妖艶な太陽の女王ラフレシア 1
『信号を検知、信号を検知……』
「お、裏切りもの?」
「ち、違うっす、……悪いのはネズパンダさまっすからね!」
イゾルデに自分を証明するために、ぼくはマスクを外したが、慌ててはいってきたトキンに思いっきり止められた。
もちろん今はマスクをはめてある。
慌ててかぶったのだが、間に合わなかったようだ。
ぼくの頭の中にはチップが埋め込んであって、防磁シールドの貼ってあるマスクをかぶっていないと、世界を支配している『コスプレ管理機構』に、ぼくのかなりの情報がつつぬけになってしまうのだ。
……そして、今、ぼくのいる場所は、管理機構に知られたくない場所、ギャング団『パラサイト』の地下アジトの一画なのである。
つまり、ぼくがマスクを外したことで、『コスプレ管理機構』がこの地下アジトの、調査、攻撃に入ろうとしているのが、いまの段階……。
トキンは慌てているが、ぼくはあたまがお留守だったのだろう。
腕のなかにはイゾルデがいたのだから。
彼女は、ぼくがぼくだとわかると、「あ、あれ何?」といって、ぼくに向こうをむかせ、その隙にうでのなかに飛びこんできたのだ。
「イベントだから、仕方ないんだから……」とかなんとか。
なので、この時点でぼくの危機感がすこし弱かったのは、まぁ仕方ないことだろうな……。
『コスプレイヤーの脳内チップ信号がキャッチされた。ギャング団パラサイトの地下基地にいると思われる。 信号エコーから地下基地の場所と大まかなルートが判明した。 合図のあった管理機構隊員は地下へ急げ!』
「なんでお前が喋ってんの?」
「だから、お聞かせしたんっす。コスチュームに、ラジオと拡声器がついているのっす。ほら、これも、これも、これもそうっす」
確かにかれの服にはスポーカーユニットだらけだった。
「ネズパンダさまに、そのお嬢さまがくっついているのと同じっす。オラ一人で、地下のほとんどの機能を賄っているっす。今のは管理機構内の指示用電波っすね。……あんのじょう、もう動きだしたっす」
トキンは本当に歩く地下設備みたいなやつで、スピーカーだけでなくて、プロジェクターも付いていた。
壁に地図が映し出され、すべての出入り口に、赤いドットが集中しつつあった。もちろん、赤いドットは管理機構の工作員たちだ。他に大きな四角形(多分、車両)や、大きな人形(多分、巨大ロボット)もいくつか見られた。
「戦争する気かよ……」
「あなたのせいよ、トリスタン……」
『子どもたちはプランZ! くりかえす、プランZ! 南西の出入り口が比較的安全だ! マズラ軍とあったら、浮浪児童の真似をしろ!』
トキンが、すこしも動揺せず、からだのスピーカーを使って、子どもたちに指示を出す。
いりくんだ地下道のあちこちから、『おー』とかいう子どもたちの声が聞こえてくる。
「これで全員が逃げられるはずっす」
「大丈夫なのか?」 相変わらずぼくは、なぜか子どものことになると神経質だった。
「大丈夫っす。……子どもたちは、あちこちのマンホールなんかからいったん地上に出るっす。機構側は、彼らと浮浪児の区別がつけられませんから、安全っす。大人は、そうはいかないので、地下ルートを使わないといけないっす」
「地下ルート?」
珍しくイゾルデが反応した。
「早くしないとパラサイト団の地下破壊攻撃が始まってしまうっす」
「地下破壊攻撃? ここが攻撃されるの? いやよ、私」
いま、目がさめた、という感じで頭をふっている。イゾルデの恋愛イベントは、媚薬がらみなので、すこしラリってしまうのだろうか……?
「見つかったエリアをそれ以上調べられないように壊すんだそうだ。お、気絶はいまは勘弁してくれよ」
ぼくが説明する。
イゾルデのこまった性質は、気絶癖だが、いまは、なんとかそうならないでいた。
「子どもたちは大丈夫っす。チップをつけていない捨て子たちと区別がつきませんっす。 でも、私たち大人はそうはいきません…… なんとか逃れないと分解検査されてしまうかもしれないっす」
「分解検査……」 ……例によってイゾルデが失神した、ああ……。
仕方なくお嬢様抱っこで抱き上げる。
ネズパンダのパワーサポート機能のお陰で、すこしも重くない……。
「どっちへ行けば良いんだ? トキン」
・
ピポーン、ピポーン、ピポーン、……トキンの言おうとした言葉は、その体中につけたスピーカーが警告音をなり響かせたので引っ込んでしまった。「うわぁ……」
「大丈夫か?」
「低音が響くんすよ……」
『中世シティ地下迷宮の皆さん、聞こえるかしら? 今回の対マズラ作戦の指揮をとる、四天王のひとり、太陽の女王、ラフレシアよ』
トキンの服から、おちついてセクシーなおとなの女性の声。
「うわちゃぁ……、ラフさまかぁ」
トキンが、イントネーションは嬉しそうで、顔は困ったような表情を作っている。四天王のひとりといえば、トキンもギャング団の末端であるといえばいえるので、気分を害するわけにはいかないのだろう……。
「ラフさま? ……ニックネーム?」
「なにかにつけ、ラフなんです、……というか、この組織『パラサイト』の権力者のひとりで、特に強盗が専門で、なんというか、いろいろな点が乱暴でないとはいえないという……」
トキンは、私に身をよせて小声だったが、聞こえていたようだ。
『くちの悪い団員のあつかいも乱暴って言われるのよねぇ……』
「ひえっ、す、すみませんんん……」
『まぁ、あなたみたいな小ものはぎゃくになに言ってもいいともいえるわ、役得ね』
「あの……」
『なによ』
「去年、ジェラシックシティを壊滅させたんっすよね、やはり地下迷宮を封鎖するために……」
『ああ、あれは仕方なかったのよ。密告者が出てね……。地上のコスプレイヤーが、二十人ぐらい死んだかしらねぇ……』
「……ここではそんな人数じゃすまねぇっす、組織に対する風当たりも強くなるっす」
『今回はその心配はないのよ。二重地震ジェネレーターを使うから』
「えっ、二重地震波、……もう実用化したんっすか?」
『これが初使用よ、シュミレートするのに少し時間がかかるから、とりあえず南に向かって逃げて!』
イゾルデを抱えたぼくとトキンは、南方向の地下道を選んで走り出した。
イゾルデが、あーだの、うーだの、呻きだす。
「管理機構の奴らが麻酔ガスを流し込んでるっす。普通の人間なら失神してしまうっす」
ぼくは自分を指さした。
「そのマスクには防御装置が付いているはずですっす。おらも大丈夫っす、彼女には、このマスクを……」
トキンは、剛毛の生えた腕で、マスクをよこした。すぐに彼女につけたら、呻きはピタリと止まった。
「二重地震波とは?」
「さっき言ってたシェラシックの地震、本当の死者は二万人っす。女王ラフさまは控えめに言ったっすが……。あ、いまはだいじょうぶっすよ。ラフさま、シュミレートん時はわきめもふらず、周りで何をいっても聞こえないっす。……その地震も、女王さまが、パラサイトの地震ジェネレーターを使ってつくった人工地震なんっすが、さすがに世間のパラサイト団に対する敵意が大きくなったので、団の科学者たちが、被害の少ない方法を研究していたっす、二重地震波は、逆位相の揺れを上下で同時に発生させ、地下迷宮は破壊するけど、地上にはほとんど被害を与えないという触れ込みっすね……」
「すごい科学力だな……」
「科学部も慌てたんっすよ、たぶん……。ラフさまにまかせて、毎年何万人という死者を出していたんではギャング団もやってられないってことっす、す……、す……、すこし休みませんかっす?」
トキンは見かけによらず疲れやすいようだった。それとも、このネズパンダのスーツのパワーサポートのせいで、ぼくが疲れていないだけかもしれない。
すこし休んでやろうと思って止まったが、そうは問屋がおろさなかった。
聞きなれない地響きが始まった。二重地震波ジェネレーターが作動しだしたのだ……。
均質で小さくて速い、奇妙な揺れかただった。
トキンは腰を落として、体勢を安定させている。
『私としては、そこで死んでもらっても構わなくてよ、ネズパンダ』
トキンのスーツから、ラフレシアの声が聞こえてきた。四天王のひとりがこんなところにいるなんてね……、と。
『そうしたら、あんたの尻尾についてる『亡者の鎌』は私にちょうだいね……』