女装
彼女は少し古びているところのある白いドレスを取りだしてきた。パーティーとかに来ていくようなヤツだ。
よく見るとすそがすり切れているし、垂れ下がった袖がふらふらしている。
なんのために持ってきたのだ?
「脱ぎなさい」
「?」
「あなたが着るのよ。素体と分かったら大騒動になるわ。これは私のおふるだけど、他にないから」
「女の? 男物はないの?」
「きっぱり、ない。はやくしなさいよ、パンツだけは履いていていいから、なにしているの? 手が疲れるじゃない!」
彼女にとってはドレスが重いらしい。なんてお嬢さまだろう、と思ったが、とりあえずぼくは焦ってズボンを脱いだ。
まだからだがスムーズに動かず、少しふらつく。
しかし彼女はよろけているぼくに構わず頭からドレスをかぶせようとする。
転びそうになったが、なんとか踏みとどまった。
筋力が弱いわりには素早い。というか、踊りのようになめらかでしっかりした動きだった。かたちの良いからだにスリットが走っているので、どことなくアンドロイドめいていた。エピソード記憶のないぼくは、自分がVRとか、魔法で作ったような実体のない世界にいるような気がしてきて、ふらっとする。
さらに、はだかの彼女に人形のように服を着せられているというのは、ますますわけの分からないシュールな光景だった。
さらにその服が、パーティードレス!
女物の服というのは、ぜんぜん、服を着ている感じがしないんだ。記憶はないが、いぜんのぼくはスカートなんてはいたことがなかったに違いない。
太ももに空気があたるというか、下半身まるはだかのような心もとない状態だった。
「なに不安そうな顔しているのよ? 眼、閉じて。メイク、するわよ」
「メイクゥ?」
わけがわからなかったが、とりあえず目を閉じてしまう自分が情けない……。
「スリットがないのが見えないようにする。安全のために、めちゃくちゃ厚化粧でいく」
顔につめたい塗れたスポンジみたいなものが押し付けられ、ぐるぐる回され、ぱふぱふ叩かれ、さらに固いものでこすられ……
「目を開けていいわよ」
彼女がはんぶん笑っているような口調で言った。
ゆっくり目を開けると鏡が目の前に立っていて、そこに髪がぼさぼさの幽霊のような女が立っていた。体格はいい。というか、これはぼくだ……。
もともとあまり肌の露出しないデザインのドレスだったが、肌の見える部分がすべて白いファンデーションでべったり覆われている。
なんとなく皮膚呼吸が苦しいような気がしてきた……。
ウエストのあたりは縛り上げられていて苦しいし、かつらの髪の毛が顔にたれ下がってきてうざったい。表情を変えると、顔に塗りたくられた化粧がひきつれる……。
どこもかしこも、身動きできない感じだった。眉間のしわが深くなろうとするのを、はさまった化粧が邪魔してる……。
「あなた面白いわ。目をつぶれと言ったら、いつまでもつむっているのね。かわいいとこある」
鏡を片づけながら、彼女がからかってくる。開けろと言わなかったじゃないか、と答えると、常識でわかるでしょ、でも化粧はしやすかったから、良かったのよ、と彼女。
ぼくが、苦労して動きながら自分の服を開いたりひっぱたりして確認しているあいだに彼女はとなりのへやに行き、がさがさ着替えを始めた。
後ろ手にブラのホックを留めている。中世にブラジャーがあるのか? コスプレだから良いのか? よく分からないな。
「今から、マズラのところに行くわよ」
「マズラ」
「そうか、あなた記憶がなかったのね。この世界の、管理機構」
「はぁ……」なんのことかよく分からない。これはエピソード記憶ではないが、ぼくはこの世界のことも記憶していないらしい……。
「あなたはそこでとりあえず『コスプレ民認証』してもらわないと、ここで生きていく資格がないのよ……」
認証してもらえれば、キャラクターも決まってコスチュームも貸してもらえるわ、と、彼女は自分も服を着はじめた。
「これで外に出るのかい?」こころのどこかに濃厚に、女装は恥ずかしいという意識がのこっていた。
記憶はないけれど、いぜんのぼくは女装趣味ではなかったようだ。
「逮捕されて分解調査されていいならどうぞ」
茶色とオレンジ色の高貴そうなドレスを着こんだ彼女が、無表情でドアに向かう。
やはりドアの上のライトは青く光り、彼女はふりかえらずに外に向かった。
「よくないよくない」……『分解調査』がなにかも分からないままのぼくは、それでもあわてて否定して彼女のあとをついていった。
そしてぼくたちは『管理機構』へ向かうために街に出た。ここがとんでもないところだったんだ……。




