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ぬりかべかあさん 2

「ありゃりゃ、まずいですな」

 もちろんまずいに決まっている。警察が動き出したのだ。ぼくは、捕まったら分解調査されるし、イゾルデも亀執事もあの慌てっぷりだとよほどひどい事態になるのだろう……。

 反射的にとりあえず逃げることを考えたが、まえは壁で後は警察だ。とりあえず横を考える。


「右よ!」

「左だ!」


 ぼくとイゾルデは、ほぼ一緒に叫んだが、壁の両側から同時にサイレン音が聞こえてきた。三面楚歌の、残りは壁だ。行きづまり感がハンパない。

 ぼくと彼女は、目を合わせた。彼女も眉間にしわが寄っている。

 亀執事は、しきりに壁を調べているが、解決法は見出せないようだった。もみあげのあたりに汗が垂れているのは、たぶんアブラ汗だ……。


 最初に動き出した後ろ側のパトカーが、あと十メートルまで近づいてきた。

「身元不明人、および金髪のイゾルデ、他一名、……」

「私は『ほか一名』ですかな……」

「おとなしく投降しなさい。」

 不服そうな亀執事のコメントを無視して、拡声器はがなりたてる。


 パトカー、未来のパトカー、馬、馬車、人力車までが集まってきて、そのあいだから、警官、保安官、カウボーイ、私服の探偵、ロボットの刑事、御用提灯をぶらさげて十手を持った岡っ引きまで降りてきたのは、この世の景色とは思えなかった。


「なんで警察が……」

「さっきの警官が連絡したんでしょう。この街では、コスプレなし、身元不明は重罪です。下手するとその場で処刑されますな」

「意識が戻ったばかりで死にたくないよ……」

「そりゃそうでしょう。なので、警官に捕まるまえに、管理機構に登録してもらえば良いんですな」

「登録は簡単なの?」

「登録ゲートをくぐれば、自動的に仮登録されますな。所要時間はコンマ・ゼロ一秒」

「それで助かるわけ?」

「コスプレ登録された人間は管理機構の支配下におかれるので、警察はとりあえず手出しできなくなります」

 なんだか分からないが、要するにこの世界はコスプレを中心に回っているということらしい。


「にしても、警官たちは、中世風に統一しないの?」

「警官キャラは多いので、どこでもこんな感じですな……」


 とか、まだゆとりがあって、どうでもいいことを話していたぼくと亀執事のあいだに、石つぶてや吹き矢が飛んできた。


「きゃぁ、きゃぁっ、きゃぁぁぁぁぁーっ!」


 イゾルデの髪の毛に吹き矢があたり、そのまま壁に突き刺さる。

 そしてつぎつぎと投げ縄や寛永通宝が飛んできた。


 壁に串刺しになった自分の髪を引きちぎりながらイゾルデが、「なんとかしなさいよ」と叫ぶ。……もちろん、なんともしようもない。


「どこか開かないのっ?」彼女は取り乱して壁をめちゃくちゃに叩き始める。

 壁は分厚いらしく、ほとんど音もしなかった。

 しまいには火矢がこちらに向かってきた。

 ゆっくりとこちらに迫ってくる何本かの火矢。

 ぼくたちは悲鳴をあげ、迫ってくる火矢に目をつぶった。


 急にまわりの音が聞こえなくなった。急に静寂があたりをおおい、ぼくは、今まで悪夢を見ていて、それが終わったのかと一瞬思ってしまったほどだ。

 こわごわ薄目をあけると、もちろんそれほど甘くはなかった。このコスプレワールドは現実だった。イゾルデの服のいちぶは火がついて燃えていて、亀執事は絡みついたロープを外している。


 なにが起きたのか?


 目の前の街が消え、そこに壁が現れていた。

 後をふりむくとそこには以前の壁がある。まえを見ると新しい壁がある。

 僕が目を閉じたしゅんかんに新しい壁が発生し、それが飛んでくる火矢から僕たちを守ってくれたのだ……。

 まえも壁、うしろにあたらしい壁、あたらしい壁は湾曲して両端が最初の壁に入り込んでいる。

 つまりぼくたちの前後左右は、すべて壁……。

 三人は壁に囲まれていた……。


 ・


 遠くから警察たちのさわぐ声が聞こえてくる。

 疲労とショックで、ぼくとイゾルデは、この壁にかこまれ五メートル四方くらいの空間に座り込んでいた。


 亀執事は体のあちこちからセンサーを出して、壁の正体を探ったり、ぼくにくれたのと同じデバイスで、あれこれ調べたりしていた。

 イゾルデはかなりショック症状のようだったが、原因はパーティーに間に合わないことだというので、フォローしないでスルーしておいた。

 それにぼくはメンタル的に疲れきっていた……。


 そのうち、亀執事もどっかりと座りこむ。

 あぐらをかいて、目を閉じ、フーっとかスーっとか、深呼吸を始めた。


「大丈夫か?」と聞くと、静かにして落ち着きなされ、という。

「ぬりかべが出たら、腰をおろして落ちつくと消える、と言われてますぞ」

 なかなか道徳的な妖怪である。


 イゾルデはブツブツいい続けていたが、僕と亀執事は、しばらくのあいだ、目を閉じてフーハー、を、続けてみた。


 ・


 もちろん、はかばかしい結果は出ない。

 壁は消えない。


「どうもわかりませんな……、このコスプレイヤーは自分の意志でこんなことをやっているようです」


「ぼくたちを閉じ込めてなんの得があるんだろう?」


 ……そのとき突然、イゾルデがいった。

「このぬりかべ、あなたのお母さんなんじゃないの?」


 一瞬の間ののち、周りの壁が揺れはじめた。

「きっとそうよ、そして、あなたがマズラに会うことを心配しているんだわ」

 彼女は、頭がいいモードとおバカさんモードの切り替わりが激しいのだが、この時は頭がいいを通りこして、天才モードだった。


「たぶんあなたが、不義の子とか私生児とか、そんなので……。うん、あなたそんな感じよ!」

 ……どんな感じだ?

「だから壁をつくって、あなたをこの中に入れなかったのよ、あなたが誰なのか、管理機構に知られるとまずいから……」

「ところが、計算外で、身分登録のないぼくに気づいて、警官たちが来てしまった」

「だから、今度は警官の攻撃からあなたを守ろうとした……」

「結果がこの壁に取り囲まれた空間ってことか……」

 空の上からヘリコプターの音が響いてきた。


「確かめましょう」 亀執事が早口でいった。

「コスプレしているのがあなたのご母堂だとすると……」

「ごぼどー?」

「『お母さん』のことよ、バカ」

「……母君だとすると、なんとかなるかもしれないですぞ」

「どうやって確かめる?」


 亀執事はぼくの耳元にくちばしをよせた。

「なにふたりで内緒話してるのよ、私を仲間はずれにするつもりなの」 

 イゾルデが少し悔しそうにつぶやいた。亀執事は手をふって彼女を制し、僕に小声でいった。


「突然、大声で彼女を呼んでみてください」

「え?」

「そもそも名乗らないところから考えると、母君は自分の正体を知られたくない事情があるようです。思いがけない動揺をあたえれば、何か反応があるやもしれません……」

「ぼくが叫ぶと効き目があるの?」

「母親というものは、自分の子どもの声には弱いものですぞ」



 自分の記憶がないのに、母親といわれても、正直よく分からなかったが、この閉じ込められた感じ、……安心感と諦めのないまぜになった不思議な感じは、感覚的に覚えがあった。

 たしかにぼくは、むかし、このような空間に置かれていたことがあるし、その感覚は自分の一部になっていた……。

 イゾルデと亀執事がいっていることは本当なのかもしれない。


「なんて呼べばいい?」

「それは、なんでしょうな。あなた方が、どのエリアにいたのかも分からないし、そんなこと知ったこっちゃないんですが、……お母さん、でも、ムッターでも、あなたの中から自然にでてくる呼びかたが、正しいはずですな」

「ぼくの中から、……自然に……」

「考えないで、勝手に出てくる呼びかたで、呼んでみてくだされ」

「考えないで、……勝手に出てくる」

「胸の中から出てくる言葉を、そのまま……」

 ぼくは息を吸い込んで、何も考えずに、叫んだ。


「母ちゃんっ! ここから出してっ!」


 ぐわんっ、と、壁が揺れた。


 イゾルデは、振動に足をとられ、きゃっ、と叫んで尻もちをついた。

 亀執事は飛び上がって両手を打ち合わせた。

「ビンゴです、この反応!」

 まわりの壁が、すべて小刻みにふるえ続けている。


「壁のやつ、脂汗をかいていますぞ、揺れたところでぶつかっていけば、コスプレが外れるかもしれませんな、さぁ、もう一息、……どうしました? もっと叫んでくだされ」


 ぼくは、同じように、母ちゃん、母ちゃん、出して出して、と、叫んでみたが、自分でも最初のみたいな真実味がないのがわかったし、壁のふるえも急速に収まっていきつつあった。


「繰り返してもダメなのよ」

 イゾルデが背後からいった。

「お母さんのほうも、自分を心理的にガードしているわ。あなたを守っているつもりだから、必死なのよ。これを崩さないと……」

 ぼくはどうすればいいか分からなかった。


「これは、作戦だからね……」


 すこし赤くなったイゾルデは、胸元を両手で広げて豊かに盛り上がったバストのあいだの谷間を見せつけながら、すっとぼくの前に立った。

 次に、スカートをたくし上げ、ぼくの手をその中に持っていき、ガーターで護られた温かい太ももで挟みこんだ。

 そのまま片手でぼくの頭を抱えるようにして、唇を重ねてきた。


「あっ、あーん、あなたは私のものぉー」

 彼女が演技っぽく嬌声をあげるのと、壁が爆発したようにゆらぎ、真っ赤に発光して稲光がはしるのと同時だった。


「今よっ!」

「突っ込みますぞっ!」

 イゾルデと亀執事は、管理機構側の壁に体当たりを食らわせた。

 どこかで女の人の叫び声が聞こえて、壁が消えた!

 二人は転がるように消えた壁の向こうのエントランスに飛び込んでいく。

 上気してぼうっとしているぼくは遅れてしまったが、慌ててついて行こうとした。


 壁が消えたあたりに、赤いものが落ちていた。


 気になって拾うと、ハンカチに包んだお弁当だった。

 ……はっきりと覚えがあった。これは、かあさんが作ってくれたものだ……。


 やはり、ぬりかべはかあさんだったのだ……。


 ぼくはお弁当をつまんだまま、二人のあとを追った……。

 


 ・


 背後から、警官たちの飛び道具が雨あられと降り注いだが、エントランスの強化ガラスドアが閉まってそれを防いだ。

 投げ縄がぶつかって止まり、弾があたって炸裂する。

 さらに、飛び込んだ警官たちがガラスにぶつかって倒れ、折り重なっていく。

 しかし、誰もエントランスの中へは入ってこない。

 ぼくたちは助かったのだ、……とりあえず。


「警察たちが……」

「機構の中は治外法権です。警察よりコスプレの管理の方が大事なのですな、さぁ、早く行きますぞ」

 亀執事がぼくの手をひっぱる。

「あれは作戦だからね、母親って、息子の恋愛には動揺するの! 私はパーティーのほうに行きたかったの! 勘違いしないで!」

 真っ赤になったイゾルデが、言い捨てて走り出す。

 もちろん、ぼくもすぐに追った。

 もうすぐぼくは認証されるのだ、それからあのキス、イゾルデもまんざらではないのでは、……と、この時は呑気なことを思っていたのだ……。

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