妖艶な太陽の女王ラフレシア 2
とりあえず、ラフレシアの指示に従い、南に移動を始めた。
南には彼女の司令室があるという……。ともかくそこまで来て欲しい、と。
もちろんぼくは失神したイゾルデを抱きかかえている。
トキンは、スーツの投影機を映しっぱなしにしているので、移動するぼくたちの斜め後ろを岩壁に写った地図がついてくる。
この地図は、パラサイト団が情報を送ってくれているものだ。
地下迷宮の道と、かさねて管理機構のうごきがうつしだされている。便利だ。
しかし、どんどん管理機構が入り込んでくるのはいただけなかった
『管理機構の奴ら、もう侵入してきているのね。奥まで引きよせて、いっきに潰してあげる……』
トキンのスーツから剣呑なラフレシアの声が聞こえてくる。彼女の話しかたはひとりごとなのか、ぼくたちに話しかけているのかよく分からなかった。
「 おらたちは逃がして欲しいっす!」
『なら、早く走りなさい!』
「この地図の経路では、着くまであと5分くらいだな」
『そうね、四天王秋の君、あなたは大事だけど、あなたたちを生かすためにパラサイトを潰すわけにはいかないのよ……』
ぼくとトキンは目を合わせた。
部下どころか、同格の仲間を殺すことも平気なやつなのだ……。
・
イゾルデはぼくに抱っこされて気を失い続けている。
トキンから投影されている地図によれば、管理機構の侵入は、まだゆっくりに見えた。
このままだったら、なんとか無事に逃げ果せるかもしれない。
地面は揺れ続けている。気持ち悪いが、まだ走れないことはない。
トキンは、この地下迷宮に思い入れがあるだろうが、ぼくにはそんなものはなかった。
トキンが急に止まった。
彼の後を追っていたぼくは彼にイゾルデを少しぶつけてしまった。
「気をつけろ、トキン!」
「あ、あが、……」
彼が反応しようとした瞬間に、目の前に岩が崩れ落ちてきた。
思わず後ろに跳びのく。
イゾルデがイヤイヤをするように体をくねらせる……。
「ラフネシア、道が消えたっす。どうしたらいいっすか?」
トキンが大声で問いかける。彼の体か周りのどこかにマイクが仕掛けてあって、こちらの声も向こうに聞こえるらしい。
『あ、そう? なら、三十メートルもどって右の道を、……めんどうね、マップを見て落石を迂回して……。……侵入が予想より早いわ、はやく埋め立てないと……』(プツン)
心ここに在らずを地で行っている……。
最後は独り言だった、彼女は完全に管理機構を落石で潰すことに集中しきっている感じだった。
こちらのことなど、歯牙にもかけていない。
まずいかもしれない……。
・
僕たちは南に向かいつづけたが、しだいに揺れは大きくなってきている。
走るつづけるのも難しくなってきた。
なんども転びそうになっては、尻尾を使って持ち直した。
尻尾の使いかたは、たぶん、スーツからちょくせつ脳に流れ込んできているようだった。
時間にしたら大したことはなかったのだろうが、意識が覚醒しているためにとほうもなくながい時間に感じていた。
それでもぼくは、ふたりのために、……腕のなかにはイゾルデがいた……、生きていたかった。
地面が盛り上がった。岩盤が割れて、二つに折れたのだ。
「きゃー、助けてくだせぇっす!」
トキンが大きな板が持ち上がるようにせり上がってくる岩の上に倒れていて、どんどん天井に近づいていった。
いつも、いるべきところにいるやつだ……。
そして、再び南への地下道は、せり上がった岩盤によって塞がれてしまった形だった。
その頂点にトキンがいる。
「向こうに飛び降りれないか?」
ぼくはイゾルデを抱えたまま、尻尾を使ってひょいひょいと岩を登っていった。
彼は立ち上がろうとして、揺れに足を取られて向こう側に落下した。
岩の向こうからかすかに、『キャっ』という声が聞こえてくる。
ぼくは最後の部分をジャンプした。その瞬間に、岩山が崩れ落ちた。
岩の頂点を飛びこえ、向こう側の地面にトキンが転がっているのが見えた。
立ち上がろうとするのだが、揺れる地面に翻弄されている。
尻尾で地面を叩き、着地のショックを和らげる。
イゾルデだけは傷つけないように体を丸めて、着地した。
なんとかうまくいった。
しかし揺れが大き過ぎた。
トキンは四つ足になっている。ぼくは、尻尾があるからなんとか立っていられたが、二本足ではなくて、尻尾も含めた三本足状態だった。
ホモサピエンスとしての誇りが失われていくような気がした。
・
さらに少し進んだが、ぼくも立っていられないレベルの揺れになってきた。
天井も軋むような音をさせ、岩と岩がせめぎ合う音が縦横無尽にかけめぐる……。
指示された安全地帯に行き着ける予感はこれっぽっちもしなかった。
四天王のひとりという、あの気怠げな話し方の女は、破壊工作に夢中になっていて、どうもこちらのことを忘れているような気がする……。
二十万人を殺したという女だし……。
イゾルデは、いつの間にか目覚めて、ぼくにしがみついていた。
「下ろして」、と、降りかけたが、降りることができなかった。
地面が揺れ続けているのだ。いまでは最大振幅は十センチくらいはありそうだった。
彼女は降りるのをあきらめ、パニックにならないように目をつぶっている。
パンダスーツのパワーローター機能が働いていなかったら、抱えつづけるのはむりだっただろう。
そんななか。トキンのモニターが切れた。
地図が消えてしまった!
「うわわわわわ、神様仏様ーっ!」
トキンが絶望の声をあげる。
とつぜん、地震が止まった。
『安物ね、スピーカーは大丈夫そうだから、これからは音声でナビするわ』
再び気だるげな声が響く。
『とりあえず、そこからは南西に進んで……』 音声は消えて、またすぐ地震が始まった。
突然の揺れに、トキンは即座にふっとび、ぼくも支えきれずに片膝をついた。
そうだ、彼女は地震をコントロールしているんだ!
「ラフレシア、ラフレシア、ラフレシアーっ!」 ぼくは叫んだ。
・
『なによ、うるさいわね。何様よ! あんたたちなんか、どうでもいいでしょ?』
かなりの「おかんむり」だった。呼び捨てが気に入らなかったのだろうか?
「ぼくたちが岩の下敷きになったら、『亡者の鎌』も埋まってしまうぞ」 尻尾の先についている鎌をなぜそんなに欲しがるかは分からなかったが、彼女の関心をひけるのはそれぐらいしか思いつかなかったのだ。……ところが、これが効いた。
『あ、そうね。忘れてたわ……』 地震が弱くなった。 「地震、抑えられるじゃないか……」
『ちゃんとシミュレートしたのよ、これぐらいなら一時的には大丈夫よ。あまり長いと、天井を崩せなくなる。揺れのエネルギーをちょうどよく溜めるのが大事なのね』 また揺れが大きくなった。
「何秒とめれらるんだ?」
『十二秒くらいね』
「何回止められる?」
『……ああ、なるほど……、バカじゃないってことね。考えてること、わかったわ。そのあとに二十秒揺らすなら、5、6回は止められるかも知れないわね……』
「なら、そうしてくれ。止めている間に、あそこを目指す。 ぼくは先に見える照明の付いている門を指差してる、さっき、地図で指示された場所だ。百メートルくらいだ」
『私のいる司令塔よ。来れたらご褒美をあげるわ』
・
揺れが止まった。ぼくは片膝から起きあがり、トキンは四つん這いから立ち上がった。
「走るんだ!」
遠くに見える部屋までの距離は多分百メートルもなかっただろう。しかし、ビリビリと振動する地面(いくら止めても完全な制止はしないようだった)を走るのは、予想以上に大変だった。
走り出して、十二秒経過すると、大音響とともに大揺れが来る。最初は、トキンは走り続けようとして、かなり派手に転がった……。
耐えていると、地面の揺れが止まる、数を数えながら走る、十二秒前に止まり、腰を下げて安定した体勢を取る、地震が来る、耐える、また数十秒で止まる、走りはじめる……
そんなことを繰り返していると、しだいに部屋の入り口が大きくなってきた、あと少しだ……。
あと一回、十メートル走れば、到着できる……。
とまれ! 地震よ
しかし、最後の大揺れは止まらなかった。
ぼくもトキンも膝をつけて揺れに耐えている。
なぜだ?
……立っていられない揺れのなかで、イゾルデは一度覚醒したが、再び、「うう……」と呟いて失神してしまった……
『ダメ、これは止められない、自力で、来て!』 ラフレシアの声が聞こえた。もう、声もブレている。
『……これを止めると、大崩壊を起こす前にマズラ軍が入ってきて、情報を処理してしまう……。あと十五秒で地下迷宮は崩壊する……』
ぼくたちは、揺れ続け、ひびの入り続けるる地面を這って、岩の門のなかに入っていった。
簡単なことではなかった。簡単だと思うものは、暴れ続ける大ワニの背中で前に進んでみるといい。
・
門をくぐり抜けると、背後で大音響がして、その後、なにも聞こえなくなった。
アーサーエリア下の地下迷宮は、崩壊したのだ。
地上ではどんな地獄絵図がくり広げられているのか、それとも、二重地震波のおかげで、さっきまでと全く同じ平和な暮らしが続いているのだろうか……?
そこは司令室だった。
部屋は、10畳くらいの大きさで、周りは機械で埋め尽くされている。 何人か、アインシュタインやベートーベンみたいなコスプレした奴らがいて、……科学者か、オペレーターということだろう、……その真ん中にラフレシアが立っていた。
言われなくても彼女とわかった。
黒くて長いストレートヘアをうしろに流し、若くも大人にも見える不思議な顔、……やはり顔の横にスリットが入っている……をしていた。肌の色はやや青みがかって見えるほど白く、完全に成熟した女らしい体型を、様々な大きさの布のパッチワークで作った優雅なドレスで覆っていた。基本的には濃いえんじ色に見えたが、その布は方向によっては完全に透明になる特殊なもので、彼女が動くとからだの一部分がチラチラ見えるのだった。
おおきな胸やはりのある臀部がふるふると揺れるのを見つめないようにするのは、ひと苦労だった……。
もちろん、見られても彼女は落ち着き払っていた。
「お会いするのは、初めてねぇ、秋の君、ネズパンダさま……」
にっこりと笑う。
完全な笑顔だった。
完全すぎて、本物とは思えなかった……。
彼女と、もともとのネズパンダが、どこまでしりあいか分からなかったから、「ああ……」とか、よく分からない相づちを打っておいた。
疲れているので、それほどおかしくはないだろう……。
「いつも御苦労、トキン。ここは無くなってしまったけど、また別の地下迷宮に行ってもらいます」
ボロボロに疲れているトキンに、そこそこの笑顔。
やはり彼女の行動は計算されているのだろうか……。
「そして、秋の君、その腕に抱いた女はどこの誰かしら……?」
彼女は、ぼくの腕の中でまたぞろ失神しているイゾルデに近づいて、髪をそっとどかして顔をたしかめた。
「イ、イゾルデ……、まさか……」
ラフレシアの顔色が変わった。
どうやら彼女のことを知っていたらしい。
ラフレシアは口に手をあてて、イゾルデの失神顔を見つめている。
……いったい、なにを知っているんだろう?
なんなんだ、この二人は……