ラブパー 1
「なんであなたはここにいるのよ!!」
バーンと木製の──豪華な装飾が品よく施された両開きの扉が勢いよく開いた。
真紅の豪奢なドレスを纏い、両手を握りしめ体の横でふるふると震わせ、両足を肩幅に開いて大声で叫ぶその姿さえ美しいお姫様。
「でた……」
ここは彼女の住まいなので居るとは思ったけど怒鳴り込んでくるとは思わなかった。
──だって、一応姫様なんですからね。
そう彼女の名は、シャオーネ・ルビリア・リベルボーダ様。
リベルボーダ国の末姫様であらせられるぞよ!
「アグリモニー! 答えなさい! なぜここにいるの!!!」
美しく結い上げられたキラッキラのブロンドヘアには、高価そうな真っ赤な宝石と大きな黒真珠でつくられた髪飾りが上品に乗っている。
宝石と同じ瞳を大きく開いて、怒りに頬を赤らめ、ピンク色のぷるんとした唇から苛立ちに満ちた声を私に飛ばしてくる。
「なんで……でしょうね?」
ほんと、こっちが聞きたくて本音が口からポロンしてしまった。
「なっ、なっ……」
さらに怒りメーターが上がったのが解る。
「うーん、来ちゃった♪ (ハート)……てか?」
私はというと、髪もメイクもしてもらってはいたが、服はバスローブという中途半端な格好で香り高い紅茶をフーフーして飲んでいる最中だった。
「ふざけないでよー!!」
ごもっともですが、なんかもう私には何かに抗ったり繕ったりする力は残ってなかった。
* * *
リベルボーダ王城の門は、両脇に青い三角錐の屋根がついた円筒形の側塔に挟まれている。
門自体の横幅は、馬車が一台通れるぐらいの大きさなのでパレードの山車は城内へは入れない。なので、城に一番近い《転移門広場》が凱旋パレードの最終目的地だった。
「ヴァル・ガーレン様! とぉぉおおちゃぁあああくぅ!!!!!」
大声が広場の入り口からかかる。
横抱きにされたまま見下ろせば、いつもは上流層の馬車や上級冒険者達が行き来しているそこに、簡易なテントやテーブル、椅子が配置されていた。
すでにそこでは宴会が始まっている。
パレード参加者達の打ち上げ会場は、お祭りのテンションをビアガーデンに持ち込んだみたいな大賑わい。
美味しそうな香り、乾杯の音や楽団の陽気な音楽、国も職も混じり合って労い楽しむ人々の笑顔。
その平和な光景に頬が緩む。
ふっと柔らかく吐息がもれるのを聞いて、すぐ近くにあるヴァルの顔を見る。
眩しそうに目を細めた安堵の微笑みがそこにあった。
ヴァル達が守ったものが、このパレードにもあった。
私は肩に置いていた腕に力を入れて彼を抱きしめる。
ヴァルも私を見て、横抱きにしている腕に力をこめた。
額がコツンとあたって笑い声が重なった。
誘導の声に従って山車が止まる。
鋼鉄の巨馬と一緒にパレードに参加した人々はタゴレの人達なのだと馬上でヴァルから聞いた。
彼等は労い合いながら朗らかに笑う。
男らしい舞いを見せてくれた人々や音楽を奏でていた人々が、山車を押していた面子を待ち構えてバシバシと肩を叩いたり拳を合わせたりしている。
その集団の前へ、私を抱えたままヴァルは危なげもなく鋼鉄の馬頭から飛び降りて、声を張る。
「皆さん! お疲れ様でした!」
マギ式グアラランや神々しい純白馬車は広場の入り口近くに並べ置かれ、鋼鉄の巨大な馬もその横に収まった。
広場の奥では絶賛打ち上げビアガーデンが開催中だか、ヴァルの山車に付き添った面々はそちらへは向かわず、ヴァルを笑顔で囲んでいた。
「ご協力ありがとうございます。おかげで成就できました」
はは……私の事かな?
私の事だな。
みんなグルだったのか!!……まぁ、デスヨネ~担いでる御輿から突然居なくなって1人増えても変わらず練り歩いてたんだもんね。
「よかったなっ!」
「おめでとうさん」
「よくやったぁ!」
どっと野太い歓声が上がる。
「さてさて、邪魔者は消えるぜぇ!!」
大きな声が響いて、私達を冷やかしながら海の男達はニカッと陽気に笑った。
よし!今日は飲むぞー! と言いながらカラリと打ち上げ会場へ向かって行くたくましい背中。
島はまだ魔王の爪跡が残っているだろう、それでもこうして人の幸福を祝ってくれるその懐の深さに頭が下がる。
ヴァルに小声で降ろしてと頼むと、すっと地面に足が着いた。
私はその背中にただただ頭を下げた。
タゴレの人々が魔王によって受けた傷は、私には想像しか出来ない……沢山の言葉が浮かぶ、感謝、労い、応援……でもどれも口に出すことが出来なかった。
だから、敬意と感謝を込めて深く頭をさげる。
横でヴァルも私と一緒に頭を下げていた。
海の男達の声が喧騒に混ざり合ったところで、私たちは頭を上げた。
自然と手をつなぎあう。
「いつか、タゴレに行こう」
ぎゅと私の手を握ってヴァルが言う。
「うん、ふたりで行こうね」
私も彼と繋がった手に力をこめた。
「こちらでしたか、ヴァル・ガーレン殿」
声に振り向くと、王城警護の鎧をつけた兵士が立っていた。
晩餐会の会場である王城内へ向かう馬車のところにヴァルが来ないので迎えに来たという。
「あ、すみません! 今行きます」
ヴァルはあたふたと頭を下げて、ひょいと私をまた横抱きにし、「こちらです」と歩き出した兵士についていく。
「ちょっとまてぇーーい!」
ジタバタと腕の中で暴れ出した私を、苦もなく抱えて「ん?」と目を合わせてくるヴァル。
突然声を上げた私を兵士は一瞬振り返りはしたが、一瞥しただけでまた進行方向を向いてしまった。
兵士さん、スルーですかぁ~!
「ん? じゃないよ! もう、地面だから歩くよ」
あまりにナチュラルな動作と躊躇のない行動に抵抗できなかったが、さすがに、馬車へ向かうだけの事でお姫様抱っこされなきゃいけない理由が分からない。
つか、これから勇者パーティーの面々と顔を合わすっていうのに、こんなこっぱずかしい状態で行かなきゃならんのか!?
「なんか決まりみたいで、王城内の部屋までこれだって聞いたんだ」
……ウソダロ?
「誰から聞いたの?」
声が低くなる。
「フォスターだよ」
また、お前かぁぁぁああ!!
絶対嘘だ! これは陰謀だ!!
うちの子をからかって遊ぶための策略でしかない!!!
つか、素直過ぎるでしょ? ヴァル子ちゃんよぉ~。
「それに、モニィとこうやってくっついていられるからいい決め事だよね」
やっと帰ってきた羞恥心さんと、ヴァルのとんでも恋愛師匠フォスター・オルロフへの怒りで顔に血が上る私に、ヴァルはウキウキ──ルンルンの方があってる笑顔で言い放った。
イケメンスマァイル☆スマイル☆スマーーーーイル!
私はというと、なんか既に慣れはじめてしまったヴァルの腕の中で頭を抱えた。
いや、それでも! となんとか陰謀を阻止するために口を開いた。
「あのね、ヴァル……」
「あ! アグリさぁーん♪ ヴァルくーん♪」
弾んだ声に目を向けると、豪華な馬車の前に立つフォスター・オルロフに安定のお姫様抱っこされた聖女レイナが楽しそうに手を振っていた。
「ああ……」
決まりなの……かな……ほんとに……そうなのかなぁ?
ブンブンと手を振るレイナを揺るぎなく堂々と抱えるフォスターは無表情だが──輝く美貌の背景には薔薇を背負って後光がさしてるかと錯覚するほど──幸せそうだった。
「おまたせしました」
アテンドした兵士さんは役目を終えて止まったので、それを追い越してヴァルが小走りに二人に近づく。
はいはい、勇者様達にとって子女を横抱きにするぐらいの負荷は、コンビニ袋に入ったスナック菓子程度っとなぁ……あってないようなもんだ。
私の眉間のシワなど気にも止められず会話は進む。
「あれ? ルート達は?」
「『虹の王冠』の返却で一度聖霊使いの里に帰って置いて来るそうだ」
パレードの時マギ式グアラランについていた王冠の事だろう。すぐ戻るそうでここで待っているというフォスター。
聖霊使い達は各々守護聖霊と契約する時に必ず里に赴くという。
つまり聖霊使いの総本山から即日返却しなければいけないようなモノを持ち出せるとかさすが勇者だわースゴイデスネ。
「アグリさん、晩餐会ご一緒出来て嬉しいです」
勇者という存在を改めて規格外だわーと認識して白目をむきそうになっていた私にレイナが話しかける。
「あっ、あぁ、うん」
そうだった。
ここに私がいるのは彼等の陰謀──計画した事で、私が受け入れたんだから、その計画は成功したのだ。
「いろいろ、ありがとう」
そう、私もヴァルと一緒にいられる事は嬉しいのだ。ただし……
「でも、突然すぎてなんの準備もないから、私としては浮かれてられないというか」
考えてみたら、高貴な人々が催す華々しい場所にこんな格好でいきなり参加とか無理としか思えない。
「モニィ、大丈夫だよ」
嬉しそうにヴァルが言う。
「全部、用意してあるから」
得意満面である。
甘い声。
大好きな笑顔。
私はこの声や笑顔にめっぽう弱くなってしまったらしい。
……退路は断たれていた。
魔王討伐の英雄として賛美される事にはどうしても自分を置けない私だけど、『ヴァルのパートナー』という場所を用意されて断る理由は……ない。
私の中にある『照れ』と折り合いをつけて『ヴァルの恋人』として立つなら受けてたたねばと思うのだ。
思うのだがぁ……
「そのぉ、このお姫様抱っこ状態ってほんとに決まりなのかと……」
レイナを見て──フォスター・オルロフの顔を敢えて視界に入れないでレイナだけを見て訴えてみる。
「そうだ」
視界の外から有無を言わせない低いフォスターの声がして、それに頬を赤らめるレイナが
「そうなんですって、照れますよねぇ」
そう嬉しいそうに同意した。
うはっ、レイナは受け入れてる?!
この世界に生まれてこの方、元勇者であるおばあちゃんのもとで弟子として歩んで来たから、高貴な場所へ出ても対応可能な礼儀作法はそれなりに身につけている。
だが、こういう場所に伴侶をともなってという場面には、運悪く出くわした事がない。
うう……、疑わしいが、否定できる材料がない……
つか、同じ日本の常識を知るレイナが受け入れてるんだから、ここで私の羞恥心がどうのでヤーヤー言ったところでどうにもならんなぁと、諦め受け入れるしかないと思った時
視界の端で転移魔法陣が輝き出した。
テオールがルートと共に帰って来たのだと思って目を向けると
「ちょっとぉーーーー!! 降ろしなさい! 恥ずかしいでしょ!! 私、歩けないほど弱ってもないし、子供でもないんだからーーー!!!」
魔法陣に光のベールがおりて人影が形成される。と同時に響いた澄んだ高い声は怒っていた。
ルートがテオールを横抱きにして魔法陣から現れた。
「決まりなんだからしかたないよね~」
へらへらと笑いながらルートはテオールを抱え、転移が終わって消えていく魔法陣からこちらへ向かって歩く。
キーキーと暴れるテオールを、やはり軽く抱えて「おまたせぇ~♪」とやってくるルート。
「決まりって! あんたとフォスターで決めた事でしょぉ!!!」
顔を真っ赤にしてテオールがさらに怒鳴った。
「パーティーのリーダーが決めたんだから決まりは決まりでしょ~?」
……やはり、な!!
「え?」
「へ?」
私の思考に間抜けな声が重なる。
レイナとヴァルである。
私はフォスターを睨む。
レイナは不思議そうに見上げる。
ヴァルに目を移すと、やはり呆けた顔でとんでもリーダーを見つめていた。
「降ろしなさい」
低くヴァルに命令する。
「え?」
今度は私を驚愕という顔でみた。
え? じゃないよ、え? じゃぁさぁ?
このこっぱずかしい状態は、つまりフォスターが決めたルールで、この国の晩餐会に出席する者達のルールではないって事だ。
テオールがさわいでるって事は、やっぱりこの状態はこの世界においてもこっぱずかしい事で、理由もなくお姫様抱っこってしないんだって事がよ~くわかる。
「り、リーダーが決めたから……それが……決まりで」
ヴァルはしどろもどろと言いよどむが、腕から力を抜かない。
「あんたも騙されてたんだよ? こういう場所に参加する時の決まりじゃなかったってわかったでしょ?」
正論をぶち込んだ……つもりだったがしかし
「大切な人を一時も離したくないという我らの決意の現れだ」
「そーそー、晩餐会の準備とかの間に何かあったら心配だからねぇ~部屋まできっちり送り届けてさ、そこに何もないか目を配るのだって大切な役目だよ」
フォスターとルートがさも当然とばかり言い放った。
「だよな! 絨毯に罠とな仕掛けられてたら大変だ!」
そこに何故か参戦するヴァル。
罠とか王城にしかけたら大事でしょうがぁ!
「ただの独占欲にさも当然みたいな理由をつけないでよぉ! 恥ずかしいから降ろせぇーーーー!!」
わなわなと震えながら怒りが頂点に達したテオールが叫ぶ。
「テオール、【蓄積野共有】で加勢するわよ!ルートにも消されない速度で魔法陣だせるわよ」
私はさっと腰に差していたタクトを抜いた。
テオールも杖を変化させて身につけている指輪に手をかけて
「やるわよ! アグりん」
と臨戦体制に入る。
「チッ」
眉目秀麗な顔から想像も出来ない舌打ちがフォスターから聞こえた。
「あーあ、アグりんの加勢があるのわすれてたよー降参こうさ~ん」
あっさりとテオールを降ろしたルートはしかし、とっても楽しそうだった。
ヴァルも渋々と私をゆっくりと地面に降ろす。
クゥーンと言う声が聞こえそうなほどしょんぼりしたヴァルは相変わらず私の心臓を打ち抜いてきた。
たまらず、頭を撫でてしまう。
あっあかん! これ、結局、端からみたらこっぱずかしいヤツだわ!
そんな私の横にかけて来たプンスカ中のテオールが
「アグりん行こ!」
ヴァルを撫でていた手とは反対の手をとって、私を馬車の方へ引きずる勢いで歩き出す。
「フォスター! レイナと私達はあっちの馬車でいくから!」
まだ、フォスターに抱えられたらままのレイナの手をテオールがひく。
私の視界に見えなかっただけで、やはり豪華な馬車がもう一台用意されていた。
「ダメだ」
往生際悪くレイナを離さないフォスターにテオールは見上げながらも顎を突き出して言う。
「ダメじゃない! 元々女性陣は着替えや準備があるから城内では別行動になる予定でしょ?」
「あぁ、そういえばそうでした」
思い出したと言う感じの、のんきな声でレイナが答える。
天然ですねレイナさん……
「横抱きしなければいけないほどパレードで消耗したとでも言って部屋まで連れてくつもりだったんでしょうけど、そんなの無理があるってわかってるでしょ!?」
テオールの口は止まらない。
「フォスターはレイナの事になると馬鹿になるよね! 馬鹿でしょ?」
そんなテオールの怒りは
「フォスターさん、私、頼りないかも知れませんが……あなたの横にいて恥ずかしくないように綺麗にしてもらいますから」
というレイナのフォローなのか天然なのかわからない柔らかな声で収まった。
いや、私とテオールは目を合わせて
──アホらしい
と馬に蹴られたような気分になってしまっていた。
そんなこんなで、やっとフォスターから解放されたレイナを連れて馬車に乗り込む。
お姫様抱っこで城内練り歩き計画は、無事阻止された。
当初の予定通り男女別々で馬車に乗り込み馬車は王城へ入った。
テオールから晩餐会までの大まかな流れを馬車の中で聞いて、晩餐会の準備をする部屋へ案内される。
それからは、もうめまぐるしくあれよあれよと進む準備に私が口を挟む余裕などない。
イレギュラーで入り込んだ私に、湯浴みをさせてメイクを施し髪を結ってと担当になった侍女さんたちは大わらわ。
え? お風呂?
ええ、洗われました……すみからすみまでずずずぃーとぉ
はは、垢すりですよ? スパの垢すりの高級バージョン? ええ、開き直ってしまえばエステですよ、え、す、てぇー!
そして、今に至ると……
* * *
──ズズズー
高級なお茶は美味しいですなぁ……
目の前には、迫力ある真っ赤なドレスで着飾った美少女。
目をつり上げて興奮した頬は朱にそまって、怒りに震える唇も桃色の口紅が栄えてとても美しい。
眼福眼福♪
「アグリモニー、答えなさい」
二度目のそれは恐ろしく低い。
ふざけていたのは確かなので反省するが、私だってふざけないでは居られないほどの目まぐるしさだったのだ。
ただ、受け入れたのは私だ。
「ヴァルとお付き合いする事になったのよ。だから晩餐会でパートナーとして参加させてもらえるようになったの」
シャオーネ姫の真っ赤なルビーのような大きな瞳としっかり目を合わせて言う。
それが事実だった。
いきなりパレード中に巻き込まれたとか、拒否権はなかったとか言い訳はできるかも知れないけど、本気で拒否すればヴァルも解ってくれた筈だ。
そう、つまり私は自分の意志でここにいる。
「彼の隣で晩餐会に出席する為にここにいるのよ」
同じ人を想う女同士。
きちんとそれは伝えようと思った。
彼女が泣こうが喚こうがこれが事実。
私はヴァルと一緒にいると決めたんだ、彼女に同情はしない!
言い切って彼女の様子を見つめる。
彼女の美しい顔がヴァルの名を聞いた所で少しだけ苦しそうに歪んだが、後は私をまっすぐ見つめて、相変わらず憤りの表情をみせている。
「……それは解っているわ、それで?」
え?「それで?」とは?
他に私がここにいる理由なんかあったかな?
「ヴァル様のパートナーであるあなたが、なんでこの部屋にいるの?」
シャオーネ姫はイライラを隠さず私にぶつけてきた。
「え? 晩餐会に出る準備中なんですけど……」
本格的に意味が解らなくなってきた。
そんな私の様子をじっと見つめていたシャオーネ姫が大きく息を吐き出した。
「ハァーーーっもう!!」
ダン!と足を踏み鳴らし、手をぐっと握りその拳を己の胸に当てた。
そして、私から目をやっと逸らして今度は気持ちを落ち着けるように深呼吸する。
荒い行動だか、一挙手一投足に洗練された美しさがあった。
美人は怒っても綺麗なんだなぁ。
はい、なんかもう思考放棄です。
とりあえず、お姫様の怒りは収まったようだ。
「それじゃ、逃げ出した訳じゃないのね?」
ゆっくりと吐き出された息の後、シャオーネ姫は言った。
そこに安堵の響きがあったが、問われた内容が私をまた混乱させる。
「逃げ出すって? ここから?」
王城の警備はとても厳重だった。
私のいるフロアは今夜招かれた女性の賓客が集まっており警備も女性騎士たちで固められている。
魔法や聖霊達の干渉があればすぐに解るように結界が張られていて、フロアの出入りは監視された。
「どーやって逃げろと?」
窓も着替えなどが在るため外からの目隠しの為ということで鎧戸がかけられていて、そこからの出入りをこっそりするのは難しい。
「てか、なにから逃げるわけ? ドレス待ちの私がさ」
思考能力ゼロなので思った事が口から精査されずこぼれでる。
「ここは、本来空き部屋の筈なの。あなたその格好で移動するのおかしく思わなかったの?」
その格好と言われてヘアメイクされているがバスローブを着ている私は、その高級感のあるゆったりした生地を改めて見てみた。
お風呂から上がりそのままメイクとヘアセットした所で、侍女さんたちが慌てだした。
「ドレスが手違いで別の部屋にある」と申し訳なさそうに頭を下げる侍女さん達に、既に悟りを開きそうな状態だった私はアルカイック・スマイルで頷いた。
急ぎ出て行った担当侍女さん達と入れ替わりに入って来た別の侍女さんに促され「こちらでお待ち下さい」と、この部屋に来てお茶を入れてもらってまったりしていたのだった。
「え? もしかして私、逃げ出した事になってるの!?」
やっと頭の整理がついて至った状況に驚くとシャオーネ姫はフンっと鼻を鳴らし、鈍感なの?と言わんばかりに睨まれた。
あれ? 彼女が怒り浸透で駆け込んできた理由って……私がヴァルのパートナーとして晩餐会に突然招かれた事に対してじゃないの?
「あなた、ヴァル様のお相手というのに怖じ気づいて逃げ出した事になってるのよ」
シャオーネ姫はフンっと鼻を鳴らして腕組みをして答えて下さった。
はっ!とんだ勘違いじゃないかぁ!!
あぁ~逃亡犯の疑いがかかってるのに、何交際宣言しちゃってるのさぁ!!
え? 怖じ気づいたとかなんで?
まぁ、晩餐会ってのは緊張するっちゃぁするけど、逃げ出すならもっと前に逃げてるっちゅうの!
盛大に頭を抱え混乱する私にシャオーネ姫は
「ほら、急ぐわよ! もう、ドレスの用意はされてるから元の部屋にもどるわよ!」
強い命令だったけど、不思議と反発はなかった。
それは、どこか私を気遣う雰囲気が混じっていたせいかもしれない。