16 せっかくの異世界なので、タッグで闘いましょう
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すべての獣騎闘技が終わり、閉幕式らしきものは執り行われた。
しかしながら『祭り』が終わりを告げたわけでもなく、元闘技場だった場所はごった返す人々で埋まっていた。
中央のコンクリフィールドには壇上が設けられ、舞踊の舞台となっていた。
土フィールドにはあれよという間に屋台が並び、飲食を売る店が連なった。
伝わってくる陽気な音楽と華やいだ香りは、俺が日本で知るお祭りと変わりないものだ。
そんなこんなで、時刻は夕方と呼ぶにはまだ些か早い時間なので、昼間っからどんちゃん騒ぎが行われている獣騎闘技会場である。
俺はといえば、今は布を取り払いテントですらなくなった整備テントからの撤収作業に従事していた。
「会場の盛り上がりと見てると、闘技が前座でこっちが真打ちって感じがするよなあ。イベント後の打ち上げの方が盛大って、どゆことよ」
「獣騎士への感謝と供養の儀式じゃて、大いに賑うことが大切なのじゃよ」
エリッタの爺ちゃんにはそう言われたけど、俺がもし英霊さまだったら、うるさくて心休まらないけどな。
ま、俺はワイワイするイベント事はそこまで嫌いじゃないし、別にいいんだけどさ。
「お爺ちゃんに、タクミくん。口ではなくて手を動かすのです。早くここを片付けてしまわないと他の人の迷惑になるのですよ」
手に山盛りの荷物を抱え、せかせかなエリッタ。
整備士ドカタンも含め整備機材などを乗せる、車輪がつくデッカい箱『引き箱車』へ、荷物をポンポン投げ入れグイグイ押し込めば、すぐに駆けて次の荷物を取りに行く。
「ほっほっ。早く賑わいに加わりたくて、仕方がないようじゃて」
やれやれと、孫の元へと手伝いへ向かおうとする祖父。
さっさと片付けを終わらして遊びたいエリッタの邪魔をしたいわけじゃなかったが、俺はその萎れた尻尾に声を掛けた。
「あのさ。エリッタ爺ちゃん。お願いがあるんだけど……まず、王都に行く前に『機械山』へ寄れないかな」
機械山。そう俺達が呼ぶ場所では、建設機械、自動車などの機体や車両が山のようにして積まれている。
ほとんどが廃品同然のガラクタであるが、修理すれば息を吹き返す物で溢れていて、獣騎闘技の機体入手始まり、エンジンやら各種部品調達には欠かせない、この異世界に於いて唯一地球の現代機械が入手できる場所だ。
「タクミくんが何やら浮かぬ顔をしていると思っておったら……はてはて。話は何かのう」
曲がる腰を一度伸ばすエリッタの爺ちゃんに、俺は吐露してゆく。
今日の決勝戦。そこで感じて見つめ直した重機乗りの自分について――。
俺の操縦技術は、重機の乗り手の中じゃトップクラスだと自負している。
それは今も変わらない。でも重機乗りとしては凡庸な存在と思い知らされた。
あのアイアンペッカーのボブから、まだ経験のない本戦の”格”というものを味わわされた。
きっと今のままの俺では、目指すてっぺんへは届かない。
そう俺に危機感を抱かせる闘い、辛勝だった。
「特訓はする。けど、本戦の期日を考えたら俺の技術が飛躍的にのびるとは……悔しいけど思えない。だから、ユンボーを強化したいと思って」
俺は願い出る。
機械山の部品パーツがあれば、機体の大掛かりな仕様変更が可能になる。
ユンボーは更なる強い力を手にできるはず。
でもこれは、俺だけの力ではどうにもならない。
機体のバージョンアップは、エリッタ達整備士の協力があってこそ可能だ。
だから、俺の頭は下がる。
「お願いします。不甲斐ない俺に、ユンボーに、エリッタの爺ちゃん達の力を貸してくださいっ」
「ほっほっ。不甲斐ないとは、何を馬鹿なことを言うておるんじゃて。それにジュウキ乗りが必要とする力をジュウキが補うのは、至極正しい在りよう。儂らドカタンはその手助けをする。そこに儂は誇りを持っておるし、この形はごくごく日常のことじゃて」
そっと伸ばされる手が、優しく俺の肩に乗る。
「頭を上げなさい。タクミくんにこんなことをされたら、儂らが悲しくなってしまうの、ほっほっ」
「エリッタの爺ちゃん……」
顔を起こした先にあった老人、いや老獣人の優しそうに笑う顔に、どこか癒され胸が熱くなる。
「ご老体に頭を下げている行為。何をしでかしたか私には分からないが、タクミよ。若気の至りもほどほどにしたまえよ」
微笑む老獣人のものとは到底思えない、障る大声が後ろから混ざり込んできた。
振り返らなくてもわかる覚えのあるそれ。
シカトって選択肢は、エリッタからの「あ、アイアンペッカーのボブさんだ!」の歓迎により消失する。
あらまあ、片付けに夢中だったはずなのに、ほっぽり出して。
エリッタにマッチョ好き属性とか、必要ありませんからっ。
「毎回毎回、俺の幸せな一時を邪魔しに……、んでっ、唐突に何しに来たんだよ。ボブのおっさんは」
振り返れば案の定、腰に手を当てる白いタンクトップのデカい図体のマッチョが佇んでいた。
「ボブさんや、もしや、共闘闘技のことかの?」
「はっはっはっ、さすがは年の功ですな。ご老体、ビンゴですな」
俺を間に挟むのに、俺を他所にエリッタの爺ちゃんとボブマッチョが、示し合わせるかのようにウムウム頷き合う。
「エリッタの爺ちゃん?」
「急な変更だったので、タクミくんには言いそびれておったのじゃが、今年の本戦は共闘闘技になったようでな」
「共闘闘技?」
「タッグマッチのことだ。本戦は重機を二機、二人一組のチームで闘う」
あんたには聞いてないがっ――、
「なんだって!?」
「本来なら、この地区の優勝者であるタクミと準優勝者の私がタッグを組み、本戦へ出場する予定だった。しかし私は先程引退を表明した。もちろん私の引退を惜しむ声も多く、バックヘヤ―を引かれる思いではあったが――」
「ええ!? ボブさん引退なされたのですか。そうなのですか!?」
ぴょんと飛び跳ねて、エリッタが割って入る。
「うむ。残念だが、今後はアドバイザーとして獣騎闘技に関わることになった私だ。タクミとの試合で後進を育てる道こそが、これからの私の道だと悟ったのだよ」
ボブのおっさんがどんな道を進もうと知ったこっちゃないが――大会中のルールの変更とかもそうだけど、突如湧いたタッグマッチの話で、いろいろ穏やかじゃないぞ俺。
ボブマッチョとタッグを組まなくて済むのは、素晴らしく良いことだ。
だけどよお。
「もしかして、二人いないと俺も本戦で闘えないってこと? そうなの、いや普通に考えたらそうだよな!?」
「私に出場するつもりがないので、このままだとタクミは本戦へは出られない。そういうことになるな」
そういうことになるな……じゃねーんだよ。
「なに勝手に引退してんだ、こら! 一緒には組みたくはねーけど、嫌がらせか、俺に負けた腹いせか、こんのにゃろ」
「落ち着きたまえ、我が弟子タクミ」
「弟子ってなんだよっ。俺にはな、俺にはなにがなんでも、本戦に出場して優勝しなきゃいけない事情があんだよっ」
タンクトップに掴み掛かりガクガク揺さぶるが、びくともしない。
「それで、ボブさんや。ボブさんの話したいことには、あちらから歩いて来られる方が関係しておられるのかな」
エリッタの爺ちゃんに釣られるようにして会場側へ目を配れば、人混みから真っ直ぐこっちを目指してくる人影らに気づく。
俺にも覚えがある三つの影。
両端はどうでも良いお付きマッチョ。それで真ん中に、こちらは積極的に関わっても良い特攻服少女サラ。
掴むタンクトップを離し、手を挙げたらサラが微笑み返してくれた。
そうして、俺達が囲む輪に加われば、す、と立ち止まり、しゃん、と会釈をする。
金髪の美しい頭がお辞儀した相手は、ボブマッチョ。
エリッタといい、目の前のサラといい――なぜだ。なぜにこんなおっさんがモテる!?
「ボブ殿。お待たせして申し訳ありません」
「いやいや、急な申し出をしたのは私の方だ。サラ嬢が詫びることなどないではないか。はっはっはっ」
ボブのおっさんが豪快に笑い、お付きマッチョも笑い、さすがに腰へ手は当ててはいないが、サラはクスクスと笑う。
一体どこに面白みが隠れていたのやら、からっきしだ。
「タクミ」
綺麗な蒼い瞳が俺を射抜く。
じっと見つめていたところからの、不意の眼差しだった。
「私にボブ殿の代わりが務まるとは思えませんけれども、神キリシアの導きもあり再び闘技の機会を得たのです。精一杯闘わせて頂きます」
「えっと、サラが一生懸命、キリシアの為に頑張ります宣言だよな。つまり……どゆこと?」
「私が大会委員へ、サラ嬢を推薦したのだよ。後継者のタクミ以外に、私の代役が務まるのはサラ嬢くらいしかいないだろう」
「光栄です」
たましても、マッチョなおっさんへ頭こうべを垂れるサラ。
理解したことがある。
一つ、おっさんは俺が思う以上に偉い人のようだ。
一つ、女性陣がおっさんを気に掛けるは、おっさんが偉いからであって、好きとかの理由からではない。
俺は社交辞令って言葉を知っている。
そして、最後に一つ。
どうやら、本戦出場に欠かせなかった”タッグを組む”が、今この場で成立した。
しかもその相手が金髪美少女だってんだから、諸手を挙げて喜んでいいだろ。いいや、飛び跳ねていいだろっ。
「よっしゃああああ」
唐突の俺の奇行と叫びに皆が驚いていた様子だった。
けどまあ、周りの喧騒さに比べたら、大したことではないではないか。ひゃっほーい。