ラブパー 3
晩餐会はつつがなく終わった。
料理はめちゃくちゃおいしかったし、お酒もほんと素晴らしかった。
大皿からサーブしてもらう形式で、『作法など気にせず』という王からの言葉があったので、マナーなど気にせずしっかりと味を堪能できた。
特に甘エビのカクテルサラダ!!
いや、地鶏の香草焼きも、まてまてローストビーフも!!!!
うーまーいーぞーぉー!!
……おいしゅうございました(取り繕い)
王の近くに勇者パーティーが座って、今回の討伐の話で会話も弾んだ。
──そして、現在は
「料理、どれも美味しかったよね」
窓際に沿うように並べられたら椅子に腰掛けてふぅと息を吐く。
「ほんと、美味しくってどのお皿の料理も食べ過ぎました」
小さな机を挟んで満面の笑顔で同意するレイナ。
「……それなのに、なんでそんなにケーキを皿に山盛りにしてるのよ?」
レイナの横に腰掛けてこちらを覗き込むテオールが眉間に皺をよせている。
ここは、晩餐会の会場の隣にあるホールだ。
食事が終わると、デザートはこちらにといって案内された。そこには、リベルボーダ王お抱えの楽師達がゆったりとした音楽を奏でている。
晩餐会の会場より少し小さなそのホールは、しかし天井には煌びやかな装飾やシャンデリアが輝いていた。
すこし風変わりと噂の美女と呪いでモッフモフの獣になっちゃった王子様が踊り出しそうなそのホールの中央には、スイーツタワーが燦然と輝いていた。
否、その形状は塔というより城!
お菓子の家どころではない、お菓子の城が私の体脂肪を、血糖値を爆上げしようと手招きする。
その誘惑に、抗える女子はいるだろうか?
居るだろうけど、あたしにゃ無理だぁ!
色とりどりの可愛らしいひと口ケーキや果物が宝石のようにホールのシャンデリアの明かりに照らされて「たべてぇたべてぇ♪」と私たちを誘うのだ。
スイーツキャッスルにチョコレートの噴水が湧き出ているんですよ! あなた!!
ちょこれーとふぉんでゅー♪ちょこれーとふぉんでゅー♪
歌い出してしまいそうなその光景に、スキル【別腹】が発動した。(そんなスキルないですけど)
隣で、ふっと吹き出す音が聞こて見あげるとヴァルがこちらを見て微笑む。
照れくさくなった私が「なんだい?」とバレバレのぶっきらぼう芝居で眉間に皺をよせると
「モニィのこんな顔初めて見たから、可愛くって」
と、それはそれはあまーく囁く。
すっいーーーーつ!!そうその言葉はスイーツ!
お菓子食べる前に、脳内妄想血糖値が爆上がりじゃないですかぁ!!
はっ! あのお菓子のお城に住んでいるスイーツ王子様ですかぁ!?
『君の瞳にチョコレートドリンクで乾杯☆』
スイーツ王子さまぁ~虫歯になってしまいますぅ~
『じゃぁ、僕が歯を磨いてあげるよ』
じ、自分で磨けますぅ~
『僕のキスで仕上げ磨き……』
きゃーーーー♪ぶちゅーーーー……
っていうか、性格違ってるぅぅうう!
だれだおまえはぁ!?
……などと妄想が暴走して、わずか二秒間でスイーツ王子様をなんとか脳内から追い出した私の目の前ではヴァルが辺りをキョロキョロと見回してため息をついた。
やばい! 妄想中の私の酷い顔でヴァルを引かせてしまったのか?
そんな不安がニョキッと頭を持ち上げた瞬間
「人目があるからキスできないな」
と呟いてしょんぼりと肩を落としたのだ。
──きゅんきゅーーーーん
妄想越え余裕でした!
そんなやり取りでヴァル糖過多になってクラクラしているところを、テオールとレイナに捕獲され、スイーツ城前に移動させられた。
ヴァルはヴァルで男性陣に、生ハムやチーズなのどの軽食が並べられている前へ。
お酒などを飲みながらつまめるものも用意されていて、あれよあれよという間に酒を待たされ、軽食の皿を持たされ、王の待ち構えるすこし奥まった場所に連行されていった。
「あれは……」
私が呆然として聞くとテオールは肩をすくめて
「男だけで盛り上がる話があるのよ……猥談とか性的な話とか……ノロケとか……」
ため息まじりにヤレヤレと首を振る。
「ふふ、それで私達も女だけで盛り上がる話をしよーってなったんですよ」
楽しそうにレイナは言ったが、彼女の目はスイーツキャッスルに固定されていて、すでに手には皿とフォークが握られていた。
ああ、スイーツ城の魅力に屈した勇者がここにひとり……
「了解! では私達はこの甘味城の攻略といきますか!」
私も皿とフォークを構えて鼻息を荒くする。
「え!? ちょっとちがっ」
律儀にツッコむテオールに私はチョコレートフォンデュ用と思われる長い枝のフォークを渡す。
「いざ出陣!!」
私の声に「おぉー!!」と元気にときの声を上げたレイナと、ため息をつくテオールをお供に甘い誘惑の地へ踏み出したのだ。
* * *
小さな杯の形のデザート皿はガラスに繊細な細工が施され、キラキラしてて中にちょこんと収まったレモン色のシャーベットが大きな宝石みたいに見えて心が弾む。
上品なスプーンで小さくすくって口に入れると、爽やかなレモンの香りが冷たさと甘さとあいまって自然と笑顔になって、吐息と一緒に「美味しい」と呟いてしまう。
隣でレイナもベリーのひと口ケーキをほおばってホクホク笑顔だ。
「別腹は満足ですか?」
私とレイナで教えた名言『デザートは別腹!』にテオールは苦笑した。
「満足」
「満足」
私とレイナは同時に答えた。
しかし、レイナはその後に「でも、まだ行けます」とさらにチーズケーキをパクリと口に入れている。
「……えーっと、そうそう、アグりん」
レイナの別腹に引きつつテオールが私の隣の椅子はに移動してきた。
「ヴァルるんとはどうよ?」
ニコニコしながら聞いてくる。
キタァー!スイーツの次は恋バナですか!?
「そほてふよ! ほれひひたひてふ」
ほおばったケーキをそのままに、レイナはうんうんと頷きながらこちらを向く。
「聖女様、はしたないですわよ、飲み込んでから話しなさい」
照れ隠しにツッこむと、うぐっとケーキを飲み込んで
「そうですよ!それ聞きたいです!!」
律儀に同じ事を繰り返してきた。
照れくさいけど、それがなんだか幸せで……
魔王討伐した最強の勇者パーティーの女性陣なのに、こうやって話しているとまるで学生時代の放課後みたいな微笑ましい雰囲気とリンクする。
「ど、どうもなにもつい数日前だし」
気恥ずかしさもあってどもると、テオールは「そうだったね」と苦笑した。
「こっちはヴァルるんがずっと一途に想い続けてたの知てるから、やっとって感じなんだけど」
「私、とっくに恋人だって思ってました」
などと感慨深げなテオールとレイナ。
本人からも聞いていたけど、周りもちゃんと解ってくれてたと言うのが嬉しくて、でもくすぐったい。
「アグりん」
真剣なテオールの声にそちらを見ると、深い深い紫色の瞳が私を映している。
「ヴァルるんのこと、どうかよろしくね」
私は男兄弟しかいないし、前世では一人っ子だったから実際はわからないけど、テオールがまるでヴァルのおねーちゃんみたいだなって思った。
心配と優しさと信頼と期待と希望。
暖かい思いの乗った音に私は素直にしっかりと頷いた。
私の肯定をテオールは嬉しそうに受け止めた後に照れたように笑って
「なーんて、偉そうでごめん。なんかヴァルるんってね、年上だけど、こと恋愛に関してはほんっとあきれるほどヘタレてるの」
ヤレヤレというふうに肩を落としながら言葉を続け、男性陣の集まっている向かい側に目を向ける。
「あはは、色んな人に言われてるね」
ギルマスのジグザ兄にも言われてたなぁなんて思いながら、私もテオールと同じ所を見た。
王を囲んで、勇者男性陣とポポラホさん初め今回の討伐チームの重鎮が談笑している。
「そりゃ、言われるよ。私達がどれだけいけいけ!って後押ししても『まだだめだ』とか『魔王たおしたら』とか、ほんと見ててじれったいのよ」
「ヴァルさんは、ピュアですよね」
そう言いながら、バニラアイスをスプーンですくって食べるレイナもニコニコと私を見る。
「否定できないわ、かなり乙女だなぁって思うよ」
『乙女』のワードでテオールが吹き出した。「確かに! それだわ!」と言って爆笑している。
3人でかしましく笑い合う。
「ほんとにヴァルるんは恋愛経験はゼロみたいなの。アグりん、どうか見捨てないでやってね」
コロコロと笑いながらテオールが続ける。
「どんどん恋愛面での指導お願いね」
キュートにウィンクする彼女の言葉に私は笑顔が引きつった。
──恋……愛面……かぁ。
ふいに止まった私の笑い声にレイナが心配そうに「アグリさん?」と問いかけてくる。
命を懸けたあの戦いの場にいた仲間──親友に恥も外聞もないよね。
私は新しく出来た親友達に、1ヶ月前の私なら『面倒くさっ!』と投げ捨てただろう、モヤモヤとしたなんと名付けたらいいかわからない思いを聞いてもらう事にした。
「情けないんだけどね……ヴァルが恋愛経験ゼロなら私は恋愛経験落第点って感じかな」
テオールもレイナもすっと聞く体制になって無言で先を促す。
私は前世での最後の恋愛について話した。
そう、魔王のいい餌になった私の黒歴史。
三十路を過ぎて仕事を理由に婚期を逃し、いざ結婚を前提に付き合いだしたら貢ぎまくるは、若い子と浮気されるは、あげくに浮気相手が妊娠したからと別れたというあれだ。
自嘲気味な笑いぐらいしか出ないつまらない話……でも、テオールはいくつかの質問をしながら、レイナは優しく頷きながら聞いてくれた。
「それで、こっちでその記憶を思い出してからは、修行だ仕事だってこじつけながら恋愛に関しては目を背けてた」
実際におばあちゃんの所で修行を始めた頃はそれどころじゃなかった。
それどころじゃない状態で忘れてたから、そのまま忘れる事にしたんだ。
でも、恋とか愛とか『青臭い』なんて格好つけて『枯れた』だなんだと言ってたけど……ただ蓋をして逃げてただけなんだってよく解った。
「とまーそんな訳で、指導できるものが恋愛に関してはなかったりするんだ」
長い説明の結論を言うと、テオールとレイナは目を合わせて
「ぷっ!」
「ふふっ」
と吹き出した。
「真面目すぎるわ」
笑いながらテオールは鈴の鳴るような可愛い声で楽しそうに笑う。
「ヴァルさんととてもお似合いだと思います」
「そうね、片や純粋で無知。もう片方は真面目で臆病。でも、とっても幸せそうだから周りがとやかく言う事は逆効果かしら?」
からかうように私の瞳を覗き見るテオール。
「真面目かなぁ? 結構、ふざけてたりもするんだけどなぁ」
まぁ、脳内ではかなりな妄想を繰り広げているけど表にはなるべく出さないようにはしてるからそうとられるのだろう。
「うー……しばらくはじれったいのがつづくのかなぁ」
なんて椅子に座ったままテオールは足をバタバタとしている。
「アグリさんって、凄くしっかりした自立した女性って印象でしたけど、こんな一面もあるんですね」
レイナにほんわかと、とても嬉しそうに言われて私は悪い気はしなかった。
「ただ、アグりんは独りで考え過ぎてると思うわ」
すこし拗ねたようにテオールが言う。
「うーん、今までそれで生きてきたし」
「今まではね! でも、これからはヴァルるんや私達がいるんだから、自分だけでどーにもなんないとか、ちょっと吐き出したいって事があったら言ってよね」
「そーですよ、ヴァルさんの事とか本人には直接言えない事とか、是非私達に話して下さいね。愚痴はもちろんノロケも大歓迎ですよぉ」
新しく出来た親友達の優しい言葉が降り注いで、私はちょぴり泣きそうになった。
でも、さすがに恥ずかしくて
「お願いします」
と、発動許可で言い慣れたその単語を絞り出すのがやっとだった。
ヴァルがいたから、ヴァルが私を好きでいてくれたから繋がったこの縁をずっとずっと大切にしたいって思った。
「アグリモニーさんですよね?」
そんなほんわかとした綿菓子みたいな空気にねっとりとした甘ったるい──しかしトゲトゲしい声が割り込む。
私を含めた3人の中で空気がすっと冷めた。
声の主は、漆黒の扇情的なドレスを着こなした燃えるような赤髪の女性。
ぷっくりとした唇が印象深い──そう、私を逃亡したように小細工した張本人のお出ましだった。