、味覚に皮膚の感覚も全て感じられた。
あまりにも現実離れした状況に頭を抱える思いだったが、ゲーム世界に囚われたのだと認識する外無いようだった。
ひとまず剣とローブの購入を検討しないとまずいのだが、そこで手持ちに幾らあるのか、延いては持ち物はどうなっているのか、確認していない事に気付く。
「そう言えば、インベントリはどうなってるんだ?」
インベントリとは、プレイヤーの持ち物を入れておく鞄のようなもので、本来の意味は目録。
ネットゲーム界隈では、インベントリで定着しているようだ。
さて、そのインベントリが、俺の頭の中に姿を現した。
目には映っていないが、何を持っているのかはしっかりと認識出来る。
「ああ、こうなるのね・・・。」
途端に現実味が失せていく。
これ、やっぱり夢なんじゃなかろうか?
ちなみに、低級ポーションと中級ポーションを体力と魔力それぞれに十本程度持っている。
それから素材アイテムをわりとたくさん。
オーガを倒しまくっていたので、彼らが落とした物だろう。
それと銅貨と銀貨を幾らか。
BLOでは金貨、銀貨、銅貨の三種類が存在しており、それぞれ千枚で上の硬貨に変わる。
ネットゲームでは、主に金額などを言い表す時にキロ、kや、メガ、mなどを使う。
それに対応させたと言うのが通説である。
つまり、銅貨千枚が一kで銀貨一枚。
銅貨百万枚で一m、銀貨千枚に当たり、金貨一枚となる。
これが取引などで、誤入力を防ぐ一助となっていたりする。
ネットゲームでは、〇を一つ入れ忘れて破格の値段で売りに出してしまう、などが少なくない件数で起きるのだ。
それを減らす役に立っているらしい。
例えば銅貨百万枚で商品を売ろうとした時に、
「一〇〇〇〇〇〇」
と入力するのと、金貨の枠に「一」と入力するのとでは、間違う可能性が雲泥である。
再び冒険者達の露店へ戻った。
ローブは最悪このままで行くとしても、剣は必要だった。
一通り見て回るが良い物は高く、買える物は質が悪い。
一応剣無しで戦えない事もないので、今は我慢しておくか。
ぐるりと回って辿り着いた南門外で、そんな事を考えていたのだが。
そこで俺は、見過ごせない事態に直面した。
初心者プレイヤーだろうか。
南の方で、窮地に陥っている冒険者が見えた。
急ぎ、走る。
戦っている魔物は、この辺りで最も強力なホブゴブリンの名前持ち、略称NMだ。
残虐なるボーリガス、それが奴の名前だったはずだ。
適正レベルの冒険者六人で戦う程度の魔物なのだが、その冒険者は一人で挑んでしまっている。
このゲームは、死亡するとペナルティとして経験値が減少する。
それによってレベルや能力が下がる事は無いのだが、減少分は蓄積される。
最近のゲームには無いシステムで、これを蓄積し過ぎて嫌になって辞めるプレイヤーもいると聞く。
目の届くところにいる事だし、支援に駆け付けよう。
戦闘中の冒険者を注視すると、名前とレベル、現在の生命力と魔法力が把握出来た。
便利だな、と思いつつ確認する。
レベルは十八と、ほぼ適正レベル。
生命力と気力は、既に消耗しきっている。
(ヒーリング!)
治療術系統の第一階位にある魔法だ。
このレベルの冒険者なら、充分な回復量となるはず。
直後に、思った通り冒険者の生命力が全快になった。
続けて魔法を使う。
(ストレングス!
モビリティ!
マジックアーマー!)
冒険者の能力が上昇した。
ちなみに俺の職業、強化術師は職業特性で、強化魔術の効果を大幅に引き上げる事と、敵意を引かずに強化魔術を使う事が出来る。
「ありがとう!」
支援に対する礼の言葉が聞こえた。
そばで見守っていると、時間はかかったものの何とか一人で倒せたようだ。
頑張って狩りしている人に強化魔術を使ってパーティー外から支援する。
そして颯爽と去る。
これが強化術師の楽しみ方だと考えていた。
本来なら強化魔術の効果は一割程度の強化率なのだが、それを魔力に応ずる形に切り替えてしまうのが、強化術師だった。
魔力を高めれば高める程、効果が上昇していく。
ただ、あまり現実的ではないと言うのが一般的な評価だ。
経験値を割り振る事で能力を成長出来るのだが、他職と同等に戦える程度までと考えると、必要な経験値が膨大過ぎるのだ。
あくまでも、支援職。
それが強化術師の評価だった。
俺は地道に、気長に遊ぶ性質なので、あまり気にしていない。
彼が一人で戦っていた理由だが、恐らく知らずにクエストに誘導されたか、珍しい魔物につい挑んでしまったか、と言ったところか。
俺にも過去に経験がある。
街の中央広場まで戻り、据え置かれている長椅子に腰かけた。
BLO内で目覚めてから一日以上は過ぎている。
しかし一向に、事態の変化は見られない。
何故時間がわかるのかと言えば、中央広場には時計が設置されているからだ。
現在は二二時。
現実世界とは連動していないはずだが、二四時間で一日と言う事や、日の出日の入りなどの時間は同じだ。
「ログアウト。」
何となく呟いてみるが、もちろん何も起きない。
出られない。
しかし、あまり深刻にも考えてなかった。
元いた世界に未練も無い。
やりたい事も特に無いから、BLOに浸かっていたのだ。
だんだんと、このままでも良いかと思い始めていた。
日々を無気力に過ごし、楽しみと言えばこのBLOだけ。
正直嫌気が差していたところでもあったのだ。
戻れるのか戻れないのかはわからない。
けれど、戻れなくとも構わない。
一つだけ気がかりなのは、妹の優の事だ。
感じた寂寥感の原因でもある。
少々年の離れた妹で、それが良い方向に働いたのか、仲は良かった。
俺に似ず元気の良い、明るい妹で、高校二年生だったか。
花も恥じらう年頃で、家族の贔屓目もあるかもしれないがかなりの美人さんだ。
勉学に部活に遊びにと、日々忙しく青春していた。
俺の身体がどうなったかはわからない。
消えたか、植物か、死んだか。
いずれにしても、暗い影を落としていなければ良いのだが。
戻れなければ詮無い事だ。
考えても仕方ない。
ただ、可愛い妹の事だからか、思い出してしまうと頭からは離れなかった。
こんな兄貴の事は忘れて、どうか幸せになってくれと、願わずにはいられなかった。