12 アイアンペッカー②
闘技場、土フィールドの一角。
バシャっ、バシャっ、と俺が土砂を投げつけ、ボブマッチョがキャタを鳴らしまくる土壌は土煙が舞に舞う。
『対応幅のあるバケットならではの土砂を投げる攻撃。一見すれば、鉄の重機に対し無意味のように思えるそれも、タクミには真の狙いがある。そうではないかね?』
断りもなく、また話しかけてくるちょいと先で走行するアイアンペッカーは、上部機体の方向は俺を定めたまま、隙をうかがうようにして周囲を高速で回るウザったい軌道を描く。
『したたか。そう、ユーは土砂を使う攻撃の裏で、溝を掘っている。それは私からの攻撃を一定方向へ絞るためだ』
『だから、いちいち拡声器まで使って、解説すんなっ』
図星だったからか。つい反応しちまったぜ、こんにゃろめ。
俺は砂かけ重機を装いつつ、自機が据わる側面辺りへ穴を掘っていた。
相手の機体は、機動力がかなり高い。
しかし、速さがあればあるほど、”段差”は堪える。
機体全部が落ちるような穴は掘れなくても、障害になる溝さえ作れれば、その面からの攻撃の可能性がぐっと低くなる。
つまり俺は、こうやって周囲に掘りを作ることで攻撃される範囲を狭めていこうと――ボブマッチョの言う通りだわな。
『いいだろ、タクミ。私はユーの誘いに乗ろうではないか』
響き渡るボブマッチョの声とともに、ズシャー、と機体をスライドさせながらアイアンペッカーが急停止。
ぐりぐり、と下部機械が回れば、そこに構える鉄板が俺の方を向く。
排土板――地面から板の底を上げていることから、”土”を押すつもりではないことは一目瞭然だった。
「ちょい待て。まだ溝が完成して」
『タクミ。アイアンペッカーのブーストは強烈だ。心しておくといい』
「ぐお!?」
突っ込んで来やがった。
真正面から真っ直ぐに、すごい勢いで加速してくるっ。
猛牛だ。猛牛のごとき突進。
俺は衝撃に備え、下部機体の正面を前へ持ってくる。
「――っぐ、つはっ」
咄嗟にアームを伸ばして、マタドールのように華麗にいなそうとしたが、バケットは弾かれアームも上方へ押しやられてしまう。
排土板アタックとでも呼べばいいのか。
正面からの衝撃に後退した機体は、力負けした証のようにしてぐりんと向きを変え、俺の視界を相手の機体から遠ざけていた。
そうして、すぐさま襲ってくるアーム。
視界にはっきりとした軌道は把握していないが、勘と経験を頼りに、こっちのアームで受け止める。
ガキン、と鉄の腕同士がぶつかり合う、がしかし。
ガガガッと嫌な揺れが操縦席にまで走った。
「野郎っ。ひねって、突きやがった!」
アームに仕込む回転機構の性能を、相手から発揮されてしまった瞬間だった。
通常、重機のアームの可動部――人でいうところの手首、肘、肩にあたる部分は、二方向の動きしかできない。
それを回転できる仕様にすることで、”ひねり”が可能となる。
つまりその利点としては、二方向の駆動だったなら届かないはずの攻撃も届いてしまうということだ。
『回転機構は操作がディフィカルト。しかしそのアタックは相手にしても回避が難しい。死角からなら尚更だろう』
上部機体を旋回すると、ドン、と更に機体をぶつけてくるボブマッチョと対面する。
抵抗しようと、グイ、グイと前進ペダルを踏むも、挙動がおかしい。
「この野郎っ。”足”を、ユンボーの左履帯を打ち抜きやがったなっ」
挙動具合で察しはつく。
おまけに、バッバッと外へ注意を払えば、決定的な物が転がっていた。
切れて横たわる鉄の帯。
『さあ、片足をロストしたユーはどうする。はっはっはっ。私はこのチャンスを逃すような二流のファイターではないぞ』
宣言通り、俺=ユンボーはエグいことを仕掛けられる。
ボブマッチョが排土板で、機体の残る履帯の側面を押す。
ずりずり無理やり動かさせられる機体は、進行方向に破損した足を置くので、それが抵抗となって地中へ潜り込み、機械を傾かせる要因になる。
つまるところ、このままだと前のめりでバタンと倒される。
だから、そうならないために、破損する足の前の地面にバケットをつき傾きを支えるようにして、押され続けている今もなお、必死に耐えている。
ただしこれ――。
『機体の転倒を避けるためとはいえ、それでいいのかい。こちらからだとバックがガラ空きだぞ』
「言われなくても、分かってんだよっんなこたあ!」
後ろからボブマッチョが背中を押す。
前に倒れようとする俺は、正面に手をつき支える。
例えるならこんな状況なのに、支える手え外せるかってんだ。外したら最後、コケて終わりなんだよっ。
ガリガリリリリ――、俺=ユンボーを遠慮なく推し進めていくボブ=アイアンペッカー。
集中線が入るようにして、周りの景色がビュンビュン過ぎ去ってゆく中、相手は容赦なく”遊ぶ腕”を使ってくる。
「くらああっ、卑怯だぞ」
ガガガッ、ガガガッ。
振り向けない後ろのボディを突かれる、穿たれる。
機体の装甲板に、穴が開けられまくってる。
中のエンジンや駆動部は、かなり堅く守られているはずだから、穴を開けられた感触よりだいぶ無事だろうと思われる。だが、だからといって損傷がないわけではない。
「おいおいおい、いい加減やめろやめろっ、煙出てるぞっ」
後方確認のミラーを確認したら、そんなんだった。
それで、俺の嘆きが通じたのか、土をかき分け押されまくっていた機体の前進がピタリと停まった。
『”ここまで”耐えるとは、タクミのベイビーは、良きメカニックと出会えたようだ』
含みのある物言いは、”ここ”にイヤーな気配を漂わせる。
いつの間にか、こんなところまで押されたかと思う場所は、闘技場中央のコンクリフィールド。
相も変わらずな劣勢状態に、地面だけは土色から白色のそれへと変化していた。
キュラキュラと相手が俺から離れる。
押し倒すのを諦めたかと思えるその行動に、俺はほっと胸を撫で下ろすようなことはしない。
逆だ。ピリピリと緊張の糸を張りまくる。
『タクミ、気づいているか』
『……気づきたくはないが、さっきのドサクサで履帯が外れてる』
片側は穿たれて切れ、残ったほうも押し連れられて来る途中で外れた。
言うなれば、今、俺の重機は両足をもがれた状態。
履帯のベルトがなければ地面を蹴る足がないのと同じで、いくら下部機体を操作しても自走不可能だ。
『では、タクミへ問おう。両足の機動性能を失い身動きが取れないユーには、ギブアップの選択肢がある。さあ、セレクトしなさい』
「ギブアップとか……、んなもん、できるわけねーだろうがっ」
俺が敗北となってしまう結果。ついでに異様な盛り上がりをみせる観客たちからはきっと超絶ブーイングの嵐が待つだろう結果。
選べない選択肢に憤りを感じつつ、俺はマイクを取る。
『言わなかったか。俺が目指すのは本戦のてっぺんだ。ギブアップなんてくだらねえオプションは、俺の重機には搭載してねーんだよっ』
『いい決断だ』
俺の強がりに、ニヤリとした顔でそう応えたアイアンペッカーのボブ。
完全不利の状況下での立ち合い。
決勝闘技の最終局面のが開始された――。