ラブパレ・前編
──その光景はまさに夢幻世界……
でも、私はこれが夢や幻でないと知っている。
今、私が生きるこの世界が熱狂に包まれていた。
熱い思いが、感動が地鳴りのように全身へ伝わる。
「おかえりなさーい!」
「勇者万歳!!」
「ありがとう!!!」
言葉として聞き取れるもの、はたまた雄叫びのような意味を成さないもの。
各々が感情を声にのせ叫んでいる。
夕刻の空は茜色に染まる。
描き出される魔法便の輝き。
乱れ飛ぶ祝福の瞬き。
その光にじゃれつく守護精霊達。
人の影が濃く伸びる時刻だが、頭上に溢れる様々な光に落ちた影は人々の足元で小さくなっている。
人の心も影さす暇もなく、昼も夜もなく歓喜に踊った。
魂を震わすような音楽が街を──世界を包む。
遠く聞こえた楽団の音色に合わせ吟遊詩人たちが我先にと歌い奏でだす。
舞い散る花びら。
色とりどりの紙片が舞い上がる。
──『勇者凱旋!』
今、まさに魔王討伐を成し遂げた彼らが王都に帰ってきたのだ!
私は潤んで掠れる眩しすぎる喜びの世界を見逃すまいと、まばたきを繰り返した。
その勇姿を見逃さないように、彼らが現れる大通りの曲がり角を凝視する。
楽団の音はまだ遠いというのに。
* * *
廊下を挟んだ工房の扉をバァンと開けて、魔法便受けを確認した。
案の定、よく見知った冒険者ギルドの書簡筒があった。
こいつかぁ! こいつが私のイチャイチャタイムを邪魔したやつかぁ!!
もう! 私にはあんな感じの流れってさぁ、こう何度も何度も意図的に作れる訳じゃないんだぞ!!
ちくしょぉぉお! 恥ずかしいよぉ!!
バリバリ誘ってしまったよーー!!
なにが据え膳にはもう一つ意味が……ニヤリじゃぁ!!!!
思い出すと執着心で全身がムズムズするぅ。
私の後ろをついて来てたヴァルがショボンとした声でボソッと言う。
「凱旋パレードの呼び出しだと……」
心底ガッカリしてるのが解って毒気を抜かれた。私は溜め息を吐きながら苦笑する。
ついつい舞い上がって失念してたけど、魔王討伐自体は終わっても、勇者としての事後処理が終わった訳じゃないって事。
そう、全てが終わったらやってくると思ってた彼が、こんなに早くここに来ている事がイレギュラーなんだと。
彼は勇者という世界的な英雄。
私個人が彼の時間を占有するのは、しばらくはお預けね。
とりあえず、私は手紙に目を通す。
魔法便はテオールからの手紙をギルドが転送したものだった。
ヴァルの予想通り、思ったより早くいろんな準備が整って明後日には凱旋パレードになるとあった。
テオールの丸っこい字は、『アグりんへ』で始まり、この手紙を送るにあたって魔法便の座標値 (メールアドレスみたいなものね)を聞き忘れた事とギルド経由で転送してもらう旨が簡潔に書かれていた。そして即座に要件が続き、今後の予定が書いてある。
明朝からタゴレで式典、昼からは祝賀の宴、それは夜まで続くようだ。
翌日は昼頃にタゴレの転移門からリベルボーダへ転移して王都近隣の街で凱旋パレードの準備。
夕刻には王都到着、そして王城でも祝賀の宴。
その為に、今夜からタゴレ入りして明日は早朝から打ち合わせという流れになっている。
自分達のタゴレ入りに合わせてヴァルを迎えに行くので『準備が出来たら魔法便を下さい』という文章の後に座標値が書かれていた。
──宴三昧だなぁ。まぁ彼等の功績を考えると祝えるだけ祝いたいよね……ん?
予定の書かれた紙をヴァルに渡そうとして、もう一枚紙が重なっているのに気が付いた。
『追伸
にゃんにゃん中にごめんね☆
返事がなかった場合は先にタゴレ行ってるわ。
早朝の打ち合わせ前にはヴァルるん回収のため扉を叩くのであしからず♪』
してねぇーーーーし!
ぜんぜん、にゃんにゃんしてねーーーーし!!
さらに、その下に男らしい書きなぐったような文字があった。
『処女卒業おめでとうさん!
大人になった妹へ、兄のちょっとした悪戯と祝福のファンファーレだ
報告はパレード前に聞くから明日はこちらに泊まれよ
兄より』
だから!! 卒業してねーーーーし!
まったく、処女だし!!
邪魔しといて、熊面でてへぺろしても許さないからなぁ!
などと脳内でドタバタしながらも、とりあえずヴァルには平静を装って一枚目だけ渡す。
「ほい」
2枚目を握りつぶした私をヴァルは心配そうに見つめて、紙を受け取った。
「こっちのはギルマスから。明日泊まりに来いってさ」
その答えにとりあえず納得したように、手紙に目を落とすヴァル。
さっと目を通して溜め息をついた。
「モニィも一緒に……いけっ」
「いける訳ないでしょ!!……まぁ、気持ちは嬉しいけどね」
甘えん坊ヴァル本領発揮中!
彼だって解ってるから、尻すぼみの声になってうなだれてるのだ。
たぶん……これからは本当にしばらく会えなくなる。
彼等はそうとう忙しくなるはずだ。それぞれの国での祝い事があるだろうし、勇者としていろんな事後処理がある。身の振り方の話をしたとしても引き継ぎやら何やらで大忙しなのは想像に難くない。
私はわしゃわしゃとうなだれた頭を撫でる。
「うちらの時間はこれからた~ぷりあるから、しっかり凱旋していろいろ終わらせて、それからまたおいで」
そう私が言うと、ヴァルは私を抱き寄せた。
暖かい腕の中で私は微笑んで彼に伝える。
「待ってるからね」
「約束?」
討伐前に絡めた小指。
「またね」とか「今度ね」と未来を安心して口に出来るようにしてくれた勇者が、約束の小指をねだる。
彼が約束を違えないと信じられるから、私はまた小指を差し出す。
絡まった小指にヴァルが口づける。
それが、恥ずかしいやらくすぐったいやらで小さく笑う。
「さっきのモニィ、すごく色っぽかった」
めちゃくちゃ甘い声で言う。
ぎゃう! 恥ずかしい~ヤバい!
あんたの今の声の方が数倍色っぽいからぁ~
「その……据え膳の別の意味って?」
──ぼーん!!
脳天から煙でるぅ!止めてぇ~今は無理ぃ~!
一度、照れスイッチが入ると【据え膳】と言うワードで穴があったら入りたくなっちゃうからさぁ。
つか、君、ほんとはなんか、うすうす気が付いてない?
きっと私の頬は赤い。
照れてしまっているのも解ってると思う。
そ、そうだよね。
2枚目の手紙の内容からして、時間の猶予はまだあるんだから、その……ヴァルになら頂いてもらってもいいわけで……
どうせ、いつかはって思ってるんなら……今だっていいし……今を逃せば次はいつになるか解らなくなるし。
いい訳が頭を巡ってるけど、私の本音は『ヴァルと一緒にいたい』なんだ。
きっと魔王討伐を成し遂げた勇者なんてハーレム築いたって不思議じゃないぐらい引く手あまた──まぁ、それ以前から数多の女性が狙ってるんだろうしね。
嫉妬や独占欲、それ以上に彼の特別に心も体もなりたくて仕方がない。
「何だと思う? 当ててごらん」
熱の籠もった声で、銀の瞳に問う。
甘い時間が戻ってくる予感。
「えっと……」
ヴァルの頬が上気する。
ここで照れるとか可愛いぞぉ~。
「モニィが俺の為に……」
うんうん、あなたの為にぃ?
「これからもずっと……」
そうだね、ずっと一緒にいる為にぃ?
「ご飯用意して待ってるっていう……モニィからのプロポーズ?」
キラキラと銀の瞳が輝いて、『正解でしょ? 当たりでしょ?』的にみつめてくる。
はい! ロマンティックぅ!!!!
乙女万歳!
オトメニクヨクカンケーナーイ!!
甘い予感は予感であって、実現するとは限らないのだ。
そう彼は乙女勇者ヴァル・ガーレン!!
「はい、残念」
「えー?!」
嘘だろ?! みたいなショック顔。
「不正解だったから、答えはまた今度ね」
私はショック状態で緩んだ腕から、すっと離れる。
なんだ? なんなんだ? とヴァルはブツブツ言ってる。
「ほれ、返事書くから準備しな」
「はい……」
そう言って、ショボンと道具屋のコート掛けにハンガーに吊された軍服を取りに行くヴァル。
それがヴァルらしくて私は笑いながら、テオールへの返事をしたためる。
『テオールへ
ご飯食べ終わったので、ヴァルのお迎えお願いします
とくに色っぽい展開はありませんので何時でもどうぞ!!
アグリモニー』
* * *
パレード本体の楽団の音がどんどん近づいてくる。
──見上げれば……
魔法陣から打ち出された火球に炎の精霊が戯れて小さな火の粉が舞い散りキラキラと消える。
それはまるで花火のようで。
至る所であがる花火が、夕焼けの茜を急速に追いやった紺色の夜空に咲き乱れる。
街中がラッピングされたみたいに、至る所に色とりどりのオーナメントが飾られ、垂れ幕が翻る。
冒険者ギルドの二階にあるギルマスの部屋には、半円形のベランダがある。石造りの無骨な手すりにも三角色とりどりの布が連なったオーナメントが飾られていた。
そこから見下ろせば、大通りの中央を空けて人々がひしめきあっている。
私は2日前から冒険者ギルドに何室かある仮眠室の一つに泊まっていた。昨日1日はギルマスの手伝いに駆り出されたが、今日は朝からゆっくりさせてもらい、こうして高見の見物だ。
ある意味パレードを見るには特等席のベランダを陣取り、皆と同じ気持ちで私を包む漆黒のマントの端を握りしめた。
このマントの持ち主の姿が見えるのを胸を高鳴らせ、まだかまだかと待っている。
* * *
テオールに魔法便を送り、店のカウンターでしょんぼりしてるヴァルにお茶を出す。隣の椅子の背に軍服が適当に引っ掛けてあった。『ゆっくりしてて』と声をかけ、私は二階へ上がった。
『明日来い』と書かれていたけど、もう今日中に行っちゃおうと着替えやらなんやらを、いつもポーション運び用に使っている道具袋に詰めて準備する。
そうだ! と思い出してハンガーにかけてあったマントを持って下に降りた。
カウンターでしゅん……としているヴァルが、私の抱えている道具袋を見て期待の眼差しを送ってくる。
「もしかして?」
「違うよぉ」
吹き出しながら即ツッコむ。
まだこの子は私が一緒にタゴレに行く事を期待してんのかい。
まったく、可愛いったらないじゃないよぉ。
しかし、ほんと私がついて行く理由がないからね……仕方ない。
またシュンとしてしまったヴァルへ
「これはね、ヴァルが行っちゃうと……私も寂しいから、もうギルドに行こうかなって」
と素直な気持ちを伝えるとちょぴり機嫌が治った。
「あ、そうそうこれ」
と借りていたマントを返そうとしたら、
「あのローブの代わりにとはいかないと思うけど、色も黒だから……良かったら付けてて欲しい」
「これ防御とか、かなりいいエンチャント付いてるけど?」
これ激レア級だぞぉ?!
まぁ……これなくてもヴァルは魔王倒しちゃってたけどさぁ。
「離れてる間は、モニィを守れないから……俺の代わりに」
ぐふぅ~、聞きましたぁ?
もう、ニヤニヤするよね。
でもさすがにこれは高級品すぎるよとためらう。
するとヴァルは私の表情を読んだのか、真剣な声で言った
「モニィに、俺のものをつけてて欲しい」
──ドキュュュッッン!
ナイスパリイー!
俺のものをつけてる者は俺のものぉぉお!
優しいヴァルアンが私を殺す気だ!
萌え死に寸前だょぉ。
「そ……それなら、ありがたく装備させてもらうね」
くそ、退路を断つのがうめーなぁちくしょぉ。
その場でマントを装備する事にした。
それはあの〈何でもお見通しローブ〉と同じぐらい丈が長く私の踝まである。しかし、素材はローブよりかなり丈夫で厚いものが使われているのに、いっさい重さを感じさせない。
実際に魔王討伐後に装備してた時も違和感なさすぎでそのまま装備して帰っちゃった程だもん。
「ありがとう」
ほっぺにキスをする。
「どういたしまして」
ヴァルが満足そうに微笑む。
そして『でもこっちがいい』と甘えられて唇にキスされた。
死ぬぅ……萌え死ぬぅ。
【アグリモニー 初めの魔女(24)
死因 勇者による殺し文句にて萌え死】
魂産巫女さまぁ、あたい幸せだったぁ!
……昇天……って死んでないし! まだ死ねないし!!
蜂蜜脳とはこれの事かぁ……そんなワードないわ!!
そんなアホ妄想をしていると窓から転移魔法陣の明かりが見えた。
テオールとルートがやってきて、やけにテオールが私に抱きついてきたり、お手洗いを借りたいと言われ案内したり、少しだけバタバタする。
転移魔法陣に三人が乗り、私もテオールが展開してくれたギルド裏への魔法陣にのった。
テオールと私がお手洗いから帰ってきてから、やけにご機嫌のヴァルが
「パレードの時、そのマント装備しておいて欲しい……みつけやすいから」
と言った。
なんら異存はないけど、ルートとテオールがニヤニヤしてるからなんか企んでるのかな? と思いながらも了承の意を伝える。
「モニィ、またパレードで」
魔法陣から沸き立つ光の中でヴァルは極上の笑顔で微笑んだ。
「うん! その笑顔をパレードで出来たら魔法いらないからね」
そう言うと苦笑しながら彼が言う。
「努力してみる」
「ちゃんと見てるからね」
私も笑顔で手をふる。
そこでテオールがこちらの魔法陣に許可をだした。
後編すぐ上げます




