8 決勝へ向けて②
サラからの微妙な内容の手紙を聞いた後のことだ。
落ちる気分を払拭するかの如く、狭苦しくも穏やかな雰囲気のテントの中に、俺とエリッタの二人っきりの時間が訪れる。
エリッタの爺ちゃんは知り合いに専用工具を借りに行ったまま戻ってくる気配がない。
そう、今この時この瞬間は、妄想込みで俺の部屋に遊びに来た獣っ娘とイチャイチャしている時間とも言い換えられる、至福の時なのだ、
しかしながら、楽しい時間が過ぎるのは早いもので、俺がエリッタにあんなことやこんなことをする前に、テント出入り口の布がバサリと捲られる。
エリッタの爺ちゃんが戻ってきた。そう思ったのだが、そこに現れたのは三人のガタイの良いオセロな男達。
んで、悲しいかな、重機乗りをやっていると同じ匂いに敏感になるのか、すぐに「あ、こいつ重機乗りだ」ってのが分かってしまう。
三人の真ん中にいる、白のタンクトップマッチョが重機乗り。
両サイドの黒のタンクトップお付きマッチョを、まったくそうは見えないが整備士とするなら、たぶんどこぞの重機チームが訪ねて来たってことになる。
とにもかくにも、この訪問者のお陰で俺とエリッタのスイートな時間は終了のベルを鳴らしたのは事実だ。
「せっかくエリッタと、『あっち向いてホイ大会あわよくばあっち向いてモフ大会』を予定していたのに」
「あの、やっぱりアイアンペッカーのボブさんですよね!? ボブさんですよね、そうなのです!」
ブツクサ文句を吐いていた俺の隣から、飛び出すようにして駆け寄るエリッタ。
白タンクトップのおっさんを、テレビタレントとでも遭遇したかのような態度で出迎えている。
キャイキャイとはしゃぐエリッタの様は微笑ましく思うが、そこのマッチョのおっさんのお陰で、俺達の至福の時間が途絶えたことは留意してもらいたい。
「何、エリッタの知り合いなの、そのおっさん」
「タクミくん、アイアンペッカーのボブさんなのですよ! 本物ですよ、本物っ。
毎年本戦に出場なされている大、大、大人気のジュウキスターさんなのです!」
振り返るエリッタの顔は、自分のことのように喜ぶ顔でした。
それを見て、そちらのデッカイマッチョが、なんかすごいおっさんだと言うのは理解した。
確かに、『アイアンペッカー』の通り名は俺の耳にも覚えのある響だ。
それはそれとして、特に嫉妬なんてものはしていないけど、してはいないけど、なぜか今の俺の心は平静ではないようだ。
いや、冷静に自分の気持ちを分析できているから平静なのか?
「ふーん、そうなんだ……」
「突然、お邪魔してソーリー。彼女の言う通り、そこそこのネームバリューで重機乗りをやっているボブだ」
面長顔が、のしのし近づいてくる。
魔法翻訳が働く世界で、日本人の俺にいかにもな外国人っぽく喋るとは、結構器用なマッチョだ……などと感心していると、目の前には太い腕が突き出された。
先で開くその手は握手を求めるようだ。
「決勝戦の相手を知らないとは、ユーはなかなかに肝がビックな少年のようだ」
「悪気はないんすけどね。俺、本戦のてっぺんしか興味ないんで」
そう啖呵を切れば、ガシっとシェークなハンドだ。
そしたら、強烈な握力で握り返される。
こんにゃろ。舐めんなよ。
男はマッチョがすべてじゃないってところろろろおおお、
「ふんむー、痛い痛い痛いつーのっ」
「それで、アイアンペッカーのボブさんが、このようなところにどうしたのでございますのでしょうか」
エリッタの尋ねにより、俺の左手が加減を知らない馬鹿力マッチョの万力から解放された。
「そうだね。敵情視察といったところかな。直接敵陣へアタックする敵情視察もあったものじゃないけれどね。わっはっはっ」
ボブが大きく笑えば、お付きの黒色マッチョも笑う。
ウザい。
そして、どうしてお前たちは、ただ笑うだけの為に腰に手を当てる。
「タクミ、私は対戦相手、つまりユーに尋ねたいことがあって直接ここへ来た」
先程までとは明らかに違うボブマッチョの眼差しが、呼ぶ名とともに俺を捉える。
真摯と言わざるをえない、真っ直ぐな視線が俺の顔をのぞく。
「君はなぜに獣騎闘技で闘う。なぜに重機を駆る。その想いを私に教えてくれないか」