4 タクミとエリッタ②
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重機バトルの円形の闘技場は、二種類のバトルフィールドで構成される。
一つは、中央のコンクリフィールド。
実際にコンクリートなのか分からないが、白くて硬い大きな円の台が埋まっている。
上っ面だけのぞかせる平面の広さは、六畳一間の俺の部屋には到底収まらない大型重機が、十分に間合いを取って対峙しても戦えるくらいはある。
もう一つは、そのコンクリフィールドを囲む円状の土フィールド。
闘技場外まではかなり距離があり、とにかく広いのであるが、天候によってコンディションが激変するのが難点だろうか。
そんなこんなで準決勝開始直前、中央のコンクリフィールドを挟み、互いの入場口に白に銀を混ぜる品の良い重機と、年季の入った古めかしい色の重機が睨み合う。
「タクミくん、『ジェル』注入しますですよ」
操縦席のドアの向こうからエリッタのくぐもった声。
その後、取っ手部分の小窓がパカっと開いて、外からホースの口が接続されると透明の液体がドボドボ、ドボドボ、概ね四角い操縦室へ流し込まれていく。
最終的には、完全に重機乗りを包み込むことになる『ジェル』。
この『ジェル』と俺らが呼ぶ魔法の液体がないと、操縦者は大概バトルで大怪我をしていること間違いなし。
簡単にこの液体の役割は、重機乗りの生命を脅かすような衝撃をすべて吸収してくれる。
だから、たとえ操縦室が重機の直接攻撃を受けても、フレームが凹むくらいで、ぐしゃっと潰れることはない。
窓の役割をする前面と横を取り囲む透明板も、滅多に割れたりもしない。
それと振動は吸収しないので、外からの声は伝わるし、機体そのものの揺れは、ユンボーの調子を測るには必要不可欠だったりもする。
とにかく素晴らしく優れた、純水のように透明な魔法液体。それが『ジェル』だ。
ただまあ、衝撃を吸収してくれる前は液体なのかも分からないくらいに無色透明、肌触りもほとんどなく少し冷たい空気のようなものであるが、これが衝撃を蓄積し始めるとスライム化していく。
要はドロドロのネトネトの気色悪い感じになって、色もだんだん濁り、最終的には赤色に変色し、操縦室は視界ゼロの真っ赤っ赤になる。
こうなってしまうと戦闘が不可能になって、負けを宣告される。
俺らはこれを”ジェルレッド”とか、”赤目ちゃん”とかと呼んで、そうならないため『ジェル』に堪える操縦室へのダイレクトな攻撃はなるべく避けたり、無闇やたらに機体をボコスカ殴られ過ぎてダメージを蓄積させないようにする。
「はあ、この吸う瞬間が慣れないんだよな……」
もうアゴ付近まで満たされた液体。
酸素を供給する魔法の液体だから、肺に入れても問題はないのだが。
「すううう、吸え、吸うんだ俺っ。かっ、うごぼ……」
気体のように液体を”吸う”って、なかなか根性がいるのである。
キュラキュラと足を鳴らし、敵方ドラグショベルと俺のドラグショベルが間合いをじわじわ詰めていく。
既に闘技のゴングは打ち鳴らされている。
お約束というか、闘技場内の一番外から闘いがスタートするので、大概はゴングとともに中央のコンクリフィールドを目指してお互い歩を進める。
始めはゆっくり、低速ギア。
基本重機には、低速のカメマークギアと高速のウサギマークギア、この二つ間の前後レバーしか備わっていない。
ただし、高速ギアのアクセルペダルベタ踏み全力前進で人が走るくらいの速度くらいのそれも、異世界仕様だと普通乗用車ともタメを張れる。
またギアと表現するも、正確には車やバイクのようなマニュアルギアの意味合いとは少々異なる。
自動車などが走る速度だけを上げるに対し、重機は出力そのものを上げるギアってところかな。
ギアを上げると、キャタの回転はもちろん馬力、旋回や腕の動作など”動き”そのもののがすべて向上する。
そんなわけで、頃合いだ。
俺は出力レバーをカメからウサギへフルスロットルっ。
キュラララララぐいーんで、加速重力が俺を更に座席へと押し付ける。
ぐんぐん迫る白銀の重機。
相手の――、サラの愛機は『ブレッド』とかパンみたいな名前だったか。
対戦相手も、どうやら出力最大ウサギのようである。
「おおお、らっ」
交差すれば、闘技場を湧かす一合の鉄の響き。
互いの下部機体は直進のまま、上体機体をぐるんと回して旋回打撃。
挨拶代わりの殴りが終われば、機体を滑らしながら”足”を逆回転。
今度は後進方向による前進で、白銀重機=サラとの間合いを詰めていく。
サラはこっちの人間で、かなり可愛い女子だ。
しかも、お嬢様ステータスを持ちーの、金髪美少女にもカテゴライズされる。
強いて言わなくても心トキメク相手。
しかも年齢も俺と近く、愛想もいいから話しやすいし、なかなかどうしてお近づきになりたい女子だ。
だがしかしだ。
そんなサラも、多種多様の美少女達が迎えてくれる俺の愛しきギャルゲの前では、ただの美少女でしかない――。
「顔馴染みだからって容赦はしねかんなっ。俺には魂を賭してでも負けられない理由があるっ」
白銀と古ぼけた色が合わさる。
今度は、組み合う二機の重機。
下部旋回と上部旋回をこなし、アームの打撃を繰り出して本格的な闘技を始める。
会場の声援が一気に高まった。
重機が熱を帯びれば帯びるほどに、観客たちの体も熱るようだった――。