9 獣騎乗りとは
俺が見上げる先には「がっかりだぜ、ベイビー」、なーんて声が聞こえそうな薄い眉毛を八の字にする角張った顔がある。おまけに、その両サイドの男達も同じ。
「日本に帰るために、故郷へ帰るために重機に乗っている。それじゃダメなのかよっ」
腹立たしい口調で言えば、
「私は、ユーの動機を否定するようなことは言っていないと思うぞ」
ていうのが、ボブマッチョの口から返ってきた。
その神経を逆なでする顔が言ってんだよ、期待はずれの答えだった、てな。
わざわざ決勝の相手である俺たちの整備テントまで来て、俺の重機乗りの動機を聞いてきたアイアンペッカーのボブ。
狙いははっきりしている。
対戦相手の挑発だ。
「図体の割に、みみっちいことしやがるな」
「私に挑発する気がないと言ったらジョークになるな。しかしそれとは別に、私は獣騎闘技でファイトする目的を、ゴーホームのための手段とするタクミの考えに、少しばかり残念な気持ちになっただけだよ。これはジョークではない」
「ぐぬう――」
開きかけた口から、言い回しを難解にしただけで、結局煽ってんじゃねーかよ――そう、言い放ちたくもなるが堪えた。
ここでその流れに乗ることが、相手の思う壺だからだ。
すううう、と空気を吸いクールな俺を相手に見せつけてやる。
「残念……じゃあ、その残念な相手と闘えて良かったですね。はい、ごきげんようさん」
もう出て行けと、ぴっぴ、と手を払う。
たく、元々冷静沈着な俺としたことが、えらく心をザワつかせてしまったぜ。
あの苛つかせる顔は凶器だな。
「例えば、サラ嬢はユーと違って、獣騎闘技に」
「おいっ、おっさんまだ喋んのかよっ。出て行かねーのかよっ。空気読もうよ、空気っ。出て行けの空気で充満してんだろここ!」
「そうかい? こちらのエリッタくんが私のサインを求めている空気だぞ」
色紙のような板を胸に抱え、ふんわり尻尾をふりふりな獣っ子。
「……もう、エリッタのばかちん」
エリッタにミーハー属性は必要ありません。
「それで、アイアンペッカーのボブさんは、まだ俺を煽り足りないわけですかね」
「サラ嬢は獣騎闘技に誇りを持っている。それは私もだ。タクミも重機乗りなら、
誰もがこのあこがれの舞台に立てないことぐらいは知っているだろう」
俺には誇りとやらがないと、チクリ刺す物言いに聞こえるが、重機乗りが特別なのはよく理解している。
なんで名前が上がっているかよくわからんが、サラくらい名家で国王とかにも謁見できる、いわゆる貴族のご令嬢でも、獣騎闘技者=重機乗りになるにはそれなりの適性をクリアしないといけない。
そこには権威や縁故なんてものは存在しない。
実力で勝ち取らなければならない世界だ。
さらさらっと書かれるサイン。
ボブマッチョの手からエリッタへそれが渡されると、白いタンクトップ野郎は白い歯をきらりと見せてエリッタと握手を交わす。
その後に、おっさんマッチョの眼差しがこっちを向きやがった。
「私の想いを告げておこう。我々重機乗りは、このキュートなガール達が憧れ熱意を注ぐ舞台に立つ栄誉を手にする選ばれた者だ。つまり獣騎闘技のプロフェッショナル。ならば、我々はこの最高のステージ、闘技ショーを通じて、観客たちを楽しませる責任があるとは思わないかい」
そうして、ファンの獣っ娘からの感謝とともにこのテントを去ったボブマッチョ。
ただし、まだ喋り足りなかったのか、更なる捨て台詞を吐いてだな。
――『できれば決勝は、サラ嬢のような獣騎闘技に本気で向き合う相手と闘いたかった』
だとさ。
俺は深呼吸をして、一生懸命にまた深呼吸して――ムキーとなって、転がる鉄の部品を蹴飛ばした。
んで、つま先が、
「痛てええええ」
挑発に応えてしまった俺の末路は、涙目で転がった、である。
エリッタの爺ちゃんが戻ってきた整備テント。
俺はユンボーの履帯に腰掛けながらに、アイアンペッカーの情報を聞いていた。
「儂が知るところでは、そんなもんかのう」
「なるほどね……あのおっさん”ピッカー”だったのか」
『ピッカー』とは俺が勝手に区分している重機乗りのタイプのことだ。
重機のアームの先はアタッチメント式になっていて、俺やサラが使うバケット以外の物への取り換えが可能だ。
ま、適材適所の換装的なものかな。
それで、ピッカーは”破つりピック”を扱う者を指す。
破つりピックってのは、たまーに道路工事とかで見るかな。
先の尖った鉄棒を硬い地面とかに、ドドドドドッって打ち込んで路面を破壊するヤツで、それのデッカいのが重機のアームの先に備え付けられた感じ。
異世界仕様でなくても岩盤を砕くくらいの破壊力はあるし、もし異世界仕様で日本に持って帰れるなら、自衛隊の戦車とくらいなら戦っても結構いい勝負するんじゃないだろうか。
戦車の装甲くらいは、たぶん打ち抜けると思うし。
「規定重量を超えてしまうから、これ以上、ユン坊に強化装甲板を乗せるのは難しいのう。困った……」
エリッタの爺ちゃんは、装甲を厚くすることでピック対策を練ったようだったが、すでにカツカツ重量のユンボーには無理な話。
重機を規定一杯までの重さで参加させるのは常識だ。
チューンで重たくなる重機は機体サイズを変更すればいいけど、ウチはユンボー一台だけだし、たとえ魔法がある世界でも、こういったサイズの変更とかはどうにもなんないんだよね。
重機の異世界仕様は魔法機構でいろいろ強化されてはいるけれど、あくまでも強化しかできない。
元々ある重機の機械機構そのものから変えられるような魔法技術は、まだまだ発展途上の段階のようなんだ。
「エリッタの爺ちゃん。そんなに深刻にならなくてもいいっすよ。どんなに破壊力がある攻撃だろうと当たらなきゃ意味がない。俺の腕があれば突かれる前にぶっ倒せるはずだから」
「もちろん、タクミくんの腕は信じておるよ。そして、タクミくんが乗るユン坊もじゃな」
ユンボーをぽんぽんと撫でるエリッタの爺ちゃん。
「いろいろやっている暇もないし、今まで通りにやるしかないでしょ」
実際決勝までの時間もあまりないし、本格的な対策なんてできない。
だったら、気合いで闘うのみ。
今までもそうしてきたし、俺には小さな頃からドラグショベルに乗ってきた経験値がある。
この両腕両足に叩きこまれた操作技術は、一朝一夕のものでもないし、こっちへ来てから磨いたテクニックも十分ある。
俺のような境遇は珍しいから、同じ来訪者といえども、ボブマッチョのほうが経験値が上とは到底思えない。
「待ってろよ、ボブマッチョさんよ。俺をくだらない挑発で本気にさせたことを後悔させてやるからな」