地下の子どもたち
「おらが、このおらが四天王さまのひとりをお護りするだぁ……」
暗やみにいた男は、自分の手のひらをながめ、感慨に耽りながら歩いている。
「すごいなぁ、すごいなぁ……、おらはギャング団の末端のメンバーなのに、トップの一人をお迎えするなんて……」
彼は名前をトキンといい、自分が何のキャラクターかは知らないという。それに地下は電波が弱いので、マズラの支配が行き渡らないのだとも。危なくないから、ゆっくりしていけとも……。
どうもセリフが棒読みで、暗記した文言を唱えているように見えた。
正直にいうと、この段階では、知能に問題がある人ではないかと思ってしまった。
(まぁ、けっきょく、あたらずといえども遠からず、というところだったのだが)
うしろで疑惑ビームを放射しているのに、彼はぜんぜん気づかず、「感激だ、感激ダァ……」といいながら、先に立って歩く。
地下道は広くなったり狭くなったりして、場所によっては四つん這いで歩かなければならなかった。
トキンは慣れきっているようすでどんどん先に行く。あまりにこちらを気にしないので、時々、こちらを忘れているのではないかと心配になった。
しかし、声をかけようとすると、いまだに、「すごいなぁ、こんなのないよなぁ」とつぶやき続けていて、自分の世界から戻ってきていないだけなのがわかった。声をかけるのはやめておいた。
灯りは、場所によって光る壁が貼られていたり、ガス灯が灯っていたり、例によって寄せ集め的だった。
やはり地下なので、どこもかしこも明るいというわけにはいかず、ありこちに岩のかげの暗がりや、光の届かない割れ目などがある。
そして、そんな暗がりの中に、何ものかの気配がする場所がいくつもあった。
かなり小さな暗がりの中からも気配はしてきたので、人間ではなく何かの地下生物かもしれない、と思いながら、トキンのあとをついていった。
かなり進んでいるのに、……消えない。どうもさっきからまとわりついている視線が気になった。
これはひょっとしたら、違法行為のために作られているらしい、このネズパンダのコスチュームの特殊能力なのかもしれない……。視線に対する感受性を十倍とかにあげて、警察ににらまれたらすぐに逃げるか、尻尾のブレードで攻撃するとか?
まさかね……。
また、割と近くの暗がりで、なにかの気配がしたので、尻尾をその暗がりに向けて伸ばした。いまはまだ、先のブレードは畳んである。
暗がりの中に、なにやら暖かい棒があったので、そのまま尻尾の先を巻きつけ、釣りのように一気に引き上げる……。
「キャァー」と声がして、足を吊るされた子どもが引き出された。五歳か六歳くらいか? 狐の面をつけていて、「はなせ、このやろー」とか言って、逆さま中づりのまま暴れている。
僕はトレーラーのように、彼をぶら下げたままトキンの顔の前に持ってゆく。
トキンはあんぐりと口を開けたまま固まっていた。
「おい、トキンさん、……なんだこいつは?」
「あ、いや、……その、なんだ、こいつがいましたかぁ……」
「(やはりなに言ってるかわからん) こそこそつけ回っていたぞ、どうしてやろうか?」そしてぼくは尻尾を軽く上下させる。子どもはぎゃあぎゃあ騒いだ。
「わかった、やめれやめれ、そいつは、お、おらの部下だ……」
「子どもにスパイごっこやらせているのか?」
「誰が来ても注意するように言ってるから、いつもおらが……」
「ああ、つまり、お前、子供を集めてお山の大将をやっているのか?」
「ここは地下だ。……お山じゃないぞ」
彼のダジャレは、冗談ではないことが多い。
「彼らは役に立つんでっす」
「ずいぶんいいるんだな……」
「ともかく、ここには百人以上の子どもたちがいるす」
「君が保護しているのか?」
「だから、働いて貰っているっす……」
「あんた、こいつらに何をやらせているんだい?」
「あ、……あの、……悪いことじゃないす……」
「当たり前だろ!」 ぼくはなぜか子どものことになると頭に血がのぼるのだ。
「もちろん、いろいろ事情があって、そんなにいいことでもないす……」
「なんだそりゃ……」
「まぁ、細々したことを、色々とす……。この子たちの多くは、捨て子なんす。そして、この街には、この子たちにしかできないことがあるっす……」
気がつくと、しっぽでぶら下げた子どもが、息を殺して静かになっている。
なるほど、何が起きるかわかった……。
このコスチュームを着ていると、周囲の気配が、全身が感覚器官になったように三百六十度伝わってくる。いつ、誰に狙われても対処できるように、そうなっているのだろう。
「イヤァァァァァーっ!」
思ったとおり、掛け声をかけて猫耳をつけた子どもが飛びだして、蹴りかかってくる。
大人であれば、味方が自分を助けるために攻撃をするなら、むしろ騒いだり話しかけたりして相手の気を逸らそうとするだろうが、子供であれば、……子どもというのは独立したものではなくて、むしろ群生生物なのだという気がする。相手が緊張すれば緊張する。
……飛びかかってた子は、なかなかかわいい顔をしていた。顔の部分は素顔っぽくしてあるが、横にスリットはちゃんと入っている。
そして、小さいブーツは危険だった。仕込みブレードが突き出ている。ひょっとしたら毒物でも塗ってあるかもしれない……。
そして、その仮面の顔は真剣だった。……ぼくは蹴られてやることにした。
どんっ、と、腹部に、予想よりは大きな衝撃がはしる。ブレードがぶすりと刺さる。
しかし、戦闘用に整備されているこのスーツにそんなものが効くとは思えない(という知識が流れ込んできている)
トキンが、この段階で慌てて止めようとしているが、彼らしいおそさだ、ぼくはすこし手を上げて彼を止めた。
ぼくを蹴った子どもは、足がぼくのおなかから抜けなくて焦ったようだが、反対の足でさらに蹴って、反動で足を外して着地しようとした、……らしい。どさりと地面に転がった……。
「あー、痛い痛い!」 ぼくは腹をおさえてわざとらしく声をだす。
「血が出たの?」 ぼくを蹴った子は、起き上がりながら、心配そうな顔でこちらを見ている。そのなかまたちも暗闇の中からゆっくりと出てきた。
「俺の毛皮は厚いからな…… でも、もう痛くされたくないから、お友だちは返してやるよ」
ぼくは尻尾をゆっくり下げて、さっきからぶら下げていた子をゆっくり地面に下ろす。
「今日のところは見逃してやるー! しかし、これからは、俺を嫌いだとか怖いだとかいう子どもには、こんな風にしてやるー!」
尻尾のブレードを開き、手足の爪も出して、怖そうなポーズをつけて見せた。首を少し曲げて口を開き、舌をレロレロさせる。
「好きだと言ったら、尻尾リフトに乗せてやる!」
子どもたちから歓声があがる。
もちろん、今は乗せない。時間がある時なら、本当に乗せてやってもいいと思っていた。子どもたちは少し怖いのが大好きなのだ。ぼくの記憶は失われているが、たぶん以前は子どもを好きな男だったのだろう。
確かにぼくは彼らの扱いかたをこころえている。子どもたちは、最初の警戒などすっかり忘れ、ぼくを好きになっているようだった。
笑う子どもたちを見てトキンは泣きそうになっている。
「さあさ、ネズパンダさまの邪魔はしないように、それぞれ持ち場に行くんだ!」子どもたちは命令で散っていく。
「彼らは、おらが食わせてんだっす。ほとんどが捨て子だっす……」
トキンが話しはじめると、まだ近くにいた子ども(割と大きい)が、「捨てられて良かったよ、 トキンと会えたからな……」とつぶやきながら、持ち場に移動していった。
「仕事があるときは、彼らに頼むんっす」
「子どもをギャングの仕事に使うのか?」
「便利っす、これなしではわしらの裏稼業はできないっす」
裏稼業、とか、なんなのか気になったが、とりあえず話の先を聞くことにした。
「ネズパンダ様の服は、マズラの電波を遮断することができるけど、そんな服を着れるのは、この世界でもごく僅か……。たぶん、ボスその人と四天王さまぐらいのものだっす。 だから行動をマズラに察知されないように動くことのできる人間は、この世にはいないということっす」
ぼくは話のつづきをうながした。
「例外は、捨て子っす、電波で察知されないっす」
彼らは、出生登録されていないから、コスプレ認証もされていない。脳内にチップを埋め込んでいない。つまり、マズラの監視に引っかからないということだった。
この世界の人間は、脳内に巨大な人工知能・マズラとつながるチップを埋め込んでいて、そのチップからARの情報が流れこんできて、イベントという共同幻想を見せたり、あるいは人間が何をしているかが、マズラの方に筒抜けになっている。
なので、想定外の犯罪は起きにくい世界ではあると思うが、これほどの中央集権世界も他にないだろう……。
「だから、彼らの方が大人のギャングよりはるかにうまくできることがたくさんあるっす。 何かを探すこと、殺人や窃盗の後始末をすること、その反対の下準備をすること、何かを見たり聞いたりすること……」
「つまりギャングの下働きか……」
「簡単に言うとそうすね……」
「彼ら、一日中ここにいるのか……? 日に当たらないのか? 学校はどうなっているんだ?」
話しながら、しだいにいろいろなことが気になってきた。
以前のぼくはよほど心配性だったんだろうか?……
彼らは確かに子どもらしかったが、しかし、色は白かったし、どこか老成したような印象もあった。地下で暮らすことが、そんなにいいことであるわけがない。
「やつらは、もともと捨て子、身寄りのない子、親から頼まれた子、とかっす。 どこにも行く場所はねぇのっす」
「そんな子どもにギャングの仕事の手伝いを?」
「そんなに喜ばなくていいっす」
「喜んでない!」
「そうっすか…… やつらはここにいなければ生きていけない子たちなんす……」
普段はかなりバカに見えるトキンだが、この話題に関しては別人のように口が達者になった。ここに関しては、ふだんからよく考えているのだろう……。
「管理機構には『瞬間分解装置』があって、育てての見つからない子どもは、危険因子として分解処理してしまうこともあるんす、……彼らは『悪』も行えませんが、『善』も行えないす」
「それでも、子どもたちにギャングの手伝いをさせるのは……」
「失礼ですが、ネスパンダさまはギャング団の四天王のお一人ですが……」
「あ、いや、俺のことはおいといて、普遍的な話、一般論としてだ、な……」
「はぁ……」
「では、子どもたちの仕事も悪いことばかりでないと、納得させてみせるっす」
突然、トキンは思いついたように言った。
ぼくは、地下の部屋の一室、……デコボコの岩で組まれた、ろうそくで照らされた地下室を想像してもらえばだいたい正確だ、……で、古びた机の上に、トキンから借りたキャング団の組織図を広げて研究していた。
ネズパンダは本当にギャングの指揮系統のほぼトップにいた。同じ力を持つものがあと3人いるが、団員が六百人に及ぶ組織の、権力者だ。
なぜ、ぼくのコスプレなんか欲しがったのか……。
「あ、そう……」 ぜんぜん聞いていなかった。
「これから、子ども団の働きをお目にかけるす」
「そう……」 まだ聞いてないない。
「その結果が嫌だったら、分かりました、もうこれ以上この話で煩わせない……。子どもたちを正規にギャング団に入れてもらうのも諦めるっす」
「そ、……えっ? そんな話ししてないぞ! 子どもをギャング団に入れるぅ?」
「さっきからその話をしていたっす。ネズパンダ殿は、うんうん答えていて、証拠のテープもここにあるっす」
トキンは偉そうに、胸から取りだしたボイスレコーダーを掲げた。
「これから、奴らのはたらきをお目にかけまっす。気に入れば、彼らを正式に団員にする方向で動いていただき、気に入らなければ、彼らは今まで通りとし、テストのためにやったこともすべて元に戻しましょうっす」
「そんな一方的な……」
「一方的じゃないっす。さっき説明したっす。では、彼らはもう作戦中なので、しばらく寝ましょっか」
「寝るなっ!」 トキンは言いたいことだけいうと、部屋の隅の毛布を重ねてあるところにごろりと横になって、瞬間でいびきをかき始めた……。ぼくは驚きの持ってゆき場所がない……。……しかたないやつだ……。
「そろそろ来ますぞ……」
もうすることもないし、トキンは寝ているので、尻尾を使ったヨガとかを考えていたが、外からガヤガヤと騒がしく、楽しげな声が聞こえてきた。
そして、ドアが開いて子どもたちが、寝ているイゾルデを荷物のように運んで連れてきた……!
「イゾルデ……」
トキンと、彼女を連れてきた子どもたちは、僕たちを遠巻きにして見守っている。
でも、まわりは何も気にならなかった。
彼女は、昨日別れたままだ。失神しままま、目覚めていない。あの時はイベントの関係で、お互いに透明化して見えなくなってしまったのだ。
今ははっきり見える。彼女はやはり美しかった……。
多分もうトリスタンのコスチュームではなく、ネズパンダのスーツでマズラの電波も遮断しているので、そのままの彼女が見えるのだろう。
白い肌と、ボリュームのある金髪が床にひろがっている。
彼女を好きになったのはイベントではなかった……。
操作されたイベントなら、操作電波から解放された今、こんなに胸が高まるわけがない。
不思議と寝ている人にたいして、ぼくの感情は解放されるようだ……。
ぼくは彼女を抱きしめた。
「う、うん……」といって、気がついた彼女は、ぼくを見て再び叫んで、失神した……。
いや、目覚めた彼女が見たのは、ぼくではない。
牙のぬらぬら光るネズパンダの顔が、間近に迫っているのを見たのだ……。
それは失神するかもしれない……。
まぁいいだろう、ゆっくり説明すればわかってくれる……。
ともかく大事なのは、今からは彼女と一緒に入られるということだ!
「ところで子どもたちの仕事はどうっすか?」
「いいよ、願いは叶える……」
といって、ぼくは本当はネズパンダではないし、どうすれば彼らを団員にできるかもわからなかったのだが、恋は盲目、ということなのかもしれない。
まぁなんとかなるだろう。←根拠なき自信




