懐古2
和海は、全くノーマークの女だったから、
どこの学部かもわからなかったし、
いきなり話しかけてきたわけだから、
その時に会話したのが初めてだった。
ずっと声をかけたかった、
大学の近くにすんでいる、
趣味は料理、音楽は邦楽のポップスが好き、
などと、屈託なく話すところに、
なんだか癒しを感じるようになって、
可愛くてたまらなくなってきた。
そして、和海の部屋に初めて行ったのは、
声をかけられてから3か月後という、
俺にしては異例の遅さで、深い関係になった。
大学卒業後、お互いが就職してからも、
順調に交際は続いて、
俺は親に和海を会わせることにした。
その話をすると
和海は泣いて感動し、
そのあとすぐに、ひどく泣き出した。
どうしたのかと聞くと、
実は私には両親がいない、
春樹さんの両親が、
親のいない私を受け入れてくれるかしら?
私のお父さんとお母さんになってくれるかしら?
というのだ。
俺は、和海を抱きしめると、
大丈夫だよ、心配すんな!と言った。
和海は、泣き続けた。
俺の両親は、
父親が歯科医、母親は市役所務めで
安定した家だった。
俺はなに不自由なく育ち、
ほしいものはなんでも持っていて、
ただもう、満たされ過ぎていたから、それまで、
退屈でたまらなくて、
いろんな事をやっていたのだ。
俺がなにかやらかしても、
母親も父親も、
騒ぎ立てずに、謝罪してから、
俺に少しだけ注意を促す。
そんな両親だった。
よく言えば、
理解ある親。
悪く言えば、
『子どもに興味の薄い親』
の、典型的なタイプだ。
それは、俺が大学生になっても、
基本的に変わっておらず、
女の子を妊娠させたとなれば、
即座にお金をくれたし、
相手方の親にも金を握らせて、
騒がないようにしてくれた。
車をぶつけて壊せば、
その週のうちに、新しい車が納車された。
どちらも、父親から言われたのは、
『気を付けなきゃダメだぞ、春樹』
これだけだ。
和海を連れて行くことに、
なんの躊躇もなかった。
付き合いも2年を過ぎた頃合いで、
ちょうどいい、
と結婚を視野に入れはじめいたのもあり、
両親のところへ和海を連れていった。
父親も母親も、笑顔で迎えてくれて、
女性を連れてくるのは初めてよね、
と母親は珍しく興奮した声を出した。
数々の女と付き合ってきたが、
自分の家に入れたのは確かに、
和海が初めてだった。
四人で座り、
父親が、和海さんは、何和海さんなのかな?
と、名字を聞いた。
和海は、『珍しいんですよ、私の名字…』といい、
『飛松といいます』
と言ったとたん、父親が一瞬、ほんの一瞬だが、
顔をこわばらせたのを、俺は見逃さなかった。
ほう、珍しい!どちらの地方の名字かな?と
続けると、
熊本です、和海は、そう答えると、
お手洗いに、と席をたとうとし、
それを母親が案内するのに、
女ふたりは部屋を出た。
俺はすかさず、父親に、
とうさん、さっき和海に
名字聞いたとき、おかしかったよ、様子が…
というと、
ああ、昔、うちの歯科にいたスタッフに、
飛松姓がいたからな、もしかして身内かと思って…
と返ってきたので、
え、俺知らないよ?と答えると、
お前が生まれた頃に辞めたからな、と言った。
和海の紹介をしてから結婚までは、
1年だった。
俺は、25、和海は24で、結婚した。