第一章-4-
数日後:24Bスキルブロック本部
この日、まだ朝早くから、例のごとく静元を除く6人が集まるスキルブロック本部には、やたらと張り切った声が響いていた
「と、いうことで。そろそろ親善試合の作戦とチームわけとか考えましょうみなさん」
張り切った声の出所である愛崎がそういうと、山守が設置されているホワイトボードに種目を書いていく。
「さて【キングクラウン】は置いておくとして、まず考えるべきは【フロントバック】と【BO3】か」
【フロントバック】と【BO3】。どちらも能力者同士の戦いでは比較的よく使われるルールである。
まずは最も単純な【BO3】。この単語は他の場所でも聞いたことがある人物は多いだろう。細かなルールとしては、先日行われた雪奈対竜胆のような単純な1対1から始まり、日をまたいで人数が1人ずつ増えていく試合を3試合行う。そして、先に2本取ったほうが勝ちというルール。試合内容に関しては共鳴具、術式共に使用が認められており、最初から強い能力者を出すか、2試合目、3試合目で投入することで万全の状態で戦わせるかという戦略上の駆け引きも存在する。また、1回の試合で出場するのは3人までだが、3つのスキルブロックと計3回【BO3】が行われる為出場枠は5人であり、誰を出すのかはその場で決めることができ、能力者同士の相性なども考慮する必要が出てくる。
昨年は竜胆、愛崎、【元素の集い】のランクB+炎使い「谷村千鶴」、同じく【元素の集い】のランクB+風使い「本郷悟、【射程外通知】のランクB++光線使い「根部香織」の5人が出場している。
「昨年は竜胆さんががんばってくれましたが、さすがによそからは複数人ランクAが出てくる中、戦いきるのは難しくって途中からぼろぼろでしたよね」
愛崎がそう話すのを苦虫をかみ締めるような表情で竜胆が1年前を思い出す。
「今年は俺以外にも、もう1人A以上がほしいとこなんだが・・・、うちはB+くらいの能力者は結構いるんだがAになるととたんに人数がへるからな」
これに対してスフィアが少し思い出すように心当たりの名前を挙げていく。
「そうだね、うちでA以上ってなると竜胆さんと岩本さん、山守さん、静元さん、あとは警察署のほうにいっちゃってる藤上さんくらいだもんね」
スフィアが藤上と呼んだのは、昨年までこの24Bスキルブロックで活動をしていたA--の幻想物質操作能力者なのだが、警察官になるのが夢だったらしく、今は、スキルブロックとしての所属は変わらないが、実質24地区警察署の能力者部門の人間となっている。
「あの人がいてくれればもう少し楽になるんだがな。まさか私達の都合で呼び戻すわけにもいかないだろう」
山守がそういうと、場はやや重い空気に包まれる。そんな中雪奈がなにか思いついたように話し始める。
「なぁ、山守」
「ん、どうした?」
「この親善試合って確かそれぞれのスキルブロックに所属してればいいんだよな?」
「ああ、そのはずだが?今も言ったが藤上を呼び戻すのはなしだぞ?」
「いや、そうじゃなくてさ。まだ訓練中の研修生も一応所属はこのスキルブロックだよな?」
「なにを・・・、ああ、そういえばいたな研修生に一人ランクAが」
二人が話すのを聞いて他の4人も思い出したのか話に加わる。
「えっと、確か剣崎千歳ちゃんだっけ?」
こめかみに指を当てながら愛崎が思い出した名前に確認をとる。
「ああ、それであってる。あんまり戦いを好みそうなタイプではなかったと思うが・・・どうする?連絡だけしてみるか?」
訓練生の指導を受け持つこともある竜胆がそう提案する。そしてこの場でひとまずの決定事項として剣崎に連絡を取ることが決まった。
「さて、それじゃ【BO3】は後回しにするとして【フロントバック】のほうは昨年と同じでいいのかな?」
山守と岩本のほうを見ながらそう愛崎が確認を取ると、1度山守の顔を見た岩本がうなずく。
「特に他に出場希望や案がないならば今年も私と岩本で引き受けさせてもらおう、昨年は【赤紫の舞踏】に負けてしまったからな。今年はリベンジマッチをしたいと思っていたんだ」
会話の内容通り昨年度は【フロントバック】には山守と岩本が出場している。この【フロントバック】という試合方法は2対2で行う方式の一つで、広い長方形のフィールドを3分割し、その両端のフィールドに各チームの遠距離担当が、真ん中のフィールドに近距離担当が配置される。
それぞれ近距離担当は遠距離エリアに、遠距離担当は近距離エリアに入ることを禁止されており、どちらかのチームの近距離担当が倒れた時点で勝敗が決する。
前衛の耐久力と、後衛の攻撃力、また、お互いのコンビネーションが問われる試合形式である。
「うーん、問題は試合の日程ですよね~。唯一重複出場が可能な【キングクラウン】の相方枠はやはり山守さんか、岩本さんが妥当でしょうし、連日とかになってしまうと少々負担が大きいですよね」
「あ、それなんだけどさ」
懸念事項を話し出す愛崎に雪奈がストップをかける。
「【キングクラウン】の俺の相方はスフィアでいくわ」
「え(は)?」
これにはその場の、スフィアを含めた全員が驚き雪奈のほうを一斉に見る。
「おい、雪奈。確かに、複数人での戦闘にヒーラーを採用するのは無くはない、だが、今回は2人組みだぞ。それでは実質お前一人で戦うようなものだ」
この場のみんなの意見を代表するように山守が言うのに対して、雪奈はスフィアのほうを見ながら話し始める。
「いやいや。そうともいえないぜ? なぁ、スフィア。そろそろアピールしてこうぜ」
「うーん、雪奈は本当にいいの?結構忙しくなっちゃうと思うよ?」
「どうせ隠れてたってそのうちばれるんだ、こっちから罠張って待ってたほうが心構えもできるだろ」
「ちょっと、二人とも何の話よ?」
「こっちの話だ、気にすんな」
残り4人には良くわからない会話をする雪奈とスフィアに対して愛崎がむっとした表情をするが、雪奈に詳細を話す気はないようだ。
この後も考え直すようにと話し合いをしたのだが、平行線をたどった結果、岩本の「本人達が良いというなら、別に問題ないんじゃないか?」という一言をきっかけに、ひとまず【キングクラウン】への出場はスフィアに決まるのだった。
その日のお昼休み
ところで、ここまで登場しているスキルブロックのメンバーであるが、基本的には彼ら彼女らの大半は学生である。
スキルブロック業務のおかげでいくらか一般の学生と異なる点はあるが、日々勉学に励んでいるのだ。
また、能力の発現からさほど経っていない為、あまり数はいないのだが卒業後のスキルブロックメンバーは学業を修めた後もそのままスキルブロックに勤めることが多い。
中には藤上のようによそに就職することも、なきにしもあらずなのだが、それでもスキルブロックへの所属は継続される。
そんなわけで学生の本分である、講義を受けていた竜胆は一息ついて「ん~」と伸びをしながら席を立つ。
「おーい、竜胆さーん」
竜胆が教室をでると、愛崎、雪奈、スフィアの3人が出入り口付近で竜胆を待っていた。
「おっと珍しいなお前らがそろってこんなとこで待ってるなんて」
「いや。俺とスフィアが頑固堂に行こうと思ったらそこで愛崎とあってな、そんで愛崎がご飯にいくならお前も誘おうというからな」
愛崎のほうを見ながらそう言う雪奈に対して愛崎は軽く頬を赤く染める。
「べ、べつに人数が多いほうがいいと思っただけよ」
「はいはい」
「あーはらへったなぁ、頑固堂だっけ?」
振った本人である雪奈に軽くいなされ、空腹に夢中の竜胆にも気づかれず、スフィアにだけ「まぁまぁ」となだめられながら4人は頑固堂と呼ばれる食堂へ向かうのだった。
24Bスキルブロック内にあるいくつものお食事所の中でも、この頑固堂は規模こそ小さいものの、病み付きになる味が評判で一部の生徒に隠れた人気を博している。
「おーい、おっちゃーん」
「おう、りんすけ。お、それにあいちゃんにスフィアちゃんじゃないか」
「おっちゃん?俺は?」
「おめーさんは毎日きてんだろ」
わいわいと入店した店内には、雪奈達以外にも結構なお客が居り、そこそこ繁盛しているようである。
雪奈はこの頑固堂の「濃い味からあげそば」を大層気に入っており、ほぼ週5で通い詰めていたりする。
「じゃ、俺いつもので」
「んーと、それじゃ私も雪奈と同じものお願いします」
「えーと、じゃあ俺はこの「ピリカラにんにく手羽先定食」でたのむわ」
「それじゃ私も同じものをよろしく~」
4人は注文を済ますと近くのテーブルに腰掛、朝の話の続きをはじめる。
「そういえば、竜胆?もうお前、剣崎に連絡はとったのか?」
「んん、ああ。今朝に解散してすぐメールを出しといたぞ」
そういってガサゴソと小型通信デバイスをかばんから取り出す竜胆。
「お、メール返ってきてるな。えっと、お、もう今日の放課後にでも時間を取ってくれるそうだぞ」
「お~それはそれは、竜胆さんも剣崎さんも仕事がお早いですね~」
「愛崎さん、今年の親善試合っていつでしたっけ?もし私も戦うことになるなら「少し」準備しておこうと思いまして」
スフィアの問いかけに対して愛崎は一瞬悩むもののすぐに「竜胆さん?」と竜胆のほうに向き直る。
「お前やる気だけはあるくせになんで日程覚えてないんだよ。今年は確か・・・丁度2週間後だな」
「だってさ」と自分が答えたわけでもないのにスフィアのほうにドヤ顔をする愛崎に対して、スフィアはスフィアで「はい、ありがとうございます」と素直な返事を返す。
「結構近いな、そんじゃ出場メンバーさっさと決めて作戦とかもたてなきゃな、まぁ、放課後でいっか」
雪奈のこの発言をきっかけに、4人は次の時間にある共通の授業の話題を話し始めるのであった。
ちなみに余談だが、「ピリカラにんにく手羽先定食」が思いのほか辛かったらしく、苦戦する愛崎が食べ終わるのを待っていた結果4人そろって次の講義に遅刻したのだった。
放課後、本部
放課後となり窓の外からややあらあらしいものもあるが、クラブ活動の声や音がする。そんな中24Bスキルブロック本部には今朝の6人にもう1人加えた7人が集まっていた。
「え、えっと、剣崎千歳と言います。今はここで訓練生をしています、はじめましてです」
おどおどとしながらそう自己紹介をしたのは、今朝の話し合いで話題に上がった訓練生のランクA、剣崎その人であった。
だがしかし竜胆除いた5人は皆一様に微妙な表情を浮かべていた。
「あらーこれはまた・・・当初の私の中のイメージとはずいぶん違う感じですね~」
この空気の中、最初に切り出したのはやはりというか愛崎だった。
「私的にはランクAの強能力者ってことで静元さんみたいな余裕かました感じか、もっとオラオラ気の強い感じの子だと思ってたんですけどね」
「あぅ。ごめんなさい」
「ああ、ごめん。別に謝らなくてもいいの、ごめんね?」
申し訳なさそうに謝る剣崎に対してむしろ愛崎のほうが罪悪感に押しつぶされそうになる中、竜胆が剣崎の変わりにステータスを紹介していく」
「だから言ったろ、あまり戦闘が好きなタイプではないって」
「えっと、さっき紹介してた通り名前は剣崎千歳、能力系統は物質創造系の【金属創生】固有名称は【剣山の頂】だ」
「ずいぶんと戦闘が大好きみたいな名前をしているな」
ぼそっと感想を言う岩本であるが、この意見はおおよそ正しい。能力スペックのみでは、ほとんどそのように勘違いされるのが剣崎の悩みだったりする。
しかし、その剣崎本人と実際にあってみるとその印象は大きく変わることとなる。
竜胆や雪奈よりも年下とはいえ、比較的小さめなスフィアよりもさらに小さな身長に、くりくりとした愛らしい瞳、さらさらな黒髪のミドルヘアを揺らしておどおどと話す様子を見て、戦闘好きというものがいれば、そいつは少々目か頭が悪いことを疑わなければならないだろう。
「えっと、竜胆先輩から親善試合のことで相談があるからって」
「あぁ、そうなんだよ。私たちの厳正な審査の結果、剣崎さんに今年の【BO3】に出てもらおうと思って」
「え?えぇ。わ、私があれに出るんですか? 私にはとても無理ですよ~」
愛崎のざっくりとした説明に対して、半分涙目になりながらそういう剣崎の姿を見て、この場の5人になにやら罪悪感が芽生える。
「竜胆、これはさすがに無理ではないか?」
山守がそういうのに対して、唯一罪悪感のなかった人物である竜胆が話し始める。
「剣崎さんはこう見えても俺の持ってる実技の、それも実戦形式での模擬戦の成績は訓練生1位だぞ?」
「普段はおどおどして見えるが戦い始めれば意外になんだかんだ戦えるやつだ」
「竜胆せんぱ~い、そんなことないですよ~」
涙目で悲痛な叫びを上げる剣崎であるが、竜胆は今度は剣崎のほうに向き直り説得を始める。
「でもさ、剣崎さん。前言ってたじゃん? 2年前に見たかっこいい人みたいになりたいって」
「あう、そうですけどぉ」
なにやら事情がありそうな剣崎に対して、竜胆が口先のうまさ?をもってして説得を続ける。そうしてわずか10分後
「はい、じゃあ私がんばってみます!皆さんよろしくお願いしますね」
なにやらうまく乗せられてやる気になった剣崎がそこにはいたのだった。このときの5人の感想が全員そろって「(ちょろい!?)」だったのは言うまでもないだろう。
目標であった剣崎を確保し、その他の人員についてはすでに大方の部分を愛崎と山守が決めていたらしく、【キングクラウン】についてはまだ全員納得とはなってはいないがこうしてひとまずの方針がきまったのだった。
「でさ、剣崎さん。さっき言ってた2年前~ってなんなのさ?」
必要な話が終わるや否や好奇心旺盛な愛崎がそんなふうにきりだした。
「あ、私のことはできれば下の名前で呼んでください。えっと・・・愛崎先輩?」
「うん、わかったよ。それでさっきの千歳ちゃんの話の2年前って?」
「あ、はい。私、能力発現のその日に異世界獣に襲われたんです。私こんなですし、そのとき何もできずに腰が抜けてしまって、とっても怖かったんですよ」
「そしたら颯爽とその場に現れてそいつを倒してくれた人がいたんです。私は怖くて泣いていたのでしっかり見れなかったんですが、すごく大きな剣をぶんぶん振り回してあっというまだったんですよ」
「結局その人は急いでいたみたいで気がついたらもういなかったんですが、私の能力も剣に関係あるので・・・それ以来あこがれてしまって」
先ほどまでの涙目とは一転、目を輝かせてそう語る愛崎を見ながらスフィアがちょんちょんと肘を雪奈にぶつける。
「ねぇ、雪奈。2年前のあの日に巨大な剣って・・・もしかして雪奈じゃない?」
「いや、確かに俺はあの日、パニックにならないようにそこらじゅう駆け回ってたが・・・他にもいたろ、そういうやつ」
コソコソ話す2人にかまわずとてもうれしそうに千歳の話はつづく。
「しかも、その人すごく大きな剣を持ってるのに1本じゃなくて2本も振り回してたんですよ?途中で剣を捨てて他の剣、たぶん共鳴具を複数つかって戦ってたんです!私の能力なら似たことができると思って、あれから結構がんばったりもしてるんですけどなかなか難しくて」
「ねぇ、雪奈」
「まぁ、あれだスフィア。そういうこともある」
確かに2年前に千歳を助けたのは雪奈であった。しかし、どうにも千歳の中で記憶が美化されているらしく、すごくかっこいいヒーローのように語られるそれを前に、「あ、それ俺だわ」などと切り出す勇気は雪奈にはないのだった。