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14 鋼の息吹!②





 冗談抜きで、衝撃波なるものが起きたと思う。

 薄く赤い液体の中からは、俺達の中心から向こう側へ、風圧らしき波の土煙が八方へと広がり走るのが見えた。

 それで、結論から言えば、俺はボブマッチョのアイアンプレスハンマーになんとか耐えたってことになる。


 粘っこく視界が悪い操作室。

 固形化する『ジェル』が外へ流れでることはなかったものの、窓は破壊され、見える範囲のフレームがぐんにゃりとぼろぼろ。

 それでもレバーをガキ、ガキと動かすと、異音を鳴らしながらも上部機体は旋回しアームが反応する。


「はは……こんな状態なのに、すげーな……」


 覇気もなく、そう小さく声を漏らす俺は今、二つの想いに駆られていた。


 一つは圧倒的な敗北感。

 闘技不能のジャッジはくだされていないが、辛うじて赤目にならず、辛うじて負けていないだけ。


 一つは、その辛うじてを生み出していたものが、エリッタやエリッタの爺ちゃんのお陰によるものだと、身にしみて感じていたこと。


 こんな時になってようやく知ったんだ。

 俺は傲慢だった。

 俺は俺の力で、ボブと闘えていたと錯覚していた。

 俺は俺の力で、エリッタたちを支えているものだと勘違いしていた。


 エリッタ達の力がなければ、とっくに俺はアイアンペッカーに負けていたし、さっきの大技で既に負けていたはずなんだ……それは俺のほうがエリッタたちから支えられていたってことだ。


 今更だが、ボブマッチョが闘技中、何かとメカニックの言葉を口にしていたその意味が本当の意味で理解できた。

 獣騎闘技は重機乗り同士の優劣だけで競われるものじゃない。

 闘技の仲間、チームで闘うものなんだ。


『はっはっはっ。まさか耐え凌がれるとは思ってもみなかったよ。しかしこれは、私のアイアンプレスハンマーにもまだまだ先の可能性が残されていると感じた、良い経験となった』


 傍から俺の心境をまったく考慮しない笑い。

 操縦室の透明度を落とし、すっかり見通しが悪くなった機体の中。そこから睨む先では、見事な着地を見せたアイアンペッカーがずん、と佇んでいる。


 逃げなくては――と心の片隅では思った。

 しかし、俺の心の大半は敗北し懺悔の気持ちでいっぱいなのだ。それどころではない――そこへ。


 ガガガッ。


 俺を追い詰める音が鳴った。

 どっと湧く観客と会場。

 俺のバケットでは全く歯が立たなかった硬いコンクリフィールドも、ピッカーの一撃で軽く穴を穿たれる。

 ピックの芯棒が深く突き立てられれば、ピキピキと軋む音を鳴らしながら浮かび上がるアイアンペッカー。

 履帯の接地面をなくす足は反るようにして後ろ、そして、大空へとその足裏を向ける。


 重機の逆さ直立――。


 一撃圧殺の強力な攻撃が、もう一度俺とユンボーへ迫ろうとしている。


「ゆびきりしたのにな……エリッタ、ごめん……」


 折角エリッタたちのお陰で俺、いやユンボーは戦えていたけれど、次はもう耐えられない。調子に乗ってた俺のせいで……負けてしまった。


 ボブマッチョへ負ける悔しさなんてどうでもいい。

 俺自身がエリッタたちの想いを踏みにじってしまうことに悔しさを覚えた。


『あーあー。エリッタからの贈り物の時間なのですよ』


 突如、エリッタの声がする。

 はっ、となる俺ははっきり見えもしない観客席へ視線を投げた後、すぐに操縦室の上部端へとその視線を移した。


『これをタクミくんが聞いているということは、きっとエリッタがいない時にエリッタの名前を呼んだ時なのです』


「全然……気づかなかった。こんなところに手紙貝が吊り下がっていたなんて……」


『たぶん、タクミくんがエリッタの名前を呼ぶ時は、エリッタのもふもふ~もふもふ~と勝利を目前に調子に乗っている場合が考えられます』


 巻き貝の口から流れる声は俺の心を大きく揺さぶる。

 それは内容とかではなく、エリッタの声そのものが聞けたこと。ただただそれだけで、


『でもこの場合のタクミくんなら問題ないので、そのままもふもふ言って調子に乗ってください。逆にそのこと以外で、エリッタの名前を呼んだ場合は問題なのです』


「はは……俺は今、不意だったけどエリッタの声が聞けて嬉しくて、全然問題とは思ってない――」


『タクミくんの強さは調子に乗る、なのですよ。それができていない場合はほんとうに大問題なのです』


 正直、エリッタの言葉の意味がよく分からなかった。

 俺が調子に乗ったせいでこんな負け方になってしまったのに、その想いが過るだけで、わからなかった――、


『タクミくんがユンボーくんに乗るなら、調子に乗って乗って欲しいのです。エリッタもエリッタのお爺ちゃんも、そしてユンボーくんも、そんなタクミくんを信じてジュウキで闘っています。だから調子に乗らないタクミくんは信じられないタクミくんになるのです。そんなのエリッタの信じるタクミくんではないのです』


「でもさ」


『タクミくんのシンジョウは当たって砕けろなのです。ガンバなのですよ、タクミくん』


 観客たちの声援を遠くに、静まる手紙貝からの音声。


「はは……どうしようもねーよ」


 言葉にしてしまえば、抑えていた感情が一気に膨れ上がる。


「あははっ、どうしようもなく、闘志が湧いて仕方がねえよ!」


 ありがと、エリッタ。

 エリッタの声が、言葉が、俺の中にあった何かを弾けさせてくれた。

 そしてそれに応えようと決めたのなら、目の前の敵をぶっ倒したい気持ちで溢れかえった。

 いつから手放していたのか。

 操縦レバーを強く握り締め直した俺は、思い出したかのようにして、操縦室のマイクを奪い取る。


『おい! ボブマッチョっ、ちょっと待て。一言俺に言わせろ!』


 重機同士が上下で向き合う奇怪な光景中、見上げ睨む側の俺が叫ぶ。


『ユーはタイミングが悪いな。今まさに、アイアンプレスハンマーを繰り出そうとしていたところでの物言いだ。しかし私は、見下ろすユーの瞳に強い光を見た。ここでのその目。非常にエキサイティングだ』


『正直俺は、すでに負けを認めていた。けどそれはさっきまでの俺が、だ。今はぎりぎりであんたに勝利する道を見つけた。敗北を感じたまま闘技に挑んだ詫びに、それを敗者になるあんたに伝えたくてな。あと、タイミングが悪かったんなら嬉しいぜ』


『はっはっはっ。この状況でその胆力、面白い!』


 ここからでも分かる、大きな笑い声とともに大きく見開かれたボブの目。

 どうやら、遠慮なくアイアンプレスハンマーを叩き込む気、満々のようだ。


 俺の目を覆う機体からの重圧感。

 この耐え難い圧迫される気持ちと、奇想天外かつ派手な攻撃に面食らって、見落としていた。

 勝機は逃げ出すことではなく、立ち向かうことで生まれる。


 突破口は、ボブ=アイアンペッカーのアーム可動部だ。


 相当な重量を支える腕には、かなりの負荷が働いていると考えていい。

 そこで思い浮かぶのは、”膝カックン”理論。


 ボーと突っ立ている相手に背後から迫り、膝裏を押してカックンと折らせるあの『膝カックン』は、重心が乗る足や体重が重い奴の膝になればなるほどに勢いよく折れる(カックンする)


 俺はその膝を、相手アームの肘にあたる部分へと見立てた。


 更にはそのアームが回転機構を備えるなら、それは通常より複雑な仕組みになっているということ。

 大概、物ってのはシンプルな構造ほど強度があるってもんだ。

 つまり逆はもろい。

 付け入る箇所として、十分な条件だ。


「ユンボーにはサラ=ブレッドのエクステを叩き折った実績がある。エリッタ達の想いを乗せるお前ならきっと大丈夫だ」


 あの時と違いユンボーはボロボロだけど、俺の思い切りとエリッタたちが整備してくれたこいつなら、必ずやれる!


 ギ、と確たる意思の瞳を上方へ向ける。


『アイアンペッカーのボブっ。俺が、いいや俺達の獣騎が、キサマに吠え面をかかせてやるぜ』


『その強がりの先に、一体何があるのか。私に見せられるものなら見せて欲しいものだなっ』


 覆い被ぶさるような上方の重機。本体を支えるその部分を、こっちの攻撃で打ち抜けたら俺の勝ち。そうでなければ、俺がアイアンプレスハンマーの餌食になるだけだ――。


 操作レバーを叩き込む。

 ガキーン、と目一杯伸ばすアーム、そして腕先のバケット。

 打撃部分のバケットが、相手の突っ立つアームに届いたことを感謝して、丸ボッチを力強く引くっ。


「ユンボーっ、魂を最大燃焼でイクぜ!! 一撃いいい必倒おおおお――」


『さあっ、真のフィナーレだっ。アイアーン、プレスハンマッ』


360度爆加速ブーステッド・フルター旋回水平手刀打ン・フィニッシュブロウだおらああっ」


 アイアンペッカーのアーム関節部からスタートした俺の手刀バケット

 加速しながら綺麗な弧を描き、狙い定めたそこへと再び迫るっ。



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