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蒼い部屋 2

 気絶している彼女を運ぶのは大変だった


 危ないところに触ってしまわないように気をつけてベッドの上に横たえたのだが、グラマラスな彼女の体には、そもそも危なくない場所がない。どこを触ってもぼくが失神しそうだった。

 そしてそのからだには、ほとんど体臭がなかった。彼女の周りの空気には、うっすらと、水のような匂いが漂っていた。

 例のスリットは体全体に渡っており、ぼくはそのラインを目で追った。そして危険領域に近づくとドキドキして目をそらす……。

 いったいぼくはなにをやっているんだ……。


 記憶のない状態でとつぜん床のうえで目覚め、ベッドの上には全裸の少女がいる。彼女はぼくのからだを見て失神した。……あらためて考えるとわけが分からない。

 ぼうっと、失神した少女のからだを見つめていることに気付き、恥ずかしくなってあわててシーツをかけた。


 眼もだいぶこの暗さに慣れてきたので、部屋を調べてみた。病室に似ていたが、そうではないかもしれなかった。近づくと開くドアの向こうに奇妙なかたちのバスやトイレがあり、あちこちによく分からないボタン類が取り付けられている。ほかのドアは開かなかった。インジケーターが光っている。それは、ぼくが近づくと赤く光った。拒絶のサインだ。たぶん、彼女が近づけば開くような仕掛けなのではないか?

  記憶がないうえに、人権までない。

「クソっ」 ぼくは壁を殴った。


「これは、設定なの」

 僕がドアをにらみつけていると、いつの間にか目覚めたらしい彼女が声をかけてきた。

「私は気絶しやすい設定なのよ、だから、すぐにこうなっちゃう……」 振り返ってみると、恥ずかしそうにむこうを向いている。

「君はロボットか何かなの?」

 僕がそう言うと彼女は、はじめ、ポカンと口を開けてこちらを見ていて、そのあと、亀みたいにシーツに頭をひっこめて、震えだした。

「大丈夫か」といいながら近づいたが、彼女は丸まって笑っていたのだった。

「あは、ははははは、……あなたったら……。ほんとうに知らないのね」

  ぼくは彼女のことを心配したのに笑っている……。知らないどころか、こっちは記憶喪失なんだ、ぼくは小声でつぶやいた。


「……これはね、コスプレなの、私たちはみなコスプレをしているの、ほら……」

 彼女はふたたびシーツを払いのけ、横をむいてあごのあたりを見せてきた。そこもうっすらとスリットが入っている。

「これは、仮面なのよ。からだを覆っているのもそう。全身版仮面、ってとこかしら……」

  そしてかたちの良い胸に手のひらをあてて左右に拡げて見せる。付け根にスリットがあるが、それ以外は本ものにしか見えない。

「ほら」 彼女はぼくの手を取ると、ためらわずに自分の胸に押し付けて、はさみこんだ。手に吸いついてくる。まぎれもない、ほんとうの胸の感触だった(失った記憶がもったいなかった……)。

「ほんとだったら、初めてあった人に、こんなことできない。でも、このからだはコスチュームだから、私じゃないから平気……」

 コスチューム、……つまり、ぬいぐるみということだ。彼女は全身をおおうぬいぐるみを着ているのだ。そして、街の人々はみんな同じことをしているという。わけが分からなかったが、しかし彼女の人工的な美しさがぼくを納得させてくれた。

 これは生身の美しさではない……。


「じゃあ、ほんとうの君は……」

「『ほんとう』なんて、ない」 彼女の目が金属的に光り、表情が一瞬できつくなった。

「ほんとうのからだは、この下にあるでしょう。でも、誰にもみせないし、自分でも知らない、見たこともない……、だから、ないのと同じ」

「自分でも知らない?」

「宇宙人さん、あるいは異次元人さん、ここはそういうルールになっているの。自分を見てはいけないのよ、もちろん他人にも見せない。私たちはキャラクターを生きていくの。……ああ、あなたには記憶がなかったのね……」

 そうだ、ぼくには記憶がない。

「それじゃあ、ここでは生きていけないわね……」


 じぶんがぐらりと揺れた気がした。生きていけない?……


「あのね、ここは私の部屋なの。あなたはここにはいられない。いられないから、外にでないといけない。外に出るには、ドアを開いて歩いていけばいい。でも、問題は、コスチュームよ。コスチュームのない人なんて、いないの。下手するとすぐに殺されるかも……」

「コスチューム……」

「私が何とかするわ……、これもイベントかも知れないから……」

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