17 せっかくの異世界なので、タッグで闘いましょう②
タッグとは、すなわちペア。
ペアで闘技を行うということは、つまり共同作業を行うということ。
まさか、俺にはまだまだ遠い話だと思っていた結婚を前にして、男女の初めての共同作業を迎えようとは。
本戦までは、10日ある。
まずはきっと、「お互いのすれ違いが起こる」。
だから、「このままではいけない。二人の心を一つにしなくては」的展開に必ずなる。
あとは「一緒に生活してお互いの気持ちを深め合う」時間が待つばかり。
朝起きると寝床を間違えたサラが、俺の隣でスヤスヤ寝息を立てている。
うん、高確率であるな、これ。
それにお約束てっぱんの、お風呂やトイレで鉢合わせもまず間違いないだろう。
特攻服サラのキャラ性を活かしたイベントなら、胸元のサラシを俺が巻いてやる――なんてこともあるのか!? いいや、ありそうな気がする。
それに、まだまだこっちならでのもあるよな。
重機の操縦を教えるのに、こう、後ろから手を回して体を支えてやりながら、操縦レバーを一緒に握ったりして、ふっと気が抜けた瞬間見つめ合う二人。
その後は、目と目で通じ合うだけでは物足りず、唇と唇を重ねて、いやんな夜。
もしくはもっと過激に、重機に燃え上がる俺達はお互い情熱的になって――、
『サラ、俺の下部機体のレバーをいくら動かしても重機は動かないぜ』
からの、
『私はタクミを操縦したいの』
なパターン。
ぬーん、待て待て。「教官、ご指導お願いします」パターンも捨てがたいな。
操縦室の狭い空間ってのが、また乙だよな。
あれだなあ、ユンボーの操縦室を掃除しとかないといけないな……、
「――タクミくん。タクミくん」
なんだ? エリッタが俺を呼んでる?
「ん、何?」
「やっと反応してくれたのです。エリッタは、ずううううーと呼んでいたのですよ。でもタクミくん、グヘグヘ言うばかりで応えてくれないのです」
頬を膨らますエリッタも可愛いぞ、と習慣的感想を抱いてすぐ、はっとなる。
ここは俺とサラがあんなこんなで、くんずほぐれつしていた重機の中ではなかった。
深い妄想から呼び戻された俺は、視界に映るものを現実として受け入れた。
隣のエリッタに、ほんの近くではエリッタの爺ちゃんにサラ。あとボブのおっさん(背後に黒マッチョ付き)が何やら話し合っている。
どんちゃん騒ぎの闘技会場からの喧騒は相変わらずで、整備テントの片付け途中の状態も一緒。
「我ながら、時と場所を選ばない妄想世界の住人の潜在能力に驚きだな……」
「タクミくん、よだれが汚いのです」
そのような指摘がありましたので、服の袖で自然なゴシゴシ。
次に「ちゃんとお話聞いていましたか?」と問われたので、まったく鼓膜を震わせていなかった俺ではあるけれども、聞いていたさの顔を作る。
人として、エリッタのような純粋な少女に嘘は吐けないからな。だから、口は開かない。
んで以って、これ以上カッコ悪いタクミくんも見せられないわけで。
「――では、サラ嬢よろしく頼む」
「はい。必ず栄誉を持ち帰ることを誓います」
顔を向けた先では、がしりと力強い握手を交わすボブのおっさんとサラ。
中年マッチョと特攻服美少女の契ちぎりの光景に、好奇の眼差しを向けた俺であったが、これは好機でもある。
良いタイミング。
察するに、皆は本戦へ向けての今後の事を話し合っていて、それが終わった直後のようだ。
ボブのおっさんに習い、ここで何食わぬ顔をして握手を求めれば、俺は話に参加していたことを装える。
そうなれば、エリッタ顔が物語る「ほんとに聞いていたのだろうか?」の疑念を払拭できるうえ、場の流れも締まる。
つまりは、ウインウインだ。
俺はサラの方へ踏み出し、右腕を前へ。
「サラ。俺とのタッグマッチ、本戦よろ――――」
台詞すべてを述べることができなかった俺の、思うがままの言葉を叫ぶなら、柔らかい。
現在、俺の視界は、居心地の良い闇に覆われている。
だから、客観的視野を開眼させる。
俺の差し出す手に応えようとしたサラへ、つまずく俺は倒れ込んだ。
はむ、と顔面が彼女の弾力のある胸へ突っ込んだ。
説明、いや弁明させてくれ。
一つ。俺の前倒れは、仕組まれたものだった。
片付け途中のここなのだ。道具とか部品とか椅子にできる鉄の箱とか俺の足元に転がってても不思議ではないだろ。
一つ。誓って言う。俺の右手は握手を求めていた。
サラシを掴み取るつもりなんて毛頭なかった。
一つ。これはイメージだが、胸元のサラシブラがズリ落ちれば、ぷるんっと覆っていたものが飛び出したと思う。
つまり俺の顔はいわゆる直――言い換えれば生で触れていることになる。
しかし、だがしかしっ。
見てはいない。近距離過ぎて見られない。
「もがもが。サラ、これは事故――」
「きゃあああああっ」
サラの悲鳴とともに、俺は吹っ飛んだ。
頬から吹っ飛んだ。
ビンタと呼ぶ、張り手という名の掌底打撃を食らい地面へ叩き伏せられた。
「ぬごおお、痛烈だべええ。俺生きてるよな!? 痛いから生きてるよな!?」
「すまない。と、取り乱してすまない。事故だというのは理解している。事故でなければ、ブレッドで裁きの鉄槌を下している。でもタクミ。今の私は、私が平静などでいられようものかっ」
前全開だった上着を正し、胸元を腕で覆うサラ。
強く発せられた語尾を最後に長い金髪がぶわりと翻れば、俺が涙目で見上げるそこからサラの背中が遠のいてゆく。
人目を避けたいはずなのに、闘技会場の人混みに紛れた様子から、俺よりもかなりの動揺があったのだろうと見て取れた。
「我が門弟、タクミよ。タッグマッチはパートナーとの呼吸がインポータンスだ。
サラ嬢との信頼関係を損なうのはあまり感心できないな」
「門弟とか言うなら、先に俺のフォローしろよっ。おっさんも見てただろ。
わざとじゃねーんだよ、事故なんだよ、事故。ある意味俺、被害者」
お近づきになりたい女子から思いっきり、ひっぱたかれたんだぞ。
あんたの時と違って、精神的なもの込みで大ダメージだし、ショックで胸がギュウなんだよ、ギュウっ。
「タクミくんは何をそこで転んだまま、ぼうっとしているのでしょうか。早くサラさんを追い掛けるべきなのですよ」
「いや、エリッタ……あれだよ。こういう場合は、かえって追ってはダメな気がするタクミくんだよ。言ってもわかってもらえないだろうけれど、ギャルゲーとかだとこういう、いかにも追いかけなさい的フラグの先には、ロクな結果が待ってないもんなんだって」
「いいえ、絶対追っ掛けるべきなのです」
あっさり、断言されてしまう。
「ほっほっ。タクミくんの気遣いもわからなくないが、エリッタの言い分も正しいものじゃて。人と人の関係は時間が修復してくれるものじゃが、それは歳をとってからでいい。若い人にはそれに頼らなくてもよい、切り開けるエネルギーがあるじゃろうて」
「エリッタの爺ちゃんが言ってることはなんとなくわかるよ。当たって砕けろが信条の俺だし、待つより行動だけどさ……ほら、爺ちゃんも言ったように、やっぱりサラの気持ちを考えると……それに俺の気持ちも」
「エリッタは少しガッカリなのです。タクミくんのジュウキ闘技への覚悟はそんなものだったのでしょうか」
ウダウダやっていた俺に業を煮やしたのか、食い入るようにしてエリッタが言う。
やや強い口調のその口は、獣騎闘技の覚悟の言葉を持ち出してきていた。
「理由は聞けないままだったけれど、エリッタはタクミくんのジュウキに懸ける想いに、心底惚れ込んでいるのです。何ものをも顧みない、タクミくんの真っ直ぐな情熱に心打たれたのです。タクミくんの魂は、本物の獣騎士さんと遜色のない強いものだと、エリッタは信じて疑わないのです」
気持ちが込もるエリッタの激励……腰の重たい俺の尻を叩くそれに、俺の魂が揺すぶられる。
「そうだったな、エリッタ……」
俺は誓ったんだった。
俺が待望する――『どきパラ』をプレイするには、何がなんでも日本へ帰るしかない。
そのためには、重機で闘う獣騎闘技大会の覇者となり、『異世界旅行券』を手にするしかない。
タッグマッチとなる闘技大会には、相棒のサラが絶対に必要だ。
「わかったよ。俺はサラを追いかける。俺が目指す……いいや、俺とエリッタたち、そしてユンボ―とで目指すそこに、サラ=ブレッドもいてもらわなくちゃ困るからな」
よっと、起き上がれば、ぐ、と親指を立てた拳を見せつけた。
そうして俺は、迷わず頂上へ駆けるはずだった足を、とりあえず、少女を追いかける足に使うことにするのだった。
「サラどこに隠れようとも、俺はすぐに見つけてやんだからなっ。待ってろよ、どきパラ! 俺は絶対に諦めないっ」
異世界の空を染める夕焼け。
俺の中でたぎる熱い魂の色は、それよりも赤く燃え上がるのであった。
了
ありがとうございました。
楽しんで、そして鉄の息吹に熱くなって頂けましたら嬉しい限りです。