スーパーエスパー 2
揺れがだいぶ小さくなってきた。そのとたん、金属質の叫び声がこだました。
「きゃー」とかいう声があちこちから聞こえ……
「巨大ロボットだぁーっ!」
あちこちで叫び声がきこえ、町中の人たちが、とおくにある城を指差している。
基本的に中世風の人たちが、巨大ロボットという言葉を発するのはヘンな感じだったが、それより、城の壁に取り付いているモノのほうが問題だった。
三十メートルくらいだろうか? 城と同じくらいのサイズの、蜘蛛のような形のロボットだった。夕日の逆光のなかで、空にあいたひび割れのようだった。
黒っぽい体のあちこちのスリットから、オレンジや青い光があふれ出し、まるで爆発寸前のように見えた。
「来たか、宿命のブラック団最終兵器、ブラックゴースト号……」
エスパーは拳を握りしめ、何か言っていた。
だいじなセリフっぽいのだが、まわりの人の阿鼻叫喚でイマイチ何を言っているのか分からない。
だいじなことらしいので、聞いてあげたい気もしたが、実際に地面は揺れ、こわれた城の破片が降りそそいでいる状況で、人々に静かになれというのは無理というものだろう……。
「父さん、かぁさんの……、妹の……」
家族を持ちだしてきた。体が震えている、熱いセリフっぽい。何をいっているのか分からなかったが、胸を打った。同時に学芸会っぽい感じもしたのだが……。
「スー、パー、……」
エスパーが叫んだ。見ると、左手を突きだして、右手を引っこめ、ポーズをつけている。
「エッスパー!」
古い特撮みたいな謎の掛け声(奇声)を発して、彼は空中にジャンプした。
……なんで自分の名前を叫ぶんだ? と、思った瞬間に、彼の背中のロケットが火を吹いた。
彼自体がロケットのように、雲型ロボットに向かって飛んでいく。
「飛んだ〜っ!」
ぼくは叫んでいた。
記憶をうしなった状態で突然目覚めた、コププレの街。街の全員がコスプレで、さらに身長がありえないコスプレイヤーもいる、奇妙な世界……。それでもぼくは、コスプレで飛べるなんて思っていなかった。
そんなことできるなら、コスプレじゃないんじゃないか、……。もう、『本物』なんじゃないか……。
この世界の『コスチューム』は、どんだけ高機能なんだ?
流星のようにジェットの尾を残して、スーパーエスパーは、『ブラックゴースト号』に向けて飛んでいく。
いつの間にか町の人たちは逃げるのをやめていて、『エッスパー、エッスパー』とエールを送っている。
「下がらないと危ないですぞ」
空中のエスパーが腰の光線銃をとり、ブラックゴースト号に突っ込みながら撃ちはじめたところで、亀執事がぼくの袖を引っぱる。でも、エスパーが、……と、ぼく。少なくとも、彼はある意味、本気だったように見えた。
「最終回ですからな……」
「早く行こうよ、関心ない。彼、上達しないし……」
ぼくの頭は、いつの間にか近くに来ていたイゾルデと執事の会話についていけなかった。
「これが『イベント』という行事ですぞ、レジー様……」
レジー? レジーって誰だ? そういやぼくだった……。
うえの城では、エスパーとロボットの戦いが続いている。
エスパーの光線銃攻撃は、ブラックゴースト号の体に穴をあけたが、さっぱり致命傷にはいたらなかった。
足のながいクモの形をしたそのからだには、無数の黒いレンズが付いていた。なんとなく眼だと思っていたのだが、違って、レーザー発射口だったようだ。
ゴースト号がからだをゆすると、無数の発射口から、四方八方にパルスレーザーが撃ちだされる。
エスパーはS字に曲がって飛んでレーザーを避けながら、さらにゴースト号に近づいていく……。
ゴースト号の体は、エスパーの攻撃のせいか、パルスレーザー発射の過負担のせいか、さらにエネルギーの漏れがひどくなり、煙も吹きだしてきていて、今にも爆発しそうだ……。
「イベントというのは、コスプレ人生の生理なの……」
「あちゃぁ、……姫、そんな説明では、彼にはさっぱりわかりませんぞ」
「じゃぁ、爺がしといて……、私は先に行ってる」
「観ないで行くんですかな?」
「四回目だもの……」
城が崩れて、ブラックゴースト号とエスパーが絡み合いながら下に落ちた。地面が揺れる。
小爆発が何度か起きて、火が噴き出して火事になった……。
炎の中からブラックゴースト号が起き上がり、その頭の上にスーパーエスパーが立ち上がって、スリットの隙間に光線銃をむけた。
「仕方ないですな、イベントというのは……」
以下、ブラックゴースト号とエスパーが戦っているあいだに亀執事がしてくれた説明だ……。
コスプレイヤーは、格好をキャラに合わせるだけではない。
キャラが生きたストーリーの中のイベントを、実演しなければならないのだという。
イベントの発生タイミング自体は、『コスプレ管理機構マズラ』が管理している。
たとえば宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘イベントは、それぞれの人生のその時期にかならずおこなわれ、基本的には武蔵が勝つ(たまに変わることもある)。
彼らのコスプレをしている本人たちがやるのはもちろんだが、周りのキャラもイベント通りの動き(演技)をしなければならない。
……ということだった。つまり、世界中がごっこ遊びを本気でやっているということである。
エスパーは、亀執事の説明の間じゅう、ゴースト号に光線銃を撃ち続けていたが、ついに身じろぎしたロボットに振りとばされてしまった。
エスパーは、ぼくたちの横、二十メートルくらいのところに落ちてきた。
そのあたりにいた見物人が、散らばるように逃げた。
地面に転がった彼は、ヘルメットも半壊していたし、ボロボロの服もあちこち燃えている……。
ぼくは思わず助けよろうとしたが、爺に止められた。
「待ちなされ、……ここは、誰も助けないシーンですぞ」
「だって、ほら、燃えている……」
「対炎シートをつけているから大丈夫です」
「でも怪我していたら……」
「もしそうでも、マズラがコントロールしてるから大丈夫……、それより、最後のイベントの始まりですな……」
エネルギーと煙を放出し続けているゴースト号に向かって、エスパーは立ち上がった。
気がつくと、危機感をあおるクライマックスな音楽が、どこからともなく流れている。
BGMまで付いているらしい。
紅蓮の炎のなかに立ち上がる昭和初期のヒーロー。
横からのライトが、彼のシルエットをカッコよく際だたせてさえいる……。
「世界を守るために僕は戦ってきた……」
エスパーは目を閉じて、内省的な(棒読みチックだが……)セリフ、……状況的にそんな時間はないと思うのだが……。
「ゴースト号に、光線銃は効かない……、装甲が固い。……ならば、そうだ、内側から撃てばいいんだ」
エスパーは腰をさげ、背中のジェットを噴出させた。
「エスパー」
「行かないで」
彼はすぐには飛び立たなかった。周りのギャラリーが口々に彼を止めるが、かなり棒だったし、だいたい中世風でかなり変だった。
「さらば、皆さん、僕を忘れずに、平和に生きてください!」
BGMは、耳をつんざく大音量になり、明るいマーチ風のものに変わっていた。
エスパーは、背中のジェットを最大出力で噴出させ……、
ゴースト号のスリットのひときわ大きく開いている部分に突っ込んでいった。
エネルギーの中にエスパーが消えていくと、音楽が止まり、静寂。
ゴースト号も静止した。
いっしゅんの間ののちに、大爆発、そして世界がホワイトアウトした……。
……
逃げる人々の悲鳴、足音。
くぐもった亀執事のうなり声。
ふたたびぼくは、地面に飛ばされていた。
意識が戻ってきて、うす目を開けると、目のまえに黒い炭の燃えかすのような人体が転がっていた。思わず目を背けかけたが、それがエスパーの成れの果てだと気づいて、這いずりながら近づいた……。
「おい、エスパー、エスパー……」
あちこちの火をたたいて消して、少しゆすると、うっすらと目を開けた。
「お、レジー? 良かった、前は誰も助けに来てくれなかったので、イベントがハンパだったんだ。今回は最後まで、……できた、……ありがとう、レジー」
彼はOKのハンドサインをした。
目がゆっくりと閉じられていく……。
「死ぬな、エスパー!」
答えがない。
「芝居なんだろ、死ぬなーっ!」
彼は呼吸していなかった。胸に手をやると、心臓も動いていなかった。
彼は、死んだのだ。
「死んだともいえ、死んでないとも言えますな」
冷たくなっていく彼のむくろをゆっくりと地面に下ろしていると、後から亀執事が近づいてきて言った。
「コスプレイヤーは、イベントで死ぬと、マズラは一時的に生命活動を停止させます」
「心臓が動いてないよ、どう見たって死んでるけど……」
「われら全人類は、脳にチップが埋め込まれていて、おなじ仮装世界を生きているのですな。さっきのネズミも、身長が小さかったのは、われらの感覚をマズラが補正しているからです。実際は普通の人間サイズですな」
「仮装世界……」
「そして、脳チップは、われらの生命活動もある程度コントロールできるのです。イベントで死ぬと、じっさいに仮死状態になります」
「仮死? ……本当は死んでいない?」
「まぁ、ある程度のリアルさは必要なので、数日間は死にっぱなしですが、なぁに、そのうち生き返って、また同じストーリーのイベントを繰り返すことになるのですよ」
「はぁ……」
「スーパーエスパーは昭和の特撮テレビ番組だったので、すぐに話が終わってしまいます。彼はもう四回、この『ゴースト対決イベント』をやってますな。その度に死んでる。死んじまっても、平気、平気ですな。はははは、は、……やばい」
「おい、君、メイクがだいぶ剥がれているね、所属チームはどこか……」
トレンチコートを着て、手から手錠をぶら下げた刑事(に、違いない)が、声をかけてきた。ちらりと警察手帳を見せる。
「あ、いや。これはこれは、どうしたのかな、あー、メイクはお嬢様が、イカンイカン、すぐに直しますので」
亀執事は、ぼくの手をとって逃げるように歩き出した。
ふりかえると、刑事はこちらを睨んでどこかに電話している……。
あきらかに怪しんでいる。スリットがないことに気づいたか?
「イゾルデ様と合流して、早く管理機構に行きませんと。……認証がないと、本当の死体にされてしまうこともありますぞ……」
亀執事は足早に街の中央に向けて歩き出した。




