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プロローグ

誰かの悲鳴で、俺は目を覚ました。

いまいち何が起きているのか、わからない。

自分が何処にいるのか、理解が及ばない。

ただ、前方百メートルの辺りで人が襲われている。

それだけは確かだった。

幸い俺の手には剣が握られている。

目標は定めた。

後は走るだけだ。

自分でも驚くような速度で標的に接近した俺は、勢いそのままに剣を突き入れる。

不意討ちとなった俺の一撃は、その人型の何かの命を奪うには充分だった。

引き抜くとそいつは、こちらを睨みながら背を下に倒れた。

それは、人ではなかった。

牙が異様に伸びており、体格も筋骨隆々と言える。

身長もかなり高く、俺は飛びかかるように剣を突き立てていた。

身体の色も、普通ではなかった。

赤い皮膚を持つ人間を俺は知らない。

何もかもが異常で、これは夢なんだろうなと考えていた。


「ありがとうございました!」


尻餅をついた女性が、その状態のままで頭を下げた。

どういたしまして、と返しつつ、手を貸して立ち上がらせる。

すると、身長に違和感が。

この女性、随分背が高いんだな。

俺は確か、一七五センチはあったはず。

そんな俺より頭一つ高いぞ?

いやしかし、何と言うか、縮尺は普通だな。

背が高い人のバランスではない。

女性はもう一度頭を下げ、去っていった。

その後ろ姿は一八〇センチを超えているようには見えない。

どうなっているんだろう?

それにこの剣は?

そこで初めて、自分の着ている服に意識が向いた。

何だろう、見覚えのあるデザインだな。

最近よく見ていたような・・・。

それから辺りを見回す。

何処かの森の中の広場、と言った風情か。

深い木々と、風に薫る緑の匂い。

美しい自然の中にいるのだが、その足元には異形の死体。

台無しじゃないか。

こんなものが、この森にはどれくらいいるのだろう。

剣は鞘に収めず、両手に握った。

その時に手元を見たのだが、手のサイズがおかしい。

こんなに小さくはなかったはず。

指も細い。

いや、元々そんなに太くはなかったが。

袖をまくってみると、腕も細かった。

しかし、剣を重いとは感じていない。

いよいよもって、奇妙な事態だ。

剣を見ると、どうも通常は片手で扱う剣のように見える。

俺の手は、それを両手で握れる程度の小ささだ。

続いて足を、そしてその下の大地を見る。

目からの距離は、こんなに近かっただろうか。

そうして気付く。


「縮んでる?」


鏡が見たいところだった。


広場には、特にこれと言ったものは無い。

先程仕留めたような異形が、何体も歩いている程度だ。


「まあ、それも異常なんだけど・・・。

あれ、これ俺の声か?

高いな・・・。」


まるで女の子のようだ。

それから、あの異形達についても、少々思い出した事があった。


「あれはオーガだよな。

最近わりと見てたよな。

うん、オーガだなオーガ。」


何故そんなものが目の前に?

あり得ないと思う反面、それと気付けば今何処にいるのかも思い当たった。

俺が拠点としている、そしてほとんどの冒険者が拠点としているだろう街の西、メナリス地方と呼ばれる土地の、大森林の中だ。

俺はこの森で、オーガを狩っていたのだ。

魔法と剣を駆使して、自分の成長の糧とするために。


だがそれは、ゲームの話だ。


ブレードランド・オンライン。

あえて少し古いデザインで作られた、マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム、略称MMORPG。

大規模多人数同時参加型オンラインRPG、と呼ばれるネットゲームだ。

BLOと省略して呼んでいるが、俺は妹と一緒にこのゲームにどっぷりと浸かっていた。

十年と少し昔に流行った、数多くのMMORPGを蘇らせようと言うコンセプトの下に製作されたゲームで、その当時のプレイヤー達がこぞって集まり、遊んでいた。

俺もそんなプレイヤーの一人であり、今風の利便性を求めたわかり易さと、追求すれば深くのめり込む要素のあるシステム、さらには懐かしいファンタジーな雰囲気に魅せられて、気付けば夜明けまで遊んでいたなどと言う、社会人にあるまじき所業に明け暮れていたりもした。


そんなゲーム世界が、何故か目の前に広がっている。

いつもは画面越しに、三人称視点で眺めていた世界が、リアルな造形を持って目の前に、手を伸ばせば届くところにある。


「ああ、夢か。」


ありふれているが、俺はそう考えた。

そう考えるしか、無かった。


「明日は早く出社して、片付けないといけない仕事があるんだよな。

今何時なんだろ。

早く起きないとな。」


ゲーム世界で、逆方向に逃避する日が来ようとは考えもしなかった。

頭の何処かで、これが現実だと感じてはいたのだ。

その感覚さえも夢であればと思いもした。

けれど、手に握った剣の重みが、纏うローブの質感が、俺にこれが現実だと、情も無しに告げていた。


夢だ夢だと言い聞かせながら、森を何となく、目的も無く歩く。

魔物がそこかしこに巣食い、冒険者達が駆逐していく。

当時のゲームでは、よく見た光景だ。

一定範囲を縄張りとし、その中でする定点型の狩りや、適当に走り回って早い者勝ちに狩る移動型など、ゲームや時代による違いはあったが、得てして魔物は追い立てられ狩られ尽くされる存在だ。

ただそれが画面越しでなく、今目の前で行われている。

それだけが問題だった。


「これが夢でなけりゃ、何が夢だと言うのか。」


溜め息を吐き、ひとまず街へ戻る事を考えた。

難点はわりと山積しているのだが、差し当たって一つ。

戦闘が回避出来ない事だろうか・・・。




大森林のこの一角は、オーガ達の住処だ。

それこそ、歩けばオーガに当たる。

まさか逃げ回って、十体も二十体も引き連れて走るわけにもいかない。

来た時と同じように、一体ずつ根気良く片付けて行こうと思っている。

ここにも問題点が一つ、俺自身は荒事の経験が一切無いのだ。

剣なんか、どう振れば良いんだろう。

と言うか、これ自分のキャラクターなんだよな?

手に握った剣や身に纏っている灰色のローブは、確かに俺がキャラクターに装備させたものだ。

そしてこの身長の低さも、そう設定していたからだと今なら理解出来る。

長い黒髪をポニーテールに結び、瞳も黒。

少女と見紛う愛らしさの少年である。

キャラクター名はフーヤ。

強化系統の魔術を得意とする、強化術師と言う職業に就いている。

種族は人間だ。

さっき走った時に感じた異様な速度は、運動性能を引き上げる魔術、モビリティによるものだろう。

念のため、強化魔術をかけなおしておくか。

と、そこまで考えて、さらにもう一つの問題が浮上した。


「どうやって使うんだ?」


当然だが、現実世界に魔法なんて無い。

使い方なんてわかるはずがないのだ。

だが、所詮はゲームの世界。

とりあえず念じてみよう。


(ストレングス!

モビリティ!

マジック・アーマー!)


第二階位の、それぞれ物理攻撃力、命中・回避力、物理防御力を上げる魔術だ。

次々光が放たれ、俺の身体を包んだ。

・・・案外何とかなるもんだ。

能力も俺のキャラクターそのままなら、これでオーガの一体や二体は容易く葬れるはず。

いざ、当たれ当たれ!


「お命、頂戴!」


手始めに一番近くにいたオーガに斬りかかる。

うわ、すごい臨場感。

オーガさんの牙の一本一本まで、実に鮮明に見えますよ!

怖い怖い怖い!

思いながらも身体は自然と動いていた。

これが、身体が覚えているって感覚なのか?

剣が幾度も翻り、瞬く間にオーガが斬り刻まれていた。

あらやだ、返り血で真っ赤じゃないですか。

どうしろと言うのか。

しばし呆然。

ふむ、我慢か・・・。


その後も順調にオーガを斬り伏せ、或いは魔術で打ち倒し、何とか大森林の外へ出る事が出来た。

しかしもう、疲労困憊だ。

森から少し離れたところでちょこんと座り、俯き加減に一息入れる。

気に入って買った灰色のローブが今や、返り血で真っ赤のぎとぎとですよ・・・。

剣もベトベトで刃こぼれもしてしまい、買い替え必至。

これ、ゲームじゃないんですかね。

しかもこの状態で街に帰れとか、とんだ罰ゲームじゃないか。

ああ、そうだ。

水で洗濯してみようか。


「ウォーター・プリズン。」


第三階位に当たる、本来は敵を水に閉じ込め窒息させる、おっかない魔術だ。

その水で自分自身を包み込み、中で懸命にすすぐ。

ああ、水が赤くなっていく。

一旦解除して、もう一度使った。

髪も紐を外して流しておく。

これで何とか、少しは綺麗になったか。

人目が無いのを良い事に、一旦脱いで絞ってからまた着る。

後はゆっくり休みながら、乾くのを待とう。

風呂に入りたい・・・。




日が沈む頃にようやく乾いた。

ここから街までは大した敵もいない。

この剣は売り物にもならないだろうし、捨てて行こう。

まるで誰かの墓標であるかのように・・・ああこれ、無為に死なせまくったオーガの墓標にしよう。

大地に鞘ごと突き立てて、手を合わせて冥福を祈る。

さて、帰ろう。


夜道は空が、素晴らしく綺麗だった。

都会の空とは違うね。

星が散りばめられた、見た事の無い夜空だった。

それは来れて良かったと思える程の美しさで、時を忘れて見惚れてしまう。


「いけない、いけない。

早く帰って眠らないと。

明日は仕事が・・・、行けないんだっけ。」


途端に寂寥感が押し寄せ、自分は独りになったのだなと今更ながらに思い知らされた。

今は深く考えずに、歩く。

宿でもベンチでも、何処でも良いから街中で眠りたかった。


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